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南天に七星は瞬いて  作者: 榎元亮哉
~鬼の住まう山~
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~鬼の住まう山~ 二話

 罰の庭掃除を終えた翌日、俊二とあずさは家に帰ることを選ばずにもう一日だけ滞在することにしていた。数年ぶりの鬼ヶ城山、懐かしさもあったし、それに久しぶりに会った照彦とも話をしたかった。罰ももう終わっているので、次の仕事が入るまでに帰れば問題ないのだ。今朝照彦からその話を提案された時、あずさは賛成したし俊二も勿論反対しなかった。


「日陰はいいなぁ」

「いいねぇ」


 昨日と同じような強烈な日差しが照りつけるが、昨日とは違って汗をたらして労働する必要はない。午前中からだらけて日陰で寝転んでいるのも仕方ない。それほど昨日の庭掃除は辛いものだった。筋肉痛こそないが、腰は微妙に痛い。


「今日は一日中こうやっていようかな……」

「賛成~。のんびりするのも必要だよぉ」


 照彦は仕事で外出中。帰ってくるのは夕方の予定になっている。それまではくつろぎ放題だ。

 照彦が戻るまで寝て過ごすのもいいなぁ、と彼が考えていたそのとき、聞き覚えのある友人の声が響いてきた。


「……あ、いたいた。探しちゃいましたよ」

大樹だいきか。久しぶりだな」

「大ちゃん久しぶりぃ」


 まだあどけない顔立ち、ひょろっとして頼りない体躯。少年と言っても十分通用しそうな彼は成人してちょうど一年を経過していた。


「久しぶりです、俊二さん、あずささん。って言っても年始以来ですか」

「もう四ヶ月経ってるから立派に『久しぶり』だろう」

「そうですね」


 大樹の本名は『堂森どうもり大樹』と言い、『七星』の一人で『堂ヶどうがもり』の管理人でもある。七星の中で最年少で、去年病死した父親の後を継いでいた。

 俊二たちとも年齢が近く、小さい頃にはよく遊んでいた幼なじみの一人でもある。大樹は昔から穏やかで優しい性格で、少々気弱な面があったが、それでも今は七星の一人として堂ヶ森を束ねている。


「それにしても今日はどうしたんだ。照彦さんに用事か」

「いえ、違いますよ。これでも僕も七星ですから罰の内容は知ってます。それで隣にせっかく来てるのならと思って来た次第です」

「ありがとうねぇ大ちゃん」

「いえいえ。勝手に来ただけなんで」


 ちなみに彼の住む堂ヶ森は隣と言ってもかなりの距離がある。愛媛県の中央部近くで、常人が気楽に来られるような距離ではない。


「暇なのか? こんな辺鄙なところまでわざわざ来るなんて」

「暇じゃないですよ。昨日の夜に今日の分の仕事のほとんどやっておいたんです。管理人の仕事って結構肩の凝るものが多くて困ります」

「まぁそりゃしょうがないだろ。大樹には兄弟も従兄弟もいないんだから」

「そうなんですけどね」


 親戚はいるにはいるが、大樹の本家とは離れているし、彼ももう成人していたため満場一致で決まってしまった経緯があった。そのため反対も出来ず、結局流されるまま就任してしまったのだ。


「でもまぁ遣り甲斐のある仕事ですよ。早く二人にも体験してもらいたいものです」

「遠慮しておこう」

「遠慮しておくよぉ」

「……そんなに嫌ですか」


 即座にハモる俊二とあずさ。反応の鈍いあずさも即答するあたりどれほど嫌なのか。俊二も昨夜照彦に言ったように七星の仕事に興味もないしやりたいとも思わない。即答は当然だった。


