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第35話:殻

 エメラの隣に出現したネイチャーは動く気配を見せなかった。

 それを見たアージェントは真っ直ぐにエメラに向かって走った。

 容赦なく槍を前に突き出す。

 が、エメラの周りに防御壁のようなものが現れて、槍を弾いた。

「ッ!」

 弾かれた勢いで後ろに滑りながらも舌打ちするアージェントに対し、エメラは不敵に笑う。

「私の絶対防護は知ってるでしょう?」


 エメラ・フェリエッタの能力はティンクチャーの中でも非常に特殊だった。

 【原色】のティンクチャーの能力は通常、力系、速度系に大別されるが、彼女の能力はそのどちらにも当てはめることが出来ないのだ。

 防御だけにひどく特化しており、攻撃らしい攻撃は一切出来ない。

 その偏りすぎた能力ゆえに前線には出ず、境界での連絡係を任されていたのだ。


 しかし、エメラは唯一の攻撃手段であろうネイチャーを撤退させた。

「!?」

 アージェントは何事かと目を見張る。

「エメラ、お前の目的はなんだ」

 オーアが尋ねた。するとエメラは肩をすくめてみせた。

「別に貴女たちを殺しに来たわけじゃないわ。誘いに来たのよ」

「……誘いに?」

 クリムロワは当惑を隠せないままに反芻した。

「エルダーは優秀な人材は確保したいと仰っているわ。貴女たちは選ばれたの。良かったわね、ユイサキトオルに殺されなくて」

 エメラはそう言った。

「……トオルにティンクチャーを殺させていたのもお前たちの仕業か」

 オーアの声が低くなった。エメラはかまわず続ける。

「あら、あれはあの子の意思よ? あの子、貴女にご執心だったじゃない? 人間とティンクチャーとが結ばれることは境界の規則上許されないって言ったら、あの子境界を潰すって言ったのよ」


