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2 ゴロリ回転その先は

 「―――ぎゃあああああああ」


 ゴロゴロゴロゴロゴロ ベシャッ ボキッ


 「ぶっ」


 鼻が!鼻がぁぁぁああ!!折れたよコレ確実に!だって音したもんボキッって骨が折れる音が!!



 初めは、ふわふわと大気を漂う心地良い浮遊感に身を任せていた。それがいつしか、宙を浮かぶ、から空から真っ逆さまに落ちる、になっていたのは何故だろう。

 あのジェットコースターの一番てっぺんから落ちる感覚を想像して頂きたい。下る瞬間にお腹の底がぐわっと浮く感覚。まさにあの奇妙な感覚がピッタリだ。違うのは、そこから何故か乗り物から放り出され、自分自身が回転しだし、坂道を転がるだるまのごとく転がりだしたところか。




 かくして、いろいろと問題はあったようだが無事に天国にたどり着いたようだ。後で天使の上役ども(そういう階級とかがあればの話だけど)に現世から天国までのエレベーターを作るよう嘆願書を出さねば。天国の人たちは少しずぼら、というかどことなくネジがぶっとんでいるらしい。現世の人たちは今や安全第一と声高に叫ぶ時代を生き抜いているのに、それを考慮しないとは何事か。


 確実に折れたであろう鼻をそっとさすりつつ立ち上がる。意外にも怪我は鼻のみに集中したようで他に目立った外傷はない。クルリ回転してみるも問題は無し。不満なのは服が雷に打たれた時のまま、つまりずぶ濡れジャージだということ。ちょっぴり湿っているので天使様に会う時にみっともない!と怒られるかもしれない。



 「…おい、」



 服がそのままなら、と辺りを見回すと捜し物はすぐ見つかった。黒いケースに入った高級刀。じじいからの預かり物。天に召された今、もう返す手段はないが、天国で暮らす賃になるかもしれない。残念ながらスポーツバッグは見つからなかった。だが、大事な大事なもう一つ、私の愛刀は…


 「おい、おま「ぎゃああああ四郎ぉぉおぉおおおおおお」


 私は無残な姿になった四朗を見つけて叫んだ。

 見事に、真っ二つだった。四郎は真ん中からポッキリ折れていて二つの竹クズと化している。最近三郎から四郎に新調したばかりなのに、この仕打。雷に打たれた時か、はたまた転がってここに辿り着いた時か。どっちにしろもう使えないことは明らかだ。


 「…うぅ、しろぉ…お前のことは忘れないよぅ………」

 「…………あのな。お前、仮にも参加希望者だろ?受付の話ぐらい聞こうとか思わないわけ?」

 「はい?」


 四郎との数少ない思い出に浸るのに邪魔がはいった。しかし、そこで私も我にかえる。


 目の前の人物は心底呆れた顔をして私を見ていた。ツンツンに立てた赤茶の髪と、額にまっすぐ入った傷跡が印象的なその男性は茶色の簡素な棚に頬杖をつき、手元には山積みの紙の束がある。棚がちょっと凹んでいるところを見ると、私が思い切り鼻をぶつけたのはこれだったらしい。


 いつ現れたんだコイツ、と私がしげしげ見つめていると、男性は立ち上がり、四郎の残骸を拾った。 


 「…あぁ、これはもうダメだな。そっちの黒い奴も刀だろう、見せてみろ」


 言われるままにケースに入った日本刀を渡す。中身は無事なようですらりとした刀身を確認した後、チン、と小気味良い音を立てて鞘に収めた。「よし、これは大丈夫だ」と呟くとそのままひょいと私に投げ渡し、元の場所に戻って、棚の内から一枚の紙を取り出した。男性の手の隙間から線に囲まれた枠がいくつかと長い文章が見える。


 …あれ、おかしいな。天国って入国許可書とかいるんだろうか。ていうかここ、本当に天国?

