時渡りの姫巫女 3幕11話以降のヴォルフのとある日の目覚めの朝。
ヴォルフのイメージが壊れる可能性アリ。
グレンタールにてリィナが戻ってくるのを待つヴォルフの、よくある日常の一幕。
(3幕中盤のぐらい)
ドンッと、鈍い音が響く。
目をさましたヴォルフが苦しげに顔を歪ませて寝台脇の壁を力任せに叩いたためだ。
夢を見た。
愛しい、唯一人の女性の夢だ。金糸のような髪が目の前にさらりと揺らめいて横切る残像が、まぶたを閉じれば鮮明に浮かび上がる。夢の中の彼女を思い出し、ヴォルフはギリッと歯を食いしばった。
「夢、なのか……」
苦しげに呟き、そして、自分の手の平を震えながら見つめる。
また、届かなかった。
いつもそうだ。いつも、彼女に手が届かない。
「どうせ夢ならば、なぜ……!!」
それ以上は言葉にならなかった。
それは、ささやかな日常だった。
当たり前にリィナがいる、そんな、懐かしい日常。けれど、懐かしいとは裏腹に、たどり着けずにいる、夫婦となった二人の日常の夢だった。
未だ手に入らぬ未来を、夢に見た。
仕事を終え、家に帰るとリィナが待っていて、ドアまで出迎えてくれる。
「ただいま」と、声をかけると、はにかんだような笑顔で、「お帰りなさい」と、少し頬を染めて彼女が駆け寄ってきた。
そして、少しもじもじしながら、恥ずかしそうに上目がちに、そして少し小さな声で、これで良いのかな、とでも言うように首をかしげて言った。
「ヴォルフ? お風呂になさる? お食事になさる? それとも、わ・た・し? きゃー! 言っちゃったー!!」
冗談めかして言ったリィナであるが、普段の彼女なら恥ずかしがって言いそうもないセリフである。一瞬虚を突かれた物の、据え膳を無駄にする気など、もちろんない。
「もちろん、リィナ、君に決まってるだろ?」
からかうようにニヤニヤ笑いながらヴォルフが答えると、「恥ずかしい!」と言って照れながらリィナがすり抜ける。
ふわりと金色の髪が目の前を横切った。
軽い言葉遊びのようなやりとりに恥ずかしがるリィナがたまらなくかわいい。
思わず声を上げてハハッと笑いながら「こら、ちびちゃん待つんだ」と、ヴォルフが追いかける。
狭い室内を、二人の笑い声が満たしていた。
「これ以上じらされるつもりはないぞ?」
そう言って彼女の手首をつかもうと伸ばしたその時だった。
目の前に見えるのは天井と、そして自分の伸ばした手のひら。
瞬時にヴォルフは現状を把握した。
苦悩を滲ませて、ヴォルフはやるせなさを壁に向けて叩きつけた。
この虚しさと、やる気にみなぎった朝の元気な息子を俺はどうすればいい!!
「夢、なのか……!!」
いつもそうだ。いつも、彼女に手が届かない。
「どうせ夢ならば、なぜ……何故、最後まで出来ないんだ……!!」
それ以上は言葉にならなかった。
あの後、捕まえて、抱き寄せてキスして、そのまま抱き上げて、恥じらう彼女をからかいつつ気分をほぐしながらベッドまで行くはずだったのに!!
俺は、ちゃんと風呂でも食事でもなくリィナだと言ったじゃないか……!!
夢の中でぐらい、させろ!! 願望混ざっているんなら、照れて逃げるリィナほどリアルでなくて良いから、せめて夢の中でぐらい……!!
健全な青年ヴォルフの苦悩は続く。
ヴォルフ23~4才。