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第48話:抵抗

 次の瞬間、揚羽の手に現れたのは、彼女が初めて見る武器だった。

「……これは?」


 柄こそ銀色だが、かつて見たアージェントの槍とは随分と形が違う。

 薙刀、のように見えないでもないシルエット。

 湾曲した幅広の片刃を、青い竜がくわえ込んでいるような装飾をもっている。


『この国では青竜刀と言うらしいな。……お前は刀使いだろう。これがギリギリの譲歩だ』

 内からアージェントがそう言った。

 どうやら意図的に、槍のような形をした武器の中から、それでも刀に分類されうるであろうものに形を変えたらしい。


 オーアが『剣』という武器に誇りを持つように、アージェントも『槍』に誇りを持っている。

 ゆえにオリジナルの形を崩すことは、可能ではあるが滅多にしない。

 これは完全に、アージェントなりの気遣いだった。


 とはいいつつも、武器の分類などそもそも紙一重なわけで。

『……あんまり槍と変わらねえ気もするんだがな』

 【原色】ゆえにこれといって武器にこだわりがないシアンがぼそりと呟くと、

『文句があるならチャージを解くぞ』

『……すみませんでした』

 アージェントの言葉にひれ伏すシアン。

 そんな様子にどこか微笑ましさを覚えつつ、しかしすぐに揚羽は目の前の敵を見上げた。

「いいえ、素敵よミリオンハーグ。この刃なら、いけるわ」

 そう言って、恐れなく巨人の足元へ駆ける。


 巨人は彼女に向かって大きな腕を振りあげたが、形が歪なせいかどこか動きが緩慢だった。

 一方、アージェントが工夫した青竜刀は、揚羽が振るうのにちょうど良い程度の長さ、重量に調節されており、長柄武器ながらシアンの性能であるスピードを遺憾なく発揮できるようになっていた。

 いつもの通りに彼女が武器を一閃すると、刃のような鋭い風が生まれ、振り上げられた巨人の腕を一瞬で断ち切った。

 離れた腕から光の玉が数個逃げていく。殻の元へ還っていくのだろう。

『足を狙え』

 アージェントの指示通り、揚羽は巨人の足を薙ぐ。

 足をすくわれた巨人は無様に身体を傾けた。

『――思い切り蹂躙けちらしてやれ』

 そんなシアンの言葉に笑みを含み、倒れくる巨人に青竜刀を向ける。


「……これで、終わりよ」


 渾身の突きは突風となり、巨人の身体に巨大な穴を開けた。


 ネイチャーがばらばらに離散していく。

 銀色の糸にくるまれるようにして、影たちは光の玉となった。

 それぞれ、還るべき場所へ飛んでいく。


 しかし。

「…………!」

 ただ1つだけ、宙に浮いたまま動かない光の玉があった。

 どうやら倒れたまま動かない、五十嵐紅葉のものらしい。


 揚羽は2人とチャージを解いた。

 数歩前に出て、薄い空に浮かぶその小さな光を見上げる。

「……思い出したわ」

 ぽつりと浮かんだそれに、揚羽は語りかけた。

「随分前、貴方は今日と同じような顔をしていたことがあった」



 縁側で、難しい顔をして俯いていた紅葉は、近づいてきた幼い彼女に気付いてこう尋ねたのだ。

「……お前は、父さんのことが嫌いか?」

 その問いに、揚羽は少し俯いた。

 剣の教えを断られた後で、父親と気まずい時期だったのだ。

「……揚羽は嫌いじゃないよ。お父さんのほうは……わからないけど」

 素直に気持ちを吐露すると、紅葉は彼女の小さな頭に手を乗せた。

 母が亡くなってからはまったくと言っていいほど頭を撫でられる機会を失っていた彼女は、自然と頬をほころばせていた。

 そんな様子を見た紅葉は、どこか恥ずかしげに目を逸らしながら

「……じゃあ、俺のことは?」

 彼女にそう尋ねた。

 揚羽は、満面の笑みで答えた。

「大好き」



 今思えば、少し気恥ずかしいやりとりではある。

 けれどあの頃は、純粋な気持ちでそう答えていた。

 ……いや。

 今もさして、気持ちの本質は変わらない。

 彼の才に嫉妬はしても、嫌ったことなど本当はなかった。


 家族の間の板ばさみになって苦しんだ兄。

 つまりは家族のことを想ってくれていたのだ。

 その事実は変わらない。


 揚羽は言う。

「心配しないで。私の気持ちは変わっていない。貴方が失うものなんて、本当は何もなかったはず」


 そして、宙に向かって両手を差し伸べた。


「だから、戻ってきて。……兄さん」



 その言葉に勇気を貰ったかのように、それまで躊躇するように空に浮かんでいたその光の玉は、ゆっくりと紅葉の身体に戻っていった。

「…………」

 揚羽はそれを見て、ほっと一息つく。

 ――途端。

 張り詰めていた気が緩んで、その場に崩れそうになった。

「……っとと」

 すかさず、シアンがそれを抱きかかえる。

 揚羽は気を失っていた。

(……無理もない、か)

