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第31話:白の男

 微かに感じる朝の光。

 俺はうっすらと、目を開けた。

 目に入ったのは俺の部屋の天井。

 ――今日は、学校、行かないと……。

 学生の悲しい性分か、反射的にそう思って目覚ましを確認しようと身を起こしかけた、その時。


「……!」

 起きざまに、痛いくらい跳ねる心臓。


 視界いっぱいに広がったのは、彼女の寝顔だった。

 長いまつげが微かに震え、少し開いた唇はあどけないのにどこか艶やか。

 窓から差し込む朝日を受けて、より明るく、透明に光る金色の豊かな髪。

 ……その様子は、本当に、まるで女神かなにかのようで。


 ただ、輝かしいもの、憧れるものに手を伸ばすように。

 本能的に、その柔らかそうな髪に手を伸ばそうとした自分に気がついて、俺はとっさに身を引いた。

 ……のだが。


 ――あれ?


 ぐいっと、何かが引っかかって身体を離せない。

 見ると、俺の上着の裾の端が彼女の身体の下敷きになっている。

「…………」

 流石に、これは、接近しすぎだろう。

 自分達が夜の間、どんな格好で寝ていたかを想像しただけで顔が熱くなる。


 ――と、とにかく!

 誰かが来る前に何としてでも起きなければならない。

 じゃないとまずい。


 そう決意して、頑張って身をよじった途端。

「……んー……」

 オーアがそんな呻き声を漏らしながらこちらに倒れこんできた。

 ――ちょっと!?

