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南天に七星は瞬いて  作者: 榎元亮哉
~崩壊~
12/17

~崩壊~ 一話

「これで襲撃を受けていないのは三ケ所だけということか」

「うん……ここまでになるとは予想外だったけど」


 兄の言葉に感想を言う俊二。此処は彼らの住む甚吉森の道場。稽古を終えた健一と碧、俊二とあずさの四人が円形に座っていた。


「俺とあずさの予想だと、多分次の襲撃箇所は三ケ所の何処かだと思う。襲撃に失敗した石鎚山と陳ヶ森にはもう来ないはず。……少なくとも石鎚山には用はないんじゃないかと」

「昨日二人が言っていた、魔族の言葉と行動のことか……確かに信用に当たるとは思うが、どう考え結論を出すかは父さんと雄斗さん次第だ」


 現状北斗七星は党首である剣雄斗とその補佐をしている朝倉泰蔵で組織の方向性を決めている。それは北斗七星創設の際、剣家と朝倉家が中心となって四国の退魔士を纏め上げたことに起因する。故に両家の話し合いに異を唱える者は少なかった。更に言うなら現在の両家の当主は広く意見を取り入れることも多く、七星の七人での合議も定期的に行われていた。


「わたしからも言っておくねぇ」

「うん、あずさも頼む」


 相変わらずのんびりとした口調のあずさに健一がほっとした表情で微笑む。こんな状況でも変わらないな、と。


「これであとは父さんたちの話し合い次第ってことか」

「そうね。この後に何らかの動きや情報がない限り、多分みんなの意見が考慮されるんじゃないかな」

「そうなると思う。俊二もあずさも、碧もそのつもりで警戒しておくように。残るのは私たちの拠点である三ケ所なのだから」









 彼らの予想通り、雄斗と泰蔵の二人の指示は未だ襲撃を免れていた三ケ所への重点的な防衛だった。しかし念のため石鎚山と陳ヶ森の守備もレベルは下げるが続行ということで落ち着いた。そして俊二とあずさはというと。


「……また派遣か」

「それだけ頼りにされてるってことだよぉ」

「そうだといいんだけどな」


 残された四国東方の三ケ所には、それぞれの退魔士が配置されることになった。

 剣山には剣雄斗、甚吉森には俊二の父である朝倉泰蔵と兄の健一、竜王山には当主代理である竜崎碧と俊二、あずさ、そして石鎚山の天野宗佑が配置されることになった。


「でもこんなに物々しい警備にしなくてもいーのにね」

「でもまぁ仕方ないですよ碧さん。三ケ所のうちで一番西側にあって一番襲われそうなんですから」

「まぁ大丈夫でしょ、これだけいれば」

「そうだとは思いますけど油断はしないほうがいいですよ」

「それもそーね。健一にまたどやされちゃうわ」

「兄さんはその辺厳しいですからね」


 竜王山の中腹にある拠点。四階建てのその屋上、麓を望むように見渡していた碧と俊二、あずさは拠点内部の見回りを終えて息抜きに風に当たっていた。


「そーね。健一はちょっと心配性なところあるからねー」

「そこが頼りになるところであり口うるさく感じるところでもあるんですよね……」

「ふふ、確かにね」


 今まで散々お説教を受けている身としては少しだけ頭が痛いが、頼りになることには間違いない。碧もそんな健一と俊二を良く見ているので笑って同意する。


「あずさちゃんもよろしくね。でも無理はしないよーに」

「はぁい」


 碧にとってあずさは北斗七星の長の娘というよりも妹のような存在だ。四国という地域、そして退魔士という閉ざされた世界では同じ組織という身内は何よりも尊いものだ。七つ下のあずさは物心ついた時から碧を姉のように懐いていた。碧も年下の女の子が周囲にいなかったこともあり、よく世話を焼いて実の姉妹のように接するようになった。


「天野さんは?」

「宗佑さんは建物と周囲の把握、あと配置の指示で、多分一階にいるはずよ」

「さすが石鎚山を堅固な拠点にしただけありますね。早速ですか」


 その石鎚山は七星の誰も詰めてはいないが、所属する退魔士の人数とレベル、その組織力を買われて天野宗佑が大丈夫だと判断したためである。無論剣雄斗の許可も得てある。そして天野自身は危険度の高いと思われる竜王山に来たという訳だ。前回の襲撃時に戦闘に参加出来なかったことが引っかかっていたようだ。