「ま、それはそれとして上がってくだろ」

「はい。お菓子も持ってきたのでお茶にしましょう」

「いいねぇ」


 楽しそうにお茶の用意をしに駆けていく彼女を見て、二人は微笑んだ。









「――なんだ、大樹が来てたなら連絡しろよ。手抜きして帰ってきたのに」

「それはさすがにまずいんじゃ」


 夕方照彦が帰宅したときには既に大樹は帰った後だった。ほんの十数分の入れ違いで、仮に大樹に仕事を催促する電話がなければ会えただろうなと俊二は思った。

 彼は帰り際、「今度は堂ヶ森に来てください」と「鬼城さんによろしく」の二つを言い残して帰っていった。


「まぁいいか。会おうと思えば会えるし、この間も俊坊たちの罰の会議で会ったしな。……そうだ、また何か騒動起こしてくれないか。『七星』同士親睦は深めるべきだろ」

「そんな理由で騒動起こしたくないですよ。それにそう思うなら自分から堂ヶ森に行けばいいじゃないですか」

「行くのは面倒じゃないか」

「それが本音ですか……」


 呆れ顔でため息をつく。照彦は結構な気分屋であり、面倒臭がりやでもあった。


「まぁいいじゃないか。それよりそら、メシを食え」

「ホントにもう……」


 それでいて憎めない。色々な意味で『良い性格』だと彼はしみじみ思った。








 彼が違和感で眼を覚ましたのは丑三つ時になってすぐのことだった。

 明日の朝早く出立するため、普段よりも一時間早く布団に入っていたが、そのことが原因で起きたのではない。

 俊二は掛け布団をめくって、庭に面したほうの襖を静かに、覗ける程度開けて様子を窺った。

 庭は彼の見る限り何の変化もない。寝る前と寸分変わらない。それでも彼はそのままの格好で庭を見続ける。微かな変化すら見落とさないように。

 そして三十秒。

 じっと凝視し続けていたが何の変化もない。

 あれはただの気のせいだったのだろうか。確かにこれと言って根拠のあるものではない。

 少し考えた後、彼は持ってきた自分のバッグのチャックを開け、着替えを取り出した。そして手早く着替える。

 根拠はない。ただそれでも未だ消えない気持ち悪さを払拭するにはこれしか方法はなかった。調べて探して何もなかったら笑い話で終わる。それはそれでいい。何事もないのを調べることに意味がある。

 さっきと同じように襖の隙間から様子を窺う。


「――――!」


 心臓が飛び出そうになるくらいの驚きを喉元までで何とか抑えた。しかしそれでも気配が伝わったのだろう、庭に立っていたその男が静かに振り向いた。


「俊二か」

「……はい」


 観念して襖を開け、縁側に立つ。いつもとは違う真剣な表情に生唾を飲み込んだ。照彦の眼光は鋭く、まるで突き刺さりそうな錯覚。


「お前も気づいたか。何者か知らんが来るぞ」

「来る……?」


 その瞬間背中が粟立った。庭の先の林の中から赤い瞳を持った細長い身体の生物が、まるで獲物の様子を窺うべく現れたのだ。


「『蛇』が四体か。何とかなるかね」


 照彦が言った通り、最初に出現した『蛇』を先頭にして更に三体。しかも――


「あれぇ、魔獣だねぇ」

「あずさ、良く起きれたな……」


 正直起きてくるとは欠片も思っていなかった幼なじみの姿。眠そうに目元を擦っている。だが彼女も異変を感じて来たのだろう、身に付けていたのはいつものパジャマではなく普段着だ。

 彼女の言うように、その『蛇』たちは魔獣だった。全長は五m前後で、普通に生息している可能性も僅かばかりあるが、その宿った瞳が違う。そしてその身体から放たれる濃密な殺気も。彼らはたまたまこの場所に来たのではない。この場所にいる者たちを殺すために現れたのだ。

 俊二の感じた違和感の正体はこの『蛇』たちだったのだろう。今になって彼はそう直感していた。


「来たか」


 照彦がそう言うと、庭の玄関に近いほうから複数の足音とともに四人の男たちが走ってきた。俊二は彼らにうち二人に見覚えがあることに気づいた。

 彼らは『鬼ヶ城山』所属の退魔士、つまりは味方だ。てっきり三人で『蛇』たちを相手にすると思っていただけに、救援はとても心強く感じた。


「遅かったな。まぁ間に合ったからいいか」

「すいません」


 そう言いながらその場の全員が武器を構える。俊二も『地聖』を握る。あずさも愛剣を手に取り、照彦も自らの武器である斧を両手で掲げる。


「お前らは二人で一体に当たれ。あとの一体は俺が受け持つ」

「はい」

「わかりました」

「わかったよぉ」


 返事をしてそれぞれが一番近くにいる『蛇』に対峙する。俊二の後ろにサポートするようにあずさがつく。


「行くぞっ! てめぇらっ!」


 照彦が大声を上げて突っ込んでいく。

 そして全員がその声を合図にして駆け出した。


「おぉうっ!」

「いっくよー!」


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