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第28話:お見舞い

「五月ちゃん、電話出なかったよ。メールもしてみたけど返ってこなかった」

 その日の昼休み、多少及び腰になりながらも、律儀に小柴高明は五十嵐揚羽にそう伝えた。

「……そう。わざわざありがとう」

 そうお礼を言いつつも、どこか彼女の顔が浮かないのを察した彼は

「気になるならお見舞い行ってみたら? これ、五月ちゃんの家までの地図。分かりにくいかもしれないけど」

 これまた律儀に準備していたメモを彼女に差し出した。

 さすが、交友関係が一際広いと言われる男である。ここまでの気遣いには揚羽も舌を巻いた。

「……ありがとう。でも、小柴君は行かなくていいの?」

 彼女の問いに、彼ははにかみ気味に答える。

「あ、ああ、今日はちょっと用事があって。明日も休むようなら明日は行くつもり!」

 彼はそう答えたが、実のところ

(……俺がついてって邪魔したら悪いし?)

 なんて気を回していたのである。

 そんな彼の気遣いまでは察知できない揚羽だったが

「瀬川君には良い友達がいて、羨ましいわ」

 彼をそう讃えておいた。

 思わぬ褒め言葉に、高明は赤面する。

 まさかあの、五十嵐揚羽に褒められる日が来るとは思ってもいなかったのだ。

「い、いや、俺、五月ちゃんの大親友だし!? うん、じゃあガンバッテネ!」

 緊張のあまりカチコチの日本語をぶちまけながら彼は去っていった。



 そして放課後、彼女はそのメモを頼りに瀬川家へと足を運んだわけである。


 彼女が見た限り、そこは本当に平凡な家だった。

 全体的に薄茶色でトータルされた2階建て。

 見上げると、比較的広そうなベランダが見える。

 近代的な家が集まる住宅街の一角だが、とりわけ目立つわけでもなく、とりわけ見劣るわけでもなく。

 そんな家だった。


 意を決してインターホンを押すと、幼く、明るい声が聞こえてきた。

『はい! どちらさまですか?』

 そういえば、彼には妹がいたなと思い返しながら、

「五月君はいらっしゃいますか?」

 カメラに向かってそう尋ねると、向こう側の彼女はうーんと唸ってから

『ちょっと、待ってくださいね』

 そう言って、一旦切れた。

 しばらくじっと待っていると、玄関の扉が開いた。

 現れたのは、小学校低学年くらいの少女。

 五月の妹、綾だ。

 ショートカットの黒い髪に、ぱっちりとした丸い目で、揚羽がインターホン越しに聞いた声の通り、明るい印象を抱かせた。

「どうぞどうぞ!」

 やけに丁寧に、綾は揚羽を家に招きいれた。






 突然の、予想外の来訪者に俺は目を見張った。

「い、五十嵐? なんでここに?」

 俺が問うと、彼女はそつなくベッドの傍に正座して

「小柴君に地図を描いてもらったの。彼、気が利くのね」

 そう答えた。

「え、ああいや、そういうことじゃなく……」

 俺が聞きたいのはどうして彼女がここに来たのかという理由的なところなのだが。

 俺がそんな風に困っていると、ぬいぐるみの姿になっていたクリムが突然もとの姿に戻って

「五月を心配して来てくれたですよ。決まってるじゃないですか」

 そんなことを言った。

「え? そうなの?」

