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第46話:兄妹

 奴は堂々と、言った。

「人間だって分かっているはずです。地上界は成熟期にあるのだと。このまま怠惰に時間を過ごしても世界は廃れていくだけでしょう」

 ですから、と彼は続けた。

「今後進化し続ける可能性を秘めた――アクティブブレイク因子を持つ人間だけを選定し、あとは切り捨てるのです。改革に犠牲はつきものですからねえ」

 それを聞いたオーアは鋭く反発した。

『馬鹿な! 貴様、神にでもなったつもりか!? 一介のティンクチャーにそんな権利があるとでも……』

 その言葉に、今度は奴が反論した。

「たかだか神に操られるだけの境界の住民である私たちにそんな権利はない、と? その考え自体が古いのですよ、ホーテンハーグ」

 得意げに彼は語る。

「フェリエッタも言っていたのでは? これは私たち、いえ、私の、神に対する反逆でもあるのです。子が親に逆らうことが出来ないなどと、そんな道理はもうありません。ティンクチャーという存在がいかに強大であるかを、私はこの身をもって神に証明したい」


 ……これ以上、奴と言葉を交わしても無駄だと思った。

 俺たちがいくらなにかを言ったとしても、奴は自分の信念を曲げないだろう。

 ……だったら。


「力ずくで止めるしか、ない」

 俺の言葉に、オーアとクリムが頷いた気がした。


 結崎、もといエルダーに向かって走る。

 アージェントに叩き込まれた突きの構えを見せると、相手は余裕げに笑ってそれをかわした。

 そしてあろうことか

『! サツキ、後ろです!』

 易々とバックを取られた。

「!!」

 冷や汗をかきながら身をよじる。

 よじりがてらクリムの能力で炎を周りに撒いてみたが、奴はそれをも涼しい顔で振り払い、

「……ッ!」

 次の瞬間には、茨に覆われた剣を振りかぶってきた。

『受けろサツキ!』


 剣を剣で受け止める。

 そこで気付いたのだが、結崎の剣を持つ手に微かに火傷のようなものが見えた。


『さっきの炎、効いてないわけじゃないみたいですけど……』

 どこか不安げなクリムの声。

 それもそのはず。

『……エルダーの奴、徹の身体を盾にしているな』

 オーアが苛立たしげにそうこぼした。


 彼は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、人間のものとは思えない腕力で剣ごと俺をなぎ払った。

