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第7話:【金属色】と【原色】

『お前の好きにしろ』

 彼女はただそう言って、私を置いていった。

 いや、実のところ、置き去りにされた、という感じは全くしなかった。

 彼女は私に選択肢をくれたのだ。

 ――だから、私は選んだ。




 落ちるのは電灯の明かりだけ。

 秋の肌寒い夜の公園で、少女は1人、ベンチの上でうずくまった。

「…………」

 寒くはない。もともと寒さとは縁遠い存在だ。

「…………」

 寒くはない、のに、身体はとても震えている。

 そこで初めて、彼女は自分が泣いているのだということに気付いた。

「……っ……」

 嫌われてしまった。

 人間に危害を加えるような奴は妹じゃない、とまで言われてしまった。

 もう戻れない。もう会えない。

「……っぅー……」

 クリムロワ・ルディアスノームにとってオーア・ホーテンハーグは特別な存在だった。

 誰も少女に関わろうとしない世界の中で、1人だけ分け隔てなく接してくれた人。

 誰よりも綺麗で、誰よりも強くて、誰よりも優しい人。

 誰よりも大事な人だから、何を引き換えにしても守らなければならないのだ。

 けれど。

「……嫌われるのはいやです……」

 拒絶されればそれで終わりだ、と。

 どうしてそんなことに気付かなかったのだろう、と少女は自分の浅はかさをただ悔いる。

 彼女の願いはただひとつだけ。

「……クリムは…………っ」

 そうひとりごちた、その時。


「――赤色の、ティンクチャー、だな」


 異質な声が、耳に届いた。

「!?」

 反射的に彼女は跳ね起きる。

 見れば、前方に人影が立っていた。

 限りなく、人の形に近いそれは、それでもやはり、人ではなかった。

 顔立ちというものは存在する。どうやら若い男がシェルブレイクしたらしい。そのことが判断できるほどだ。

 しかし全体的に、明らかに黒いのである。顔も、身体も。

「【原色】は鮮やかな色ほど力が強大だと聞く。ゆえにお前は強い。だろう?」

 どこか機械的な言葉でも、それは滑らかな発音だった。

 下等ネイチャーではない。

「……中等ネイチャー」

 そう理解して、少女は一歩後ずさった。

 だがそれを見たネイチャーは

「逃がしはしない。お前は私の一部となれ」

 一気に少女のほうへと跳んだ。

「!!」

 少女は慌てて空へと避難する。ティンクチャーは本来空を飛べる存在だ。人間界へ降りてからは目立つので飛び回る者は少ないが。

 が、ネイチャーもそれに倣った。

「しつこい奴は嫌われるですよ!」

 少女は火力のエネルギーを込めた火の玉を放つ。

 が、ネイチャーはそれを難なく避けた。

 にやりと笑みを浮かべたかと

「ティンクチャーというのは飛び回るのが得意らしいな。落ちるのも一興だぞ?」

 そう言って、一気に間合いを詰めたかと思うと

「!!」

 少女の背をあまりにも強靭な力で叩いた。

「ぁっ!」

 もともと軽いためか、少女の身体はあえなく地面に叩きつけられた。

「お前の翼は私がもらおう!」

 空から声が降ってくる。

「くっ……!」

 少女は痺れる足を奮い立たせてなんとか立ち上がろうとするも、急降下してくる相手の速さには到底及ばない。

(もう駄目です……!!)

