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第6話:【深紅】のティンクチャー

「危うく刺さるところだったわ」

 その言葉はあまりにも冷徹に俺の頭に響いた。

「さ、刺さるって……」

 俺の頭に、ということだろう。想像しただけで足が震えた。

 が、彼女は特段慌てた風もなく

「貴方が勝手に死ぬのは知ったことではないけれど、私が殺人犯にされるのはごめんだわ」

 さらりと、むしろ刺々しくそう言った。

 ――な。なな、なんじゃそりゃ!?

 それはあまりにも傍若無人な言い草だった。

 普段の彼女の大人しいイメージと今の鬼のようなイメージが頭の中で渦巻いて混乱をきたす。

 そうこうしていると

「おいサツキ!? 何やってるんだお前」

 オーアが慌てて飛び出してきた。

 その間に彼女は刀を引っ張って、木に刺さった刃の先端を抜いた。

 同時にネイチャーは青白い光の糸に包まれて、光の玉となって宙に浮く。

「……あの色……」

 間違いなく、昨日の大量の光の玉と同じ色だった。

「もしかして昨日の、五十嵐が……って!」

 いつの間にか彼女は俺の前から忽然といなくなっており、気がつけばオーアのほうへと歩み寄っていた。

「貴女、金属色のティンクチャー?」

 五十嵐がオーアに話しかけた。

「……いかにも。見たところによると昨日のネイチャー大量討伐はお前の仕事のようだな」

 オーアは緊張を保ちつつも相手を素直に賞賛している風に見える。

 それを察してか五十嵐も心なしか表情を緩めた。

 正直彼女のあんな顔は、見たことがない。いつも無表情なのが五十嵐揚羽なのだ。

 そして彼女は言う。


「私は貴女が欲しい」


 ……。

 ……なんか危ない台詞に聞こえたのは俺だけか?


 言われた当人はというと、眉間にしわを寄せて1度唸ってから

「悪いが私は未成年とは付き合わない主義だ。顔はわりと好みだが」

 なんて答えた。

 ――ていうか冗談にしても最後の一言は余計だろ。

 しかしそれを聞いた五十嵐はというと、軽く笑みすら浮かべて

「冗談がお上手のようね。見たところ貴女と彼、正式な契約は結んでいないのでしょう? 私と契約する気はない?」

 そう彼女に言った。

「私は誰とも固定契約するつもりはない。武器が欲しいなら他を当たってくれ」

 彼女はさらりと突っぱねる。

 五十嵐はひとつ溜め息をこぼしてから

「……まあ無理強いはしないわ。貴女から私を欲するようにするまでのことだもの」

 そう言って、オーアから1歩退いた。

「帰りましょう」

 五十嵐がそう呟くと、突然傍らに1人の男が現れた。

 鮮やかな青い髪の、背の高い青年だった。

 その風貌から、ひと目でただの人間ではないということがすぐ分かる。恐らくオーアと同じ、ティンクチャーなのだろう。

 黒衣の男はどこか愉快げにうっすら笑みを浮かべながら軽くオーアに会釈した。

 去っていく2人の背中を呆然と見送る俺。

「……なにあれ」

 思わずそう呟くと

「なんだ。あの女子、お前の知り合いじゃないのか?」

 オーアが不思議そうに尋ねる。

「いや、知り合いっていうかクラスメイトなんだけどさ。……なんか違う。イメージが」

 俺は明日、どんな顔をして彼女と会えばいいんだ?




