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4 殺人鬼と柴犬

 「おのれパウル。あとでゴローの餌食にしてやる。ぎったぎたのバッサバサに切り裂いて食欲旺盛なラウリーに食わせて高笑いしてやる」


 結局ここはどこ?という私の質問に微塵も答えてないしな。そこらへんも含めてド突き…げふん。丁重におたずねしなければ。


 カーテンをくぐると、両脇に控えていた女性二人が無言で私の手をひいた。というより、私の両脇をガッチリ抱え込んで連行した、というのが正しい。カーテンの向こう側は屋根に覆われた渡り廊下のようで、外に出た瞬間ダッシュで逃げるという目論見はあっけなく崩れ落ちた。そして何より、私を連れる女性二人がめちゃくちゃ恐い。黒い仮面のようなもので目元から鼻までをすっぽり覆い隠し、服装はタイトなビジネススーツ。話しかけようものならば仮面の奥で冷ややかな視線を送ってくるものだから、私はひとりぶつぶつ愚痴をこぼすしかなかった。


 ちなみに“ゴロー(五郎)”というのは私の新たな相棒の名前だ。名前が単純だとかいう不平は受け付けない。じじいから貰った黒光りする日本刀。四朗が壊れてしまい心許無かったが、ずっしりとしたゴローの重みを感じるだけで何故か安心する。リラックス効果がある武器ってどうなんだろう。


 「コチラです」


 指示された先が思いがけず明るくて、私は一瞬目を瞑った。そろそろ目を開けると、賑やかな歓声がすぐ近くに迫っていた。

 ただ、気になるのは光の向こう側の景色だ。


 …どうみても闘技場なんですけど!


 野球の大きなドームでもなく、陸上競技場でもなく、広々とした体育館でもなく、そこはギリシア風の闘技場だった。意味の分からないパウルの態度に続き、この景色。てっきり正しい天国ルートへ連れて行かれるのだと思っていたから、余計に困惑した。だがそんな私の躊躇いに気づいたのか、せかすように仮面女性が私の背を押した。


 「少々御急ぎください。ただいま勝ち残っている方は次の挑戦者がいくら待っても現れず、気が立っております。そして貴方は幸運なことに最後の挑戦者であります」


 女性は無表情な仮面をはりつけたまま、口角を少しつりあげた。


 「―――ご武運を」


 それを最後に、私は闘技場の中にポンと押しだされた。途端起こったガシャンという大きな音に振り向くと、くぐってきた入り口に鉄の格子がおりている。えーと、これは俗に言う退路が絶たれたってやつでしょうか。


 汗が背中をだらだら流れていく。ひとまずこの状況を打破、と思い、鉄格子から無理やり目を引き剥がした。が、その瞬間、私は鉄格子よりも見たくないものを見てしまった。



 「ハッ。最後の獲物はちんけなうさぎちゃんかぁー?つまらん、実につまらんなぁー」



 ニヤリと笑った。獲物を見つけ、舌舐めずりをする動物のように犬歯をむき出しにする。筋骨隆々の四肢、半裸状態の身体にはいくつもの切り傷と、限界まで釣り上った目が野生の動物感を露わにしていた。アニメでよく見る殺人鬼にそっくりだ。


 …何が言いたいかって言うと、ヤバイです。私ヤバイ。死亡フラグ立つ前に死んじゃったかと思えば死亡フラグが再度立ちまくってます。簡潔にいえばもうすぐ死ぬ。


 ガッシリした腕が二本の刀を背にかつぐと、会場からワーッと大きな歓声が上がった。周りを見渡せば、観客と思しき人々が両手を振り上げて何やら叫んでいる。さっきも聞いた、むにゅむにゅ言語だ。相変わらず、聞きなれた日本語に変換することはできない。


 「おいおい、ぽけんとしてんなよガキィ。…さっさと始めようぜ」

 「…ッ!?」


 瞬間、ガキィンッと金属音が高く鳴り響いた。そこでようやく、目の前の殺人鬼的男が素早く私に近寄り、刃を叩きつけたことを理解する。そして私は手につかんでいたゴローを振り上げ、ギリギリ応戦していた。グッと力を込めて刀を押し返すと、刃の向こうで殺人鬼(仮)がニタリと笑う。


