第6話 崩れだす願い
―――月村、ごめんな、ひとりにして
―――でも俺には他に守る人がいるから
―――だって、お前は一人でも平気だろう?
「ぃ、やだ、天野っ!!行か、ないでっ…お願、い」
「いか、ないっで…!!」
―――はっ
「………ゆ、め?」
―――やけにリアルな夢だったな…リアルっていうか、本当のことか…夢でも苦しむって、結構きついな…あんなこと思ってても言われたくないもんね
―――ましてや天野になんて、つらすぎる
―――自分から決めたはずなのに未練たらたらだな、私
「なんでこんな夢………あーーー!!だめだめだめ!!こんな暗くてどうする!!明るく行こう、悪いことは考えない!!」
「よしっ、準備しよ」
―――新しい土地で心機一転するんだから、曖昧な感情は捨てて行かなきゃ、前に進めない
―――しっかりしろ、しっかりしないと
―――ひとりでは生きていけない
「だから、頑張らないと。………ね?」
そう言って振り向いた先には、最近いいことがないからせめて部屋の中くらいは明るくしようとして買ったヒマワリがあった。ヒマワリはこっちを見て「大丈夫」って励ましてくれているような気がした。
「さて、荷造りするか」
引っ越しの準備で、部屋の中は前に比べて大分すっきりしたように見える。
積み重なっている段ボールを見ると、もうすぐここから離れるということを実感する。3年住んだこの部屋とお別れかと思うと少し寂しくなった。
最初は気に入らないところもあった部屋だけど、住み慣れると居心地がよくて実家の次に安心する場所になっていたから。
3年、もうそんな時が経っていたのかと思う。
それならば私も私の周りも変化して当然のことだ。大人になると子供のころと違って1年があっという間に過ぎいくから気が付かなかった。
変わらないものなんてない。
変わってほしくないものもたくさんあったはずなのに。
私の心はいつまでも成長しないまま。
見栄っ張りで意地っ張りで、ただの、強がりな子供なんだ。
―――ばさばさばさっ
「ん?って、あーーー!!後で詰めようとして積み上げたやつ崩れちゃってんじゃん…!!うわーーー…」
段ボールに入れるものがどれくらいあるのかを確かめるために、クローゼットやカラーボックスから取り出して適当に置いていたのだが、土台が不安定だったらしく、無残に床にばらばらになってしまっていた。
「はぁ~…めんどくさいなぁ。でもなぁ…邪魔だし、ちょっと寄せるか…」
そう思って、床に散らばったものを集めているとふとアルバムが見えた。
「わっ!!アルバム!!いつのだろ?!」
片づけないといけないのはわかっていても、手からアルバムを離すことは出来なくて、片づけとアルバムを天秤にかけるとあっさりとアルバムを見たい欲求が勝ってしまった。
―――あ、会社入ってからのアルバムだ
「うわ~!!私わかっ!!てか佐々木っ!!ぷっ、そうだっ、あいつこんな髪短かったんだ!!学生の雰囲気抜けてないじゃんっ!!」
それは入社式の日に同期で撮った写真で、私も天野も佐々木も、他のみんなもやはりどこか若くて、まだぎこちなくて、スーツを着こなせてない学生のようだった。
「おっ、これは…んーと…あ、3カ月研修終わったときかな…?」
3か月も一緒にいるおかげで私たち同期はみんなすでに仲良くなっていた。君づけから呼び捨てになって、悩み事も相談し合って、緊張せずにリラックスして愚痴を言い合える、いつのまにかそんな、気の置けない関係になっていた。そして、そのころにはもう。
―――天野が好きだったんだ
テンポのいい会話が楽しくて、時折、私をじっと見つめる目が嬉しくて、でも、ドキドキして。恥ずかしいから目線をはずして下を向きながら話すと天野の手が私の手のそばにあって、その手の大きさや手の厚みに男女の差を感じて、また鼓動が早くなっていた。
本当にそれだけで楽しかった。
他になんにもいらなかった。
天野のそばにいられるだけで、何にも望んだことはなかった。
………いや、望んでいたことはたくさんあった。
もっと話したいと
もっと見つめたいと
もっと触れたいと
特別になりたい…
彼女になりたいと
でもそう思っても我慢することができた。
私がいつも天野のそばにいたから。天野に女の人の影を感じることがなかったから。
それだけで幸せだった。
「でも…今は、」
私が一番そばにいられなくなってしまった。
天野に大事な人が出来てしまったから。
いや………
気付かなかっただけで、天野には昔からそういう人がいたのかもしれない。
優しいから、私に気を使って、いつもそばにいてくれただけなのかもしれない。
そうだとしたら
私は今も昔も天野に想いを寄せる邪魔な女なんだろう。
なんて滑稽なんだ…想いを伝えられない臆病な女なのに、そんな気なんてないようなふりをして、天野の隣にずっといたのだから。
「3年間も何やってたんだろうなぁ…」
私は今の結果を知っていたら天野に想いを伝えることが出来ただろうか。
いや、今の関係を壊すことが怖くて、きっと一歩を踏み出すことなんて出来なかっただろう。付き合うことが出来たなら言えたけれども、断られたとき、気まずくなって離れるほうが嫌だったんだ。
だって、心地よかったから
天野のそばは、あたたかかった
それはそう、まるで、ヒマワリのように
いつでも私を見つめていてくれた
「ふっ、結局、蟻地獄か…」
優しいんだよね、天野は。本当いつも、ここぞってときに私を救ってくれる。
仕事でミスして落ち込んでいるとき、私が先輩からいじめられたとき、何にも言ってないのに、飲みに行こうって誘ってくれた。愚痴を聞いてくれて、慰めてくれた。雷が嫌いな私を心配して、雨の日はご飯か飲みに誘ってくれて家まで送ってくれた。夜遅い時は雷がおさまるまでずっと電話してくれた。思い出したらきりがないほどの思い出がある。
優しい声
あたたかい手
まっすぐ私を見つめる目
私より背が高いのに合わせてくれる歩幅
どうして、私はただ見つめるだけだったのだろう
どうして、その存在の大きさに今になって気がつくのだろう
どうして、私が天野の一番じゃないんだろう
「………っ、なんっで…、」
私はいつも素直になれないの、失って初めて気がつくなんて
「ほんっと、ばか、じゃん…」
こんなにもあなたのことが、こんなに胸の奥に天野がいたなんて
「………、いまさ、ら、」
戻りたいなんて都合の良いこと、考えてばかり
「好き、だ、なんて言えない、よ………」
私は嘘付きだ、ひとりで大丈夫だなんて
―――こんなにもそばにいてほしいと願って
―――想いは叫びだしているのに