 俺が目を丸くすると、彼女は若干不機嫌気味に眉をひそめて

「瀬川君が戦死でもしたんじゃないかと思って死亡確認をしに来たのよ」

 そう言った。


 ……死亡確認って。

 多分生存確認って言いたかったんだよな。

 そう思うことにしよう、うん。


「それはどうもありがとう……。ほら、俺死んでないし」

 俺がそう言って両手をひらつかせると、怪我しているわき腹に若干の痛みが走って少し身体が揺れた。

 ほんの些細な揺れだったのだが、彼女はそれを見落とさなかったようで

「……でも風邪、ではなさそうね」

 そう言って身を乗り出したかと思うと、突然俺の上着を下からめくりあげた。

「ちょ!?」

 シャツなんて着ていなかったから、腹部が顕になる。

 いきなり何すんだ、と叫びたかったのだが、剣で切られたようなその痕を見た彼女の顔が、悲しげに歪んだのを見て、言えなくなってしまった。

「……あの男と戦ったのね」

 彼女は溜め息をこぼしながら、また身を引いた。

 俺は静かに頷く。

「無茶なことを。それで? どうなったの」

 彼女は苛立ち気味の声で尋ねてきた。

「……それが、分からないんだ。俺、途中で意識失ったから……。もしかしたら逃がしたのかも」

 俺が煮え切らない返事をすると彼女はまた溜め息をついた。

「本当に、そんなのでよく生きてたわね。呆れを通り越して感心するわ」

 そうこうしていると、綾が慎重な動きでお茶を載せたお盆を持ってきた。

「どうぞ」

 かしこまって五十嵐の前にお茶を置く綾。

「あら、ありがとう。瀬川君の妹さん、よね?」

 五十嵐が尋ねると綾は満面の笑みで頷いた。

「はい! 綾と申します!」

 ……申しますってなんだよ。

 俺は思わず心の中で突っ込んだが、五十嵐はそんな綾に微笑ましさを感じたのか、先ほどまで硬かった表情が緩んだ。

「私は瀬川君のクラスメイトの五十嵐揚羽。よろしくね」

 年下には優しい顔するんだなーなんて俺が眺めていると、綾は妙に生き生きとした顔で

「あげはさんはお兄ちゃんのカノジョですか!?」

 なんて、尋ねやがった。


 ――ほとばしる沈黙。

 綾、お前は俺を殺す気か!?


「馬鹿! いきなり何訊いてんだ! 違う!!」

 俺が赤面しながら怒鳴ると、綾は、それはもう残念そうな顔をして

「えー。ちがうのー?」

 口を尖らせた。そして、半ば目を点にしている五十嵐のほうを見て

「まああげはさんみたいなきれいな人がお兄ちゃんのカノジョになってくれるわけないかー」

 そうぼやいた。


 ……なんだかすごくむかつく言い方だが否定はしないさ。

 五十嵐と俺じゃ月とすっぽんだからな!


「いいからお前、とっとと出てけ!」

 俺が綾を追い払おうとすると

「えー。じゃあクリちゃん、一緒に遊んでー」

 綾はそう言ってクリムを道連れに部屋を出て行った。


 やっと静かになる部屋。

「……悪い、あんな妹で」

 俺が素直に謝ると、五十嵐は意外にも笑っていた。

「可愛らしいじゃない、妹さん。仲も良さそうだし、羨ましいわ」

 俺はふと思って尋ねる。

「五十嵐は? 兄妹とかいないの?」

 すると、彼女は急に視線を逸らした。

「今はいないわ」

 その、短い答えはやけに意味深だった。

 ――今はいないって、前はいたってことか?

