~崩壊~ 二話
ざわり。眠っていた俊二は背中を生暖かいものに撫でられたような不快感で目を覚ました。灯りは付いたまま。あのまま眠ってしまっていたらしい。
覚醒していない頭を、頬を両手で軽く叩いて覚まさせる。事態は急を要するのだ。自然に覚醒するのを待つのは悠長すぎる。
「よし、行くか」
声に出し、意識を集中させる。がちゃりと扉を開いてすぐ、間近にどたどたとした足音が聞こえてきた。――あずさだ。
「場所は?」
「たぶん碧さんの部屋のほうだと思うよぉ」
「了解、急ごう」
眠ってた俊二に詳しい場所までは解らない。逆にすぐに俊二の部屋まで駆けつけたあずさは今まで起きていたのだろう。だからこそ場所の特定が出来たということだ。
場所が判明した以上躊躇している時間はない。場所的にも碧が一番に対応しているはずなのだから。
(なるほど……)
脳内で建物内の地図を思い出し、あずさが碧の部屋でなく俊二の部屋を先に訪れた理由に合点がいった。つまり、あずさの部屋から碧の部屋に向かう途中に俊二の部屋があったのだ。より正確に言うならば少しだけ寄り道気味ではあるが、彼女は彼と合流したほうがいいと判断したのだろう。
板張りの廊下を踏み鳴らし、碧の部屋に続く道の最後の角を曲がる。瞬間、覚えのある陰鬱な気配を感じ取った。
「やつか……!」
更に加速し、部屋の襖を勢いよく開いた。
「やっぱりな……」
「オ前カ」
「俊二くん、あずさちゃん!」
ざっと二十畳ほどの和室の中の光景は、彼の予想していたものとほとんど変わりのないものだった。
馴染みの日本刀を構える碧に対するは紫の鎧の魔族、ソルキル。鎧故にその表情を窺い知ることは出来ない。
「よく気付いたわね二人とも。結界をすり抜けて来たから奇襲で殺られるとこだったっていうのに」
「そいつとは何回かやりあってるんで、それで気付けたんだと思います。たぶん」
「なるほどぉ」
「まぁ気付けて良かったってことで。ここで倒しておきましょう」
あずさのわかっているのかわかっていないのか微妙な言葉をスルーして、それぞれの得物を喚びソルキルに向かい合う。相手はソルキル。三対一でも油断は出来ない。
「そうね、こいつを倒しておけばだいぶ戦力を削げるでしょうし。確実に仕留めておきたいわね」
「はい」
恐らくいるはずの黒幕、それ以外で大きな力を持っているのはソルキルしか確認されていない。多数の魔獣は確認されているが、それらは七星やそれに準ずる力量を持った退魔士なら対処出来るレベルだ。つまりこの場でソルキルを討つことが出来れば一気に戦況が有利になる。
「囲んで一気にって感じで行くわよ」
「はい、それが一番だと思います。ただそこそこの範囲の衝撃波があるのでそこだけは気を付けたほうがいいです」
前回までの戦闘の経験からアドバイスを送る。むしろそれくらいしか攻撃方法は知らないが、それを真っ先に気にかけなければならないのは事実だ。
「あぁ、戦ったことあるんだっけ」
「厄介な相手ですよ。衝撃波の攻撃範囲のことがあるので出来たら庭に出たいですね」
部屋とすれば広いが、この二十畳ほどの和室で戦闘を行うには些か手狭だ。天井も普通の家屋と変わらないので動きに制限がかかるのは明白だった。
「おっけ。じゃあ私がなんとかするわね。庭に出たらお願い」
「え、なんとかするって……?」
「こうするのっ!」
俊二の疑問符に碧は行動で答える。
一直線にソルキルに駆け出し、構えた刀を強く握り直す。ソルキルはそれを見て力を溜め、解放した。