 紅葉と一騎打ちをした時点で彼女の体力は限界だったはずだ。

 さらに初めて【金属色】とチャージしたのだから、気を失っても仕方はない。

 すると

「ここは任せたぞ」

 アージェントはそう言い残して、公園の奥へと跳んでいった。

 あの様子からして、本当はすぐにでも向こうへ駆けつけたかったに違いない。けれど揚羽との約束も反故に出来なかったのだろう。

(律儀な奴だ)

 そう思いつつも、パートナーに最後の力を持たせてくれた彼女に、シアンは心の中で礼を言った。







 ――生き返る術など、この世にはない。

 そんな当たり前の事実を突きつけられただけなのに、俺の足元はこの世の終わりみたいにぐらついた。

 ――いけると思ってたのに……!

 縋っていた最後の手をあざ笑われたショックも大きく、俺は自然とうなだれていた。

 すると、そんな俺の様子に気付いたのか

「……サツキ! 敵の前だぞ、しっかりしろ!」

 オーアの叱咤が飛んできた。

 その様子を見て、エルダーはより愉しげに俺たちを見比べた。

「おやおや。本人よりも彼のほうが相当ショックを受けているようですねえ。もしや人間とティンクチャーの一線を越えていたんですか?」

 からかうようなその言葉に、俺が怒鳴る前にオーアが怒鳴っていた。

「……貴様ッ! それ以上不躾な言葉を吐いたら只では殺さんぞ!!」

 エルダーは涼しげな目でそんな彼女の様子を窺ってから

「殺す? 貴女ごときにこの私が殺せると思っているのですか?」

 殺気を込めた金色の眼で、オーアを睨み返した。

 そして次の瞬間には、エルダーは彼女の前に移動していて、その首を腕で掴んだ。

「……ッ」

 オーアはその手に自らのそれをかけるが、ほどくことが出来ないでいた。

 エルダーはそんな彼女をまるでもてあそぶように言う。

「ほーら。こんなにも今の君は非力だ。自分でも分かりきっているのでしょう?」

 俺は反射的にエルダーに殴りかかった。

「おっと」

 すると奴はオーアを投げて渡すように俺のほうに突き飛ばした。

 彼女もろとも、砂浜に尻餅をつく。

「……ッ、オーア、チャージだ!」

 俺の催促に、彼女は一瞬ためらいを見せた。

 マーシャリングできるクリムがいないのだから、そのためらいは当然と言えば当然だった。

 でも。

「他に手はないだろ!?」

 もう一度言うと、彼女はおずおずと頷いて、再び俺の首筋を噛んだ。


 ずしりと重い剣。

 しかし今は、そんな重みに気を取られている余裕はなかった。


「…………ッ」

 歯を食いしばって、黄金の剣を振り上げる。

 しかしその、あまりに緩慢すぎる動きに相手は笑みを通り越して呆れたような顔をした。

「無様ですよ、やめておきなさい」

 奴はそう言って、白い茨のような鞭を手に取り出した。

 風を切るような音がしたと思ったら、何も見えないうちにそれに身体を打たれてまた砂浜に転がる羽目になった。

「……ッ」

 見れば、さっきの一撃だけで、服が焦げたように裂けている。

 傷口に、火傷のような痛みがじんじんと走った。

『サツキ、大丈夫か!?』

 オーアの、ひどく心配そうな声が響く。

 その声を打ち消すように、俺は言葉にならない叫びを上げて、もう一度エルダーに斬りかかる。

 奴は呆れてものも言えないというような目で、また鞭を振るった。

「……痛ッ」

 首筋から胸にかけて、また焼けるような痛みが走る。

 微かに赤い血が飛び散るのを見ながら、俺はまた地面に倒れ伏す。

『馬鹿、無茶をするな!!』

 オーアの泣きそうな叱咤が響く。


 ……そんな声を、上げないでほしい。


 奴の言うとおり、俺は無様だ。

 自分が、情けない。

 ……結局俺は、彼女のために何も出来ていないじゃないか……!