 制服姿の少女と、黒いロングコートの青髪の男という組み合わせは異様と言えば異様だった。

 が、並んで歩いていると不思議と違和感は少ない。少女の纏うオーラが大人びているからだろうか。

 傍らを颯爽と歩く少女に、男は薄ら笑いを浮かべながら声をかけた。

「……えらく大胆な告白だったな。思わず笑い転げそうになったぜ」

 皮肉にも聞こえるそれを少女は軽く流す。

「シアン、あのティンクチャーは知り合い?」

「知り合いっつーかなんつーか。あれを知らん同胞はいないだろうな」

 シアンと呼ばれた男はわざともったいぶったような言い方をした。

 もっと簡潔に述べろと彼女の視線が彼を刺す。

 おお怖い、と肩をすくめながらも男は続けた。

「偉大なる双翼と呼ばれた【黄金】のホーテンハーグだ。しかし驚いたね、まさかあいつがこっちに来てるとは思わなかった」

 男の言葉に少女は目を見開く。

「黄金……。あれが?」

 シアンはその反応を見てさらに愉快げに口元を歪ませた。

「あまり期待はしないことだ。あれは簡単に落とせるような女じゃないぜ」

 諭すようにそう言って、男は先を行く。

「…………」

 少女はつまらなさげに一息ついてから、男のあとを追いかけた。




 そんなこんなですっかり帰るのが遅くなってしまった。

 が、確か今日は母さんも遅上がりの日だったはずだ。咎められる心配こそないが、1人で留守番をしている妹のことが少し気がかりといえば気がかりだった。

「ただいまー」

 声を張り上げてみたが、昨日に引き続いてまたも返事がない。しかしリビングに明かりはついている。

 ……ということはリビングにいるはずなのだが、と思った矢先に妹が駆けて来た。

「遅いよお兄ちゃん! あ、お姉ちゃんも一緒だー」

「早く帰れなくてすまなかったな。退屈だったろう」

 オーアが言うと綾は意外にも首を振った。

「実は今日ねー……」

 妹が何かを言おうとしたその時。


「ねえさまああああああ!!」


 ものすごい大音量の、子供の喚き声が廊下に響いた。

「!?」

 そして誰かが綾の後ろから猛ダッシュで駆けてきて、俺と綾を押しのけるようにしてオーアに飛びついた。

「ぅわっ……っとと」

 オーアは少々後ろにのめったが、しっかりとそれを受け止めた。

「クリム!?」

 彼女にしがみついているのは、年の頃ほぼ綾と同じくらいかと思われる少女だった。

「姉さま! 会いたかったですよ!!」

 赤毛の少女は深紅の大きな目を輝かせてそう言った。

「……誰……?」

 勢いで壁に張り付く形になりながらも俺が疑問符を投げると、少女ははっとこちらを見た。

 見た、というより睨んだ、と言ったほうが正しいかもしれない。

 次にはオーアを後ろにかばうようにして俺からじりじりと下がっていった。

 ものすごい警戒ようだ。

「クリちゃんクリちゃん、それ私のお兄ちゃんだよ」

 綾が声をかける。

「クリム、安心しろ。サツキは無害だ」

 オーアも重ねて声をかけたが、少女はじっと俺を睨んだままだ。

「綾、こいつ誰だよ」

 仕方がないので綾に尋ねると

「クリちゃん。今日公園で会ったの。お姉ちゃんの知り合いみたいだったからうちに連れてきちゃった」

 てへへ、と笑う妹。次にオーアに視線をやると

「私の妹分のクリムロワだ。これでも立派なティンクチャーだぞ」

 彼女はそう言って、少女の目線に合わせるようしゃがみ込んだ。

「どうしてお前がここにいるんだ? お前はあれと一緒に行動していたはずだが」

 少女は俺をさらにひとにらみしてからオーアに向き直り

「降りた途端置いてかれたですよ。アージェントの単独行動はいつものことです」

 少々不機嫌気味にそう言った。

「それより姉さまこそブラックはどうしたですか? この辺りには全く気配を感じないですよ」

 その言葉にオーアは苦笑する。

「着いて早々はぐれたんだよ。あいつは極度の方向音痴だからな」

 何の会話かよく分からないが要するにこいつらは仲間と一緒にこの町へやって来たというのにはぐれにはぐれたということだろう。

 ……なんて協調性のない奴らだ。

 が、それを聞いた赤毛の少女はさらに目を輝かせて

「じゃ、じゃあクリムは姉さまと一緒にいるですよ! 姉さまとクリムの力は相性抜群なんですから!」

 そう言った。

 オーアは若干困った顔をする。今までもこいつのそういう顔は何度か拝んだが、今回はその中でもとりわけ困っている顔だ。

「ああ、その、クリム。実は非常に言いにくいことなんだが……」

 彼女が何かを言いかけた途端、赤毛の少女はなぜか驚愕の色を見せた。

「ま、まさか……」

 俺のほうを敵意と恐れを含んだ眼で再びねめつける。

「……姉さま、チャージをしたですか? この男と?」

 赤い少女は異様なほどに俺を嫌っているように見える。

 いや、もしかすると『男』を嫌っているのだろうか?