 「反応はいいな。これまでの奴らの中で一番だ」


 殺人鬼(仮)はパッと飛んで私から離れた。来る、と直感で感じた瞬間、私はゴローの鞘を投げ捨てた。


 響く、金属音。騒ぐ、観客。笑う、殺人鬼。

 そして、




 死にかけの私。



 

 「ちょぉぉおおお待った待ったストップぅぅぅううううう!!!!!」


 先ほどまでの冷静さは何だろうと不思議に思われるかもしれない。ハッハッハ引っ掛かったな!超絶にぶちんな私の脳みそでは現状把握に時間がかかっただけさ!とりあえず実況だけしてみたが、それももう限界だ。誰か、説明を。説明してくれ。私の現状を!


 ブンブン抜き身の日本刀を振り回す私を首を傾げて見ていた殺人鬼だが、やる気が出たと勘違いしたのか、ニヤリと嬉しそうに笑って突進してきた。違う!来るな馬鹿!


 「ここで待ったは卑怯だろぉー。ここからが楽しいショータイムの始まりなんだぜ?」

 「馬鹿野郎、こちらとしては可哀想な自分血祭りショータイムの幕開けさ。幕が上がるのを止めるしかあるまいよ!」

 「おもしれぇこと言うなーお前」


 何故か褒められた。しかしその間も攻撃がおさまることはなく、何度も何度も剣が叩きつけられる。笑顔で様々なところから攻撃を繰り出す奴はひどいサディストだ。

 このままじゃやられる、そう思って私も攻撃へと転換する。

 だが、


 「おいおい、良かったのは反射神経だけか?」

 「――ッ、すみませんねぇ、いつもとは違う武器でして。うまく扱えないのです、よッ!」

 「ハハッ、大会当日に自分の獲物を折っちまったのか?そりゃあ大層まぬけだなぁ」


 押して、その倍以上の力で押されて。気がつけば、会場の隅にまで追いやられていることに気づいた。

 刀を振う手を止め、ゆっくり近づいてくる殺人鬼に、私は悟った。


 じじい、安蒜。

 お姉ちゃんは死んだ後に飛ばされた世界で、もう一度死んでしまうことになりそうです。天国(かどうかは分からないけど)で死んだ初めの人になるとは思いもしませんでしたが、そちらのギネスブックに姉の名前が載ることを少しでも喜んでくれれば幸いです。あの分厚い本に私の名前をチラリと見かける度に私のことを思い出して下さい。

 貴方達の最愛の家族、陽菜より。


 


 「俺の、――――勝ちだ」


 ギュッと目を瞑った瞬間、刀が振り下ろされる音が鮮明に響いた。




 「わうっ」




 「………?」


 しかし、いくら待っても痛みは訪れない。もちろん、視界がブラックアウトすることもなく、私は瞼にこめた力を解いた。


 「ってぇぇえええ!!」


 目の前に迫っていた殺人鬼は、何故か手を押さえて悶えていた。ゴロゴロ転がる殺人鬼に、私はわけがわからないと首を傾げる。その時、私の横にいたものに気づいた。


 「わんこ?」


 柴犬?なんでここに犬が?

 わしわしと頭を撫でると、気持ち良さそうに頭を私の手にすりよせた。やっばい超かわいいんですけど!


 しかしそんな私とは逆に、起き上った目の前の殺人鬼はサッと青ざめた。


 「い、いぬぅぅうう!!!俺は犬が嫌いなんだ!アレルギーもちなんだぞ!?」

 「え」

 「ぎゃぁぁあ寄るな触るな声出すな!ジンマシンが出るぅぅうう」


 そして、赤くなった肌を掻きむしりながら、ガッチリ閉じた鉄格子をぶち破って退場してしまった。




 呆然とする私と、可愛く首を傾げる柴犬を残して。




 

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