「こういうこと宗佑さん得意だし、任せた方が安心出来るからね」

「餅は餅屋ってことですか」

「そ。私たちがあれこれ口出しするよりいいでしょ」


 天野は元々防衛・警備には定評があり、そして碧も石鎚山の拠点に行ったことがある。それが天野に対する信頼を後押ししていた。


「さ、私たちもそろそろ戻らないと」

「ですね。配置とかちゃんと頭に入れておかないと」

「はぁい」


 最後に扉を閉める時、俊二はふと後ろを振り向いた。そこに広がるのは白い雲と青い空。なんの不安も感じさせない初夏の日差し。だからこそ、彼は言い知れない不安を感じた。








「どうですか、天野さん」

「俊二くん。こっちは大丈夫だよ。なんとかなるだろう。なにせ七星が二人もいるし、何より最も奴らとの戦闘経験のある俊二くんとあずささんがいるからね」


 碧とあずさと別れて一階に降りた俊二の前に、背を向け竜王山の退魔士と話をしていたのは天野だった。

 サングラス越しにおっとりとした微笑みを浮かべる天野。確かに彼の言うとおり、ここ竜王山が一番力が入れてあるのだ。彼の言葉は慢心や過信でなく、単純な事実。それでこその余裕だった。


「一応深夜も交代制で警戒に当たらせていますので、俊二くんたちは好きな時間に寝て起きて大丈夫ですよ。その代わり襲撃があったり何かあったりしたら叩き起こしますけど」

「はは、了解しました。あずさにも伝えておきます」


 拠点の長である碧や警備の責任者として現場を指揮する天野と比べて、俊二たちは『お客様』のようなものだ。判断や指示は彼らに任せ、二人はそれに従うのが一番だと思っていた。序列も年齢も上、能力にも不安はない。


「うん、頼むよ。私は深夜起きているつもりだから何かあったらすぐに連絡してください」

「はい、わかりました。でもなにかあっても起きて駆けつける頃には天野さんや碧さんが終わらせていそうですけど」

「そうだね、君たちの出番がないようにすぐに終わらせてみせますよ。そじゃまた」


 軽口を叩いて先程話していた退魔士と共に立ち去る天野。まだまだ仕事が残っているのだろう。


「はい、それでは」


 天野を見送り、割り当てられた部屋へ向かう。建物内は十分に歩いて把握してある。自分に出来るのは有事の際に役立つこと。それまでは思考と休息にあてるのが適当だろう。

 まず頭に浮かんだのは現在の四国の地図と人員の状況だった。それを一つずつ整理していく。


「まずは……」


 最初に襲撃のあった鬼ヶ城山だが、現在は周囲の退魔士を集め警護している。本来居るべき鬼城照彦だが、彼は次に襲われた堂ヶ森に回り重傷を負った大樹のサポートに入っていた。


(大樹には悪いが、今のこの状況じゃもう一度襲撃されたらほとんど無抵抗で落ちるだろう)


 堂ヶ森の退魔士も人数を減らし、その頭たる大樹も戦闘に参加出来ないのであれば他から補強するしかない。今回白羽の矢が立ったのが近くに拠点を構え、戦闘能力と人を纏めることの出来そうな鬼城照彦だったということだ。


(照彦さんが入るならなんとかなるだろう。次は……)


 石鎚山に関しては彼も見た通りなんら問題はない。唯一あるとすれば石鎚山を統べる天野が、竜王山に出向していること。しかし要塞のような鉄壁の防衛網は天野が居なくても充分に機能するだろう。対応すべき退魔士たちも天野の意思や考え方を理解している。不安はない。


「そして……」


 石鎚山と同時襲撃を受けた陳ヶ森。ここは引き続き陣内翔吾率いる陳ヶ森所属の退魔士たちが守りを固めている。一度防衛に成功しているので恐らく大丈夫だろう。


(残る拠点は三つ)


 今俊二たちがいる竜王山。ここには七星である竜崎碧、派遣の天野宗佑、そして俊二とあずさという最も人員を割いてある。それは危険度が最も高く、そして落とされてならないということだ。


(あとは……)


 残るは二つ。そのうちの一つは俊二の住む甚吉森じんきちがもりだ。現在は朝倉家当主である泰蔵、そして俊二の兄である健一が詰めている。俊二と健一の父親である泰蔵は普段から冷静で取り乱したりすることは滅多にない。彼の記憶の中では数年前に母が亡くなった時だけだ。


甚吉森うちは親父と兄貴に任せておけばいいだろう。最後に……」


 四国『北斗七星』の頂点たる剣家が拠点を構える場所の名は剣山。四国第二の高峰であり、日本百名山の一つ。国定公園にも指定されている。

 現在剣家、そして北斗七星のトップを務めるのは剣雄斗。あずさの父親である。正に戦士といった体格と髭が威厳を醸し出す、四国最強と名高き最高峰の退魔士。来年齢五十を迎えるが未だに最強の名を守り続けていた。


「『雄斗在る限り四国は落ちず』か」


 四国内では畏敬とともに、四国外では畏怖とともに語られる言葉。剣山には雄斗がいる。それだけで北斗七星の退魔士たちは安心を覚えるのだ。


「……なんとかなるだろ」


 ちょうど部屋に着いた俊二は小さく呟いた。彼も安心を覚えている一人なのだ。

 自分に出来ることは限りがある。しかし、ただそれだけは最大限の努力をしよう。


(よっと)


 敷かれていた布団に横になり、目蓋を閉じる。

 自分に出来ること。それはこの場所にいる幼馴染を絶対に守ることだった。







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