 しかしこれ以上聞くのもなんだか悪い気がしたので、どうしようかと悩んでいたとき。


 きゅるきゅるきゅる……、と。


 間の抜けた音がした。

「……」

 俺は恥ずかしさで赤面する。

 腹の虫がなってしまったのだ。

「お腹、減ってるの?」

 五十嵐が尋ねてきた。

「え、ああ。実は朝から何も食べてなくて……」

 俺が苦笑いを浮かべると、五十嵐は珍しく苦い顔を見せた。

「ごめんなさい。お見舞いなのだから、手土産を持ってくるべきだったわね。うっかりしていたわ」

「え、いや、そんなの気遣うからいいよ」

 俺は慌ててそう答えたが

 ――五十嵐も、うっかりとかあるんだな。

 なんて思ってしまった。

 それとも、手土産を買うのを失念するくらい、死亡確認、改め生存確認を急ぎたかったのか。

 ――……なんてな。

 俺がひとりでに笑っていると、

「良かったら何か作りましょうか? 勝手に台所を使わせてもらうことになるけど」

 五十嵐が、そんな提案をしてきた。

「は、い?」

 これまた予想外の提案に、俺の目は点になった。

「……そんなに驚かなくてもいいじゃない。これでも料理は出来るほうよ」

 五十嵐はあからさまに不機嫌な顔をしたが

「え、いや、あの、その……」

 俺が驚いたのはそういうところじゃなくて、彼女がそこまでしてくれるとは思わなかったのだ。

「要るの、要らないの? はっきりして頂戴」

 最終的に、俺は五十嵐の剣幕に負けて、

「……いただきます」

 そう、答えてしまった。




 五十嵐が作ってきたのは梅干入りの雑炊だった。

 かつお節の良い香りが鼻腔をつく。

「ご飯は冷蔵庫の中にあったものを使わせてもらったけど、大丈夫だったかしら」

 五十嵐の問いにこくこくと頷きながら、俺は夢中で雑炊を口に運ぶ。

 ――美味い。なんだこれ。

 俺はそんな言葉を脳内で繰り返していた。


 正直、お粥とか雑炊とかリゾットとか、ああいうどろっとした米系の料理は苦手だったのだが、この雑炊は全然いける。

 最もシンプルな梅の雑炊だというのに、ダシがしっかりきいていて味も濃く、それでいてしつこくなく、いくらでもいけそうだった。


「美味しい?」

 五十嵐の問いに俺は相変わらずこくこくと頷く。

 そんな俺の様子を見て、彼女は笑みをこぼす。

「その様子じゃ聞かなくても分かるわね」


 ……なんか、夢みたいな出来事だ。

 だってあの五十嵐が俺の部屋にいて、しかも料理まで作ってくれたんだぞ?

 こんなこと、1週間前じゃ考えられなかった。


 ――1週間前……。

 それで、ふと頭の中を、彼女の影がよぎった。


 雑炊をきれいに食べ終えて、俺はスプーンを置く。

「ご馳走様。すごい美味しかった」

 ありきたりな言葉でしか伝えられなかったが、五十嵐は満足したらしく

「それはよかったわ」

 そう答えた。

 そして

「……ところで、さっきから気になってたんだけど。ホーテンハーグはどこにいるの? 1階にもいなかったようだけど」

 五十嵐はとうとう、そこを突いてきた。

「…………」

 俺は少し躊躇ったが、彼女になら話してもいいかと思って、昨日のことと、さっきのことを話した。



 全てを聞いた後、彼女は溜め息をついた。

「……そう。でも彼女が消滅しなくてよかったじゃない。もしそんなことになってたら瀬川君、今頃抜け殻みたいになってたでしょうしね」

 俺が渋い顔をしつつ

「……でもあいつ、俺に何にも言わないで、全部自分で決めてさ。……なんなんだよ」

 そうぼやくと、

「でも私は分からないでもないわよ、彼女の気持ち。私も自分が近々死ぬって分かってたら、親しい人には言わないもの。きっと」

 五十嵐はそんなことを言った。

「なんで? そんなの寂しいじゃないか」

 俺がそう尋ねると、

「だからよ。自分はもうすぐ死にますなんて宣言したら、周りの人はその人が死ぬまでの間、どんな目でその人を見るかしら? 悲しそうな、寂しそうな目で見るに決まってる。そんなのは耐えられない。だから、寂しいのは自分だけでいいの」

 彼女はそう語った。

「…………でも」

 反論したいのに、俺は口ごもってしまった。


 俺は知らなかったけど、クリムやアージェントはそのことを知ってたんだ。

 オーアはあいつらの苦しみが分かってたから、俺には何も言わなかったのか?