放たれた衝撃波は至近距離。以前の俊二のように回避するには近すぎる。だがそれを碧は大上段からの振り下しで衝撃波を断ち切った。
「――っ!」
「ッ!?」
動揺の気配がソルキルの身体を凍り付かせる。それもそうだろう、回避不能の一撃を真っ向から斬り伏せられたのだから。
更に肉薄し、今度は右から一文字に薙ぐ。しかし刃が触れる刹那、突如として紫色の鎧は掻き消えた。
「くっ!」
「消えたよぉ」
「空間転移か!」
驚く三人だが、すぐに周囲に目を配り魔族の姿を探す。そしてそれはすぐに見つかった。
「さすがですね碧さん」
「ちゃんと庭に出てくれるなんてありがたいわね」
「碧さんすごぉい」
「たまにはちゃんと出来るってとこ見せないとね。健一さんに笑われちゃうわ」
にっこりと笑ってもう一度ソルキルに向かい合う碧。俊二は結婚を控えている身としてもう少し大人しいほうが良い気はしたが、きっとこれが独身最後の大舞台と感じたのだろう。ならば二人に出来ることは、碧が無事に彼の『姉』になれるようサポートすることだけだ。
「さて、囲んで行くわよ。また空間転移したら行きつく間もなく追い詰めましょう」
「了解!」
「はぁい」
じりじりと間合いを縮めていく三人。ソルキルも迂闊に衝撃波を放てばそれが大きな隙になる。瘴気を纏った鎧が、初めて一歩後ずさった。
「――遅れてすいません、後ろからサポートします!」
「天野さん!」
抜刀しながら現れたのは天野宗佑。相変わらずのサングラス姿だ。
「宗佑さんは空間転移後の追撃を。衝撃波には気を付けて」
「わかりました。任せてください」
ここは竜王山、トップは碧だ。天野は碧の指示に従うように、彼女の後方に位置を取った。
これで四対一。いかな空間転移可能な魔族と言えどもこの状況を覆すことは難しいだろう。あとはソルキルをこの場で討てるかどうかだ。
碧が俊二とあずさに視線を送り、小さく頷いた。――合図だ。確認すると同時に彼は走った。そして攻撃のタイミングを計るため、隣に並走する碧に目をやった。が、そこには――
「え……?」
駆けだそうとした姿勢のまま力なく崩れ落ちていく碧。驚愕の表情のまま地面に倒れた。後ろに視線を投げかけて。
「あ、天野さん……?」
「なんでぇ……」
足は止まってしまった。動かせるはずもない。背を血に濡らした碧が土に塗れて倒れている。そしてそれを薄い笑いを浮かべて眺める天野。サングラス越しの瞳は、見えなくとも狂気に染まっている気がした。
「さて、何も解らないままでしょうがこのまま死んで貰います。それでは」
無造作に放たれる剣閃に身体が反応するが、避けきることは出来ずに左腕に赤い線が引かれる。ここに至っても俊二はまだ状況が飲みこむことが出来ずに呆然としていた。そしてそれは碧を挟んで向こう側にいるあずさも同様だった。
「にげ……て……」
「碧さんっ!」
「ほう、手応えはあったんですけどね。しぶとい人だ」
地面に爪を立てるようにして立ち上がろうともがく。しかし力が入らないのか一向に身体は起き上がらない。
「俊二くん、あずさちゃん……早く……っ」
「碧さぁん……」
目に涙を溜めるあずさの姿を見た時やっと、彼は自分を取り戻した。
「……斬る!」
自分を忘れた時に思い出させてくれるのは幼馴染だった。母親を失ったあの時もそうだった。時に笑顔で、時に涙で。
「立ち直りが早いですね、さすがです!」
「それはどうもありがとうございます!」
勢いよく斬りかかり、碧の身体から天野を引き剥がす。止めを刺されるなんてことを許してはならない。
(まだ、今すぐ手当をすれば間に合うはず、間に合わせる!)
