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南天に七星は瞬いて  作者: 榎元亮哉
~襲撃の連鎖~
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~襲撃の連鎖~ 一話

 鬼ヶ城山での一件から五日が経とうとしていた。

 この間に前回の事件に輪をかけた厳重な警戒態勢が各管理人たちに通達され、四国全体が緊張状態になっていた。退魔士の誰もが久しくなかった不穏な雰囲気に戸惑い、それが過度の緊張に繋がってしまったのだ。

 だがそれは仕方ないことなのかもしれない。現在二十代・三十代の若手は十年前の陰神が起こした争乱を経験しておらず、それ以後平和な時期が続いていたのだから。陰神の争乱の時期を知る者でも、四国は中心地ではなった為戦闘に参加した退魔士は少なかった。全体からしたら一割弱と言ったところだろう。

 敵の正体もわからず、目的も未だに不明。経験のない事態に浮き足立ってしまっていた。

 各管理人たちも動揺を抑えようと積極的に管理地の退魔士たちと話し合いや相談を繰り返してはいたが、芳しい効果は表れていなかった。年長者が管理する場所は多少不安な雰囲気が流れているだけで済んでいたが、特に動揺が広がっていたのは管理人を継いで短い堂ヶ森だった。

 堂ヶ森の管理人の堂森大樹は、父の死後堂ヶ森の管理人を継いでまだ一年しか経っていない。年齢も二十一と若く性格も温和なせいもあってか、周囲からの完全な信頼は得られていなかった。人心掌握に苦慮する大樹の前に現れたのは、彼らと約束を交わしてから五日後のことだった。





「まさかこのタイミングで来るとは思ってなかったですよ」

「約束したからな」

「それはそうですけど」


 しれっと言う俊二に、大樹は苦笑を浮かべた。だがそうは言いながらも大樹の内心はほっとしていた。正直ここ数日の激務で息抜きをする余裕などなかったからだ。


「次に襲撃される可能性、堂ヶ森が一番高いって言われてるから心配で来たんだよぉ」

「そう噂されてますね。わざわざご足労かけてすいません、あずささん」

「へへぇ」

「まぁ気にすんな。少しでも力になれたらって思って来ただけだから」

「本当、ありがとうございます」


 堂ヶ森が襲撃されると言われている理由は、前回襲撃された鬼ヶ城山から一番近いことが挙げられる。襲撃者が何を考えているかは未だ不明だが、他の場所を攻めるのに堂ヶ森を無視して行くのも考えづらいことだ。

 そしてもう一つ理由がある。それは現在の堂ヶ森の状態にある。現状堂ヶ森は一枚岩とは言い難く、非常に不安定な状態にある。実際に襲撃されたら、撃退するのは難しい。これは堂ヶ森に広がっている意見で、北斗七星を統べる剣雄斗、甚吉森の朝倉泰蔵も同意見だった。

 だからこそ、総本山の剣山、そして甚吉森の守備から彼ら二人を割いて派遣することになったのだ。勿論そこに俊二とあずさの意思があり、進言したのも俊二だった。鬼ヶ城山でした約束は口実に過ぎない。ただ幼なじみである友人の力になりたかっただけだ。


「まぁここが襲われる可能性は四割程度。すぐ東の石鎚山や高知の陣ヶ森の可能性もありますから」

「確かに襲われないほうがいいに決まってるんだけどな。出来れば金輪際、何処も」


 心からそう思う。争いなんてもの、出来れば起こらないでいてほしいものだ。人が命を落とす危険のあるものならば、尚更。


「そうですね。とりあえずお茶でも出すんでどうぞ」

「ありがとぉ」

「サンキュ。じゃああがらせてもらうか」

「どうぞ。この間の話も聞きたいですしね」


 大樹は微笑んで扉を開けた。







「『蛇』ですか……。話を聞く限り、非常に厄介な相手みたいですね」


 和室に通された二人は大樹の希望もあって、先日の鬼ヶ城山の戦闘について話をしていた。大樹が鬼ヶ城山を去った後から話は始まり、鬼城照彦との夕飯の時の会話、そして本題でもある戦闘と順を追って説明した。

 あの『蛇』の魔獣の生命力に固い鱗。説明を終えた俊二たちに対して発した一言目が前述の言葉だった。

 大樹は冷静に相手の力の把握をしようとし、そして出た結論がそれだった。


(正直、鬼ヶ城山を襲撃したのと同じ戦力を向けられれば、堂ヶ森は陥落する)


 それもあっけなく。津波に飲み込まれる人々のように、全ての抵抗が空しく、そして無駄なように。『蛇』一体すら倒せないまま、堂ヶ森を守る退魔士は悉く屍を晒すだろう。


 しかし、彼らだけならどうしようもないが、ここに二人の心強い増援がいる。朝倉俊二と剣あずさ。この二人は堂ヶ森にいるどの退魔士よりも強い。無論、堂ヶ森の管理人である大樹よりもだ。

 俊二は各管理人、そして次代管理人を除いた中では最高と言っても良い能力を持っている。優秀な父、そして兄の健一譲りのポテンシャルは管理人たちに引けを取らない。

 あずさはいずれ北斗七星の、四国のトップに立つだろう。現在北斗七星を統べる剣雄斗に比べると、能力は劣り、その掴み所のない性格も評価できるとは言えない。しかし能力が劣ると言っても、それは比べる相手が四国最強の退魔士だから劣るのであって、彼女の『力』は四国でも有数のものであるのは間違いなかった。

 この二人が堂ヶ森にいる。大樹はそれを考慮して計算をし直す。

 しかし、それでも。


(この二人が苦戦した相手……なら、それでも勝算は薄いか?)