 倒れたまま立ち上がらない俺を見下ろすように、エルダーが傍にやって来た。

「無駄な抵抗はおよしなさい。怪我が増えるだけですよ?」

 そんなことを言って油断しているような奴の足を掴もうとしたら、逆に手の甲を踏みにじられた。

「――……あァッ!」

 まるで皮を裂いて骨を砕かれそうな痛みに、思わず苦痛の声を漏らしたその時。


『待て!! これ以上サツキに手を出すな!!』

 オーアの声が外にも響いた。

 エルダーの足が、手から退く。

「ようやく分かりましたか? なら、早く言うとおりにしなさい」

 奴の冷ややかな視線に促されるように、オーアが俺にだけそっと囁いた。

『……サツキ、アージェント達がもうすぐここに来るはずだ。私が消えた後は、あの子達とで、何とかして欲しい』

 遺言のようなその言葉に、知らず涙がこぼれてくる。

『……泣くなよ』

 オーアはそんな俺に気付いてそう言ったが、彼女のほうだって泣きそうな声だった。


 ……こんな形で、終わりたく、ない。

 彼女だって、そう思っているはずだ。


「………く、そ……」


 なんなんだよ。

 なんでオーアが消えなきゃいけないんだ。


 こんな奴に、馬鹿にされたままでいられない。

 ――こんな、無様なままで、いてたまるか!!



 そのとき、あの日と同じ、胸の中で何かが外れるような感覚を覚えた。



「……ッ!?」

 俺がはね起きると、エルダーはざっと後退した。


『……サツキ……、また、殻を……』

 内から聞こえてきたオーアの声に小さく安堵しながらも、俺は目の前の敵から目を逸らせずにいた。


 ――奴を、絶滅させろ、と。


 そればかりを脳が身体に命令してくる。

 俺の眼は瞬きも忘れて奴を睨み付けていた。

「……ほう、ここにきてアクティブブレイクですか。しぶといですね、なかなか」

 エルダーは鞭を剣に持ち替える。

 それを見るなり、俺の身体は反射的に奴の懐に飛び込んでいた。

「!」

 こちらの渾身の突きを、奴は辛くも身をよじりかわした。

「どうやら少しは動きを学んだようですね」

 奴がそうこぼしている間にも、俺は間髪入れず剣を振る。

 今度は奴も避けられないと悟ったのか、茨の剣で受け止めた。


 完全な力比べ。

 少しでも力を抜いたほうが、刃を被ることになる。


「……ッ、」

 奴の表情から余裕の色が薄れていく。

 その金の眼には、微かに畏怖の色すら見えた。


 ――押している。


 その事実を確認し、俺は柄を握る手に力を込めた。

 そのとき。


「あまり私を見くびらないでいただきたい」


 奴がそう囁いたかと思うと、次の瞬間。


「…………ッ!?」


 肉を引き裂かれるような痛みが、肩口に走った。

 声を上げる暇もなく、俺の身体は持ち上げられるように宙に浮く。

 見れば、俺の左肩に白い大蛇が食いついていた。

 エルダーの背中から伸びているらしいその蛇は、そのまま俺を砂浜に叩きつけた。


「……っは!」


 背中に衝撃を感じた途端、今度は蛇の牙が肩から抜ける痛みに頭が真っ白になった。


『サツキ!!』


 オーアの悲鳴すら、遠くで聞こえる。

 視界が薄れてきた。


「……おっと。少々やりすぎましたか。ですがこれも正当防衛ですよ?」

 奴の、そんな声が微かに聞こえる。

「…………ッ」

 俺の身体を誰かが抱えている。

 視界は既にほとんど白い。微かに働く嗅覚と聴覚で、それがオーアだと分かった。

「……キ、サツキ……っ、」

 ぽたぽたと頬に当たっているのは、恐らく彼女の涙だろう。


 ……ああ。

 また泣かせちまった。


 泣かせるつもりじゃなかったのに。

 ……俺は、こいつの笑顔が見たいだけなのに。




「今の貴女ではその怪我を治すことも出来ないでしょうねえ」

 いけすかない、奴の声がする。

「さあ、そろそろ潮時ですよ。君が大人しく消えてくれればその少年の怪我は私が治すと保証……!?」

 その言葉が、不自然に途切れた。

 誰かに邪魔をされたようにも聞こえる。


「貴様の保証など誰も当てにはしない」


 オーアとは別の声。

 アージェントの声が、した。


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