 抵抗する暇もなく、彼女の身体が俺のそれに覆いかぶさる。

 さらに、彼女はまるで、俺を抱き枕か何かと勘違いでもしているかのように、俺の首に腕を回してきた。


「……ッ」

 身体が、固まる。


 耳朶に、微かに触れる彼女の唇。

 直に鼻腔につく、彼女の匂い。

 それだけでも参ってしまうというのに、なんだ、この密着度は。

 彼女の大腿部が、下半身に当たって、妙に、辛い。

 ……あと、胸が、胸に、当たって、

 …………ぅぅ。


 頭の中で唸ることしか出来なくなった、その時。


「サツキー! そろそろ起きるです、よ……!?」


 タイミング悪く、クリムが入ってきた。

「…………ぁ」

 俺は思わずそんな声を漏らした。


 別に、俺はやましいことなんて何もしてない。

 していないというのに、この状況は、明らかにやましい。

 やましすぎる。


「な、なな、なーーーー!!」

 クリムはそう叫んで後ろに倒れた。

「おい!?」

 俺が叫ぶと、今度は綾がやって来た。

 彼女は倒れたクリムを抱き起こして

「クリちゃんどうしたの!? お兄ちゃん何かしたんじゃ……」

 こちらを見る。

 また、同じ光景を見せてしまった。

「…………」

 綾は無言のまま顔を赤くして、蓋をするようにドアをバタンと閉めた。


「…………」

 とりあえず、この光景は小学生には刺激的過ぎたようだ。

「……起きろオーア。頼むから」

 俺は泣きそうな声で、彼女に懇願した。





「だから、なんにもしてないって」

 今日の授業で使う教科書を鞄に詰めながら、俺は後ろからじっと見てくるクリムに言った。

「……ほんとですね? 嘘ついてたらサツキでも容赦しないですよ」

 いじけたようにクリムは言う。

「ついてないついてない。オーアも言ってたんだろ? ベッドをシェアしただけだって。寝ぼけてたんだよ、あいつ」

 俺がそう言うと、クリムは諦めたように溜め息をついた。

「……姉さまが言うから信じるですけど。……でもサツキ」

 彼女は俺の制服の裾を引っ張って続ける。

「姉さまに惚れたら駄目ですよ。規則違反になるです、から」


 ……ああ、そういえば前にも五十嵐にそんなこと言われたっけ。


「そんなことになったら2人とも消されちまうんだろ? おっかないよなあ、お前らの世界も」

 準備を完了させて振り向きざまにそう言うと、クリムは

「なんだ、知ってたですか」

 少し驚いたようにそう漏らした。

「五十嵐に聞いた。じゃあ俺そろそろ行って来るから、留守番よろしくな」

 クリムの頭に軽く手を乗せて出て行こうとすると、彼女は最後にこうこぼした。

「クリムは……姉さまがいなくなるのが1番怖いですけど、サツキがいなくなるのも、嫌ですから」

 そんな彼女に

「……わかってるよ」

 俺はそう返して、部屋を出た。

 リビングには、既に家を出た母さんの代わりにオーアがいて、

「相変わらず時間ぎりぎりだな。気をつけて行けよ」

 そう言って母さんが作っておいてくれたらしい弁当を渡してくれた。

 彼女はというと、何事もなかったかのようにけろっとしている。

 まあ彼女は寝てたわけだから、恨んでもしょうがないことなのだが。

「……はいよ」

 少し、恨めしげにそう挨拶して、俺は家を出た。




 学校に向かって自転車をこぎながら、俺は考える。


 あいつと恋愛関係になんて、なるはずない。

 五十嵐と俺以上にありえない組み合わせだろう。

 クリムの奴も心配性だな、なんて思っていると。


 ふと、昨日の彼女の泣き顔とか、今朝のことを思い出してしまって、妙に血が騒いだ。


「…………」


 ……まあ仮に、だ。

 仮に俺があいつに惚れてしまったとしても、あいつが俺に惚れることなんて絶対にないだろう。

 規則違反になるっていうのは、相思相愛になってしまうってことだから、一方通行なら問題はないはずだ。


 ……て、朝から何考えてんだ、俺は。


 俺はどこか休みボケ気味の頭を引き締めるように、ぎゅっとハンドルを握り締めた。





 教室に辿り着くと、開口一番に五十嵐にお礼を言っておいた。

「昨日はありがとな」

 すると五十嵐は俺の顔を見て

「その様子だと仲直りは出来たみたいね」

 そう言った。


 ……仲直り、か。

 そういうことになるのかな。


「それにしても今朝の貴方の顔、どこか緩んでいるわ。まだ全ての問題が解決したわけじゃないんだから、気を抜いてると今度こそ危ないわよ」

 五十嵐が脅してくる。

 今朝のことを見抜かれたみたいで、正直どきりとした。

「そ、そんなに緩んでるか? 昨日ずっと寝てたせいかな」

 慌てて俺がそうこぼしても、彼女はどこか不審そうな目で俺を見ていた。

 何か言いたげにしているようにも見えたが、尋ねる前に担任の先生が教室に入ってきて、叶わなかった。




 昼休み。

 弁当を持ってきていない小柴に付き合って食堂で弁当を食べていると。

「五月ちゃん、昨日五十嵐が家に来たんじゃない?」

 妙ににやついた顔で、小柴が尋ねてきた。

「……来たけど。ていうかお前が渡したんだろ、地図」

 どうせまた妙な勘繰りをしてくるに違いないと、俺はそう突っぱねたが

「だって彼女、お前がいつも通りの時間に来なかっただけでそれはもう心配そうにしてたんだぜ? 初めて話しかけられてこっちがビックリしちまった」

 小柴はそう言ってはにかんだ。

「へえ……」

 その場面を想像すると、確かに小柴が驚くのも無理はないかと思ってしまう。

 が。


 ……五十嵐の奴、自分からそんなことしてくれたんだ。

 てっきり小柴に乗せられたのかと思ってた。


 なんて、少し感動していると

「しっかしさ、今川とか武田が昨日初めて垣間見た五十嵐の魅力にきゅんきゅん言ってるぞ。気をつけろよ? ファンが増え始めるぞ、ありゃあ」

 小柴がそんなことを言った。

「は?」

 いまひとつ意味が分からなくて尋ね返すと、小柴はどこか頬を染めつつ、小声で

「……いや、五十嵐ってさ、結構キツイ女王様タイプなんじゃないかって」

 そんなことを呟いた。


 ……ああ。

 ばれたんだ。

 ごめんな、五十嵐。


「あの冷ややかな微笑がたまんないとか今川が言い出したんだよ。じゃあ武田まで同意し始めてさ。『これでデレが垣間見れれば最高』とかなんとか盛り上がっててさー、あいつらそういうのが好きだったのかって」

