時渡りの姫巫女 幕間1 小話
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『俺が脱がしてやろうか?』
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「ほら、脱げ」
…………。
「えええええええええええええ!!!!」
思わず後ずさったリィナに、ヴォルフがにやりと笑って、尻餅をついたリィナに詰め寄る。
「自分で脱ぐか? それとも、俺が脱がしてやろうか……?」
囁くような声にも、にやりと笑った顔にも、男臭さ満載の色気がだだ漏れている。何も言えずに真っ赤になるリィナに、ヴォルフは胸元の紐に手を伸ばし、ぐっと引っ張る。
水を含んで解けにくくなったそれを、男の骨張った太い指がゆっくりと丁寧にほどいて行く。
「……どうする?」
解けた紐を見せつけるようにして、ヴォルフがのぞき込んできた。
「わ、わわわたしっ、自分で脱ぎます~!!」
真っ赤になって叫んだリィナに、堪えきれなくなったヴォルフがぶはっと吹き出した。
「そうか、じゃあ、俺はちょっと探したい物があるから、火の番を頼む。服が乾くまではこれを羽織っていろ」
楽しげに笑いながら、ヴォフルが差し出したのは、彼のマントだった。
しめっているそれを握りしめて、リィナは恨めしげに彼を見上げた。
「……はい」
またからかって、とリィナが口をとがらせるのを見て、ヴォルフが笑いながら川へと向かう。
その背中を見送ってから、リィナは熱くなった頬を両手で包み、そして恥ずかしさと、困惑と、そしていつもどおりのヴォルフの存在にうれしさも混じって、ちょっと口元がゆるむのを感じていた。
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『抱っこと睡眠』
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夜にようやくありついた食事は、リィナが見つけてきた果物が少しと、ヴォルフの捕った魚だった。
満腹というわけにはいかないが、空腹には最高の食事だった。荷物に入れてあった岩塩が大方残っていたのは、これからの徒歩での移動を考えると幸運だった、とヴォルフが笑った。
食事を終えると、ヴォルフが手招きをした。
「?」
四つん這いになって、にじり寄ると、突然に抱き上げられ、リィナの小柄な体は、ヴォルフの足の合間に挟まる。
後ろから抱きしめられる形で座らされ、あたふたとしながら振り返ってヴォルフの顔を見上げると、いつものからかう様子はなく、体が冷えるからくっついていた方が良いと、頭を撫でられた。
そう言われると反論することも出来ず、はい、と、リィナは小さくなりながらうなずく。ヴォルフの腕の中は緊張して、恥ずかしくて、どきどきして、苦しくて、でも、とてもあたたかで、気持ちよかった。どきどきと高鳴る胸も、背中から伝わってくるヴォルフの温もりに、だんだんと落ち着いてくる。その安心感のような心地よさに、眠れないと思っていたのが嘘のように、リィナはすぐ眠りに引きずり込まれた。
ここに来る直前に感じた、心臓が凍り付きそうな恐怖も、これからの不安も、全てヴォルフの腕の暖かさと背中に伝わってくる温もりが包み込んで消してくれたように、深い深い眠りについた。
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『大丈夫だ、俺がいる』
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昼間仮眠を取って夜に備えていたヴォルフは、眠るリィナの顔を後ろからそっとのぞき見る。
落ち着いた寝息に、表情がゆるむ。
壮絶な一日だった。おそらく、自分が思う以上に、この少女にとっては辛く苦しい一日だっただろう。眠くても興奮で眠れないのではないかと心配したのだが、見た目に反して、この少女の神経はかなり剛胆な作りになっているようだ。精神面の強さは、折り紙付きだ。
思い返すと、心身共に追い詰められ、疲れた体をろくに休ませることも出来ないままの逃亡、そして、死を覚悟する崖からの転落……ひどい一日だった。自分のように、時には戦や、荒事にかり出される人間でも、決して楽な一日ではなかったのだ。考えれば、平和に村の中で生活をしていた少女にしては、この状態で眠れる図太さは大した物である。
あの時、普通ならば、あのまま二人とも間違いなく死んでいた。
良く、無事でいてくれたと思う。
あどけない寝顔を、指先で触れてみる。
あれはまるで心中のような愚かな行動だった。けれど、あのまま死んでいたとしても、悔いはなかっただろう。
引き受けたおちびちゃんの剣士役は俺が果たすのだと誓ったのだから。
腕の中で、小さな体が身じろぎ、うめき声がもれる。苦しそうにうなされるのを「大丈夫だ」と、頬を撫で、よじる体を抱きしめて背中を撫でる。
「大丈夫だ、俺がいる」
何度も耳元に囁き、背中を撫でる度に、うなされる声が小さくなっていった。
う゛ぉるふさま、と、小さくつぶやいて、腕の中の少女は、穏やかな寝息を取り戻す。
その様子を見つめながら、もう一度、この子を守るのだと胸の中の誓いを新たにする。もう、二度と、後悔することがないように。
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