 戦力は大幅に上がる。だがそれでも、分析した結果は芳しいものではなかった。彼の予想で勝率はおよそ三割程度。三回に二回は負ける。逃げに徹すれば、もしかしたら全員生き残ることが出来るかもしれないが、逃げたら最後、大樹は堂ヶ森の管理人として認められることはないだろう。

 それは他の管理人からという意味ではなく、堂ヶ森の他の退魔士から、という意味だ。現在でも信頼されているとは言えないのに、もしここで逃げ出したら信頼は泡と消え、信用は地に堕ちるだろう。それは亡き父の功績すらも霞ませる罪である。

 それだけは出来ない。逃げ出すくらいなら、戦って死ぬことを選ぶ。

 しかし、決して死にたいわけでもない。だからこそ俊二たちに鬼ヶ城山での出来事を聞き、冷静に分析していたのだ。

 かくて、覚悟は決まった。後はそれが上手くいくかどうか、それだけだ。


「ああ。一対一で勝つのは難しいと思う」

「そうみたいですね。それなら集団で一体ずつ各個撃破が理想でしょうか」


 堂ヶ森には現在大樹の他に五人の退魔士がいる。いずれも一人前と呼べる力量だが、『蛇』を相手にするには物足りなさは否めない。


「それくらいしか対処法がないと思う。絶対に一人で相手しちゃ駄目だ。俺やあずさでも時間稼ぎは出来ると思うが、それ以上は難しいと思う」

「そうだねぇ」


 俊二の意見にあずさも間延びした声で同意した。彼女に異論は全くないようだ。

 大樹は温くなった緑茶を啜り、対応を纏める。

 もし仮に『蛇』が四匹出てきたとしての対応。まずは俊二とあずさが一匹ずつ相手をし、残りの二匹を三人ずつで対処する。俊二たちが時間を稼いでいるうちに堂ヶ森の退魔士たち六人で出来るだけ早く『蛇』を倒し、彼らの援護に回る。

 彼はこれが危険最小に食い止め、かつ勝率の良いものだと判断した。

 しかしこれはあくまでも前回と同じ戦力だったという過程の話。今回も同じとは限らない。だがシミュレーションするのは無駄ではない。同じでなくても似たシチュエーションはあり得るのだから。


「――さて、この話はこの辺にしておきましょうか。これ以上話しても解決策はありませんし」

「だな。あとは実際に襲撃が起こったら、だな」

「真面目な話は疲れるよぉ」


 あずさの言葉に苦笑いする男性陣。いかにも彼女らしいと思ってしまうのは付き合いの長さゆえか。


「そういやこの前ちらっと聞いたんだが、今度お見合いやるらしいな」


 表情の機微を窺うような視線。完全に面白がって聞いている。隣のあずさも興味があるらしく、疲れた表情を一変させ、瞳が輝いていた。


「……誰から聞いたんですか、それ」

「この前、照彦さんから」

「ああ、なるほど」


 照彦も散々お見合いの話を回されている。きっとその時に大樹の見合い話を聞いたのだろう。大樹はそう予想し、そしてその予想は的中していた。


「あの人もずっとお見合い勧められてましたからね。でも鬼城さん、生涯独身貫きそうな感じがしますけど」

「そうだなぁ。でも別に結婚したくないってわけじゃなくて、跡継ぎの為に結婚するのが嫌っていうようなこと言ってたからな。結婚はそのうちするかもしれないけど、それは後継者を確定させてからかもな」

「鬼城さん、命令とか誰かの指示とかに従うの好きじゃないですからね」


 鬼城照彦はそんな人物だが、頭の上がらない存在が二人ばかりいる。それはあずさの父親であり、俊二の父親だった。《金剛鬼》の異名を持つ彼も、年長者で実力もあるこの二人にはどうしても反抗できない。


「照彦さんも親父たちには逆らえないからなぁ。まぁあの二人に逆らえる人なんて、少なくてもこの四国にはいないけどな。それでも例外を挙げるなら――」

「うん? なぁにぃ?」

「いや、なんでもない」


 唯一の例外は、生まれたときからその二人に深く愛されている彼女だけだろう。

 俊二の安らかな微笑み。

 それを見た大樹は、きっとその時は俊二も巻き込まれるだろうと思った。

 あずさは反抗し、俊二が逃げ出すような、とても楽しい未来が訪れるだろうと。


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