 少女は諦めから、瞼を固く閉じてしまった。




 先を走っていたオーアがスピードを上げたのは、家を出てから間もなくのことだった。

「おい!? なんだよ急に!?」

 声をかけると

「まずい気配がする!」

 彼女はただそう言った。

 それで何となく見当がついた。また、あの黒い奴がいるのかもしれない。

 昨日も今日も、一体なんだっていうんだ。

 走りに走って辿り着いたのは家の近くの小さな公園だった。

 見れば、宙に2つの点が浮いている。

 ひとつは赤い光を纏ったあの少女で、もう1つは漆黒の点。

「!!」

 間もなく少女は地面に叩きつけられた。

 刹那、目にも留まらぬ速さでオーアが駆ける。

 間一髪、黒い奴が降りてくる前に、彼女は少女を抱えて退避した。

「ね、姉さま!」

 少女は泣きそうな顔でオーアにしがみついていた。

「……危なかったな。大丈夫か、クリム」

 そう言うオーアも安堵よりかは危機めいた表情を色濃くさせている。

 ……それもそのはず。

「……【金属色】……」

 声がする。

 今までのどんなネイチャーよりも、滑らかな発音。

「……なんだ?」

 目を凝らすと、それには人らしい顔というものが存在した。

 今までのネイチャーにはそれがなかったのだ。

 黒い、という点だけはあまり変わりはないが。

「知っているぞ。お前は【黄金】、だな」

 まるで狙っていた獲物を見つけたかのように、そいつは嫌な笑みを浮かべた。

「……中等ネイチャーか。昨日のネイチャー大量発生はお前の仕業か?」

 臆した様子もなくオーアが問う。

「……私たち、と言ったほうが正しいな」

 影はそう言った。

「……私たち、だと? 貴様ら、まさか組織めいたものを作っているのか?」

 オーアは驚きを隠しきれない様子だった。

 俺だって驚いている。あの黒い奴が、組織のように統制されているとすれば、それはとても厄介なのだろうと。

「そこまでではないが。まあそんなことはどうでもいい。私の役目は強くなること、だ。そう、ティンクチャーを糧とし私はもっと強くなる!」

 影はそう言ってこちらに向かってきた。

「ここは逃げるぞ! クリム、いけるな!?」

 オーアはそう言って少女を降ろすと、今度は即座に俺を抱えた。

「ちょ!? またこの体勢!?」

 俺の抗議を無視して彼女は跳躍した。

 力強く地面を蹴っただけで、彼女は空へと飛翔する。

「!?」

 今までに体感したことのない浮遊感を感じ、俺は思わず彼女にしっかりとしがみついてしまった。

 見る見る地面が遠ざかる。まるで高速観覧車だ。

「ね、姉さま! 2人いれば中等ネイチャーだって倒せるはずですよ! いいんですか!?」

 赤毛の少女もそう言いながらついてきた。

「その件だがクリム、今の私では下等ネイチャーすら自力では倒せない」

「な」

 こんな状況なので少女の表情は伺えないのだが、漏れた言葉から、相当の驚きが伺える。

 オーアは何か付け加えようとしたが、

「また空に逃げるのか。芸がないな」

 すぐ後ろから迫る影の声に邪魔された。

 こんな調子じゃ絶対逃げられっこないと、俺の頭でも分かっていた。

「おい、追いつかれるって! どうすんだよ!?」

 俺が叫ぶと

「近くにあのティンクチャーの気配がする! こうなったら駆け込み寺だ!!」

 オーアはそう言ってさらに加速した。

 風圧がものすごくて息が苦しい。

 ――ていうかあのティンクチャーって……まさか五十嵐が連れてたあの青い男のことか!?

「そう逃げるなよッ!」

 後ろからネイチャーが黒い暴風を巻き起こす。

「ッ!」

 俺を抱えて逃げるので精一杯のオーアに代わって赤毛の少女が赤い光の壁を作ってそれを相殺した。

「ぅお!?」

 が、その際の衝撃が意外と大きく、オーアも少女も跳ね飛ばされるようにバランスを崩した。

 俺の身体は宙に放り出される。

「うわああああ!?」

 暗闇に飲み込まれるように、ただ落下していく。

「サツキ!!」

 オーアの手が伸びる。

 彼女の指先が俺のそれに触れた瞬間、少しだけ落下速度は落ちたが、落下自体は止まらない。

「!!」

 目を閉じた瞬間、俺の身体は強い力で包み込まれていた。


 ……落下が止まった。

 痛くは、ない。全く身体に痛みはない。

 感覚はあるから、まだ生きてはいるらしい。

 でもなんか、息苦しい。

 ああ、うつぶせ状態だからだ。

 顔が地面に埋もれている。

 ……けどなんか、地面にしては妙に生温かいし、柔らかいような……。

 すると

「……おいサツキ」

 オーアの声が地面から聞こえた。

 いや、その言い方は間違いで。

「さっさと顔をどけろ。不可抗力とはいえ流石に殴りたくなる」

「……ぇ」

 顔を恐る恐る上げると、すぐそこに、少々頬を朱に染めながらも、しっかりとしかめっ面をしたオーアの顔があった。

 地面=オーア、だったのだ。

 ……正確に言うと彼女の胸、だったのだが。

「!?」

 慌てて飛び退く。

 が、時は既に遅かった。

「〜〜この狂犬! 姉さまになんてことを!!」

 いつの間にか着陸していたらしい赤毛の少女が俺のすねを思いっきり蹴飛ばした。

「ぐほぉ!?」

 あまりの痛さに俺はその場に引っ繰り返ってしまった。

「うわあああん! クリムですら姉さまを押し倒したことないのにいいいい!」

 敵に追われているという状況を忘れてしまっているのか、大声でマジ泣きする少女。

 ――つーか怒るとこなんか間違ってないか!?

