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わたしの「おかあさん」

作者: 杮かきこ

「ただいまぁ」

 重い気持ちで――家のドアを開ける。

 返事はない。

 聞こえるのは女性の複数の笑い声。



 私はそのまま居間へと向かう。

 そこには――母、絵美子とその母とは仲良しの――お隣の菅原さんが遊びに来ていて、二人で世間話の最中だった。

 私が高校がっこうから帰宅したのは午後四時すぎだから――たぶんこの調子だと二時間以上は話をしているだろう――そんな落ち着きぶりだ。



「お帰りなさい、あっちゃん」

「いらっしゃい……」

 真っ先に迎えてくれたのは菅原さん。母は「あら。帰ってきたの? 」だ。

 少しは見習えよ、母――と思う。

「なんかあっちゃん……元気ないみたいね。大丈夫? 最近はインフルエンザも流行っているし……」

「あ。別に大丈夫です」

「そうそう。この子がインフルエンザになんか負けるわけないものぉ」

 やけに楽しそうな母。あんたの娘だしな。そりゃそうだろう――。



「で、高尾山に登ってきたの? 」

「そう。人が多かったけど……絵美さんもいいわよぉ」

 どうも先週の日曜日に菅原さんは、高尾山に登ったらしい。

 その時のお土産を持ってきてくれたようだ。

「私は高校のときは山岳部だったんだもの……山のことなら任せて」

「そうだったわね。今度一緒に登りたいわぁ」

 本当かよ。私はバレーボール部と聞いてるぞ。それは中学の時の話だったか?

 まぁ――どっちでもいいや。

 


 二人で、そんな話で盛り上がっている。

 私には関心のないことなので、早々に自分の部屋に行くことに――しようとしていた時のことだった。

「高尾山なんで可愛いもんよ。私はウルルに登っちゃうわね」

「ウルル? 」

 母の不可思議な言葉に――可哀想に。菅原さんが怪訝な表情になっている。

「ほらぁ……世界一高い山よ」

「……ああ。「エベレスト」ね……」

 


 母ははっきり言って「バカ」だ。

 きっと知ったかぶって「チョモランマ」と言いたかったのだろう。

 それが――「ウルル」。それはオーストラリアの「エアーズロック」の別名だ。

「そうそう。「エベレスト」よ「エベレスト」」

「そ……そうね。絵美さんなら世界一高い山でも登れるわね」

 菅原さんが苦笑いがてら、母のバカに付き合ってくれている。

 この「本人はは」が「バカ」の「世界一」だろうけど――その自覚は皆無だ。



「もう、すがちゃんは。

 私……「ピアニスト」を目指しちゃおうかな」

「……「ピアニスト」? 」

 上機嫌の母が発した次の「バカ発言」に、菅原さんは凍りついていた。



「……「アルピニスト」」

 仕方なく――私はフォローをする。

「そうそうそうそう。

 それよ、それ。なんだ。敦子……あんた意外と物知りねぇ」

 あんたが知らなすぎるんだよ――我が母よ。

「あっちゃん……すごい。私もわからなかったわ」

 「母のバカ発言」が「何」かわかったら――私は菅原さんを「神」と崇めます。

 


 ちなみに「アルピニスト」は「高度な技術を使った登山をする登山家」のこと。(アルプス登山者と意味する言葉らしいですが)

 前だけど、CMでもやってたやつ。



 たぶん――母はそれを言いたかったのだろうが――。

 八千メートルの山の上で、グランドピアノを持ち込んでピアノを弾いている母を――私は思わず想像してしまう。

 もちろん母は――ピアノなぞ弾けるはずもないが――。

 この人なら、「チョモランマ」にグランドピアノを自力で運びそうな――バカ力は持っていそうだ。

 ここまでくると――「世界一のバカ」を突き抜けて、「バカの奇跡」と言えるかもしれない。

 だか――「世界遺産」への登録は、全力で阻止されるだろうが。



「そう……そうよ。絵美さんなら「アルピニスト」を今からでも目指せるわ」

 完全に笑顔が硬直しています――菅原さん。

 本当にこんな「バカ」の相手をさせてごめんなさい。

 この母が「世界一の奇跡のバカ」と思って――その奇跡を楽しんでください。



 私は心の中でそう――菅原さんに詫びると――余計に疲れを増した体と心に鞭打って。

 二階の自分の部屋へと向かって、階段をのぼり始めた。



「あっちゃん……本当に大丈夫? 」

「はい。ありがとうございます」

 バカ親に付き合ってくれる菅原さんをじゃけんに出来るはずもない。

 私は階段の途中で、菅原さんに答えた。

 そして心の中で呟いた。

「このバカな母をよろしくお願いいたします」――と。




◆◆◆




「あっちゃん……本当に大丈夫かしら」

「あの子なら大丈夫。昨日……ちょっとあったのよ」

「何があったの? 」

 すがちゃん(菅原さんの奥さん)が不思議そうに私を見てる。

 私はにこりと笑って――こう答えた。



「私、高血圧で病院に通ってるでしょ? 」

「そうね……」

「あの子も私に似て、「頭痛持ち」なのよ」

「うん……? 」

「昨日の夜に頭が痛かったらしくてね……あんまりに頭が痛い痛いってうるさいからさ。

 病院でもらった薬をあげたのよ……」

「それが……もしかして合わなかったの?

 絵美さんには合う薬でも、勝手に人に飲ませちゃ……」

 すがちゃんが心配そうにしているから――私は「違う違う」と笑って右手をひらひらと振って見せた。



「あの子には「鎮痛剤」って言ったんだけど、本当は睡眠薬飲ませたのよ。

 あんまりうるさいからさぁ。黙らせちゃおうと思ってね。

 飲ませた直後にさ……何とか部屋に戻って、もううんともすんとも言わなくなってね。

 部屋を見に行ったら、もうぐっすり。

 大笑いしちゃったわよ。

 でも本人もおかしいと思ったらしくて、今朝にバレちゃったけど……」 

 私は舌をちょろっと出して――照れ笑い。

「……絵美さん……」

 あら? すがちゃん――どうしたのかしら?

 私を驚いた感じで見ちゃったりして。

「ここのところ、寝つきが悪かったからもらった薬だったんだけど。

 怖くて飲まなかったのよ……でもあの子のおかげで効き目がわかったわ。

 病院でもらった薬はよく効くわねぇ」

「……そうね」

 どうしたのかしら――すがちゃん。元気が急になくなっちゃって?



「そういえば……すがちゃんもここのところ寝つきが悪いって言ってたわね」

「いいえ。もう大丈夫よ……」

「そう? よく効くのに……」

 私は少し残念そうに呟いた。


 

 よく効くのになぁ……。

 


 一部体験談を含みます。

「薬」の話はけして真似はしないでください。

 

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