第39話:成果
その言葉を聞いたアージェントは、すぐに理由を問いただした。
オーアはエルダーから聞いた話を全て彼女に話した。
「……だったら、今からでも私の力をお前に……」
アージェントはそう言ったが、オーアは首を横に振った。
「今のこの身体ではお前の力を取り込むために開けるラインの余裕すらない。それに、お前と私ではエネルギーの本質が似すぎているからな。下手をするとお前に必要な分のエネルギーまでこの身体は食いかねん」
そんなことまではしたくない、とオーアは言った。
アージェントは歯噛みする。
……だったら、どうしたらいいというのか。
いや、どうしようもないというのか?
では、あの少年はどうなるのか。
彼は、彼女を守るために戦うことを決意したのに。
今日だって、そのために厳しい修行に耐えていたのだ。
「…………」
悲しく、厳しい表情で黙りこくったアージェントを見て、オーアは言った。
「お前にそんな顔をさせたくなかったから、言いたくなかったんだがな」
そして。
「……とりあえず、帰るか。今はまだ、サツキには伝えないでいようと思う。寿命があと5年に縮んだなんて聞いたらショックだろうからな」
彼女はそう言って家の方向へ歩き出したが、アージェントはその背中を見て、思う。
彼はそんなことよりも、きっとそのせいでお前を失うことのほうがショックなはずだ、と。
それを言えないまま、アージェントは彼女に続いた。
俺が夕飯を食べ終えて自室に戻ると、オーアの姿がそこにあった。
「お前、どこ行ってたんだよ」
そう問うと、彼女は苦笑して
「散歩だ」
短くそう言った。
「そういえば、今日は倒れなかったか?」
そんな問いに俺は少しどもった。
……今日も何回か昏倒したのは事実だ。
「無理するなよ」
オーアのなだめるような言葉に
「……別に無理なんかしてないぞ」
少し見栄を張ってみる。
「そうか」
そうこぼして、オーアは窓の外を眺めた。
……なんか、テンション低いな。
「何かあったのか? アージェントとまた喧嘩したとか?」
気になって問うと、オーアは首を横に振る。
「むしろ仲直りしたぞ。……うん。これもお前のお陰かな」
柔らかな、微かな笑みを彼女は浮かべた。
「……なんで、俺のお陰なんだ?」
接点がよく分からない。
「お前が私を生かしてくれなかったら叶わなかったことだ。だから、な」
そう、言ってもらえるのは嬉しいんだが。
どうして、こんな寂しげな空気が漂っているんだろう。
「……お前、また何か」
隠してるんじゃないか、と尋ねようとしたその時。
「……!」
オーアの顔つきが変わる。
この空気は。
「……ネイチャー、だな。久々にかなりの量だ」
彼女がそう呟いた途端、ベランダからアージェントが入ってきた。
彼女は俺に告げる。
「丁度いい機会だ。実戦に赴くぞ」
とりあえず家にいたオーア、クリム、アージェントと共に俺たちはネイチャーの気配がする場所へと向かった。
向かった先は、企業所有のグラウンドだった。
近くの工場で働いている会社員がクラブで使う場所だと確か記憶している。
白いライトで照らされたその場には、野球のユニホーム姿で倒れる人たちと、宙に浮かぶ複数の黒い影。
が、先客がいるようだった。
「五十嵐!」
見知った背中に声をかけると、彼女は振り向いた。
「……遅いじゃない。半分ぐらいはもう片付けたわよ」
五十嵐の手には青白く光る日本刀が既に握られている。
そういえばここは五十嵐の家に近いのか、などと思っていたら
「とっととチャージしろ。あとの半分はお前が全て倒せ」
アージェントがそんな無茶な指令を出してくる。
宙のネイチャーは五十嵐の蹂躙ぶりにおそれをなしたのか今にも離散しそうな雰囲気だ。
不満を言っている場合じゃない。
「オーア、クリム、頼む」
俺がそう言うと、オーアは首筋に、クリムは手の甲に噛み付いた。
途端、右手に剣が現れる。
2人とチャージしたのが少し久しぶりな気がして、なんとなく感慨深い気分になった。
が。
『ぼーっとしてないで行くですよ! 修行の成果を見せてみろです!』
『サツキ、言っておくがこれは剣だぞ。槍じゃないからな。剣らしく扱えよ』
チャージ早々そんな注文をつけてくる彼女たちに思わず苦笑した。
「……すまんオーア。突きしか練習してない」
俺はそう漏らしてから、以前行ったように炎をイメージして剣を振るった。
紺碧の空に紅蓮の炎が龍のように流れた。
それで、散らばりかけていたネイチャーを一箇所に集める。
『上手く操れるようになったですね。感心です』
そんなクリムのありがたい褒め言葉を頂戴したのだが、
「……でもどうやって落とすかな」
