辺境に住む変な噂ばかりの変人貴族に嫁ぐことになりました
貴族令嬢のイーゼル・ロマンドは辺境の中の辺境。ド田舎の家に嫁ぐことになった。
しかも旦那となる相手は、変人として有名な貴族だ。
私室で読書をしているところ、書斎にいる父から呼び出された結果言われたのが、この言葉だ。
「ーーイーゼル、どうか変人貴族の元に嫁いでくれないか」
たっぷり数十秒も発言にためらった後、発した内容がこれだ。
変人貴族という文字を考えると、どうしても悲惨な未来しか想像できない。
詳しいことを考えるよりも前に、何か不吉な予感がしてしまう。
貴族令嬢のイーゼルは、成人してから数年が経過している。
嫁げる相手は他にいるとは思うのだが、時間をかけてはいられない理由があった。
「やはり領地の状態が良くないのですか。私も先日、町を見てきたのですが」
「ああ、領民たちは今は良いが、季節が変われば次第に追い詰められていくだろう」
イーゼルの父は領主として、この辺りを収めている。
ロマンド領は田園地帯が続く広い土地で、牧歌的な雰囲気の領地だ。
しかし、そんな領地の現状を考えてみれば、何か手を打たなければならない事は明白らしい。
「だから、他の家から支援を引き出そうという事ですね」
「その通りだ、この結婚の重要性、お前なら分かってくれるな?」
「それは構いません、昔から覚悟していたことです。けれど、私達の家系の事は相手には……」
「伝えないつもりだ。もとより人に行っていないのだから、しばらくバレる心配はないだろう」
実は、ロマンド家は曰く付きの呪われた家系であった。
人生を共にする相手に、その点を伝えなくてよいのかと悩んだが、イーゼルたちが現在大切に思う相手は、家族や領民の事。
顔も見た事もない相手に心を割く余裕はなかった。
とりあえず領地にせっぱつまった事情があるため、イーゼルの父は手っ取り早くて、なおかつそこそこ条件が良く家が豊かで、イーゼルと年の近い相手がいる家を探したらしい。
しかし条件に当てはまる相手が、変人貴族のあだ名を頂戴している男性しかいなかったようだ。
「お前のために色々結婚相手を探してみた物の、早急に式を挙げてくれるものがいなくてな。力及ばずすまない」
「お兄様はお姉様たちの時にも似たような事があったではないですか。私は構いません」
イーゼルの頭の中によみがえるのか、家族との思い出。
上にいる数人の兄や姉たちは品正方向で真面目な者達ばかりなのだが、よくトラブルに恵まれる。
そのせいで式を挙げる時は色々あったなと思い出した。
イーゼルの呪われた血筋を後に残さないために、天が毎回何かしらの障害を用意しているのではないかと疑っているところだ。
「他家に嫁いでいった彼等にも招待状は出そう。式のプランもできる限りお前の意にそったものにしてやる」
「大丈夫ですわよ。書類だけでも。今はまだ余裕があるといっても、この先何があるのか分からないですし、余裕は持っておいた方が良いでしょう?」
「そうか」
イーゼルの領地は、次に何かあれば滅んでしまいそうな有様なのだから贅沢などしていられない。
父は特に、冬に食べる食べ物が何もない点は、すぐに手を打たなければならないと言った。
だから、冬が来る前にさっさと結婚すべきだと結論付けた。
しかしすでに結論が下ったものとはいえ、情報は欲しい。
「お父様、その変人貴族というのはーーどのようなお方なんですか?」
「それはーー」
けれどイーゼルは少し後悔した。
またもや数十秒たっぷりためらった父から聞かされた言葉は、耳をふさぎたくなるようなものばかりだったからだ。
貴族令嬢としていつかは誰かの元に嫁ぐものだと考えていたが、それが「家畜を令嬢の目の前で解体して高笑いしていた」とか、「夜中に屋敷をさまよってお化けと話をしていた」などという噂のある変人となると、かなり勇気がいる。
そういったわけで数か月後。
イーゼルは辺境の貴族の屋敷へ向かうことになった。
今まで変人貴族の情報をそれなりに集めてきたが、どうにも容量の得ないものばかりだったなと思い返す。
なぜか話がぼやけていたり、細部があいまいだったりするものが多い。
社交界でその手の話が好きな者達の間では噂になっていたらしいが、それはここ数年の間に急に流行ったものらしい。
近年、領地の立て直しのために社交界に出る機会が少なくなっていたイーゼルには、知らない話ばかりだった。
そんな話を頭の中に浮かべながら、現在のイーゼルはロマンド邸の玄関前に立っている。
「イーゼルお嬢様、どうかお元気で」
「お嬢様、きっと全てうまく行きますわ。元気を出してください」
イーゼルは、父や母、使用人たちに見送られ、花嫁道具と特に親しい使用人数人をつれて馬車に乗った。
相手の家に向かうことになったのは。秋の季節の入り口のころあいだった。