 オーアは彼の言葉を思い出す。

 どうしてティンクチャーを殺したのかという問いに、彼は『君とずっと一緒にいるためだよ』と答えた。

 ……ティンクチャーを絶滅させれば境界も崩壊すると考えたのだろう。


「……あの馬鹿」

 オーアはやりきれない気分になった。

 結局、彼も利用されていたのだ。

 純粋だったからこそ、利用されやすかったのだろうと今なら分かる。


「ひどいですよエメラ! 仲間を殺しておいてそんな平気な顔が出来るなんて!」

 クリムロワが泣きそうな声で叫んだ。

 しかしエメラはひるまない。いや、むしろ冷めた表情を浮かべた。

「仲間? あんなのを仲間なんて呼べるの? クリムロワ、貴女だってよく分かっているでしょう? あいつらはクズだって」

 その言葉に、少女は押し黙った。


 確かに、所属していた1番隊のメンバー以外で親しくしていたティンクチャーなど、彼女にはいなかったのだ。

 大抵の者は彼女を見ても無視するか、ひどい者は彼女のことを獣だの死臭がするだの、散々なことをわざと聞こえるように言っていた。


「ブラック、貴方もそうよ」

「へ!?」

 突然話を振られたブラックは戸惑った。

「今の貴方じゃ記憶がないから分からないかもしれないけど、意味もなく避けられていたわよね?」

 エメラはそう問いかけた。

「……それは……別に……」


 今の彼には悪魔であった頃の記憶がない。

 つまり、自分が悪魔だったということ自体忘れているのだ。

 しかし彼が魔界で問題を起こして追放され、クリムロワと同様にティンクチャーとして加工されたという事実を知っている者たちは、彼に関わろうとしなかった。


 押し黙る2人を見てエメラは勝ち誇ったような笑みを見せる。

「私も自分の中途半端な能力のせいで散々陰口を言われてきたわ。つまり私達は同類。あんな同胞達にも世界にも、未練はないはずよ?」


 流れる沈黙と、重い空気。

 1番隊は名門のホーテンハーグ、ミリオンハーグの両者が率いる精鋭であると同時に、問題児扱いされる者たちのたまり場のようになっていた。

 近しい身の上の者たちが集まっていたせいか、仲は良かったのだ。

 3年前、オーアが翼を捥がれるまでは。


「……違うな」

 アージェントが沈黙を破った。

「お前たちが【黄金】の失墜を仕組まなければ、私達はあのままでもよかったはずだ」

 その言葉に、クリムロワは反応した。

「!? まさか、姉さまを陥れたのもエメラたちなんですか!?」

 エメラは気まずくなったのか、微かに眉をひそめた。

「……そうなのか?」

 オーアが重い口調で尋ねる。

 エメラは答えない。

 代わりに、アージェントが口を開いた。

「私は直接エルダーから聞いた。トップである【黄金】を失墜させて、境界の秩序を乱すのが目的だったようだな」

 ブラックが口をはさんだ。

「……ひどいよエメラ。それまでは皆、仲良かったのに……。オーアとアージェントだって、喧嘩はよくしてたけどすぐ仲直りしてたし、あの頃はアージェントも、僕のこと今みたいに毛嫌いしてなかった……」


 その言葉に、何を思ったのか。

 エメラは思わず口を開きかけた。

 が、すぐに唇を固く結んだ。


「……あの頃がまだマシだったことは認めるわ。けれどいつまでもじゃれあっていてどうするの? 現状を打破しようとは思わなかった?」

 エメラは言った。

「そもそも私たちの『世界の秩序を守る』なんて使命、本当に必要なのかしら。シェルブレイクは自然現象よ。それをわざわざ止める必要がどこにあるの?」


 その時、第三者の足音が聞こえてきて、全員の視線がそちらに向いた。






 ある住宅の角を曲がると、見知った後姿がいくつもあった。

 ――なんだ?

 しかし、オーアたちの前方に、1人だけ見慣れない女性が立っていた。

 いや、その緑色の鮮やかな髪に見覚えはある。

 確か、いつぞやオーアに通信してきた連絡係だ。


 俺の足音に気付いたのか、一斉に皆が俺のほうを見た。

「……な、に?」

 思わず声を漏らしたが、只ならぬ空気が漂っていることにすぐに気がついた。

 俺の姿を認めると、緑色の女性は微かに笑みを浮かべた。


「……ちょうどいいわ。そこの坊やが証明しているのよ? 人間は新しい進化を始めているということを」

 彼女の言葉の意味がよくわからなかった。

「どういうことだ」

 俺の代わりにオーアが尋ねた。

「言ったでしょう、シェルブレイクは自然現象だと。想定していなかった現象に神は畏怖を覚えて私たちに抑止するよう命令したけど、本当にそれが正しい世界のあり方だと思う? 結局世界は神の思惑通りに進められている。私たちや人間には、自由な意思があるのに」

 緑の女は続ける。

「私たちはシェルブレイクという現象を人間が起こした神への反逆、つまり神が最初に人間に与えた『こうあるべき』という外殻を、自ら破って新生する現象だと捉えているわ」


 ……新生?

 話が壮大すぎて、正直ついていけない。


「最初はね、特殊な体質の人間しかアクティブブレイクを起こせないと考えられていたのよ。でもそこの坊やは違った。いたって普通の人間、だというのにアクティブブレイクを起こした。つまりこれは、これからどの人間にも起こりうる『進化』なのよ」

 オーアは黙ってそれを聞いていたが、ゆるゆると頭を振った。

「……仮にそうだとしても、なぜシェルブレイクを助長させる必要がある。この現象を進化だと捉えるなら、介入せずに放っておくべきなんじゃないのか」

 すると緑の女は突然オーアのすぐ目の前に移動した。

 その頬に、白い指を這わせる。

 けれどオーアは身じろぎしなかった。

「これは私たち、ティンクチャーの反逆でもあるの。神に良いように使われるだけの生活で、貴女は満足だった?」

 諭すように、彼女は囁く。

「【黄金】の名に縛られて苦しんでいた貴女の姿を、私はちゃんと見ていたわ。地上に降りるとき、とても楽しそうにしていたのも覚えている。息苦しい世界から、解放されたかったんでしょう?」

