第3話 その花の意味
飲み会が解散になって、家の方向が同じ天野と一緒に帰るのはいつものパターンだ。
二人で駅までゆっくり歩きながらぽつぽつと話す。
「………楽しかったなぁ」
「そうか?楽しんだならいいけど、俺は佐々木がめんどうだったよ…」
「でもそれが面白かったの。ネタにしてごめんね、天野?」
「いや、いいよ。みんなが喜んでくれたらそれで俺は十分嬉しいからさ」
「優しいなぁ~天野は。私も少しは君を見習わないとね」
「月村だって優しいだろ。なんだかんだ言って、佐々木とかの相談乗ってるし…一緒に悩んで苦しくなったりして。人の痛みをわかってやれる人なんてそうそういないよ。それがはっきり表れないだけで、見ている人はちゃんとお前の優しさに気づいていると思うぞ」
「………そうなの?」
私の外面だけでなく内面も見てくれる、そんな人なんてそうそういない。「見た目とちょっと違うね?」って言う人たちと違って、天野は私がはっきりと物事を言っても引いたりしない。中身が空っぽの男たちとは違うんだ。
だから好きになった。
見た目がかっこいいからとか仕事が出来るから、っていう理由なんかじゃない。「月村ゆき」をまっすぐ見てくれるから、そんな天野を好きになったんだ。
「あぁ」
ほら、またそうやって眩しい顔で笑って。私の心を揺さぶる。
ずるい男だ。
諦めようとする女を無意識のうちに引きとめようとするんだから。
―――天野の一挙一動に振り回される私は馬鹿みたい
「こんなとこに花屋なんてめずらしいな…」
「え?」
「ほら、あそこ」
天野が指差した方にはひっそりと存在する小さなお花屋さんがあった。
「あ、ほんとだ。小さいけど、可愛いお店…」
「ちょっと見てみるか?」
「うん」
そうして私と天野はお花屋さんに引き込まれるように歩いて行った。
私たちはまるで花の蜜に誘われるハチみたいだ。
そばに行くとお花がたくさん置いてあって、いろんな花の香りがした。
「夜遅くなのにやってるんだな」
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「あぁ、いえ…特には」
「では、ごゆっくり見てください」
「あ、はい…」
天野と店員さんが会話をしている間も私は花に見とれていた。
―――どの花も綺麗
私は高校のときに華道部に入っていて、いろいろな種類の花を扱ってきた。有名な花もあまり知られていない花も。生けるセンスは一切なくて、卒業後に花を生けることはなかったが、今でも花を見るのは好きだ。
そして、店内にある花を眺めているとひとつの花が目に入った。
―――あれは
「マーガレット…」
―――あの花言葉はそういえば
熱心に見つめていたせいだろうか、天野が話しかけてきた。
「月村?どうかしたか?」
「あ、うん。あ、あのさ、お花買って帰りたいんだけど、いい?」
「いいよ、俺外で待ってるな」
「ありがとう」
「あの、すみません」
「あ、お決まりですか?」
「はい、この花を―――」
「ごめん、お待たせ」
「いや、全然。そういえば、なんで花買ったんだ?家で飾るとか?」
「あのね、これ!!」
そう言って私はマーガレットの花束を天野に差し出した。
「………?」
天野はいきなり花束を差し出されて混乱しているようだった。
「天野にプレゼント」
「えっ?!俺に?!」
「うん」
「いいの?ってかなんで?」
「昇進祝い!もらって?」
「うわ~!!ありがとう!!花束とか嬉しいな!」
天野は思った以上に喜んでくれていた。笑ってくれている顔を見て嬉しく思う。
………この花束は天野のお祝いのためでもあるけど、それだけではなかった。
―――マーガレット
この花の種類にこそ意味があった。
「あのね、その花知ってる?」
「いや?ごめん花とか全然詳しくなくて…」
「ううん、それでいいよ。その花はマーガレットっていうんだ」
「へえ、聞いたことあるよ、こんな可愛い花なんだな」
「うん。それで花にはそれぞれの花言葉があるのは知ってるよね?」
「うん、バラなら『わたしはあなたにふさわしい』だっけ?それくらいなら…」
「マーガレットはね…『真実の友情』なんだ」
「真実の友情…?」
急になにを、って顔してる。そりゃそうか。こんなことわざわざ言う必要もないしね。
「そう…」
でも、言わないとだめなの。
ここでけじめをつけないと、私は前に進めない。
あなたを諦められないみっともない女になりたくない。
それが私のプライドだった。
「だから、昇進してもこれからも友達でいて?」
「………っ」
「…昇進、おめでとう」
私は笑った。とびきりの笑顔で。
泣き顔は見られたくなかった。
悲しい顔より綺麗な顔を見てもらいたかったから。
綺麗な私を覚えていてほしかったから。
さようなら、私の大好きだった人。
これでさようなら、さようならなんだ。
きっと私が離れて行く意味をあなたはわからない。
だから、もうひとつの意味を私は言わない。
代わりに、確かにあなたを好きだったというその証拠だけを残していく。
―――マーガレットの花言葉はね、もうひとつあるんだよ
―――それはねまるで私の恋心そのまんまなの
マーガレットの花言葉は、『真実の友情』そしてもうひとつは
『心に秘めた愛』