 しかしそう言う小柴の顔もどこか緩んでいるのは気のせいだろうか。

「……よかったな」

 俺は自然とそう漏らしていた。


 それは恐らく、この場にはいない彼女に対して掛けた言葉だ。

 地でも案外、好かれるみたいだぞ、と、今度彼女に言ってやりたい。


「こら五月ちゃん、何が『よかったな』だよ! 危ないぞ、ライバルが増えてるんだぞ!」

 小柴は勘違いしたままそんなことを言ってくる。

 ――なんだかなあ。

 俺は小柴の喚きを聞き流しながら、箸を進めた。




 放課後。

 今日は特に寄り道もなく、自転車で爽快に走っていると。

「……?」

 ふと通りかかった地味な公園の花壇に、見覚えのある背中を見た気がして、思わずブレーキをかけた。

 ゆっくりバックして確認すると、やはり花壇に座っているのは銀色の髪の女性。

 服は目立たないようにか黒いジャケット姿になっているが、あれは間違いなく……。


「アージェント?」


 思わず後ろから声をかけると、彼女は一瞬ぎくりと肩を震わせて、実に不機嫌そうな顔でこちらを振り返った。


 彼女の手には食べかけの大きなどらやきがある。

 確かあれは、この近くの和菓子屋さんの目玉商品『メガどらやき』だ。

 昨今のメガブームに乗って作られたもので、その大きさとくれば通常のどらやきの4倍、さらに蜂蜜を練りこんだこってりしたあんこが売りの商品だ。

 味は美味しいらしいがカロリーが半端ないため女性には敬遠されがちと聞いていたが、彼女が抱え込んでいる白い紙袋の中にはまだ沢山入っているようだった。


 ……ていうか、アージェント。

 口にあんこがついてるぞ。


 それを指摘すると、彼女はかっと赤くなってぱっと口を拭った。

 ……なんだか微笑ましい光景だが、妙に申し訳なくなった。

 至福の時間を邪魔してしまったようだ。


「用がないなら失せろ。さもなくば殺す」

 冗談に聞こえない脅し文句に冷や汗が出る。

 ブラック同様、どうやら俺も嫌われてしまったらしい。


 アージェントは無言のまま、傍らに置いてあったペットボトルに口をつけた。

 その銘柄は、午後の紅茶ミルクティー。

 それを見て、俺は思わず笑みをこぼした。

「……なにが可笑しい」

 俺の笑いに気が付いたのか、アージェントはぎらりと俺をにらみつけた。

 その迫力に気圧されつつも

「い、いや。前にオーアの奴がそれのレモンティー飲んでたの思い出して。やっぱ姉妹なんだなって」

 俺はそう言った。

 すると彼女はそっぽを向いて

「私はしぶみがあるのは嫌いだ」

 そんなことを漏らした。


 ……まあ確かに、それだけどらやきを抱えてたら甘党だっていうのはなんとなく分かるけど。


 俺がそんなことを思っていると。


「そうですか? 私は苦味のあるもの、大好きですけどねえ」


 そんな、男の声がした。


「「!?」」

 アージェントと2人、同時に息を呑む。

 いつの間にか、俺たちの前に1人の男が立っていた。


 年の頃は、判断が難しい。

 若いようにも見えるが、どこか老成しているようにも見える。

 白く煌く短い髪。

 絵画の中の人物のような、血の気のない白い肌。

 それとは対照的に、蛇のように鋭く光る金の眼。


 こんなに近くにいたのに、気配を全く感じなかった。


「辛くて苦いのが世の常です。君は甘味に逃避しているようですね、ミリオンハーグ」

 男は薄く笑みを浮かべながら、彼女にそう言った。


 彼女の方はというと、まるで幽霊でも見たかのように、目を見開いている。


「……どうして、貴方がここに……」

 アージェントはまだ動揺を隠しきれない様子で、その場に紙袋を置いて、立ち上がった。

「貴方は死んだはずだ、エルダー」


お約束だなぁとか、どらやきにミルクティーは流石に甘ったる過ぎるだろという突っ込みはまあ心の中に留めておいていただければ幸いです。


さて、そろそろ執筆がラストスパートに入ってきたのでしばらく潜ります。

頑張って書きますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。


いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます!

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