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第36話:境界改革

 オーアの言葉に、その場にいた全員が唖然としていた。

「……本当の自由、だと?」

 アージェントが口を開いた。

 オーアは頷く。

「私も境界のシステムには以前から問題があるとは思っていたんだ。この際、一から全て仕組みを変えてしまおう。そうすれば私達も息苦しい思いをしなくてすむ」

 その言葉に、緑の女はまだどこか唖然としたまま尋ねてきた。

「仕組みを変えるって……どういう風に?」

 オーアは少々視線を泳がせてから

「まずは長老制は廃止するべきだな。ティンクチャー自身が神に謁見できるようにする必要がある。それから、無駄に厳しい規則も全部見直すべきだ」

 そう言った。


 俺は境界の詳しいシステムについては分からないが。

 ……つまり改革を起こしたいということか?


「オーア、そんなことできるの? 境界が創世されてからずっと変わらない体制なんだよ?」

 ブラックが小さな声でそう尋ねた。するとクリムがブラックの腰をぺしりと叩く。

「できるか、じゃなくてやるんですよ! ティンクチャーの数も激減して秩序も崩壊しまくってる現状を見るですよ! 今が動くべきときです!」

 ……やっぱりクリムの奴はしっかりしている。


「エメラ、お前はどうしたい? エルダーにつくか、私たちにつくか」

 オーアが改めて尋ねる。

 緑の女はしばらく黙っていたが、最後には、オーアの手を取った。

「……いいわ。私としても、貴女たちと組んだほうが気兼ねがない」


 オーアはほっとした表情を見せた。

 クリムも、ブラックも同じような顔をしていた。

 が、ただ1人、厳しい顔つきのままの奴がいた。

 アージェントだ。

 その様子に皆気付いているのか、全員の視線が彼女のほうに向いた。

 彼女の口が開く。

「……今の境界には変革が必要だというのには私も同意する。だがあのエルダーにくみしていた奴を引き入れるのは納得できない。例えそれがお前だったとしてもだ、フェリエッタ」


 彼女の言い分も分からないでもない。

 俺もこの緑色の女のことをよくは知らないし、何かの拍子にまた寝返られたらと思うと、少し不安だ。


 が、女はあえてアージェントのほうに歩みよった。

「貴女がそう言うのは同胞を見殺しにした私を軽蔑しているから? それともこれから先、また寝返られる可能性を恐れているから?」

 彼女はそう尋ねた。

 アージェントは答える。

「両方だ」

 その短い答えに、女は軽く笑みを浮かべる。

「……後者の心配は要らないわ。仮に、私が貴女たちを裏切ったとしても、私には貴女たちを傷つける手段がない。あのネイチャーの塊だって、貴女ならすぐに消せるでしょう?」

