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第2話 運命の分かれ道

「月村、ちょっといいか」


あれから数日が経った。


未だに自分の気持ちを消化出来ていないせいか何をしても身が入らない。趣味の読書をしていても音楽を聴いていても、思い出すのは…あいつのことばかり。忘れたい、あいつのことなんてどうでもよくなってしまいたいのに、恋心というものはそうそう簡単に消え去ってはくれないみたいだ。私の友達なら「新しい恋を見つけろ!」とでも言うのだろうが、すっかり恋に消極的になってしまった私には合コンに行くのも他の人を好きになるのも難しい。結局、どうすることも出来ない臆病な女なのだ、私は。


そんなもやもやした気持ちを抱えたままパソコンと向き合っていると上司から告げられた。


―――何の話かな、ミスはしていないはずだけど…


心配性の私は、少し不安になりながらも顔には出さず言った。


「はい、大丈夫です」













「月村ー!」


疲れた頭を癒すために自販機でカフェオレにするかココアにするかで悩んでいると、天野が付き合っているという情報をご丁寧にも教えてくれた同期の男、佐々木がそばにやってきた。


―――こいつは悪くない、悪意があって教えたわけじゃないから………悪くない。そうなんだけどっ…!!私はそんなに大人な精神持ってない、だから、今、お前とも話したくないんだよ、お前の話題提供のせいで負の感情ダダ漏れなんだからなーーー!!


そう思いながらも答えたけれども…


「なに、どうしたのよ」


思ったよりも硬い声が出た。


私は顔をよく褒められるけど、声は褒められたことがない。というか、親にはけなされるくらいで、低めの声だ。女性らしさは一切なく、朝などはかすれて声が出ない。何にも考えないで話すと「怒ってるの?」と聞かれてしまうので、いつもは気をつけて柔らかく話すようにしているのだが、たまに出てしまう。それは怒っている時や機嫌が悪いとき―――まさしく今だ。


「え?どうしたのって、いや、お前がどうしたの?って感じなんだが…」


「なんでよ」


「いや、だって、顔とか、声、こえーーーよ!なんか怒ってるだろ?!なんで?!」


「別に、」


「別にって、別に?!いや、もうそのセリフがあれじゃん!不機嫌の象徴!!」


「………はぁ。なんだろ、疲れた」


「えええーー?!ごめん!って、ごめん?あれ、俺悪いんだっけ?」


「いや、悪くないよ。で、どーしたのよ」


八つ当たりをしたつもりはないのだが、無意識のうちにしてしまったみたいだ。―――ごめん、と心の中では思うが、言葉にはしない。だって、やっぱりね。今は無理だよ。でも、こいつはアホだし口軽いけど、優しいから、許してくれる。


「あ、来週の金曜さ、時間ある?同期で飲み会しようと思ってるんだけど」


「来週?………、空いてるかな?でもなんで急に?」


「天野、昇進決まったんだよ。すげーよな。だからそのお祝い!」


天野、という言葉に反応して体が少し揺れてしまったけど、鈍いこいつは気が付いていないはずだ。悟られるわけにはいかない。それが本人でなかったとしても。どこから本人の耳に入るかわからないし、気配りの出来る天野のことだ。…きっと、私のことを気にしてしまう。それは本人にも彼女にも悪い。私のこの気持ちは封印しなければいけないのだ。


「へえ。そーなんだ、すごいね、天野」


「そう!だから飲み会!来るよな?月村も」


「あ、う、ん…。多分、」


「多分?まあ、天野と仲いいし、月村は来ないわけないよな?」


「…そうだね」


「じゃ決まり!詳しいことはまたメールするから。じゃ」


言いたいことだけ言うとすぐにいなくなってしまった。


「台風みたい、って…てか、行くって言っちゃったじゃん~…」


本当は気乗りしなかったから行くのをやめようかと思ったのだが、私だけ天野を祝わないわけにもいかないし、久しぶりの同期の飲み会で欠席するのもためらわれた。飲み会だったら、それなりに人数もいるし、行けば楽しくてこのもやもやも少しは晴れるかもしれない。


―――神様からの、けじめをつけろと言うお告げなのかな


「行くしかないか…頑張れ、独身、彼氏なし、女子!」


人がいないのを見て小声で叫んだ。


「ファイト!!」















「それじゃ、天野の昇進を祝って。乾杯!!」


「「「かんぱーい!」」」


「くぁー仕事の後のビールはうまいねえ!」


「ちょっ、おしぼりで顔拭くとか、おっさんくさっ!!」


「「「あっはっはっ!」」」


私たち同期10人は昔は毎週のように飲みに行っていたくらい仲が良かった。


慣れない仕事でも同じ仲間がいれば愚痴も言えるし、相談も出来る、あの頃の私たちにはとても大事な存在だった。そして、それがきっかけで天野とよく話すようになって、二人で飲みに行くようにもなったから、私たちの始まりが同期会なのかもしれない。同期みんなとは、会えば話をするけれども、各々が忙しくなってわざわざ飲みに行くことは少なくなった。だからこうやって飲むのも久しぶりなのだ。


「おい、月村、この間とは違ってご機嫌だな?」


「まあね~、楽しいもん。やっぱ、この感じ好きだわ~」


「だよな、俺も好きだーーー!ついでに天野も好きだぞー!かっこよくて、仕事も出来るって!!」


「なんだよ、急に。もう酔ったのか?」


「酔ってませーーーん!」


「それを酔ってるって言うんだよ!お、い、佐々木!!抱きつくな!」


佐々木はお酒に弱くすぐに酔ってしまうのだが、どうやら抱きつき癖があるようで、飲み会のたびに天野はターゲットになってしまっている。


「お、おいっ、頭ぐりぐりすんなっ。スーツ汚れんだろ?お前、そんなに頭振って、後で具合悪くなってもしらねーぞ?」


「いーーそれでも~!」


二人のやりとりがコントみたいで面白くって、つい笑ってしまった。


「あははっ何やってんのよ~!!」


「なにって?いちゃいちゃ…?」


「いちゃいちゃじゃねーよ!!」


「うけるー!!」「もっとやれー」「ちゅーしちゃっていいぞー!」


「聞き捨てならない言葉が聞こえたんだがっ?!」


「「「あはははっ!!」」」


―――あ~、もう本当、楽しいな











―――楽しすぎて









―――つらい



変わらないことなんてひとつもないのに、私の願いは、このまま、ずっと続くことだった。天野との関係も、天野を取り巻く環境も、そして私も。












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