鍔迫り合いから一気に押し込み、天野に距離を取らせて碧を背後に守る。
「あずさ、ソルキルを!」
「俊二……」
「あずさ、頼む。碧さんを助けるんだ!」
「……うん!」
彼女の瞳に理性が戻ったのを確認して、小さく息を吐いた。これであずさは大丈夫だ。あとは天野とソルキルを最低でも撃退して一刻も早く碧を治療するだけだ。
「助けられますかね?」
「助けるんですよ。なにがなんでも」
「無理ですね。碧さんの傷は内臓まで届いてはいませんが浅いものではない。出血多量で時間の問題だ」
「それはこのまま放置すればって前提でしょ? そうはさせませんよ」
天野の構えた長刀は、無造作に見えて隙がない。俊二の『地聖』よりも長いということは、それだけ間合いが広いということだ。
(最近間合いで負ける相手としか戦ってない気がするな……。石飛礫だけじゃ威力が足りないし、なんとかしないと)
そんなことを考えるが、つまり現時点での解決方法はないということだ。手持ちの材料と手腕で切り抜けなければならない。
「……陰神の残党なんていなかったってことですか」
「……うん、そうだね。ようやく頭が回ってきたかい? そうだよ、私は利用させてもらっただけ。あの男が事を起こした時に今ならば組織内に眼が向くことはないと考えてね」
「目的は」
「私は、この四国の王になりたいのですよ。しかし残念ながら大きな戦乱がなかった。チャンスがなかった。しかし――」
不意を突いて長刀が真っ直ぐ彼に突き出される。
「くっ!」
辛うじて地聖で軌道を逸らすが、左腕の怪我の影響でバランスを崩し右肩に新たな傷を負う。
「起きないのならば、自分で起こせば言いだけの話。あの陰神の男には感謝してもしきれないくらいです」
「天野さん一人でこんなことをしたところですぐに――」
「誰が私一人と言いました? 賛同者は他にもいます」
賛同者は他にもいる。今日何度目か解らない衝撃が俊二を襲ったが、もう彼は自分を見失わなかった。後ろには傷付いた碧、そしてソルキルと戦うあずさがいる。振り向くことは出来ないが、その音と気配で彼女が頑張っていることが解る。
「それが誰かっていうのは教えてもらえませんよね」
「それはそうです。万が一逃がした時に困りますし。まぁ今頃彼も動いていることでしょう。――もうすぐ、北斗七星は私のものだ!」
今まで浮かべていた薄い笑みから哄笑に変化する。いつもの品の良い表情は消え、下卑た笑い声が響いた。
「させない……! 平和のままでいいじゃないか、このままでいいじゃないか!」
「ならば素直に私に四国を委ねてください。そうすれば血を流さず平和に収まりますよ?」
「こんなに血を流しておいて今更何を言うんだっ! 『雨よ』!」
「ちっ!」
俊二の力ある言葉とともに無数の石飛礫が天野に襲い掛かる。しかし天野はほとんどの飛礫を右に避け、残りを長刀で円を描くように打ち払う。
「はぁっ!」
「くっ」
飛礫を打ち払っている隙に距離を詰め斬りかかる。一撃目が左腕をかすめたが小さなものだ。更に数度切り結ぶがお互いに決定機は生まれない。しかし俊二は違和感を覚えた。
(さすがに無理か。でも今のこの気配……それなら)
再度距離を取った瞬間、俊二は方針を変えた。今のままでは状況を打開できない。そして相手を倒すよりも優先すべきこと。彼は大きく息を吸い込み。
「敵襲ううううううううっっっ!!」
「なっ!?」
天野の動きが止まるほどの大声で叫んだ。先程の違和感、それは恐らく結界が消えた感触。ならそれは何の結界だったのか。竜王山の拠点を包み込む結界は消えていない。なら他の結界ということになる。俊二が寝る前には一つしか張られていなかった。起きてから周囲に気を配ったが、結界の感触はなかったはずだ。そうなると、意識がソルキルに集中していた戦闘中ということにならないだろうか。
(つまり戦闘中、天野さんが来る直前に張られた……!)