その間に結婚相手と顔を合わせたり、お見合いをしたりする事はなかった。
婚約の決定は手紙のやり取りだけだったし、結婚式も書類一枚を然るべき場所に提出して終わりだったからだ。
だからイーゼルはこの日に至ってもまだ、結婚したはずの旦那の顔などは全く知らなかった。
噂の変人貴族とやらが一体どのような姿と顔をしているのか、さっぱり分からない。
しかしこの頃にはもう、領地への支援が始まり、領民たちの生活も何とか立て直しに迎えるようになっていたため、今さら「やっぱりなし」というわけにもいかない。
胸の奥にもやもやしている不安を押し込めて、馬車に乗られて旅をし続ける。
馬車に数週間揺られた結果、領民たちの健やかな生活を願うイーゼルは、結婚相手ーークリストール・ポイツの家に到着した。
「ようこしいらっしゃいました。ポイツ領は遠かったでしょう。お部屋を用意していますので、まずはゆっくり体を休めてください」
「ーー、ありがとうございます」
ポイツ邸の前で、イーゼルを出迎えた旦那様クリストールは、噂になっているような人物ではなかった。
むしろ初対面で好印象を抱くような、礼儀正しい男性だった。
部屋に案内されたイーゼルは、首を傾げながらも何事もなく、その日はじっくりと体を休めることができた。
そして翌日から、邸宅を見て回ったり、その家に使える使用人たちに話を聞いて回ったりしながら、情報を集めた。
手入れは良く行き届いていて屋敷の内部はピカピカ。
使用人たちも真面目に仕事をしており、何の問題もなさそうだった。
少し気になったのは玄関でうろうろしていた「もの」なのだが、それは普通の人間には関係ない「もの」なので、特に気にしなくても大丈夫だろう。
邸宅の中を散歩していれば、旦那となったクリスト―ルと出会う事もある。
「屋敷の雰囲気にはなれましたか?」
「ええ、とても良いところですね。皆さんから親切にしていただいています」
話すのはこのような当たり障りのないものばかりだ。
若干距離があるが、今まで顔を会わせたことがなかったのだから、このようなものだろう。
けれど、何度か顔を会わせる事で、徐々に相手の事が分かってきた。
クリストールは、世間一般の常識を持ち合わせていたし、むやみに貴族令嬢を脅したりはしない、家畜を意味もなく解体したりもしないらしい。
邸宅の夜の見回りはしているようだが、お化けと仲良くしているという話もなかった。
これは一体どういうことなのだろう。
その答えが分かったのは、嫁いでから十日後の事だ。
邸宅の中を散歩している時、とある部屋から煙がもくもく出ていたので驚いた。
火事でも起きているのかと、中を覗いてみたら、いたのだ。
クリストールとそっくりの、男性の姿が。
彼は白衣を着ながら、フラスコや試験管に囲まれた部屋で、何事かをぶつぶつ呟いていた。
もくもくとした煙が部屋を充満しているというのに、そんな様子にはまったく気づいていないようだった。
「あの、大丈夫ですか?」
とりあえず声をかけたら彼は「えっ」とびっくりして、飛び上がった。
人見知りらしく、誰かと話慣れていないようだったが、基本的には悪い人間ではないようだった。
だが、こだわりが強く、興味のある分野が限られているらしくて、一定の話題に話が及ぶと延々とよくわからない事を喋り続けていた。
そんな彼エリストールと自己紹介をしたイーゼルは、腑に落ちた。
クリストールに変人の噂がついてしまったのは、エリストールという双子の弟のせいだったらしい。
同じ屋敷に住んでいる研究者の。
クリストールとよく似た顔のその男性は、気になった事はすぐに調べなければならない研究バカだった。
それで、家畜の生育状況と味の関係がどうのとか、光の屈折とか見え方とお化けの伝承がどうとかを、どんな人の前にいても調べてしまうのだとか。
むしろ、クリストールはそんな双子の弟エリストールが様々な方面に迷惑をかけていく後始末をするので、大変だという。
「先日弟さんと顔を会わせる機会がありまして、驚きましたわ」
「すみません、うちの弟が、何か迷惑をかけたんですね」
詳しい話をする前に迷惑をかけた前提になってしまうのが、彼らの日ごろの関係を物語っていた。
エリストールもそうなのだが、実はクリストールもそこそこの人見知りで、あまり人前に出ない。
そのため、弟の顔や行動ばかりが目立ったようだ。
どちらも人見知りなのに、興味がある分野の時だけ暴走する弟のせいで、兄は苦労させられているらしい。
イーゼルにはたくさんの兄弟がいたが、皆真面目だったため、クリストールに同情してしまった。
「私にも兄や姉がいますが、ずっと上の者達から面倒を見られているばかりでしたわ。旦那様は大変だったのですね」
「ええ、まったくです。でも、弟がああなってしまうのには理由があるんですよ」