俺がそうぼやくと、傍らにいた五十嵐が
「仕方ないわね。風で落とすから、仕留めてらっしゃい」
そう言って、刀を大きく薙いだ。
すると、蒼白い刃からいつぞや見たシアンの放つ暴風のようなものが生まれ、それがクリムの炎とあいまって火柱のドリルのようなものになった。
ドリルはグラウンドに向けて真っ逆さまに急降下する。
ネイチャーはそれに巻き込まれて、地上に落下してきた。
『行くぞ、サツキ』
オーアの掛け声で走り出す。
最初に地上付近に降ってきたネイチャーを出来るだけ短い溜めで刺す。
次に横に現れた奴を薙ぐ。
相手との距離を一定に保てと、散々アージェントに叩き込まれたことをここで実践する。
剣の長さに合わない距離に敵が降ってきたときは一歩下がり、届かないときは一定のテンポをもって近づく。
大量の敵を相手にするときは、無駄なく踊れということらしい。
無我夢中でそれを繰り返しているうちに、ネイチャーの姿は全て消えていた。
「……ぁ」
空を見ると、黄金の光の玉が幾つも浮かんでいる。
それらは流星のように、倒れている人たちのところへ飛んでいった。
チャージが解ける。
クリムは少し呆けたような顔をしていた。
「ちょっと、驚いたです。ほんとに全部倒したですね」
自分でもその辺りには少し驚いた。
するとアージェントがいつの間にか歩み寄ってきていて
「……まあ及第点だ。正面突きしか出来ないせいでまだまだ動きは硬いがな」
そう言ってくれた。
思わず嬉しくなって、自然と顔が綻んだ。
まさかあのアージェントに及第点をもらえるとは思っていなかったのだ。
が、1人、なんとも言えない微妙な表情で俺を見てくる奴がいた。
「……すっかりアージェントの動きが染み付いてしまたったな……」
オーアはどこか恨めしげな声でそう漏らした。
それを聞いたアージェントとまた口論が始まるんじゃないかと思ったが、アージェントは何も言わず、むしろそんなオーアを微笑ましく感じているような様子で流していた。
なるほど、仲直りしたと言っていただけのことはある。
すると、いつの間にやらチャージを解いたらしい五十嵐とシアンも寄ってきて
「なんだホーテンハーグ、せっかく少年が見事な剣舞を見せたってのに不満そうだな。男は独占しないと気が済まない性質ってか?」
からかうように、笑って言った。
「! わ、笑うなダーザイン! これはそれまで共に目玉焼きに醤油を使っていた友人が突然ソースに乗り換えたときのような悲しさなんだ!」
オーアは顔を赤くしてそんなことをまくし立てた。
分かるような分からないような例えに皆が苦笑している。
……まあ、せっかくだからオーアにも褒めてもらいたかったのだが、これはどうも無理そうだ。
すると五十嵐が
「1番褒めてもらいたかった人に褒めてもらえなくてしょげている子犬のような顔をしている瀬川君がここにいるわよ、ホーテンハーグ」
修飾語がやけに長いそんな説明を、噛まずにさらりと呟いた。
「!?」
言われた途端、顔から火が出た。
五十嵐のほうを見ると、彼女はなにやら愉しげに薄ら笑いを浮かべている。
――そんなに顔に出てたのか!?
俺は慌てて手の甲で顔を隠したのだが
「…………」
皆の視線が、痛い。
当のオーアはというと、
「……あ、いや、その、お前の活躍を残念がっているわけではないんだぞ? ……ただその、……なんだ」
そんな風に、しどろもどろと弁解しようとしていて、逆に申し訳なくなってしまった。
「ああもう! からかわないでくれよ!」
俺は結局五十嵐にそう叫んだ。
「からかってなんかいないわよ? 事実を述べただけだもの」
五十嵐は堂々とそう述べる。
……やっぱり、こいつには叶わない。
そんな、賑やかな談笑もつかの間。
何か、ネイチャーとは別の、異質なものの気配を感じて、俺たちはぴたりと会話をやめた。
この、空気に棘でもあるかのような威圧感は、なんだ。
すると、その気配の主がどこからともなく前方に現れた。
「…………」
現れたのは人間。
黒く、艶やかな髪をオールバックにした男だった。
端整な顔立ちにも関わらず、あまりにも冷ややかな眼が鋭くこちらを射てくるので、全くもって良い印象をもてない。
どうやらまだ若いようだが、どこかものを見下すような、そんな視線の持ち主だからか、どうにも歳が計れない。
そんな男の、硬く結ばれた唇が、ようやく開いた。
「誰かと思えばお前か、揚羽」
男は確かにそう言った。
すると五十嵐は、いつになく鋭く、重い空気を纏って俺の前に出た。
「……それはこっちの台詞よ、兄さん」
そう言って五十嵐は、シアンと再びチャージした。
……兄さん、ということは。
彼が、五十嵐紅葉なのか?