 アージェントは黙っている。

 肯定、だろうか。

「問題は前者、ね。……悪いけど、後悔はしていないの。私はあいつらに対して情なんてものは持ち合わせていないから」

 女はすっぱりと、そう言った。

 アージェントのみならず、オーアやクリムもその発言には少し顔を曇らせた。

 彼女はアージェントに言う。

「軽蔑するならしてもいい。貴女が私の寝首をかこうとしても恨みはしないわ。オーアの件に関してだけは、私も申し訳ないと思っているから」

 依然厳しいままの表情を保つアージェントに、女はこう付け加えた。

「だけど私はエルダー側の情報を持っている。それだけでも聞いておきたいと思わない?」


 アージェントは黙したままだ。

 確かに、相手の情報は欲しいところなのだ。


「…………妙な動きを見せたら即切るからな」

 結局、アージェントはそうこぼした。

 周りの空気が少し軽くなる。


「では帰って早速作戦会議だな。行くぞ」

 オーアの一声で、皆がぞろぞろと動き出した。


 ――て。


「ちょっと。帰ってって、俺のうちにか? こんな大勢で?」

 俺が口を挟むと、オーアは当然のように言う。

「他にどこがあるんだ。会議は屋内でするものだ」

 すると緑の女、エメラが

「私、生の人間の住処って初めてだわ。楽しみ」

 そう言って俺の手を掴んだ。

「よろしくね、セガワサツキ君?」

 やけに輝かしい目で、そう、子供が新しい玩具を見るときのような目で彼女は俺の目を覗き込んだ。

 その白い指が俺の手の甲を包み込んで、そっと撫でる。

 その動きがどこか妖しくて、自然と顔が熱くなってきた。

「エルダーの言うとおり、本当に平凡な男の子って感じねえ。あいつより可愛げがあるわ」

 誰と比較しているのかは知らないが、彼女は俺の反応を見てひどく愉しんでいる様子だ。

 ――小悪魔を通り越して大悪魔だぞこの女!

 俺が心の中でそう叫んだとき、オーアがぐいっと俺の腕を引っ張って引き寄せた。

「エメラ! 目新しいものを見つけたときのお前の悪い癖だぞ、サツキを弄ぶな!」

 一瞬、目を丸くしたエメラだったが、すぐにまたあの胡散臭い笑みを浮かべた。

「あら? あらあら。オーアったらそんなにむきになってどうしたの?」

 ……余計に愉しみだしたぞこの女。

「む、むきになってなどいないぞ! ただ年若い男子をいい大人がからかうものじゃないと言っているだけだ!」

 オーアがそう言うと、クリムも俺の腰のあたりに寄ってきて付け加えた。

「そうですよ! もてない男16年を貫いてきたサツキに近寄ってやるなですよ!」

 ……別に貫きたくて貫いていたわけじゃないんだが。

 するとエメラはまたわざとらしい仕草で頬に手を添えながら

「あら。今時の男の子って早熟だって聞いていたけど、案外そうでもないのね。なんなら私が指南してあげましょうか? 女の子の落とし方と、あと夜の……」

 そう言い掛けたとき、アージェントがすちゃりとまた槍を構えだした。

「……フェリエッタ。いい加減にしないと本気で貴様を三途の川に突き落とすぞ」

 それを流すのは流石に無理だったのか、エメラは軽く両手を上げて降参のポーズをとった。

「はいはい。じゃあ行きましょうか〜」

 だが相変わらず俺に興味が――恐らくアクティブブレイクを起こした珍しい人間としての興味だろうが――あるらしく、彼女はオーアが掴んでいないほうの俺の腕をとって歩き出した。

「おいエメラ」

 オーアが再び抗議すると

「あら、お互い様じゃない」

 彼女はにっこりとそう言った。

「むぅ……」

 そう唸るオーアも腕を離そうとしないし、クリムもなぜか俺の腰にひっついたままだ。

 2人の女に引きずられるように、そして少女にがっしり腰を掴まれたまま、俺は歩く。


 ……なんだこの変な状況。


「もてもてだねぇ」

 後ろのほうから、ブラックのそんなふわふわした声が聞こえた。






 昼過ぎ、母さんと綾はリビングでドラマの再放送に夢中になっている様子だったので、全員をなんとか玄関から俺の部屋に招きいれることが出来た。


「……狭いわね」

 俺の部屋に入った途端、エメラはそう呟いた。

「仕方ないだろ。ここはそもそも1人部屋なんだ!」

 思わず反論する。

 この部屋に6人も集まることなんて考えたこともない。

「まあいいわ。なかなか生活観溢れてるって感じで」

 雑多な部屋を見回しながらそう言って、何様のつもりかはしらないがエメラはどかっとベッドに腰を下ろした。


「さて、本題ね。エルダー側の情報だけど、ぶっちゃけ、そこまで言うほど戦力はないのよ」

 さらりと、彼女はそう言った。

「もっと具体的に言え」

 アージェントがたしなめるようにそう促した。

 エメラはやれやれといった風に続ける。

「エルダーについているティンクチャーは私を除いて5人。エルダーは彼らを0番隊とか言っていたけど、そのメンバーは今この地域にはいないわ。各地に散らばって、シェルブレイクを広める仕事に回っているから」