「……ぅっ!」

 受身など取れるはずもなく、無様に砂浜に転がる。

 そんな俺を見て、奴は愉しそうに言った。

「どうしたんですか、ホーテンハーグ。結崎徹は君の大事な翼を奪った張本人ですよ? 遠慮なんてする必要、ないではないですか」

『……ッ、白々しいなエルダー! そう仕向けたのは貴様だろう!』

 オーアが激昂している。

 顔は見えずとも声色でそれが分かるのか、彼はより一層愉快げに口元をゆがめた。

「確かに彼にアクティブブレイクのことを教えたのは私たちですが……。君の翼を奪うことに思い至ったのは結崎徹自身です。そんな彼を、君はまだ助けようと?」

『…………ッ』

 オーアは押し黙った。


 確かに、エメラも言っていた。

 結崎がオーアの翼を奪ったことは想定外だったのだと。

 結崎はオーアを手放したくない一心で、狂気に負けた。

 それは確かに、彼自身の過失でも、ある。


『…………サツキ』

 オーアの声が、俺に響いた。

『お前なら、知っているだろう。3年前のあの日、私と徹の間に何があったか』


 確かに俺はオーアの記憶を垣間見た。

 境界に帰ると言った彼女にかんしゃくを起こした結崎。

 喧嘩別れした後に、あんなことが起こった。


『私は確かに、徹を憎んでいる。今でも、あのときの痛みを思い出しただけで気が狂いそうになる』

 オーアの告白。


 ……知っている。

 境界の病室で彼女が何を思っていたのかも。

 全てあのとき俺の脳裏に流れ込んできた。


『だが』

 オーアはそう続けた。

『……今でも思うんだ。あの時、喧嘩別れした後。もう一度、普段の徹と逢えていたら、……仲直りが、出来たんじゃないかって』


 後悔を、押し込めたような言葉。

 それはもう、叶うことのない仮想。


『私は徹を大切に思っていた。……それは徹も同じだったはずだ。1度の喧嘩だけで終わるような関係だったとは、思いたくない』


 ……彼にチャンスがあったなら、こんなことにはならなかったかもしれない、と。

 彼女はそう言いたいのだろう。


 ……俺だって、オーアとかみ合わないことは何度もあった。

 今だって、すれ違い続けているのかもしれない。

 けど。

 俺は彼女が大切で。

 彼女は俺のことを考えていてくれて。

 その事実は、絶対に変わらない、と思う。


 ……だったら。

 あいつにだって、チャンスがあってもいいはずだ。


「……結崎を、助けたいんだな」

 俺が確認すると、オーアが顔をほころばせた気がした。



「……物好きですねえ、ホーテンハーグも、君も」

 いかにも不可解だといった風にエルダーは言ったが、奴は俺たちがこういう選択をすることを予想していたからこそ、結崎とチャージしたに違いない。

 ……本当に、いけすかない奴だ。


 とりあえず、目の前の問題を片付けよう。

 ――どうすれば、相手のチャージを解けるのか。

『腹でも蹴飛ばすですよ! 衝撃でチャージが解けるかもしれないです!』

 クリムがやけに野蛮なことを言い出したが

『……確かに、炎も駄目、斬りつけるのも駄目なら殴打系のダメージしか思い当たらないな』

 オーアまで同意しだした。

 ――まじかよ。

 アージェントならともかく、俺は肉弾戦には自信はない。


 そんな時、奴がこちらに踏み込んできた。

 ――な。

 一歩、動いただけで奴は数メートルは開いていた俺たちの間合いを一気に詰めた。

 あまりに速いそのスピードに遅れをとり、俺は手に持っていた剣を容易く弾かれてしまった。

「ぁ!」

 黄金の剣が、数メートル先の砂浜に刺さる。


 片膝をついた俺を見下ろして、奴は言った。

「いくら考えても無駄ですよ。今のこの身体に意思はない。言ってしまえば私のもの。私が望まない限り、チャージが解けるなんてありえません」

 茨の剣の切っ先が、俺の喉元に突きつけられる。

「……さあホーテンハーグ、早くエネルギーを少年に返しなさい。チャージしている今がそのタイミングでしょう?」

 彼はそう言った。


 ……まずい。

 この状態じゃ動けない。

 ――どうしたら……。


 そんな時。

『断る、と言ったら?』

 オーアの声が、響いた。

「なにを言い出すのかと思えば。ついに貴女も血迷いましたか? 愚かしい」

 奴は厳しい目つきでこちらを睨んだ。

『それはこっちの台詞だエルダー。お前はサツキを殺したくないんだろう? だから私に生命エネルギーを返還しろと言っている。貴様がサツキに剣を突きつけたこの状況で、誰がお前の言うことを聞くと思っている』

 オーアの言葉に、俺はああ、と納得した。


 つまり俺がオーアとチャージしている間は、オーアも俺を盾に出来るということか。

 ……なんか複雑だけど。


 その言葉を聞いてエルダーはふと剣を降ろした。

「……なるほど。つい剣を振るうのに熱くなって状況を忘れてしまっていたようです」

 奴はそう言うと、今度は自らの首に剣の刀身を近づけた。

『!!』

 オーアが息を呑んだのが分かった。

 奴は自らの首に剣を向けながら、笑う。

「私にとっての人質はこの身体、でしたね。さあ、これで問題ないでしょう。早くこちらの要求を飲むことです」


 ――今度こそ、まずい。

 奴の要求を飲まないと、結崎が死ぬ。


『待てエルダー! チャージしている状態で徹が死ねばチャージ中のお前とてただでは済まないはずだ!』

 オーアが必死にそう言った。

 そういえば以前、五十嵐にそんなことを言われた気がする。

 しかし奴はどうとでもないといった風に笑みを絶やさない。

「私をただのティンクチャーと見なしてもらっては困ります。私は境界最古のティンクチャー。誰よりも長く生きてきました。瀕死の状況からでも生き延びられる術くらい、既に知っています」


