第45話:決戦の日
翌朝。
今日は祝日だというのに、うっかり目覚ましをかけてしまっていた俺は、7時に起床する羽目になった。
しばらくぼうっとしながら、今日の予定を考える。
――午前中はアージェントに稽古つけてもらおうかな。午後はエルダーの居場所を探りに出掛けるか。
もそもそと着替えて、1階に降りる。
が、珍しくリビングの電気がついていなかった。
パートの急なシフト変更がない限り、土日は母さんは家にいる。
母さんは起きるのが早いので、大抵は俺たちより先にリビングで朝食をとって、テレビを見ているはずなのだが。
――具合でも悪いのかな。
少し心配になって、母さんが寝ているであろう和室をそっと覗く。
すると、母さんはまだ布団の中にいた。
まだ眠っているようで、特段具合が悪いというわけでもなさそうだ。
――疲れてるんだろうな、きっと。
俺は起こさないように、そっと襖を閉めた。
適当に食パンでも焼いて食べようかと思ったそのとき、ばたばたと階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
「サツキ!! 大変です!!」
クリムが血相を変えて降りてきた。
「ちょ、母さんが起きちまうじゃないか!」
そんな俺の言葉を無視してクリムは続ける。
「皆寝てるんじゃないですよ! 眠らされてるです!!」
――は!?
「アヤもいくらゆすっても起きないんです!」
クリムの言葉に、血の気が引いていく。
俺は慌てて母さんのもとに戻った。
「母さん、起きろ!」
大きく揺らしても、頬を軽く叩いても、まったく起きる様子を見せない。
「どういうことだよこれ!?」
俺が振り返ると、いつの間にかオーアもそこにいた。
「……どうやら結界が発動したらしい」
彼女の言葉に、息を呑んだ。
「じゃあ、母さんや綾は……」
……シェルブレイク、されたというのか?
俺の考えを汲み取ったオーアは首を振った。
「安心しろ、ネイチャーが抜け出た形跡はない。エルダーが故意にこの状態を維持しているようだ」
すると、エメラ、ブラックもその場にやってきた。
「おそらくまずはアクティブブレイク因子を持った人間を探そうとしてるんだわ。現にサツキ君、結界が発動しても普通に動いているでしょう?」
エメラの言葉に、とりあえず納得する。
が
「でも急がないと、そのうちネイチャーを手駒にしようとしてくるんじゃないかなあ」
ブラックの言葉にも頷ける。
「エルダーの居場所は分からないのか!?」
俺の言葉に返答をくれたのは、後ろの襖から入ってきたアージェントだった。
「海浜公園だ」
……海浜公園。
以前にもネイチャーを追いかけて辿り着いたことのある場所だ。
刀を持った五十嵐と初めて出くわした場所でもある。
「まるでこちらを誘うように気配を放っているがな」
アージェントの言葉に、その場にいた全員が言葉に詰まった。
それだけ向こうは、自信があるということなのだろう。
……けど。
「行くしか、ないだろ」
俺がそう言うと。
「……無論だ」
オーアが同意してくれた。
「早くエルダーをとっちめて、アヤたちを起こすです!」
クリムの言葉に、皆の表情が少し明るくなった。
「……行くぞ」
俺たちは、海浜公園を目指した。
朝目覚めて、すぐに空気の異変を感じ取った揚羽は、着替えてすぐにシアンと外に出た。
「祝日にしたって、静か過ぎるわ。……鳥すら起きていないなんて」
彼女の言葉に、シアンも同意する。
「……こりゃあ、あのエルダーの仕業だな。妖しい術は奴の十八番だった」
「相変わらず趣味が悪いわね」
揚羽は不愉快気に眉をひそめた。
「さらに趣味が悪いのは、自分から居場所を教えてるあたりだな。あの松の公園あたりのようだが……行くか?」
「行かないなんて選択肢、あると思ってるの?」
彼女の言葉に、シアンはいつものように、口を愉快げにゆがめる。
「ではこの下僕めは女王様にひたすらお仕えしましょう」
相変わらずな彼の言動に微かに笑みを浮かべ、揚羽は目的地に向かって駆け出した。
海浜公園には大まかに分けると2つのエリアがある。
1つは入り口付近の、松が大量に植えられているエリア。
もう1つはさらに奥に進んだところにある、海を臨めるエリア。
俺たちがようやく入り口に辿り着くと、そこには五十嵐紅葉の姿があった。
その手には白く光る刀が握られている。
「……随分と大人数でやって来たんだな。となればこちらもそれ相応のもてなしをさせてもらおう」
彼がそう呟くと、俺たちの周りに泥のようなネイチャーの塊がいくつも現れた。
「オーア、クリム、チャージを……」
俺がそう呼びかける前に、1体のネイチャーが飛び掛ってきた。
「うわっ!」
生身の俺は避けることしか出来なかったのだが、アージェントがすぐ前に出て槍でそれをなぎ払った。
あっけなく寸断された塊を見て
「さすがアージェント。これならエルダー相手も楽勝ね」
エメラがひゅう、と口笛を吹いた。
が、アージェントはじっと五十嵐紅葉を睨んでから
「……どうやらあの男、エルダーとチャージはしていないようだぞ」
そう言った。
「え?」
アージェントの言葉に思わず戸惑う。
素人目で見ても奴の刀はただの刀に思えないのだが。
「エルダーの術が施されているんだろう。だが本体は別の場所だ。お前たちは……」
アージェントがそう言いかけた、そのとき。
「瀬川君たちはエルダーを探しなさい。兄の相手は私がするわ」
