第1話 失恋は突然に
「ここにいるなんてめずらしいな?月村」
いつもなら野菜たっぷりの美容と健康を意識したお弁当を作るのだが、失恋したことのショックで今日は料理をする気にもなれなかった。こんなにも精神的ダメージが大きいのは肉が足りないせいだと思って、メニューを見ながらカツカレーか唐揚げ定食にするか悩んでいた私は気付かなかった。
私の失恋相手の男、天野智がいたということに。
「あー…うん、今日はね。たまには社員食堂もいいかな、と思って…」
「そうか、いつも弁当作っていて大変だもんな。息抜きも必要か」
昨日の今日で天野の顔を見ながら話すことなんて出来ないと思った私はうつむきながら答えた。
「…息抜きって?」
「毎日弁当作るのも簡単じゃないだろ。弁当作るために早く起きなきゃいけないし、月村の弁当は特に冷食とかを入れてないからなおさら苦労が多いだろうなと思ってさ」
「そんなこと、ないと思うけど…」
「いや、お前は十分すぎるくらい頑張っているよ。頑張りすぎて、いっぱいいっぱいにならないかたまに不安になるくらいに…」
「………」
「だから、たまには力抜いていいんじゃないか?人の頼みごとも断っていいし、飯を作るのがめんどうくさいならカップラーメンにすればいい。そうだろ?」
その言葉に思わず顔を上げると、まるでそこだけヒマワリが咲いたような、温かくほっとするような笑顔があった。
なんでこいつはわかるんだろう。他の男なんて気がつかないのに。
私に寄ってくる男は、「俺には弱みを見せていいよ、受け止めるから」そう言って私を落とす気満々のプライドの高い、私が気を使っていることさえもわからない馬鹿な男ばかりなのに。天野は、いつもそうだ。私が悩んでいると相談する前に気付いて気にかけてくれる。―――こんな可愛げのない女でも
彼女がいても変わらないんだな、天野は。
根っこが優しいんだ。そういう所に惹かれたんだけど、正直…その優しさが今はつらい。
つらいけど、そんなところがやっぱり好きだと実感させるなんて
「………ずるいよなぁ」
「ん?なんか言ったか?」
「ううん、何でもない。あ、天野あっちで呼ばれてるよ」
「あぁ、あれは呼ばれてるっていうか…」
「人の顔見て、何。どうした?」
「いや…」
「………」
「用がないなら私行くね。じゃあ」
「ちょっと待って、月村も一緒に食おうよ」
一緒に飯食おうって、あんたの彼女も向こうにいるのに?
あんなに笑顔でこっちを見つめてきているのに?
幸せそうな顔をしている彼女の顔は今の私には毒にしかならない…なんとも思ってなかったらいいかもしれないけど―――私は好きな男とその彼女が一緒にいるところを見るほど心が強くない。
「あ、ごめん…私用事思い出しちゃったから戻らないと」
「急に?」
「うん、ほら私たまにうっかりすることあるじゃない?あれよ」
「確かに月村抜けているところあるからな。そうか………、じゃあ仕方ないか。………月村、ちゃんと飯食えよ?気負いすぎるなよ、後、」
「ちょっ?!っ………。はぁ…、心配しすぎよ、だいじょーぶ!ちゃんとご飯も食べるから」
「ん、ならいいんだ」
「ほんと心配性、じゃ」
そう言って今度こそ立ち去ろうとした。
「月村っ!」
「ん?まだなんか…」
「今度飲みに行こう!話したいことがあるんだ」
話したいこと、ってあのこと…?
駄目だ、そんなこと天野の口から聞きたくない…
「時間合ったらいいよ。でも最近やること多いから…」
「いいよ、お前の都合が良い日でいいから連絡してくれ」
「………うん」
彼女がいる人とふたりっきりで飲むなんて普通はおかしい
だから、次なんてもうないんだよ、天野
私たち二人だけの飲み会はもうやってこない