「その物騒なものをしまったらどうだ。お前に用はない」
男は五十嵐にそう言ったが、彼女は応じない。
「私は貴方に用があるのよ」
五十嵐はそう言い放ったかと思うと、問答無用で彼に斬りかかった。
――いきなり!? 仮にも兄に!?
普段以上の容赦のなさに俺は少々驚いたのだが、当の五十嵐紅葉はというと、全く動じた風もなく
「……聞き分けが悪くなったな」
そう呟いたかと思うと、
「しつけが必要か」
彼の手に1本の刀が現れた。
それで五十嵐の刀を難なく受け止める。
「……ッ」
不意を狙った初撃を容易く止められてしまった五十嵐は一旦退いた。
よく見ると、2人が持っている刀は型が同じようだ。
確か以前五十嵐は、あの刀はもともと家にあったものを元にして作ってもらったものだと言っていた気がする。
「レプリカか。……無駄遣いはよせ。母さんの遺産にも底はあるだろうに」
男がそう言うと、五十嵐は一層険しい顔をした。
「この期に及んで説教とはいい度胸ね? 今うちの収入源がゼロなのは貴方のせいじゃない」
あれは一応皮肉、なんだろうか。
彼女がそう言うと、今まで全く表情を変えなかった男が、微かに眉をひそめた気がした。
「……お前はあの父親が恋しいのか?」
男がそう呟くと、五十嵐は少し困惑したように見えた。
「何を、いまさら……。恋しいとかそうでないとかいう以前に、家族じゃない」
男はそれを聞いて、微かに口角を上げた。
「……何が、可笑しいの?」
非常に不愉快げに五十嵐が問うと、彼は薄っすらと笑みを浮かべてこう言った。
「お前も俺と同じだな。『家族は大事にするべきだ』などという陳腐な倫理観に縛られて、身動きが取れていないんじゃないか?」
「……な」
五十嵐は目に見えて怒りに震えていた。
「どこまで堕ちたっていうの」
彼女の顔には失望の2文字がはっきりと浮かんでいる。
彼女は言っていた。
幼い頃は兄を尊敬していたのだと。
それが歳をとるごとに嫉妬に変わったのだとしても、その根本にあった尊敬の念は変わっていなかったのだろう。
「そんな目で見るな。お前も同じだと言っただろう」
男の言葉に五十嵐は激怒した。
「ふざけないで! 私は貴方とは違う!!」
そのまま、彼女はもう一度彼の懐へ踏み込む。
突きの構え。
五十嵐は本気で、お兄さんを刺そうとしている。
「五十嵐!」
俺が止める暇なんてなかった。
彼女の刃が、今にも男の腹部に達しようとした、その時。
「――晒してみろ、揚羽」
男はそう言って、片手を前にかざした。
白い光がその手のひらに結集する。
「!!」
彼のすぐ目の前にいた五十嵐は避けることも防ぐことも出来ない。
「五十嵐ッ!!」
叫んだ瞬間、白い光が爆発した。
強い発光に思わず目を閉じる。
……次に目を開けたときには、五十嵐とシアンがその場に倒れていた。
それでも男は何食わぬ顔でそれを見下ろし、数歩後ろに下がった。
「ッ!」
慌てて彼女のもとに寄る。
「おい五十嵐!?」
肩を揺らして、声をかけても返事はない。
が、不思議なことに外傷はないようだった。
すると傍らに倒れていたシアンがよろりと立ち上がって、
「……ッ、離れろ少年!」
俺の身体をかっさらうようにして五十嵐から引き離した。
何事かと問う前に、俺は見てしまった。
「!」
五十嵐の身体から、黒い霧のようなものが立ちのぼる。
……あれは……。
「シェルブレイクされた……!」
シアンの悲痛な声が、耳元に刺さった。
目玉焼きは胡椒派のあべかわです。ゆでたまご<目玉焼きです。
今回の終わり方についてですが。いつかこんな日が来るんじゃないかと思われていた方、正解です。
いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます!