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第47話:絆

 紅葉の言葉を聞いて、揚羽は呆然とした。

「……お前には分からないかもしれないが、変にひいきされるのもされる側にとっては気分が悪い。だがそれが『愛情』ゆえだというのならば拒絶することも難しかった。だがいつも1人でいるお前を見るのも良心が痛んだ」

 彼はひといきついてから、こう言った。

「俺は常に板ばさみだったんだよ。……親を想う気持ちと、お前を想う気持ちに」


 初めて聞く兄の苦悩。

 彼はもっと強い人だと、彼女は思っていた。

 想像だにしなかったそれに、揚羽はただ、かける言葉も失っていた。


「……だから全て壊れてしまえばいいと思った。家族なんてものも、俺のちっぽけな良心も。全ては人間が作ってきた倫理観だ。それを壊せば俺は解放されると思った。だから、手始めに親父を壊したんだ」

 紅葉は憂い顔で彼女を見た。


「……だがお前は壊れることを拒絶した。俺の理想を理解しなかった。だったら俺は、もう一度お前を壊して、逃げないように檻で囲おう。……親父のように」


 ゆっくりと、再度妹に歩み寄る兄。

 その眼はあまりに悲しく、狂気的で、優しいものだった。

 その眼に囚われたかのように、揚羽はその場から動けなくなってしまった。


「……このッ」

 シアンが彼に掴みかかってそれを止めようとしたが、尋常ではない脚力で蹴り飛ばされてしまった。

「シアン!」

 傍らに倒れこんだ彼を見て、揚羽はようやく声を出す。

 しかしそのときには、紅葉は彼女のすぐ目の前にいた。



 紅葉の掌から、白い光の玉が出来る。

 彼がアクティブブレイクを起こしたことで得た、他人をシェルブレイクさせる能力だ。


 その掌を近づける兄を、彼女はもう一度、しっかりと見上げた。

 そして、尋ねる。


「……貴方は何が怖かったの?」


 その言葉に、紅葉は眉を微かにひそめた。

「怖い、だと?」

 真っ直ぐにその眼を見て、揚羽は問う。

「何かを失いたくなかったから、貴方はそれを失くす前に自分で壊したんじゃないの?」

 その言葉に、紅葉は動揺を見せ始めた。

「……そんな、ことは……」

 徐々に掌の光も薄くなっていき、彼が一歩引き下がる頃にはそれはすっかり消えていた。

「貴方は結局臆病だっただけ。失くすのが怖いから、自分で壊した。……まるで子供だわ」

 揚羽の言葉に、紅葉は頭を抱えた。

「……やめろ、俺を、そんな目で見るな……!」

 けれど揚羽は視線を逸らさない。

「…………ッ!!」

 それに耐えかねたように、彼は深く俯いた。


 ――次の瞬間、彼は咆哮のような叫びを上げた。


「!?」

 びりびりとした、空気の震えを感じて思わず揚羽は立ち上がって後ずさった。

 と同時に、紅葉の身体が崩れ落ちる。

 そして、その身体から黒い煙が上がりだした。

「……まさか、」

 彼女が息を呑むと、傍らでシアンも起き上がって

「そのまさかだ。今までお前の兄貴が飼いならしていたネイチャーが、現れるぞ」

 そう言った。







 クリムは、動かなくなった。

 砂浜に、ただ転がっている。

 血は、出ていない。外傷はない、はずだ。

「お前、クリムに何したんだよ!!」

 俺がエルダーに叫ぶと、奴は先ほどの電流のせいか、自身の身体から立つ煙を払いながら

「対冥獣用の麻酔弾とでもいいましょうか。不肖ながら、私ももともとは半分神の血を引いていましてね。どうやら冥獣を飼いならす術に長けているようで」

 そう言った。


 とりあえず、クリムが眠っているだけだと知って安堵する。

 が、彼女が戦力になれないことで状況は悪化した。


 エルダーは再び、その手に剣を取り出した。

「さあ。早くしないと、結崎徹の命はありませんよ?」


 ――……この野郎……!