 そういえば、父さんの出張先でも、いや、全国的にシェルブレイクは広がっているようだった。

 そこまで規模を広げる必要がどこにあるんだろうか。

 ネイチャーが抜け出た人間は、ティンクチャーがネイチャーを封印しない限り眠りから目覚めない。

 こうしている間にも、誰かがずっと眠ったままで、その家族が泣いているかもしれないのに。


「もともとはアクティブブレイク因子を持つ人間を探すための活動だったみたいだけど、最近じゃ手駒のネイチャーの数を増やす目的もあるみたいね」


 ……具体的な話を聞いていると段々いらいらしてきた。

 やっぱり、あの男は人間の自由のために動いてるんじゃない。あいつは人間を自分の駒にして遊んでるだけだ。


 それからエメラは1つ、付け加えた。

「ただ、エルダー側にはユイサキ以外にもう1人、人間がついているの」

 その言葉に、少し驚く。

「偉そうな態度が鼻につく奴なんだけどエルダーも彼のことを相当買ってるみたいで、形式上はツートップみたいなことになってるわ。確かフルネームは……イガラシクレハ」


 ……いがらし?


 その苗字を聞いて、妙なひっかかりを覚えた。

 それはオーアもクリムも同じようだった。

 するとアージェントが口を開いた。

「ダーザインと契約している女の兄だそうだ。アクティブブレイク因子を持っているらしい」

 その言葉に、唖然とする。

「え……五十嵐の、お兄さん?」


 五十嵐の家のことはあまりよく知らないが、ついこの間、兄妹はいないのかと尋ねたとき、彼女は『今はいない』と、確かに意味深な言葉を残していた。


「アージェント、どうして知ってるんだ?」

 オーアが尋ねると、アージェントは淡々と言う。

「ダーザインもエルダーとは縁深い奴だったからな、直接話を聞きにいっただけだ」


 ……つまりシアンを疑ってたわけか。

 やっぱりアージェントは容赦ないな。


「相変わらず疑り深いな、お前は」

 オーアもそんなことを漏らした。

「貴様は警戒心がなさすぎる」

 アージェントはそう反論する。


 静かににらみ合う2人。

 ――相変わらずだな、この姉妹。


 そしてふと思う。

 ……五十嵐は、そのお兄さんとどんな仲だったんだろう、と。


「ということはつまり、エルダーとアゲハの兄を叩けばなんとかなるということだな?」

 オーアが話を非常に端的にまとめた。エメラは頷く。

「まあ手先としてネイチャーは使ってくるとは思うけど。そのあたりは頑張ってね、サツキ君?」

「え……、ああ……」


 話を突然振られて思わず頷いてしまったが、どうなんだろう。

 オーアはまだ戦えるんだろうか。

 それに、俺だってアクティブブレイクを起こした身だ。

 いつまた起こすか分からないし、あの、少しでも気を抜いたらおかしくなりそうな状況で、自我を保って戦えるんだろうか。


 すると、俺の迷いを察したかのようにアージェントが立ち上がった。

「……臆病者に勝利はないぞ。その点、あの女には迷いがなかった」

 そう言い残して、彼女はベランダから出て行った。


「……サツキ」

 オーアが声をかけてきた。

「アクティブブレイクが起こるのが怖いなら、無理に戦わなくていいんだぞ。こちら側には一応、アージェントもいるし、クリム、ブラックも力のあるティンクチャーだ。敵2人を叩くくらいなら、我々だけでも出来ると思う」

 その言葉はこう続いた。

「これはもうティンクチャーの戦いになってきている。こんな内輪の話に、お前を巻き込むのは私の本意じゃない」


 彼女の言いたいことは分かる。

 けど、それでも、やっぱり納得がいかない。

 ……俺はもう、要らないってことなんだろうか?