 オーアが微かに、眉をひそめた。


 俺は知っている。

 彼女が言っていることは、事実なのだ。


 しかし。

「……だったらどうして、私から翼を奪った」

 オーアがぽつりとこぼした言葉に、女は微かに動揺したように見えた。

「そうですよ! 他のティンクチャーが嫌いだったのは分かるですけど、どうして姉さまにそんなひどいことができたですか!!」

 クリムが叫んだ。

 その非難の声が飛んだ瞬間、緑の女はオーアを傍らの家の塀に押し付けた。

「!」

 まずい気がして俺は身を乗り出したが、女はそれ以上動かなかった。

 ただ、オーアを真っ直ぐに見て言葉をこぼす。

「……ユイサキトオルが貴女の羽根を捥いだのは想定外だった。計画の上では貴女が地上界に留まってくれればそれでよかったのよ」


 彼女の言葉の端は感情的に揺れていた。

 嘘を言っているようには思えなかった。


「……ごめんなさい、オーア」

 緑の女は頭を垂れた。

 オーアはただ、咎めることもなく彼女を見つめている。


 しかし、アージェントが黙っていなかった。

「謝って済むと思っているのか、フェリエッタ」

 彼女は槍を構えていた。

「謝るくらいならここで死ね。ここでお前の翼を捥いでやる」

 アージェントの言葉に、オーアが顔を上げた。

「アージェント」

 叱咤するような声が響く。

「……仮にもティンクチャーが、翼を捥ぐだなんて言うな」


 そのときのオーアには、妙に威厳があった。

 あれが、【黄金】なのだろう。


 しかしアージェントは叫ぶ。

「……ッ、また貴様はそうやって、裏切り者ですら許すのか!? お人よしにも限度がある!! そんなだから……ッ」

 彼女の言葉は最後には上ずって掻き消えた。


 アージェントの気持ちは分からないでもない。

 俺だって身内が酷い目に遭ったら、酷い目に遭わせた奴をただでは置かないはずだから。


「……私は、エルダーの話には乗らない」

 オーアが言った。

 女が顔を上げる。

「……どうして? やっぱり私たちが憎いから?」

 オーアは微かに逡巡する素振りを見せてから、言う。

「……それもあるが。やはりやり口が気に入らない」

 女の目を見て、オーアは言った。

「人間の進化のためだかなんだか知らないが、そのためにトオルを利用した。……結局、エルダーは自分が神になり代わりたいだけなんじゃないのか?」


「……!」

 緑の女は目を見張った。


「……そんな、ことは……。あの方も神に縛られない自由を、純粋に求めていたわ……!」

 彼女は明らかに動揺している。

「いや、エルダー自身が単なる自由を望んだのだとすれば、こんなことをしでかさないでどこへでも行けばよかったんだ。死んだと認識されたのであれば境界の掟に縛られることもないじゃないか」

 オーアがたたみこむようにそう言った。

 確かに、その通りだ。


 それを聞いた緑髪の女は、力が抜けたようにふとオーアから離れた。

 そして、呟く。


「……仮にそうだとしても、私は自由が欲しい。あんな息苦しい境界せかいに閉じこもったままは嫌なのよ……!」


 神の道具としてただ生きるのはもう沢山だと、彼女の目は切に訴えていた。

 オーアは言う。

「エルダーが支配する世界に自由などあるわけがない。だがもう境界の秩序は崩壊してしまった。……だったら」

 そして彼女は女に手を差し伸べた。

「エルダーの計画を阻止して、本当の自由を手に入れないか」


久しぶりの連日更新に胸が躍ります(私の)。

内容は……なんかごちゃごちゃしててすみません。

ブラックが言っているとおり1番隊って昔は仲が良かったみたいです。ブラックの中の悪魔が復活したのもオーアの事件があってからで、それまではアージェントもまずまず普通に(?)彼と接していたようです。

とまあ裏話はこのあたりにして。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます!

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