 その瞬間、オーアが突然チャージを解いて、奴に飛び掛った。

「!」

 想定外だったのか、エルダーはオーアに胸ぐらをつかまれた形で押し倒されて、砂浜に仰向けに倒れた。

「……ッ、往生際が、悪いですよホーテンハーグ」

 奴の言葉には答えず、オーアは奴を地面に押さえつけたまま、翼を展開した。


「……!」


 それを実際に目にしたのは、初めてだった。


 まるで鳥の翼のような、大きな羽根。

 黄金の雪のような光を放っている。

 神々しいようで、温かさを感じさせる、優しい色。


 純粋に、それはとても、綺麗だった。

 けれどそれゆえに、左右非対称の翼が痛々しさを感じさせる。


「……トオル、よく見ろ」


 オーアはエルダーに、いや、奴に身体を乗っ取られている結崎に語りかけた。

 奴はあざけるような笑みを浮かべる。

「無駄ですよ。もとから彼の精神は限界状態に近かった。今更浮かび上がることなど不可能です」

 胸ぐらを掴んでいる彼女の手を押しのけようとして、エルダーはその手を掴む。しかし彼女は続けた。

「お前が奪ったんだぞ、トオル。どれだけ私が辛かったか、お前に分かるか……?」


 憎しみと、悲しみと、絶望と、悲痛。

 彼女の声にはそんな感情がはっきりと滲んでいた。

 色で表せば、黒。

 その感情いろは、彼女と結崎の関係をくっきりと断絶させうるものだった。


 ……けれど、彼女は。


「私は怒っている。……だから、早く」

 ――早く、謝りに来い、と。


 彼女はその黒の感情に、自ら白のラインを引いた。



 彼女のその言葉に、ふと、奴の身体から力が抜けたように見えた。

 オーアの手を掴んでいた奴のそれが、緩んだのだ。

「……ナッ…に…!?」

 身体の異変に気付いたのか、エルダーの険しい声が漏れる。

 すると。


「……ーア……。オーア」

 エルダーとは全く別物の声が、小さくこぼれた。

 結崎自身の声だ。

 嗚咽が混じっているようにも聞こえる。

「……ごめ、ん、なさい。ごめん。君に、ひどいこと、して、……僕は、最低、だ」


 彼は「ごめん」と、謝罪の言葉を何度も続けた。

 今の彼は恐らくアクティブブレイクを起こす前の状態――正気に戻っているのだろう。

 ……奴はオーアにひどいことをした張本人だから、同情なんて感情を俺は素直に持てないが、自分がいつの間にか犯してしまった罪に苛まれている姿も、見ていて辛いものがある。


