プロローグ
―――美人は得
誰がそう言ったのだろう。テレビか雑誌かはたまた友人か。
何を見てそう思うのだろう。
………私の人生を見て本当にそう思うだろうか。
25歳会社員、月村ゆき。
人はみな私を「美人」と呼ぶ。
「美人が得だなんて誰が言った…!!いいことなんか全然ねえよーーー」
日々の鬱憤がたまっていたせいでつい取り乱してしまった。
でも、今日だけは見逃してほしい。悲しいことが続いてしまったから。
………だから、たまに言葉が悪くなって叫び出してしまう位は黙認してほしい。
なぜ私がこんなにいらいらしているのか、それには理由がある。
まずひとつ。
仕事を押し付けられた。ビューラーで上向きにし、マスカラで2倍は縦横に伸びたまつ毛を持つ、化粧で一生懸命誤魔化した―――可愛くもない後輩女に。
「今日デートなのに仕事終わらなぁい。どーしよう…あれえ、先輩って彼氏いないんでしたよねぇ?じゃあ時間いっぱいありますよね、これお願いしまぁ~す」
普段から仕事が出来なくていらいらする後輩だったので怒りが爆発するところだった。
「てめえ、仕事が終わらないんじゃなくてお前が仕事出来ないだけなんだよっ!いっつもネットばっか見やがって…給料泥棒なんだよ!たいしてかっこよくもない彼氏と早く結婚して辞めてしまえ!」
そう言ってしまいたかったのが本音だが、悲しいかなそこは大人だ。
実行したところですっきりはするだろうが失うものが大きすぎる。25歳彼氏なし、独身女はぐっとこらえるしかなかった。
「………。うん、いいよ」
どうしてこんな性格も顔もたいして可愛くない女に彼氏がいて、私には―――
そしてふたつめ。
失恋した。仕事が出来て、心配りの出来る優しい同期の男に。
仲が良くてよく二人で飲みに行っていたから、彼女はいないと高をくくっていた。だから今日、他の同期の男に「なあなあ、あいつ事務のあの子と付き合ってんだって」と言われて衝撃だった。
いつもはおしゃべりな私も「そっか、あいつも人気ものだもんね。」そう聞き返すことしかできなかった。
付き合っているという噂の子は、背が小さくて、笑顔の可愛い子だった。人当たりが柔らかく私みたいに言葉が荒くなることもない、誰にでも優しくできて、趣味が料理という男が理想とするそういう子だった。
だから私の好きな人と付き合っていると聞いて妬む気持ちは生まれなかった。
でも、つらかった。「付き合っている」と聞いた瞬間、頭がぼうっとして心臓がどくどくして笑顔でいることがつらいほど、それほどまでも、あの人のことが好きだった。
―――本当に、好きだったんだ
どうしてこうも上手くいかないのだろうか。
今に始まったことではない。昔からだった。それは私の性格のせいだけど、こんな性格になったのも全て「美人」と称されるこの容姿のせいだった。
小さい頃から「可愛いね」「美人になるね」そう言われ続けてきた。
あまりにも言われるので自分の容姿が人よりも優れているのは理解していたし、何より褒められるのは気持ちのいいことだったので、「可愛い」「美人」と言われるのは嬉しかった。
でもそのせいで私は天狗になっていたのかもしれない。
だからだろうか、周りが、自分が、おかしくなったのは。
あれは12歳のころだったと思う。
クラスの子が突然私を避け始めたのだ。それまで普通だったのに。いや、気づかないだけでその兆候は前からあったのかもしれない。いじめ、とまではいかないが軽い無視をされたのだ。小学生とはいえ女だ。変化には敏感で、態度の違いにだってよほど鈍感でない限りはわかる。「ねえねえ」と話しかけても「う、うん。あ、ごめん~ちゃんと約束があるから」とすぐに話を終わらせてしまう。そこで私は何かがおかしいと気付いた。
―――どうして
そう思った。どうして、なぜ、なんで急に、私だけ。たくさんのことを小さい頭で考えたけれどもわからなかった。
小さいころから母にはなんでも話していたので、些細な娘の変化には気づいたようだった。
話すのには少しためらいもあったけど、母なら味方してくれる、そう思っていたから相談をした。そしてそこで母は大きくため息をついた。
「それは私たちのせいだわ…」
どうして?その疑問にはすぐ答えてくれた。あなたがそうなったのは自分たち親の責任でもあると。クラスの子たちの感情がなんなのか。それは
