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南天に七星は瞬いて  作者: 榎元亮哉
~襲撃の連鎖~
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~襲撃の連鎖~ 三話

 ただ一直線に、ただ速度を求めるように俊二は『熊』目掛けて駆け出していた。この『熊』をどのくらいの時間で倒せるかが全ての鍵だということをきちんと理解しているからだ。

 一緒に駆け出したあずさも別の『熊』へ、堂ヶ森の退魔士たちも残りの『熊』たちに向かっていく。そして残った堂ヶ森の主たる大樹は、ゆっくりとした歩調で西洋甲冑のような魔族・ソルキルに近づいていく。

 正直、大樹では魔族に対して荷が重い。誰よりもそれを理解しているのは大樹本人だろう。だが彼は自分の責務として、自分が戦うことを選んだ。その覚悟をこの場の誰も止めることはできなかった。このままでは大樹の敗死が色濃い。それを覆す手段は、出来る得る限り自分の担当の『熊』を討ち、大樹の加勢に入ることだけ。


「はぁぁぁっ!」


 鍛錬のときとは比べ物にならない気合と共に愛剣・地聖を振り下ろす。が、体躯とは似合わない俊敏な動きで回避される。


「がぁあっっ!」

「ちっ!」


 焦りが普段の彼の剣筋を若干だが大振りにし、それが本来なら捉えているはずの『熊』を取り逃がすことになっていた。

 手に汗が滲む。早く助けに行かなくては。その想いが強すぎるが故に剣筋が鈍り、時間だけがただ過ぎていく結果に繋がっていた。そして。


「ぐっ!」


 大振りな攻撃の後は、相手にとって大きなチャンスになるのは当然。しかし早く倒すことにばかり集中していた彼はそのことを不覚にも見落としてしまっていた。その結果――


(油断したか……?)


 右の太腿に二本の裂傷。『熊』の爪による傷だ。

 致命傷ではないが、これでは素早い移動が難しい。無理をすればある程度は動けるが、長くは持たないだろう。

 ゆっくりとした動きで近づいてくる『熊』。今の俊二の状態を探っているのだろう。

 じりじりと後退しながら剣を腰だめに構える。速度で劣るならカウンターを狙うだけだ。


「っ!」


 襲い掛かる『熊』の爪をかろうじて避け、一撃をすれ違い様に繰り出そうとするが上手くいかない。二度三度繰り返すがどれも余裕を持って躱わされてしまう。

 にやりと『熊』が笑った気がした。事実笑うということが出来るなら笑うのだろう。最早目の前の敵を嬲り殺すだけだ。俊敏な体躯から繰り出される爪牙を少しずつ喰いこませていくだけの作業。

 嬉々として再び俊二に駆け出していく。

 これまで散々にやられ、良い所のなかった俊二。しかし、先ほどの攻撃を躱してから思い出したことが一つあった。

 それは両手に在る愛剣『地聖』のこと。俊二は向かってくる『熊』目掛けて剣を向けると大きく叫んだ。


「――『雨よ』!」


 その瞬間、『地聖』の切っ先から『熊』に降り注いだのは無数の石飛礫つぶて。高速で放たれた飛礫は『熊』の全身を打ち叩いた。


「ぅがぁっ!?」


 もんどりうってのたうち回る『熊』。片目は潰れ、身体にも幾つもの裂傷が生まれていた。

 彼の持つ『地聖』の特性。それは彼の言葉に反応して幾つかの術を放てること。普通の武器なら出来ないことだが、それを可能にしたのは『地聖』があずさの手によって創作されたことによる。それも俊二の血を創作の際に使用していた。その為『地聖』は彼専用の武装となり、彼の意思と言葉に真価を発揮する剣となった。


「普段使わないから忘れてたよ。でもまぁ死ぬ前に思い出せて何よりだ」


 無表情にそう呟くと、俊二は躊躇いなく『熊』の首を刎ねた。


「待ってろよ、大樹――」








「ソンナモノカ?」


 広い庭にソルキルの冷たくくぐもった声が響く。

 それを聞く大樹は片膝をつき、辛うじて己の武器である金棒を支えにして倒れていないだけの状態だった。

 圧倒的な力の差。大樹はソルキルに一つも傷を負わせていない。ソルキルの放つ瘴気の衝撃波だけで吹き飛ばされ、それを打ち破ることが出来ず勝敗はほぼ決してしまっていた。

 彼も半人前の退魔士ではない。しかしそれでも『魔族』を相手にするには無謀だった。


「まだ……まだ!」


 それでも彼は立ち上がる。逃げ出してはならない場面だと理解しているが故。ここで背を向ければ、例え生き残ったとしてもその後にあるのは惨めな生のみ。後ろ指を差されるだけならまだしも、父の名跡を汚すことだけは我慢ならなかった。

 ふらふらになりながら、額から赤いものが流れ右目を隠しても彼は金棒を構える。その瞳に未だ陰は宿っていなかった。


「あああああぁぁぁっっ!」


 命を燃やすかのように全てを振り絞り、ただ走る。――が。


「クダラン」

「――っ」


 微動だにしないまま放たれた衝撃波が容赦なく大樹を襲い、さして大きくはないその体が宙を舞った。大樹にはもう体勢を取り戻して着地する力はなく、重力に任せて落ちていく。

 どっ、という鈍い音。それは――


「危なかったな。もう少し早く来れるはずだったんだけどな」

「俊、二さん……」


 大樹を抱きとめた俊二がゆっくりと地面に下ろす。ぐったりしてはいるが命に別状はなさそうだ。


「大丈夫ぅ~?」

「すまん、あずさ。大樹を背にして戦うぞ」

「了解ぃ~」


 自分の受け持ちを終えたあずさがすかさず援軍に来る。これで二対一。俊二は傷を負っているがなんとか渡り合えるだろう。大樹の分まで叩きのめさなきゃ気が済まない。

 それぞれ剣を構え、戦闘体勢に入る。睨むように『魔族』を見据える。

 しかしソルキルは予想外な言葉を告げた。


「――ココハ退コウ」

「何……?」

「堂ヶ森ノ管理人ヲ使イ物ニナラナイヨウニスルトイウ任務ハ果タシタ。コレ以上戦ウ理由ハナイ」

「勝手なことを……!」


 怒りに任せて走り出そうとした俊二を嘲笑うかのように、ソルキルはそれ以上何も語らぬまま空間を渡り消えてしまう。

 残ったのは倒れた大樹と、殆どの者が傷つき座り込んでいる堂ヶ森の退魔士たち。立っているの俊二とあずさの二人だけだった。


「大樹、大丈夫か?」

「ええ……アイツは?」

「逃げたみたいだ」

「そうですか……良かった」


 擦れた声が痛々しい。しかし守りきれたと知るとほんの小さく笑った。

 それが俊二には苦かった。場所は守れても多くの人が傷ついたのだから。

 緊張の糸が切れたのかそのまま大樹が気を失う。むしろここまで集中力が持ったことが僥倖だった。


「あずさ、大樹や皆の治療を頼む。俺は親父と雄斗さんに連絡してくる」

「うん、わかったよぉ」


 このまま終わることは有り得ない。まだまだ続くという確信の中、暢気な声に送り出され彼は携帯電話を手に取った。







「……なるほど。大体のことはわかった。よく生き残ったな、三人とも」

「ええ、大したものです」


 翌日堂ヶ森に現れたのは鬼ヶ城山の管理人・鬼城照彦と、石鎚山いしづちやまの管理人・天野宗佑そうすけの二人だった。彼らは説明を終えた俊二とあずさに向かって開口一番褒め称えた。


「魔獣だけならともかく、『魔族』まで出張ってきたのを追い払うってのはそう出来るこっちゃないからなぁ」

「そうですね、照彦さん。俊二君もあずささんも大樹君も皆よくやったと思いますよ」


 豪放に笑う照彦とは対照的に、静かに微笑む宗佑。薄茶色のサングラスの奥には優しい光が見え隠れする。

 いつも微笑を浮かべ、何事にも動じないイメージを持つ宗佑は七星の中でも珍しい楽観主義者で、度々雄斗や泰蔵に窘められることも多い。しかしそれは弛まぬ努力と自信に裏付けられていることは、七星以外のほとんどの者が知らないことだった。


「いえ、魔族は傷一つ負わせられないまま逃がしてしまって……」

「君らが無事ならそれで良いのですよ。やはり堂ヶ森をお二人に任せて良かった」


 にこにこと言う宗佑に苦笑する。


「で、とりあえず雄斗さんたちはどういう見解なんですか?」

「まだ詳しいことは報告してないからあれだが、陰神の残党説が一番濃厚みたいだ。この前も来てたし、魔族まで現れたらそりゃそう思うよな」

「陰神は外法士と魔族の集団。確かに一番ありえそうな話ではありそうですね」

「そうですか……」


 確かに状況証拠を考えるなら陰神の残党と考えるのが妥当なのだろう。

 でも本当にそうなのだろうか。あくまで全ては状況証拠からの推測。確たる証拠は何もない。一つの方向性に絞ることが彼には危険に思えた。


「まぁ後片付けは俺らに任せておけ。二人は帰ってゆっくり休んでおきな。大樹のことは心配するな。なんせ俺がついてるんだからな」

「ええ。後は私たちが纏めておきますから」

「……そうですか。ならお言葉に甘えさせてもらいます。大樹のことよろしくお願いします」

「お願いしますねぇ」

「おうよ。任せておけ」


 軽く手を振って背を向ける照彦と、僅かに頭を下げてそれに続く宗佑。

 二人を見送ると俊二は小さく息を吐いた。それには微かながら憂いの色が含まれていた。


「腑に落ちないのぉ?」

「……ああ」


 二人、というか北斗七星の上層部はその方向で考えている。七星の一つの家柄とはいえ、継承者ではない自分が意見したり反対したりするのはまずいだろう。


「でもぉ」

「うん?」

「私も何か違うような気がするのぉ。何となく、勘だけどぉ」

「そうか……」


 あずさの勘の鋭さは並みのものではない。彼女も同意見ならばむしろ自信が付くというものだ。

 もし自分たちの考えが正しいなら、黒幕が他にいるということになる。魔獣を操っている、そして魔族に指示を与えている術士だ。

 四国には実力者という実力者は七星以外ほとんどいない。あとは七星の係累に連なる者たちにいくらかいる程度だ。そうなると外部からの侵入者となるが、それが陰神の残党と決め付けるのは早計と思える。


「まぁ、俺らに出来ることは守護任務と警戒くらいしかなさそうだな。正体がわかるまでは、な」

「仕方ないけどそうなるねぇ」


 今の自分たちに出来ることは少ない。だからこそ、次に遭遇した時には必ず尻尾を掴んでやる。

 俊二は昇る朝陽に力強く誓った。




「襲撃の連鎖」完


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