 ……でも、そんなの。


「俺は嫌だ」

 俺はそう言った。

 理由なんてうまく説明できないが、とりあえずそんな寂しいのは嫌だ。


 すると、五十嵐は呆れたように溜め息をついて

「だったら、遅くなる前に彼女を探してきたら?」

 そう、言ってくれた。

「……そうする」

 俺は単純に頷いて、着替えようと上着に手をかけた。

 が

「! ちょっと瀬川君、いきなり脱がないでくれる!?」

 五十嵐が少々赤面して後ずさった。

「……あ、ごめん」

 うっかりしてた。

「……まったく。彼女のことになると周りが見えなくなるのね、貴方は」

 どこか微笑を浮かべながら、彼女はそんなことを呟いて部屋を出て行った。






 家を出て、とりあえず近所を探す。

 オーアだって行動範囲は限られてるはずだ。


 しばらく歩き回っていると、案外すぐに、彼女は見つかった。

 住宅街の一角に設けられた小さな公園。

 遊具も、お世辞にも大きいとは言えない滑り台、2人しか乗れないブランコ、それから鉄棒があるだけの広場。

 そのブランコの1つを、彼女は占領していた。

 じっと地面を見たまま、座っている。


「……それはガキが乗る遊具だぞ」

 俺が声をかけると、彼女ははっとこちらを見上げた。

「サツキ……。出歩いて大丈夫なのか?」

 彼女は即座に立ち上がって俺の身体を案じるように確かめた。

「ちょっと傷が疼く程度だ。動けないわけじゃない」

 あまり触られると恥ずかしいので俺は身を引いた。

 すると、オーアが口を開いた。

「……お前に、謝らないといけないことが沢山ある」

 彼女はそう言った。

「……なんだよ」

 今日、何か言いたげにしていた彼女を知っている俺は、そう促した。

「今、私が消滅しないでいられるのは、お前の生命エネルギーを分けてもらったからなんだ」

 彼女は、泣きそうな声でそう言った。


 なんで、そこで泣きそうになるのかが分からない。

 俺は、こいつが消えるくらいなら、なんだって分けてやるつもりだ。


 俺がその趣旨を伝えると、彼女は首を振った。

「お前はことの重大さを分かっていない。生命エネルギーは寿命と直結する。実際にどの程度かは私にも分からないが、恐らくお前の寿命は大幅に減った」

 そう言われて、少し驚いた。

 ……けど。

「別に、いいよ」

 俺はそう答えた。

「昨日はお前を助けるのに必死だったから、その結果がこれでも俺はかまわない」


 今度は後悔しない。

 自分で、決めたことだ。


 すると、彼女は俺の肩をつかんだ。

 悲痛に目を細めて彼女は言う。

「お前がかまわなくても私がかまうんだ!」

 その目にはうっすらと涙すら見える。

「……私はお前を道具として扱おうとしていたんだ。3年前、トオルが私を現実逃避の道具としたように」

 彼女はそう独白する。

「また裏切られるのが怖かったから、お前を道具として見なそうとしていた。……それは相手を傷つけることだと、自分が1番分かっていたはずなのに、だ」

 彼女は顔を隠すように、俺に背を向けた。

「結局、私がお前と契約するのを躊躇ったのは、お前の身を案じるよりも自分の身を案じたからなんだ」

 そうこぼす彼女の背中が、いつもより小さく見える。

「……だから、私なんかを助けないでくれ。私はお前に守られる資格なんて、ない」

 彼女がそう、呟いたとき。


「――だったら、ここでお前の魂を貰い受けようか」


 そんな、男の声がした。


……タイトルなんとかしたい……。

このあたりの話はやけにのりのりで書いていた記憶があります。

揚羽って動かしやすいのかな? とか。


今ようやく頭の中で完結の兆しが見えてきたので頑張ります。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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