―――妬み、嫉妬
であると。どうして妬むのかわからなかったが、理由は母からするとわかりやすかったようだ。私は両親から可愛がられていたので、周りのみんながうらやむようなブランドの服を買ってもらっていた。それをみんなは「すごいね~わたしもほしいよお」と言っていたけど、そうそう簡単に買ってもらえる金額ではなかった。でも私はそれに気がつかなくて、新しい服を買ってもらうとすぐに学校に着て行った。つまり、知らないうちに自慢していたのだ。いや、心のどこかでは知っていたかもしれない―――みんなが着れない服を私は着ているのだと。
また私は「可愛い」、そう男の子にも言われていた。
だから自然と私に寄ってくる男の子も多かったし、優越感に浸りたくて男の子と遊ぶことも多かった。でも、それが女の子には気に食わなかった。
―――どうしてあの子だけ、可愛い服を着て、かっこいい男の子と遊んで
そう思わずにはいられなかったのだろう、小さい女の子でも。
そしてその感情に、私は気がつかなかった。兄弟もいなく両親から可愛がられて、欲しいものは何でも手に入った私は、その感情を知らなかったのだ。
そして中学に入って妬みという感情を知った。
「あの子は運動が出来てすごい」「あの子は頭がよくて絵も上手」「歌も上手くて楽器も出来るだなんて」そう親が友達を見て言うのを面白く思わなかった。そこで私は知ったのだ。私は「可愛い」だけで何も出来ないのだと。
嫉妬という感情を知ったことや小学生の体験から私は目立つことを嫌うようになった。
なるべく周りと同じように、なるべく目立たないように、そう心がけていたけれども、再び私には問題が出来た。
―――ねえ、あいつ私の彼氏なんだけど、ちょっかいだすのやめてくれる
気が強そうな、いわゆる不良と呼ばれる別のクラスの女の子から言われたのは14歳のころだっただろうか。友達だから、そんなんじゃない、そう言ったけれども、信じてはもらえなかった。
―――あいつ、月村ならボタン付けも出来るし、話も面白いし、お前より可愛い、そう言った。あんたが色目使ってんでしょ、やめろよ
そんなつもりはなかった。不良で見た目はかっこよかったけど、話すと三枚目で面白いし、一緒にいると楽しいから友達だった。色目だなんて使ってないし、奪おうとか考えてなかった。私の友達だってそいつと話していた。でも呼び出されたのは私だけだった。
友達は呼び出されて怖くて泣いてしまった私を慰めながら言った。
「妬み、なんだろうね。結局、ゆきが美人だから、彼氏を取られるんじゃないかって不安になる。普通の子と話していても不安になんてならないのに」
まただと思った。そう思われないように気を使っていたのに、私の容姿だなんてどうすることも出来ない。どうして私だけ、そう思うと余計に泣いてしまった。
彼氏を作ったせいで他にもいろいろなことがあったけれども学んだことがある。
それはお高くとまらないこと、つまり可愛くしないことだった。可愛くしないというのは容姿のことではなく、性格、内面のことだ。私は普通の子がすることと同じことをしてはいけない。例えば、上目づかいをしないことや、ぶりっこを絶対にしないこと、そして―――甘えないこと。これを徹底した。
重いものを持った時やちょっとめんどうなことを他の子は「お願い、手伝ってくれる?」と言う。それは好きな男の人にでも気のない男の人にでも。それをやってもよっぽどぶりっこでもない限り、女の子からとやかく言われることはない。けれでも私は違うのだ。それを嫌というほど経験してきた。そういうつもりがなくても、私は女の子から勘違いされて嫌煙されてしまう。だから、決して甘えることは出来なかった。
―――手伝おうか?
かっこいい男の子が言おうものなら、「力持ちだからだいじょーぶ!!気にしないで」と笑いながら、ときには変な顔をしておどけながら断ってきた。
だからうらやましかった。
素直に「お願い」「ありがとう」そう言える子が。頬を赤く染めて、にこにこできる他の子が。
私は高校生のときにはもうすでに性格が歪んでいた。
「可愛い」「美人」と称されるその容姿のせいで、それに関連するエピソードのせいで、素直にはなれなくなっていたし、ねじ曲がった観点からしか物事を把握できなくなっていた。
だから思うのだ。
「美人」でどこが得なのかと。