『……ッ』

 オーアが悔しげに息を漏らす。


 このままじゃ本当に、オーアは俺に命を返してしまう。


『サツキ。……後のことを頼めるか』

 オーアがそうこぼした瞬間。

『駄目ですッ!!』

 クリムが間髪いれずそう叫んだ。

『ここで姉さまが消えたら奴の思う壺です! 絶対にそんなことしたら駄目ですッ!』

 そして次の瞬間。


「半神をなめんなですよッ!!」

 クリムがチャージを解いて、外に飛び出した。

「!?」

 エルダーは驚いて一歩下がった。


 クリムの手から赤い光の糸が放たれたかと思うと、奴の身体を宙に磔にするように縛った。

 あの状態では手足は動かせないはずだ。


「……ッ、やってくれますね、ルディアスノーム」

 剣を取り落としたエルダーは憎らしげにクリムを睨んだ。

 しかし。

「……ですが、どうやら知らないようですね。半神という生い立ちを持っているのは、何も君だけではないのですよ」

 奴はそうこぼしたかと思うと、体中から電流のようなものを発して拘束をほどいてしまった。


「な!?」

 俺たちが驚いている間に奴は砂浜に着地し、クリムに向かって白い光の玉を放った。

『クリムッ!!』

 オーアの叫びも虚しく、それはクリムに直撃した。







 紅葉の剣術に、隙はなかった。

 ただでさえ天賦の才を持っていると云われていた男だ。

 それにアクティブブレイク、エルダーによる刀の補強が加われば、隙が出来ることなどありえなかった。


『アゲハ、これ以上は刀が持たない……!』

 シアンの苦しげな声に、けれど揚羽は答えない。

 シアンの能力によって異常な速さを誇る彼女の刀でも、紅葉の剣撃をかわすのは難儀だった。

 いや、かわすのはいい。

 問題は、受けるたびに刀が悲鳴を上げているということだ。


 そもそも日本刀は耐久に強いものではない。

 鍛冶屋に無理に頼んでそれなりの強度をつけてもらったが、それでも限界はある。

 その限界が、もうすぐそこまで来ていた。


「……ここまでよくかわしたな」

 紅葉がそう呟いた瞬間、最後の一閃が揚羽の刀に振るわれた。


「……ッ!」


 音を立てて、刃が折れた。

 と同時に、無理に尋常でない速さで刀を振るい続けてきた腕に激痛が走った。

「……く!」

 体力の限界に、思わず揚羽は膝をつく。


 肺が、心臓が、頭が痛い。

 普通の人間にとってはあまりに過酷な動きに、酸素の供給が追いついていなかったのかもしれない。

 少しでも気を抜けば、意識を失ってしまいそうだった。


「相変わらず強情だな、お前は」

 そう言って、ゆっくりと紅葉は彼女に近づいた。

 目線を合わせるように、彼は彼女の前にしゃがみ込む。

「そんなに今の生活にしがみつきたいか? お前は自由が欲しくないのか」

 揚羽はその問いに、問いで返した。

「……貴方は、どうしてそこまでして今の生活を捨てたいの? ……私なんかより、ずっと貴方はうまく生きていたじゃない……」

 それまでほとんど表情を変えなかった紅葉が、少しだけ面食らったような顔を見せた。

「父のことも……! 父は貴方には優しかったじゃない。どうしてあんなことをしたの?」

 彼女の問いに、紅葉は口を閉ざしたままだった。


 揚羽は力の入らない手を、必死に握った。

「貴方は結局、自分勝手なだけよ! 私よりたくさんのものを持っていたくせに、わざと全部手放して!!」

 その言葉に、紅葉の目の色が変わった。


「!」

 紅葉の左手が揚羽の首を掴む。

「……たくさんのもの? そんなものを勝手に背負わされるほうの身にもなってみろ。重荷でしかないんだ」

 その手に、徐々に力が込められていく。

『アゲハ!』

 見るに耐えられず、シアンがチャージを解いた。

 飛び出しついでにシアンは紅葉から揚羽を突きはなす。


「……っ」

 圧迫されていた首を手で押さえ、呼吸を確認する妹を見下ろすように、紅葉は立ち上がって言った。


「才能なんて要らなかった。愛情なんて要らなかった。そんなものは重たいだけだった!」


 そうはき捨てる彼を見た揚羽は、驚きを隠せないでいた。


 彼は常に静かに、淡々と何事もこなしていた。

 人付き合いもそう。

 何にも興味のなさそうな顔をして、何事をもこなすから、それを『重い』だなんて思っている素振りなど、見せたことがなかったのだ。


「……父の期待が重荷だったと言いたいの……?」

 揚羽の言葉に、しかし紅葉は首を振った。


「……違う。俺は……」


 彼の顔に、苦悩がにじみ出る。

 そんな苦しげな表情を浮かべた兄を、彼女は初めて見た。


 ……いや。

 初めて、ではないのかもしれないと、彼女はふと思い出した。


 あれは確か、彼女がまだ小学生の頃。

 母が亡くなって、間もない頃だ。


 何にでも紅葉びいきだった父と違って、母は揚羽にも優しかった。

 そんな母が亡くなってしまってから、揚羽は家の中でも1人でいることがより多くなった。

 父は家にいても道場のほうで剣道を教えていたからだ。

 そんな父に近づきたくて、彼女は父に剣の教えを請うたが、きっぱりと断られてしまった。

 それが子供ながらにショックで、しばらく父と顔を合わせるのがつらかったのを今でも彼女は覚えている。


 そんなある日の夕方、彼女が花に水をやりに庭へ出た際、胴着のままの兄が縁側に座っているのを見た。

 兄が中学に上がってからというもの、彼と顔を合わせることが少なくなっていた彼女はすぐに彼の傍へ行った。

 その頃は純粋に、完璧な兄のことを尊敬していた時期だ。


 けれどそのときの彼は、今までに見たこともないような、険しい顔をしていた。

 もともと愛想のよいタイプではなかったが、そこまでのしかめ面をしていることも珍しかった。


 あのとき、何か言葉を交わしたように思うのだが、そのときの会話を揚羽は思い出せない。

 けれど、あの時と同じような表情を、今の紅葉は浮かべている。


 紅葉は途切れ途切れに、言葉を漏らす。

「俺は、……家族を……壊したくて……。いや、違う……」

 頭を振って、彼は言った。


「家族なのに、愛情を偏らせた親父が、憎かったんだ……!」


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