「落ち着けクリム。確かに2度ほど不可抗力でチャージしたがサツキとは正式に契約を結んでいるわけではないし、結ぶつもりもない」

 あの松の公園で五十嵐に言ったようなことを、オーアは再び口にした。

 それを聞いた少女は心底ほっとした顔を見せて、俺からそっぽを向いた。

「それを聞いて安心したですよ。人間の男ごときに姉さまは渡さないですよ」

 やはりどうやら男が嫌いらしい。まあそんなことはどうでもいいが。

「……おいオーア。それ、どうするんだ」

 一応尋ねる。それ、とは勿論彼女にべったりくっついたままの赤毛の少女のことだ。

「どうするも何も……」

 彼女が言い切る前に綾が口をはさんだ。

「クリちゃんもうちに泊まるといいよ。家、ないんでしょ?」

 それを聞いた少女は

「え……でも……」

 オーアのほうを仰ぎ見る。

「私はしばらくここに居候するつもりだ。アヤがああ言っているならお前がどうするかは自分で決めるといい」

 少女は小さく唸る。そしてまた俺のほうを怪訝な顔で伺う。しばらくそうしてから

「……姉さまを守るためです。クリムもここに滞在するです」

 自分に言い聞かせるようにそう言った。

「わーい。今日からは3人で寝られるねー」

 綾が歓声を上げる。

「アヤ、姉さまの隣はクリムの場所ですよ!」

「えー。私もお姉ちゃんと一緒に寝たいよー」

「姉さまはクリムの姉さまですよ!」

「私もお姉ちゃんが欲しかったんだってばー」

「こら、喧嘩をするな。私が真ん中で寝ればいいんだろう?」

 話が勝手に進んでいる。

「俺の意見は無視かい」

 思わず突っ込みを入れると、少女の鋭い視線が返ってきた。

「心の狭い男ですね。サツキ……っていいましたっけ? 女の子みたいな名前です」

 ……お前もそれを言うか。

 全国のさつき君に謝れ、こんちくしょう。




 午後10時。静かな自室で俺は1人机に向かって明日の予習をしていた。

 ついさきほどまで隣の綾の部屋はなにやら賑やかだったがようやく寝たのか静かになった。

 ――しかしまた増えたな。大丈夫かな。

 いくらぬいぐるみになれるからといっても常駐していればそのうち母さんに見られたりしないだろうか。

 父さんも来週には出張から帰ってくるし、余計に気を遣うなあ……なんて思っていると。

「…………」

 妙な視線を感じて、俺は扉のほうを伺った。

 半開きのドアから赤い双眸が覗いている。

「……何か用か」

 すると奴はそのままの体勢で

「お前が妙な真似を起こさないか見張ってるだけですよ」

 なんて言った。

 俺は思わず溜め息をつく。

「妙な真似って……ガキのくせに、とっとと寝ろよな」

「レディに向かってガキとは失礼な奴です。やっぱり気に食わん奴です」

 どうやら動く気はないらしい。

「……そこにいられると迷惑なんだが。朝までそうしてる気か?」

「クリムだって姉さまとベッドで寝たいですよ。でもあえて我慢してるです。姉さまのためです!」

 本当に我慢しているらしい。ふくれっつらというかなんというか、ねだった人形を買ってもらえないときに綾が浮かべる表情に似たものを感じる。

「別に見張ってなくても俺はここから動かねえっつーの。俺が夜這いかけるような男に見えるか?」

「な! よ、よば……! よばい!?」

 赤毛の少女は明らかに動揺している。

「あ、いや……」

 子供相手に使う言葉じゃなかったか、と後悔が頭を掠めた瞬間、ドアが全開した。

「……やっぱり見張るのはやめです」

 ぼそりと呟くようにして、少女は部屋に入ってきた。

「アヤには悪いですがお前を半殺しにさせてもらうです。それくらいじゃないと安心できないです」

 ――な。

 途端、部屋に殺気が張り巡らされた。

 少女は真っ直ぐに俺をにらみつける。その眼に容赦という言葉はない。明らかな敵視だった。

 子供相手だと思って油断したが、今のこいつは、なんかやばい。

「……ちょ、おい」

 思わず椅子から腰を浮かせて後ずさる。