 俺がそんな顔をしたのが分かったのか、オーアは口をつぐんだ。

 しばらく、嫌な沈黙が流れる。


「……はぁ。私重い空気は嫌い。クリム、ブラック、ちょっと地上界を案内してよ。私昨日降りてきたばかりなのよね」

 エメラはわざとらしくそう言って、クリムとブラックの2人を引っ張り上げて部屋を出て行った。



 オーアと2人、部屋に取り残される。

 すると、彼女が口を開いた。

「……その、すまない」

 出てきたのは謝罪の言葉。

 そんな、一方的に謝られても困る。

「なんで謝ってるんだよ。なんでもかんでも謝る癖、直せよな」

 少し、突き放すような言い方をしてしまった。

 オーアはまた口を閉ざしてしまった。


 ……別に怒ってるわけじゃないのに。

 ただ、自分が蚊帳の外の人間なんだと改めて思い知って、俺が勝手に傷ついてるだけだ。


 伝えないと。

 ちゃんと、言葉で言わないと、伝わらない。


「悪い。……俺が我が儘なだけだ」

 俺がそう言うと、オーアは顔を上げた。

「我が儘?」

 俺は頷いて、視線を逸らしながら言う。

「この件はお前らの問題だってことは分かってる。アクティブブレイクを起こすのも怖い……。けど、俺は最後まで付き合いたいんだ」

 彼女は尋ねる。

「……どうして?」

「後悔したくないんだ。自分の知らない間に、全部終わってしまってたら、……万が一、悪い方向に終わってしまってたら余計に……後悔すると思うから」


 こんな掛け合い、いつぞやにもあった気がする。

 塾でのシェルブレイク事件か。


 すると、オーアは微かに笑って、俺の頭の上に手を乗せた。

「お前は後悔が嫌いなんだな」

 照れくさくなって思わず離れる。

「だからガキ扱いするなっての!」

 顔が赤くなってしまっているのは自覚していたので、俺はそれを隠すように勉強机に向かった。

 午前中、やりかけだった数学のノートを開く。

 すると

「なあサツキ? お前、もう絵は描かないのか?」

 後ろから、オーアがそんなことを尋ねてきた。

「……気が向いたら、描くかも」

 そんな、曖昧な返事をしたのだが

「そうか。それは楽しみだな」

 オーアは本当に、明るい声でそう言った。

 ちらりとその顔を盗み見る。


 実に嬉々とした顔だった。

 ……なんで俺の絵ごときであんな顔が出来るのか。


「でも最近、これといって描きたいものがないからな」

 俺がそう呟くと、彼女は俺のすぐ後ろにやってきて、

「良いモデルがここにいるじゃないか? ん?」

 俺の顔を覗き込むようにかがんで、そんなことを言ってきた。

 ……顔が、近い。

「お、俺は静物画専門なの! 人物画は描かない!」

 ふいっと慌ててそっぽを向く。

「なんだ、そうなのか。残念だ」

 彼女はそう言って、しょんぼりと傍らの家庭教師専用椅子に座った。


 ……まあ、別に、描けないわけじゃないけど。


「……気が、向いたらな」


 俺が小さくそう呟くと、干からびかけていた花が水をもらって起き上がるように彼女は顔を上げた。

 ぱっと立ち上がったかと思うと

「お前のそういうとこ、好きだぞ!」

 オーアは調子に乗って後ろからがばっと抱きつくように腕を回してきた。

 その拍子に後頭部に当たった柔らかい感触に思わず背中が跳ねる。

「! ば、馬鹿、くっつくな!!」

 俺は慌てて机にすがるようにそれから逃げる。


 ――自分の胸囲のほどを考慮しろ! あと簡単に好きとか言うな!


 俺のそんな心の叫びなど知る風もなく、オーアはにこにことしていた。


 その日の午後は、妙に上機嫌なオーアに付き合うのに体力を要することになった。


エメラ、恐ろしい子……! みたいなお話(?)でしたが。

これで赤青緑黒と、主要な色はそろったわけで、なんとなく感慨深いあべかわでした。


物語りもそろそろ終わりに向けて加速中、です。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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