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南天に七星は瞬いて  作者: 榎元亮哉
~襲撃の連鎖~
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~襲撃の連鎖~ 二話

 からからから――


 軽い音が何処からともなく聞こえてくる。

 時刻は深夜を回った頃。現在の時間帯と音、両方を認識した瞬間俊二は薄い布団を跳ね除け飛び起きた。

 急いでズボンのみを履き替え、宛がわれていた寝室の扉を乱暴に開けて庭への最短経路を往く。夕食後に家屋の内部構造を把握していたのがこんなに早く役立つとは思わず、彼は知らず苦笑いを浮かべていた。

 廊下を走る彼の耳に、先ほどまで聞こえていた鳴り子の音が不意に途絶えた。

 そもそも鳴り子が鳴るのは、この堂ヶ森に張られている結界内に敵意を持った何者かが進入した際のみ。そして一度鳴った鳴り子が止まったということは結界を張った本人――今回の場合は大樹だ――が鳴り子と結界の連動を切ったか、もしくは侵入者が鳴り子を壊したかの二択。

 前者であってくれと彼は願うが、その可能性は限りなく低いことを感じていた。

 廊下を曲がり、正面に庭が見える。人影を発見したのと同時に『地聖』を右手に握った。


「――っと」

「さすがに早いですね」


 剣を構えようとしたその瞬間に振り返ったのは、穏やかな表情を浮かべた堂ヶ森の管理人だった。一瞬予想が外れたかと安心しかけたが、大樹の手にある金棒がそれを退けた。


「……大樹こそ早いな」

「こんなことがあるかもしれないと思っていたので、いつもの格好のまま横になっていたんです。……本当、嫌な予感ほど良く当たるものです」


 苦笑する大樹。しかしその中に緊張の色が混じっているのを彼は見逃さなかった。


「大丈夫か?」

「何とか。ここを守らないといけませんから」

「……無理はするなよ」


 怖くて仕方ないのを無理矢理押し込んでこの場に立っている彼に、逃げろとも頑張れとも言えなかった。大樹は全ての可能性を考慮したうえで戦うことを決めた。――人はそれを『覚悟』と呼ぶ。


「あー、二人とも早いねぇ」


 のんびりと間延びした声が背後から聞こえてきて、彼らは振り返った。そこには当然あずさの姿。今まで寝ていたとは思えないほどしっかりとした足取りと服装。髪も乱れていなく、いつものように赤いカチューシャがしっかり納まっていた。


「よく起きれたな」

「私、寝起きは良いほうだよぉ」

「嘘付け……」


 鬼ヶ城山の時もちゃんと気配を察して起きてきたので、嘘だと決め付けるのは早計だが、それでもあのあずさが起きてきたことに対して驚愕が拭えなかった。しかも前回は眠そうだったのに、今回は目蓋を擦ったりもせず、まるで最初からこのことを予期していたかのような佇まいだった。


「そんなことより、お客さんみたいだよぉ?」


 ぞわり。

 あずさの言葉と同時に悪寒が走り、彼らは瞬時に振り返った。

 そこには五つの影。そのうち一つを除いた影は熊の体躯にそっくりだった。四体の熊型の魔獣。しかし三人は『熊』ではなく、中央に位置した奇妙な影だけを凝視していた。

 西洋の全身鎧に酷似した姿だが、頭部の兜の間からは大きな濁った瞳が一つだけ覗いき、その紫一色の全身には人間ではとても放てないほどの瘴気を纏っていた。


「人間じゃ、ない……?」

「――ソノトオリダ」


 大樹の呟きを肯定したのはその当人だった。その身に纏っているはずの鎧を、微かな音さえさせずに一歩前に出る。ただそれだの動作で彼らを圧迫する瘴気が一段と濃くなる。


「――我ガ名ハ『ソルキル』。我ガ故郷ハ魔界」


 体の何処から発声しているのかわからず、微妙に聞き取りにくいが言葉は理解できる。ソルキルの言葉の意味を理解した一同は、瞬間、硬直した。


「魔族だと……!」

「そうみたいですね。ハッタリでもなさそうです」


 身体の芯から冷えるような強烈な悪寒。嫌悪感しか受けないその外見に湧き出るような瘴気。生まれて初めて見る『魔族』に衝撃は中々消えてくれそうになかった。


「あの魔族は俺が」

「――いえ、自分がやります」

「大樹?」


 予想外の申し出に少なからず動揺した。今まで共に過ごした中で、こんな風に彼がはっきりと意見を言うのは非常に稀だった。それも俊二の意思を遮ってまでだ。


「この堂ヶ森の責任者は自分です。ならば自分があの魔族の相手をするのは当然です。――勝って、責任を果たします」


 気負いすぎだろう。その言葉を喉元で押し戻す。彼の気迫が俊二のそれを上回ったのだ。しかし、だからと言って意見が変わったわけではない。大樹の言葉は自信ではなく義務。勝てるからではなく、勝たなくてはでもない。戦わなくてはならないという、覚悟だ。


「そこまで言うなら勝てよ」

「はい。ありがとうございます」


 視線を魔族に向けたまま言う彼に、尚更危機感が募らされる。冷たく嫌な予感がする。しかしこうなった以上、もう大樹を止めることは出来ない。出来るとするなら、それは俊二やあずさが自分の受け持ちを消化して大樹の助太刀をすることだけ。

 いかに早く『熊』たちを撃破するかが鍵になる。そう考え出したとき、不意に背後の家屋から足音が響いてきた。瞬時に思い出す。そう、堂ヶ森の退魔士たちだった。


「遅れて申し訳ない。五人全員揃っています」

「大丈夫です。間に合ってよかった。それではあの『熊』たちをお願いします」

「わかりました」


 五人は思い思いに散開し武器を構える。大部分が持つのはやはり一般的な武装とされている日本刀だ。


「皆さんは三人と二人に別れてそれぞれ『熊』の相手を。俺とあずさは一人ずつ当たります」

「大樹さんは……あの魔族ですか?」


 二十代の、五人の中で一番若い退魔士が若干の驚きを交えながら言う。予想外だったのだろう。


「はい。でもあの魔族は強敵です。出来ればここにいる全員で当たりたい。だから『熊』を撃破したら速やかに援護を。――お願いします」


 ほんの僅かな遣り取りの中でも、大樹がまだこの堂ヶ森で全幅の信頼を得ていないのがわかってしまった。発した言葉に、懇願にも似た響きを持ってしまうのは仕方ないことだ。

 死なせたくない。まるで弟のような大樹を、こんな場所で失うことはならない。絶対に。


「うん、頑張ろぉ。大樹ちゃんを助けられるかどうかは私たち次第だよぉ?」

「ああ。――行くぞっ!」


 俊二の言葉を合図に、全ての影が一斉に動き出した。


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