 この部屋に逃げ場なんてないのに。

「殺しはしないですよ。『壊す』だけです」

 奴はそう言って手を前にかざした。

 手のひらに深紅の光が灯る。

 それはまるで炎のようで、しかしどこか禍々しさをも感じさせる赤だった。

「クリムはこれでも『破壊』と『熱』を司る【深紅】のティンクチャーです。パワーだけならそこいらのティンクチャーより上ですよッ!」

 そう言って奴は俺に飛び掛ってきた。

「!?」

 勿論避ける間もなく俺は押し倒される。

 いや、押し倒されたというよりかは何か重力的なもので押さえつけられたという感じだ。

 身体が全く動かない。

 馬乗りになった少女が再び拳に光を宿す。

 ――これは、まずい。

「おい、こら、ちょ! 話を聞けって!」

「……悪いですね。でもクリムはもう……」

 少女が何か呟いて、拳を振りかざそうとした瞬間。


「――クリム!!」


 ……まるで天の声のような、制止の声が部屋に響いた。

 その瞬間、ふっと身体が軽くなった。

「……姉さま……」

 見れば、部屋の入り口にオーアが立っている。

 いつになく険しい顔だった。

「クリム、言ったはずだぞ。サツキは無害だと」

 静かに、しかし重い口調で彼女はそう嗜める。

「…………」

 対して少女は後ろめたさを隠しきれない顔で俯いた。

「……人間に危害を加えるような奴は私の妹じゃない。見損なったぞ、クリムロワ・ルディアスノーム」

 オーアがそう言うと、少女は何か言いたげにオーアのほうを見たが、ぐっと黙りこんだ。

 そして。

「あ」

 目で追う暇もなく、するりとベランダから外へと逃げていったのだ。


 開けっ放しの窓のせいで、カーテンがゆれる。部屋が静寂に包まれた。

 俺はゆっくりと身体を起こす。

「サツキ、大丈夫か? 怪我は?」

 するとオーアがしゃがみ込んできた。

「いや、大丈夫。……追わなくていいのか、あれ」

 俺がベランダを指差すと

「……少し頭を冷やさせる」

 彼女はそう言った。その割にはなんだか複雑な顔をしている。

「……心配なら追えばいいのに」

 俺が呟くと、彼女は微かに首を傾けた。

「変な奴だな。本来あいつの所業に怒るべきはお前のはずだが」

 確かに、彼女の言うとおりだが。

「……いや、まあ、確かにちょっと怖かったけどさ。なんかわけありっぽかったから……」

 別にそれで許すというわけではないが、拳を握ったときのあいつの表情が少し気になったのだ。

 今にも泣きそうな、そんな辛そうな顔だった。

「…………」

 オーアは微かに目を細める。

「悪い子ではないんだ。私が止めなくてもクリムは恐らく自分で自分を制止しただろう。……あの子があそこまで人間に神経質なのは私のせいだ。代わりに私が謝る」

 そう言って頭を下げてきた。

「え……いや、別に……」

 なんか、困るな、こういうの。

 空気が、重い。

「……な、なあ、夜も遅いしやっぱり探しに行かないか? 今ならまだそんな遠くには行ってないだろうし……」

 とっさに俺がそう言うと、彼女はしばらく俺をじっと見つめた。

「……な、なんだよ」

 俺がたじろぐと、彼女は微かな笑みを浮かべて

「いや。やはりお前は良い奴だな」

 そう言った。

 …………だからそういうの反則だっての。

 そういうこと言われたら、悪いようには出来ないというか。

「と、とりあえず行くぞ」

 そんなこんなで、俺は寝巻きの上にパーカーを羽織ってオーアとこっそり外へと繰り出した。


やっと主要キャラが出揃ってきました。

ティンクチャーの名前は全部カタカナなので覚えにくいと思うのですが、わざとそのキャラが象徴する色を連想できるような名前にしてありますのでそのあたりを手がかりにしていただければ幸いです(汗)。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。

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