 そうこうしていると。


「――ぷ、はははっ」


 男の笑い声がした。

「!?」

 思わずその方向へ視線を投げると、綺麗に配置されている植木の陰から黒いコートの男が現れた。

「こんな夜中に何が降ってきたかと思えば、お前らか。えらく楽しそうじゃねえか」

 青い短髪、にやけた口元。

 間違いなく、今日五十嵐が連れていたティンクチャーだった。

 どうやら一応、彼に助けを求めるというオーアの目論見は果たせそうだ。

 が、それを頼み込む隙を奴は与えてくれなかった。

「まだいたのかティンクチャー! 今日はついてるなァッ!!」

 空から、ネイチャーのそんな声が降ってくる。

「っ、しっかり付いてきたか!」

 オーアが立ち上がって悪態をつく。

 一方

「……ほー、中等ネイチャーか。こっちに来て初めて見たな」

 青髪の男は特段焦った風もなく、ただそう言った。

「おいそこの青いの! 出来れば力を貸してほしいんだが!」

 オーアがそう言うと、男は少々顔をしかめて

「……はー、今日はもう寝るだけだと思ったんだけどなー」

 やる気なさげにそう言った。

「んな!? それでもティンクチャーですか!?」

 赤毛の少女ですら男のやる気なさに怒りの声を飛ばした。すると、男はあからさまに溜め息をつきつつも

「女ってのはどこでも人使い荒いよなー。……まあいい。そこのがきんちょ、俺の風に熱を乗せろ。追っ払うくらいならそれで出来るだろうさ」

 そう言って、手を宙にかざす。

 刹那、男の手から青い光と共に渦のような風が巻き起こった。

 それはまるで、手から起こった竜巻だった。

 赤毛の少女がその竜巻に火の玉を幾つも乗せる。

 まっすぐに、その竜巻は宙に浮いているネイチャーへと向かっていった。

「!」

 ものすごい熱気があたりを覆う。

「!!」

 微かにネイチャーの苦悶の声が聞こえた。


 しばらくして風が止むと、宙にネイチャーの影はなかった。

「……やったか?」

 俺が呟くと

「いや、追っ払っただけだ。中等ともなるとさすがに俺ら【原色カラー】だけの力じゃ封印は出来ねえしな」

 青髪の男がそう答えた。


 【原色】。

 オーアは自分のことを【金属色メタル】のティンクチャーって言ってたけど、あの赤毛の少女やこの青髪の男は【原色】に属する、ということだろうか。


 いや、しかし今はあの厄介なのを追っ払ってもらっただけでありがたいと思おう。

 ……ていうか。

「ここ、どこなんだ?」

 目の前には相当古そうな木造建築の建物の縁側らしきものが見えていて、周りにはコスモスなどの季節の草花、松のような風流な樹が絶妙なバランスで配置されている。

 典型的な日本庭園だ。今時むしろ珍しい気がする。

「……ちょっと待て。ここ、もしかして、誰かの家の庭、なんじゃ……?」

 今更ながらにそんな重大なことに気づいて、背中に嫌な汗をかき始めてしまった。

「お、おいお前ら! 早く出たほうがいいって! 見つかったら不法侵入だぞ!」

 そ知らぬ顔でぼけっと突っ立っているティンクチャー3人に俺があたふたと声をかけた次の瞬間。


「――既に不法侵入よ」


 目の前の障子がすとんと開く。

 そこには。

「こんな夜中に勝手に人の家の敷地に入るなんて、警察に捕まってもおかしくはないわよ、瀬川君」

 なぜか浴衣姿の五十嵐が、怒りというよりも呆れ顔で立っていた。


今週はもう更新しない予定だったのに執筆の手がなぜか止まらず「それなら次話ももう出しちゃえよ」みたいなノリで出しました。

こんなノリでこの先やっていけるんだろうか。

まあスランプるよりマシな気もしますので頑張るぞッ!

……まあ王道シチュエーションをどうしても踏んでしまうという点ではある意味ひどいスランプなんですけど……。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます!

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