エリストールは彼らの父親が生きていた頃は、まだ今のように暴走はしていなかったらいい。
しかしその父親が、流行病で亡くなった後は行動がエスカレートしてしまったのだという。
それならばと話を聞いたイーゼルは「話せなくてごめんなさい」と謝り、自分の家系の呪いについて話す。
「実は今まで秘密にしていたことがあるのですが、私の力があれば旦那様のお力になれるかもしれません」
今まで接してきた中、クリスト―ルは信用できると判断したからだ。
イーゼルの家は呪われていて、死んだ者の姿を見たり、言葉を聞く事ができる。
イーゼルはこの家にきてすぐに、クリストールたちの父親が気を揉んだ様子で、屋敷の中を漂ってるのを見たのだ。
特によくいるのが玄関で、いつもぐるぐると円を描くように歩き回っていた。
「それはまぎれもなく父ですね。父は一時期、母と喧嘩していた時期があって、家出をしていた母の帰りを、毎回玄関でずっと待っていた事があるんですよ」
そんな父親は身内に対してはとても心配性らしく、何か感情が高ぶるたびにポルターガイストを起こしていた。
それが夜中によく起きて、花瓶が割れたり、壁の画が外れたりするものだから、クリストールが夜に見回りするようになっていたのだった。
そんな心霊現象の原因である父親の、心配の感情の矛先は、やはりエリストールだった。
各方面から聞き取りをしたイーゼルは、自分が間に入って、父親の言葉をエリストールに伝えれば、二人によってよい変化を促せるのではないかと提案した。
話は少しそれるが、結婚を決めた理由の中の一つとして、イーゼルはクリスト―ルの変人の噂の一つ「お化けと仲良くしている」を聞いて、自分の家系の呪いと同じような力を持っているのではないかと思った。
だから結婚を考えたのだともいった。
その推測は外れたが、イーゼルの結婚はポイツ家の問題を解決するための思わぬピースになった。
イーゼルの話を聞いたクリストールは、彼女の提案に頷いた。
「ぜひお願いしたいです。私の言葉では何も解決しなくて……」
今までにも何度か問題をどうにかしようとしたらしいが、兄であるクリストールの言葉では、エリストールにはいつも届かなかったから、歯痒い思いをしていたようだ。
そうと決まればと、イーゼルはさっそくエリストールを、父親の霊がいる場所に連れて行った。
「研究に夢中になっているところ申し訳ありませんが、お時間を頂けないでしょうか。どうしても話をしてほしい相手がいるのですが」
「話をですか? この僕に?」
そしてイーゼルは自分の呪いについて話し、父親の言葉を代わりに伝えたのだった。
「ポイツ家の人間として人様に迷惑をかけないように生きなさい」「自分の好きなように生きてもいいが、貴族として領民に支えられている事を自覚して、人々のためになるような行動もとるべきだ」と。
最後に「天国からいつでも二人の事を見守っている」と伝えると、エリストールは涙をこぼした。
玄関をうろうろしていた心配性な父親の幽霊は、それ以来見かける事がなくなった。
その日からエリストールは行動を改めるようになり、数年後にはクリスト―ルについてまわる噂もだんだんと消えていった。
しかも気になる女性もできて、結婚し、新しい家で生活するようになったのだ。
イーゼルがいた故郷のロマンドの領民たちも、生活がすっかりと立ち直り、元の生活を歩めるようになっていた。
復興を果たした彼らは、今度は疫病に苦しむようになったポイツ領の領民たちの助けになるために多くの物資を送り届けた。
変人貴族に嫁いだ時はどうなる事かと思ったイーゼルだが、彼女達は家同士と領地同士、互いに支え合い、よい未来を得るために協力していける、そんな素晴らしい関係になったのだった。
ある日、イーゼルは旦那にこんな事を訪ねた。
「私はクリスト―ル様を選んだ理由はご存じの通りですけど、クリスト―ル様はどうして私と結婚してくださったんですか?」
「君も知っての通り、私にはいろいろな噂がありましたから、嫁いでくれる相手などいないと思っていたんですよ。事実あの頃はお見合いのお話を断られてばかりでしたからね。でも、あなたの家のところは領地が困窮するまえから、お見合いの話についてきちんと対応してくださったのです」
他の家では一言でばっさり切り捨てられていたが、ルマンドの家からはきちんと対応してもらえたからだという。
「噂がすべてではないと、本当の自分を知ってほしいと言う思いから、イーゼルを選ばせてもらいました」
二人は庭をかけまわる子供達を見て、目を細める。
イーゼルは領民のための結婚をして、クリスト―ルは自分を見てくれる相手をさがしていた。
過去、互いに結婚相手に向ける愛情はなかったが、今の彼等に愛情は確かに存在するものだった。