 

 そういえば、と思う。ファンタジーな小説ではここら辺で案内役の天使が現れてにこやかに天界へ導いたり、ギリシャ風の大きな門が現れたりするはずだ。それなのに私はずぶ濡れジャージを着て、ぽっきり折れた竹刀と高級日本刀を手にし、目の前には一面に雲が広がっているどころか、


 「…武器ばっかりじゃん」 


 よく部屋を見渡せば、いま私がいる部屋の内部を取り囲むのは、武器、武器、武器、武器の山だった。どこを見渡しても武器が必ず目に入る。刀は、それも日本刀ではなく世界史の教科書で見たような真っ直ぐな刀身の刀剣だ。また、ヤリ、弓、そして金棒なんかもある。その表面が浅黒いのは元からだと信じたい。あの固い金属物が誰かを襲っ…やんちゃして傷つけたなどとは考えたくない。武器以外には男性が机として使っていた茶色い棚と、それに積み上げられた紙の束のみだった。


 ゆっくり、深呼吸する。本能が頭の隅で危険を告げ始めた。一度目を閉じ、少したってから瞼を開く。だが、情景はいっこうに武器だらけの危険地帯から変わっていなかった。


 「…………」


 私は無言でダッシュし、ひとつだけぽっかり開いた出口から飛び出した。ドアのない布で遮られただけのそこを抜け出すと、武器パラダイスから打って変わって多くのテントと賑わう人だかりが視界に広がった。私がいままでいたところも大きなテントの中だったらしい。人々は楽しそうに笑い合い、不思議なことに向かう先が全員同じだ。皆一様に、赤いレンガで敷き詰められた道を奥へ奥へと進んでいる。日本ではありえない、中世ヨーロッパ時代の貴族のような服を着た人たちに混じって簡素な鎧を身につけた人も垣間見られた。金、銀、赤、と視界は色鮮やかな頭や瞳で溢れているが、黒い髪、黒い瞳の見慣れた人々はどこにもいない。ちなみに人々の背中に天使特有の翼も、頭上に天使の輪っかもない。


 その状況に茫然としていると、人々の目がこちらにちらちらと向けられ始めた。濡れ鼠のごとく汚らしい私の格好が奇妙だったのだろうか。足を進めつつ、ひそひそと交わされる会話は私には届かず、代わりに解せない言語が耳に届いた。何やらむにゅむにゅ聞こえる変な言語だ。先ほどの男性には言葉が通じたようだが、どういうことだろう。


 すると、ずるずると前進する人だかりの中から一人、小さな男の子が転がり出てきた。周りの制止の声を聞かず、埃を払って立ち上がるその男の子は、頬を上気させてこちらに何か差し出した。


 「お兄ちゃんも、けんじゅつたいかいにしゅつじょーするの?」

 「え、いや、」

 「これ、おまもりにあげるね!」


 おにーちゃんじゃなくておねーちゃんなんですけど!


 なーんてツッコミを入れる前に、その少年はニッコリ笑って人ごみの中に消えてしまった。パタパタと走り去る男の子を見送る途中、彼の髪の色が紫であることに気がつく。全く、親はなんて教育をしてるんだろう。見たところ小学生くらいで身なりもきちんとしていた子だったのに、親は何故か息子に秋においしいホクホク根野菜の仲間入りを図ったらしい。

 憤慨しながらプレゼントを見下ろす。思わず受け取ってしまったそれは、どうやら植物のようだ。何故見知らぬ少年からプレゼントされたのかはさておき、貰ったものは大切にする派なので、これは押し花にしてしおりにでもしよう。本は全く読まないがそこら辺は御愛嬌だ。



 かぷっ



 「――――ッッ!?」


 突然、何かに噛まれた。それもプレゼントを持ったほうの手だ。見下ろすと血がダラダラ垂れる手の上でゆるゆると揺れる、花。



 食 人 花 じ ゃ ね ぇ か!!



 奴は得意げにげぷっと喉の奥を鳴らし、こちらを振り向いた。キラリと、鋭い犬歯が光る。同時に私の背筋を冷たいものが通った。


 「おい、勝手に外に出るな!全く、試合はもう始まってんだぞ。飛び入り参加を認める俺の寛容さに感謝しろ、……って、お前、どうしたんだ?その手」


 布をくぐって私の後を追ってきた男性は、食人花を手に持って血をだらだら垂らしながら固まる私を見つけ、眉を寄せた。彼が近寄ってきた瞬間、もう一度花が私の指をガブリするのも気にせず、私は彼の肩を掴んで思い切り揺さぶった。


 「お、おい、」



 「ここは一体、


  …どこなんだ―――――――!!!」




 その叫びを聞いて、周りの人々はいっそう私たちを遠巻きにし、私たちの周りにはぽっかり大きな穴が開いた。



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