 そしてとうとう最後には、

「死なせて」

 と。

 彼はそう呟いた。


 オーアはそんな彼を真っ直ぐ見据えて言う。

「……駄目だ」

 その言葉に結崎の身体は嗚咽で震える。

「……どうして? 君は、僕を殺したいはずだ」

 その問いに、彼女は1つ息を吸って、答える。

「……確かに殺したいくらい恨んだが……。お前は謝ったから、許す」

 オーアのその言葉に、結崎は呆然としたようだった。


 結崎は小さく首を振った。

「だめ、だよ。そんな、僕は、君に甘えすぎてたんだ……。君に許される資格なんて、ない……」

 しかしオーアは言った。

「甘えていたのはこちらも同じだ。……お前はいつでも、私の言うとおりに動いたから、あの日初めて反抗されて、戸惑ったんだ」

 彼女は続ける。

「……最初はその程度のすれ違いだ。この程度のことで、私たちが過ごした日々は崩れたりしない。……そうだろう?」


 その言葉に、結崎はさらに嗚咽をこぼした。

 涙をこぼしながら、何度も頷いていた。


 すると、彼の身体から白い光が発せられ、弾き出されるようにエルダーが外に飛び出した。

 ……どうやら結崎に自我を取り戻されて、チャージが解けてしまったようだ。


「……ッ」

 悔しげに息を漏らしながらも、エルダーはオーアを睨んだ。

 気を失ったらしい結崎から手を離し、オーアもエルダーを見据えながら再び立ち上がった。


「どうしてなかなか、やってくれますねホーテンハーグ。……君と結崎徹の繋がりを侮っていたようです」

 どこか引きつった笑みを浮かべるエルダーに対し、オーアは冷ややかな視線を送った。

「貴様はどうも人間を侮っているな。お前が簡単に操れるほど、人間は単純じゃない」

 その言葉を聞いて、エルダーは一瞬眉を不愉快げにひそめたが、それでもすぐに余裕の笑みを見せた。

「けれど状況はなんら変わっていませんよ? 君が彼に生命エネルギーを返さなければ彼はあと数年で死んでしまいます。結崎徹にすら情けをかける君のことですから、当然彼を見捨てたりはしないでしょう?」

 その言葉に、俺はすかさず尋ねた。

「おいお前! お前は一旦死んだって聞いてるぞ! 死んでも蘇る方法があるんじゃないのか!?」

 俺のその問いに、向こうは不意を突かれたように目を見開いた。

 が、すぐに腹を押さえて嗤い始めた。

「……ははっ、なるほど。それを期待していたわけですか」

 こっちは真剣だというのに、奴の態度を見ていると無性に腹が立った。

 くわえて奴は、冷たく言い放つ。

「残念ですが、ティンクチャーとて死という生命のルールを破ることは出来ないんですよ」


 ……と、いうことは。


「……なるほど。つまり貴様は、死んだふりをしただけだったということだな」

 オーアが静かに、そう言った。エルダーは頷く。

「幸い、床に臥せっていた私を間近で看ていたのは世話をしてくれていたダーザインだけだったのでね。彼1人に私が死んだように暗示をかけるのは容易いことでした」

 そして彼は、はっきりと告げた。

「君が消えるという運命は既に決まっていたのですよ。3年前の、あのときからね」







 紅葉の身体から立ち上った黒い煙は、通常のものよりも色濃く、幅が広かった。

「……もしかすると……」

 シアンの言葉の次に来る事実を、揚羽は目で確認した。


 ネイチャーの影は1体だけではなかった。

 2体の輪郭のない人影が空を泳ぐように上昇していく。

「取り込んでいたのかもしれない。……父のネイチャーを」

 この町で、いくら彼女がネイチャーを討伐しても父は一向に目覚めなかった。

 以前からうすうす、兄に隠されているのではないかと思っていたのだ。

「……!」

 そう考えているうちに、2体のネイチャーは1つに合体した。

 それだけではない。

 ブラックとエメラがまだ排除しきっていなかったネイチャーの塊までが、それに加わったのだ。


 段々と形作られていく、黒い巨人。

 背丈は揚羽の3倍はありそうだ。

 2本足で立っているので巨人と喩えたが、もの自体は何とも形容し難い、歪な形をしていた。

 複数の人間の世界に対する悲観、欲望などが混ざり合った結果だろう。


「……シアン、チャージを」

 いつものような揚羽の指示に、つい反射的にチャージをしてしまった彼だったが

『お、おいアゲハ! 刀がないんだぞ!? どうすんだよ!?』

 その事実を思い出して狼狽する。

「折れた刀で、どうにかするしかないでしょう」

 揚羽は地に落ちていたそれを拾おうとした。

 すると。


「そんなものを使わなくとも、武器ならここにいるだろう」


 おもむろに、先ほどまではまったく手出しをせずに様子を窺っていたアージェントが前に出た。

「……え」

 突然の申し出に、流石の揚羽も一瞬目を丸くした。

「言っただろう。お前に力を貸す価値があると判断したときは、1度だけ力を貸してやる、と」

 アージェントは揚羽に近づいて、微かに笑う。

「まさかネイチャーを外に放り出したまま立てる人間がいたのには私も驚いた。アクティブブレイク因子などなくとも、ネイチャーに打ち克つ力が、人間にはあるようだ」

 ――お前のその可能性を、私は信じよう。


 アージェントはそう囁いて、揚羽の首筋を噛んだ。


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