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第5話 不透明なもの

「月村、本当にいいのか?」


「…はい」


「そうか…それじゃあ、よろしく頼むよ」


「…はい。よろしくお願いします」





















「あ、月村じゃん」


自販機のそばでカフェオレを飲みながら休憩していると前から佐々木がやってきた。

この間といい、今日といい佐々木とはここで縁があるみたいだ。


「また佐々木か」


「また佐々木か、ってなに?!それじゃ会いたくなかったみたいじゃん!!ひどいぞゆきちゃん!!せめて、おぅ、とか言ってほしかったぞ俺は!!」


「うざ…」


「うざ?!一言で一掃したね!!そんな存在なの俺って?ねえ、ゆきちゃん!」


「ゆきちゃんて呼ぶな。気持ち悪い」


「うっ!!今日もきつい言葉でくるね…この間もきつかったし、最近俺に当たり強いわぁ…」


冷たくあしらっていると佐々木が一人でいじけ始めたので、仕方なく普通に話すことにした。こいつは意外とナイーブなので、このままいくと一人で負の無限ループにはまってしまうのだ。…つまりは、後がめんどうくさい。


「はぁ、いい加減元気出しなさいよ」


「元気出せって、落ち込ませたの月村だよ!!」


「はいはい。ごめんね」


「かるっ!!ごめんに重さが全然感じられないんだけど!!」


「………」


「…!!すんません!!俺が悪かったです!!だからそんなに睨まないで!!」


「わかればよろしい」


「うちの会社って女性少ないけど、権力は絶対女の人の方があるよな…」


「特に佐々木は結婚したら家でも尻に敷かれそうだしね」


「なりそうで怖いから言わないで…」


「………。ぷっ、あはは!!確かに!」


佐々木が奥さんに尻に敷かれて、休日に掃除や洗濯などの家事をしている姿が容易に想像出来てツボにはまってしまった。


「いつまで笑ってんだよお」


「ごめんごめん…くっ、あはは…笑いすぎて、苦しい~!」


「ひでえなぁ…」


「………ふぅ。なんかさぁ、あんたと話してると悩み事とか馬鹿らしくなってくる。佐々木がアホでよかった。あんがと」


「ありがとうが素直に喜べないんだけど…って、あ!!!大事なこと思い出した!!」


「大事なこと?」


「そうだよそう!!」


そこから佐々木の声のトーンが変わった。


「なあ…俺、小耳に挟んだんだけど、転勤の話受けたって本当か?」


―――転勤


「誰から聞いて、」


「そんなことより事実なのか?」


「………そうだよ」


「なんでまた?転勤って何人か候補いるから別にお前が断ってもよかったんだろう?」


「そうだけど…」


「なんで受けたんだ?」


「なんでそんなこと…」


―――どうして佐々木が私の転勤について理由を聞いてくるのかが不思議だった。断る理由なんて特にないのに。結婚しているとか、付き合っている人がいるなら驚かれるかもしれないが、私はその点についてなんの障害もない。だから、どうして転勤の理由を言わなければいけないのかと思った。


「いや、なんでってこともないけど…」


「私の転勤を応援してくれないわけ?」


「っ!そんなことない!!ただ、天野のことが…」


「………天野?」


―――どうして、今ここで、この流れで、天野の名前が出てくるのだろう


―――でも、平気でしょ?だって私は


「あ、天野がどうかしたの?」


「………。あのさ、俺が口出しすることじゃないと思ってずっと黙ってたけどさ、お前ら最近どうなってんの?天野はお前と話したそうなのに、お前天野のこと避けてるだろ。」


「そんなこと、」


「あるだろ。お前はうまくやってるつもりだろうけど、傍から見たらあからさまだ。」


「………」


「なあ、お前何がしたいの?お前たち、いや、月村お前は、天野のことが好きだろう?なのに、どうして避ける?それに転勤したらあいつとは今のようには会えなくなるぞ、わかってんのか?」


―――いつも真面目な話をしない佐々木から思わぬことを言われてなんて言っていいかわからなくなってしまった。私が天野のことを好きだというのは上手に隠してきたはずだったから。しかも佐々木がわかっているとは思わなかったのだ。


「なんで…」


「なんで?あぁ、たぶんお前の感情に気づいてるのは俺くらいだと思うぞ。俺、人の感情とかなんとなくわかっちゃうからさ。だから天野も知らないと思う。」


「そっか…まさか、佐々木が知ってるとは思わなくてびっくりしちゃった…はは…」


「ごまかすなよ。なあ、月村。本当にいいのか?」


「………」


佐々木は本当の私の気持ちを知っている。だからこれ以上誤魔化したところでどうにもならないだろう。


「………そうだよ、好き。私はずっと好きだった。多分、きっと、最初から。でもそれももう遅いってこと佐々木だってわかってるでしょ?どうするもこうするもないよ…諦めるしかない、私は…もう諦めたんだから」


「何言って?なんで諦めたなんて…」


「なんでって、逆にどうして佐々木がそんなこと言うの?天野に彼女がいるって言ったの佐々木だよ?彼女いるって言ったやつが、そんな無責任なこと言わないでよ!!」


「あ、それは…そのことだけど…違うんだ!!」


「違うってなに?!別にもういいよ…これ以上天野のこと聞きたくないし、考えたくない…!!」


「あれは俺の、」


「やめて!…もうこれ以上私を振り回さないで、そのことにも触れないで。転勤のことも私が決めたことだから」


「月村っ!!」


「じゃあね…あと、転勤のこと天野には言わないで。佐々木も自分の言ったことにちゃんと責任持って」


「っ…」


私はこのとき、羞恥、嫉妬、後悔、たくさんの感情で乱れていた。だから、去り際につぶやいた佐々木の声も聞こえることはなかった。






「くそっ…俺のせいで…!!なんでこんなことになったんだよ…!!」






人の感情がもっと見えたらいいのに。そしたらこんなに苦しむことなんてなかった。


人の心は強く見えるけど、もろくて弱い。


それは、そう、まるでガラスのように。


だけど、決して透けて見えてこない。





―――不透明なガラスの感情






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