時渡りの姫巫女 2幕18.5話
「様」を付けたらお仕置きだったんじゃなかったかというコメントより。
「さておちびちゃん」
「はい……?」
「昨夜のことだが、どうしても納得が行かないことがある」
ヴォルフの真剣な顔に、リィナは少し声を低くして「はい」と肯く。
「俺がいつも、あれだけ「様」を付けるのをヤメロといっているのに、昨夜はさんざん付けていたじゃないか」
笑顔がなにやら物騒に張り付いている。
「あ、あれはっ」
「あれは?」
「そのっ」
「何だ?」
「……だって、様って付けた方が、呼びやすいし……」
しゅんとなって、上目がちに窺うようにヴォルフを見上げる少女の姿に、ヴォルフが右手で額を抑えて項垂れた。
「リィナ、その顔は卑怯だ……」
あまり見せることのない甘えた表情に、ヴォルフはあらゆる衝動と戦う。
「あ、あの、ヴォルフ様……?」
うろたえるリィナに、ヴォルフが顔を上げて、まじまじとリィナを見てから、にやりと笑った。
「また、言ったな」
リィナがはっとして口元をおさえる。
「ちびすけ、俺は言ったよな。様を付けたら、お仕置きだ、と」
「ええー!」
「せっかく恋人同士になったんだ、もうちびちゃんは卒業だと思っていたんだが、……君が様を付ける限り、俺もちびちゃんと言うのをやめないことにした」
「えー!!」
抗議の声を上げたリィナに、ヴォルフがニヤニヤと笑いながら見下ろす。
「何が不満だ。恋人に様を付ける方がおかしいだろうが。俺から名前を呼ばれたかったら、しっかりと敬称を付けない練習をするんだな」
リィナは口の中で文句を言いつつ、口をとがらせる。
「……ヴォルフ?」
「なんだい、リィナ?」
「……ヴォルフ様?」
「だからどうした、ちびすけ」
ニヤニヤと笑うヴォルフの表情が、微妙に甘さを含む。
「……恋人って思うと、自然にヴォルフって呼べそうな気が、します……」
耳までほんのり赤く染めて、リィナが小さな声で答える。
「でも、ヴォルフって呼ぶとどきどきするけど、ヴォルフ様って呼ぶと、ちょっぴり安心してしまいます。でも、頑張りますね……!」
両手で握り拳を作って決意するリィナに、ヴォルフはこっそり苦笑いした。
これはこれで可愛いが、道のりは遠そうだ。
何の道のり……?