俊二はそう予想を付けた。そしてそれは的中していた。その結界は気配遮断と音漏れ防止の簡単でオーソドックスなもの。そしてそれが俊二が斬りつけたことが原因で集中力が切れ、結界が綻びた。
それなら、今なら音が届く。声が届く。他の場所で待機している退魔士たちに。
「やられましたね……僅かな気配に気付かれるとは思いもしませんでした。さすが七星の血統……」
遠くから多数の気配がこっちに向かってくるのがわかる。それは天野も同じだった。策は成功したのだ。
「残念ですが撤退ですね……ソルキル、転移を」
「了解シタ」
あずさと戦っていたソルキルが唐突に消え、天野の傍に来たと認識した瞬間、今度は天野とソルキル二人の姿が消えた。
「本当に逃げたのか……!?」
「……うーん、そうみたいだねぇ」
周囲の気配を探るが、今さっきまで感じていた気配はない。言葉通り本当に逃げたのだろう。
「俊二さん、あずささん……!?」
「圭吾……! 碧さんが重傷だ。すぐに治療を。俺たちは剣山と甚吉森に連絡する」
「は、はいっ! 治療班急いで!」
先頭を切って現れた碧の弟の圭吾に短く指示を出す。血塗れで俯せの姉を見て、動揺はしたがすぐに支持通りに動き出す。
(切り替えたって言うより衝撃的過ぎて現実味がないんだろうな)
そのほうが有難い。今は何より早く行動することが大事だ。
俊二はその現実味が襲ってくる前に一段落着くことを祈りつつ、父親の電話にコールした。
「俊二ぃ、どうなったのぉ?」
夜が明ける頃、ようやく落ち着けるようになった俊二のとこにあずさがひょこっと現れた。といっても二人とも泥だらけなのは変わっていない。そんな余裕はなかったのだ。
「あー……。剣山、甚吉森に襲撃はなし。襲われたのはここ竜王山と……堂ヶ森だ。襲撃したのは……陣内さんらしい」
「陣内さんまでぇ……?」
「ああ。そうみたいだ」
協力者というのは十中八九陣内翔吾のことだろう。陣内は四国一好戦的な男と呼ばれるほどの猛者。天野に上手く唆されたか騙されたかしたのだろう。
「大樹と照彦さんはぁ?」
「ああ、二人はぎりぎりの所で逃げられたみたいだ。ただ、堂ヶ森の退魔士はほぼ全滅の可能性が高いみたいだ……」
怪我人の大樹を庇って陣内の追撃を逃れた照彦の力量に舌を巻く。少なくとも俊二には出来ないことだ。しかしその照彦をもってしても他の堂ヶ森の退魔士たちを救うことは出来なかった。……自分に出来ることは小さいということを痛感する。
「明日にはここを出て甚吉森に向かえって。ここには兄さんが代わりに入るらしい。大樹と照彦さんもこっちに来るらしい。……あと一つ」
「あと一つぅ?」
「ああ……まだ確かなことはわかってない。誤報かもしれないんだけど。あと直接俺たちには関係のないことだけど……」
言い淀む俊二。それは父親に電話した際に聞いた話。恐らく本当に一握り、七星クラスにしか耳に入っていない情報。直接関係ない話だが、それでも衝撃的な話に違いはない。むしろ直接関係ないのにここまで言い辛い話。
それを、俊二は口にした。
「……中国地方全部を統治する、『陰陽陣』が滅亡したらしい」
ついに次章で『南天』も完結です。おそらく一月末までに完結予定ですのでよろしくお願い致します。
俊二たちの戦いの果て、どうぞ御見届けください。
それでは、また。