五十嵐の声が割り込んだ。
振り返ると、すでにシアンとチャージしているらしい五十嵐がやって来ていた。
「い、五十嵐、お前動けるのか!?」
俺の驚きに答えたのは彼女ではなくオーアだった。
「アゲハはこの間自ら殻を閉じるなんて荒業をしてのけたからな。術にかからなかったんだろう」
……なるほど。
「でも五十嵐1人に……」
「前に言ったでしょう? あいつだけは私が斬らないと気が済まないって」
五十嵐は有無を言わさない様子でそう言い放った。
その眼に揺るぎはない。
すると
「エルダーならこの先だ。通るなら通れ。邪魔はしない」
五十嵐紅葉本人が、そんなことを言った。
「……そういうわけだから。行って」
突き放すような五十嵐の言葉。
それに後ろ髪を引かれつつも、
「……怪我、するなよ」
俺はそう言い残して、オーアとクリムを引き連れて公園の奥へと向かった。
ふと、その場に残った【白銀】のティンクチャーを見て、揚羽は思わず声を漏らした。
「貴女は行かないの?」
アージェントは、ただ無言を通した。
「周りのネイチャーは僕たちがなんとかするから!」
【漆黒】のティンクチャーの言葉を頼りにして、揚羽は紅葉と向かい合う。
「……この間は、随分なことをしてくれたわね」
揚羽の言葉を、紅葉はあざける様に鼻を鳴らした。
「それはこっちの台詞だな、揚羽」
その言葉に、どういう意味だと彼女は眉をひそめる。
「本当に、分かっていないんだな、お前は」
その様子に失望したように彼は俯いて、そしてまた顔を上げた。
「人間にとって、殻はしがらみ以外の何でもない。せっかく俺が壊してやったというのに、どうしてお前はまたそんなものに閉じこもった?」
彼の言葉に、さらに揚羽は眉をひそめた。
「なに? じゃあ貴方は私にネイチャーでいろと言うの? 私利私欲を尽くすだけのただのモノに?」
「モノ、だと?」
揚羽の言葉に今度は紅葉が反応した。
「そうよ。しがらみをなくした人間はただ欲に溺れるモノになる。貴方たちはそれを利用しようとしているだけじゃない」
紅葉は眉間にさらにしわを寄せた。
「……どうやらお前に俺の理想をいくら言っても分かりえないようだな」
それは、兄妹の決別の言葉。
揚羽はその言葉を、飲んだ。
「3年前のあの日から、そんなことは分かりきっているわ」
それを聞いた紅葉は、静かに刀を構えた。
「……だったら、お前の言うとおり、お前をモノにしてやろう。お前は、俺の言うとおりにしていればいいんだ」
次の瞬間。
刀が、激しく交わった。
無数に植えられた松を潜り抜けると、石でできた低い塀が見えた。
その向こうには、薄い色の空と水平線が広がっている。
塀を越えると、白い砂浜に降り立った。
「……!」
砂浜には、見知った人影が2つあった。
あの日以来姿を見せていなかった結崎徹。
そして、エルダーだ。
「待っていましたよ」
どこか虚ろな眼で、人形のように立ちすくんでいる結崎の代わりに、エルダーがそう挨拶した。
「……エルダー。いい加減、徹を解放してやってくれないか」
オーアが彼にそう訴える。
オーアが開口一番にそう言ったのも分かる気がする。
確かに、今の結崎は見るに耐えない。
こけた頬、生気のない眼の下に出来た黒い影。
以前見たときよりも、格段にやせ細っている。
食事すらまともにとっていなかったのではないだろうか。
「それは君次第ですよ、ホーテンハーグ。君がここで瀬川五月君に生命エネルギーを返還すれば、ここで彼を解放してあげても構いません」
エルダーは薄ら笑いを浮かべながら、そんなことを言った。
「……姉さま……」
クリムはここに来て初めてそのことを知ったのか、思わずオーアの袖を握っていた。
そんなクリムに、オーアは微かな苦笑いを返しただけだった。
「……それは、聞けない」
オーアの代わりに、俺がエルダーに答えた。
「お前を倒せば問題ないんだからな」
俺がそう言うと、彼はさらに愉快げに口元をゆがめた。
「そう上手くことは運ばないということですか。……仕方ありませんね」
仕方ない、と言っている割には愉しそうに、エルダーは結崎の首元に噛みついた。
チャージする気だ。
俺が2人に視線を送ると、オーアとクリムは個々に頷いて、こちらもチャージを完了させた。
結崎の手には、白い茨が絡みついたような黄金の剣が握られている。
眼の色が、エルダーの蛇のような金色に変わっているのが見てとれた。
「少々手荒なことになりますが、君には眠っていてもらいましょうかね。目覚めた頃には選りすぐられた人間しか、この町には存在しなくなっているでしょう」
言葉もエルダーのものだ。結崎はどうやら完全に身体を乗っ取られているらしい。
……というより。
「どういう意味だよ、それ」
彼の不穏な言葉に、思わず俺は問い返した。
彼は、不気味なほど無邪気に笑う。
「最後の審判をかけているのですよ。アクティブブレイク因子を持たない人間は、この世界には必要ないのです」
……なん、だと?
『エルダー、貴様何を……!』
オーアの声が外に漏れた。
「言ったとおりですよ。この結果内で動けない人間はこれからの世界に必要ないのです。神に逆らえる器を持った者でなければ、今後仮に天上界が地上に介入したときに役に立ちませんからねえ」
奴はそう言った。
「お前の目的は何なんだ……?」
俺の問いに、彼は平然と答える。
「世界を創りなおすことです。腐りきったこの世界を、私の手で新しく、美しいものにしたいんですよ」