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第23話:翼

 それから、何時間ぐらい経ったのだろう。

 彼女が出て行った後の部屋は、とてもがらんとしていた。

 彼女が来る前のような、空虚な空間に戻ってしまったようだった。

「…………」

 徹はひどく後悔した。

 興奮していたとはいえ、彼女にひどいことをしてしまった、と。


 自分でも分かってはいるのだ。

 このままではいけないということを。

 けれど、やはり拠り所が欲しかったのだ。


 彼女が好きだという気持ちに嘘はない。

 彼女がずっと傍にいてくれればという願いは本物だ。


「……昔からそうだ」

 自分は自分の気持ちを表すのが下手なんだと。


 彼の人生の中で、唯一楽しいと思える時間を共にした彼女なら、自分の本心を分かってくれると思っていた。


 けれど、あんなにひどいことを言ってしまったら、流石にもう戻れないだろう。


「…………ッ」


 嫌だ。

 考えただけでも恐ろしい。

 また、1人ぼっちの生活が始まる。

 何も主張できないまま過ぎていく日々。

 学校から帰っても誰も待っていない家。

 あんな孤独は、もう沢山だ。


 どうしたらいい。

 どうすれば、彼女を取り戻せる?



 そんな時、他には誰もいないはずのこの場所に、声が響いた。


「彼女を永遠に君のものにする方法がある。教えようか?」


 徹は驚いて声のしたほうを見た。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、目の前に男がいた。

 部屋の電気をつけていないので、暗くて顔はよく見えない。

 が、シルエットを見ると、若い男のように思えた。

 声の瑞々しさからして、自分と同じ歳ぐらいの男なのではないかと思ったほどだ。


 しかし、それが誰であるとか、いかにも怪しい雰囲気だとか、そういったことを考える余裕が、今の彼にはなかった。

「教えて。どうしたらいい? どうしたらオーアと、ずっと一緒にいられる?」

 縋るような思いで、徹はその人物に擦り寄った。

 男はうっすらと笑みを浮かべ、手を差し伸べた。


「君には因子がある。俺と同じ、アクティブブレイク因子が」







 あの部屋から逃げ出してから、どれほどの時間が経過したのか。

 知らぬ間に夜の帳が下りていた。

 オーアはマンション前の小さな公園のベンチで、縮こまっていた。


 まさかこんな結果になるとは思ってもいなかった。

 いや、予想すべき事態だったのかもしれない。

 彼は今の、非現実の生活に依存しすぎたのだ。

 なまじ、高い適性を持っていたのが仇になったのかもしれない。

 本当に彼のことを思うならば、戦いの日々を与えるのではなく、普通の生活になじめるようにただ励ますほうが良かったのではないか、と。


「……今更後悔しても、時間は戻せないからな」

 彼女はそう呟いて、立ち上がる。

 そして天にも届きそうなマンションを見上げた。


 ――最後に、お別れだけ言っておこう。

 彼女はそう思って、歩き出した。




 マンションの前には、その入り口へと導くためのタイル敷きの道があり、その中央には噴水が置かれた広場があった。

 この時間、噴水の水は止まっているが、防犯上からか白くライトアップされていた。

 正方形の広場の四隅には、白く太い石柱が建っており、遠目に見れば、そこはまるで異国の神殿のようにも見える。


 そこを通過しようとして、彼女は足を止めた。


 前方に、今日喧嘩別れしたばかりの少年が立っていたからだ。


「……トオル?」

 しかし、様子が変だった。

 彼は俯いたまま、こちらを見ようとはしない。

 いや、なんだろう。

 空気が、違う。

 微かに黒く、微かに荒々しい、肌がひりひりとする、そんな気配。

 地上界にきて幾度も感じた気配だ。

 ……この感覚は、間違いなく。

「……シェルブレイク、だと?」

 彼女が慄き、一歩後ずさったその時。

 嫌な、風が吹いた。






 それ以降の記憶は、思い出すのも辛い。

 彼女は記憶を押し込めるように、一度深い瞬きをした。


 3年前はまだあどけなさを残していた少年は、今ではすっかり青年の顔立ちをしている。

 しかし

「……中身は変わってはいないようだな」

 彼女は溜め息混じりにそう漏らした。

「? 何か言った?」

 徹は無邪気に尋ねてくる。

 オーアはゆっくりと首を振った。

「……この期に及んで感傷は不要だ」

 自らに言い聞かせるようにして、彼女はそう言った。

 そして、目を閉じる。

 彼女の身体に、黄金の光が集結し始めた。


 これまで幾度も苦渋を舐めてきた。

 下等ネイチャーすらまともに相手に出来ないことは、かつて最強と謳われた彼女にとってはこれ以上ないほどに屈辱的だったのだ。

 しかしそれを耐え忍んでも力を残しておく必要があった。

 全ては、この日のためだ。


 関係のない人間を巻き込んでまで、必死に温存してきた力をここで全て解放する。

 それと同時に、黄金の翼も展開した。


 かつての荘厳な双翼の姿はもうない。

 右翼は引きちぎられたような痕だけ残して姿を消していた。

 左翼はそれを惜しむように、一層光を放つ。


 右手には、真の黄金の剣が握られる。


「――絶滅しろ。……いや、させてやる」


 かつて2人が愛用した言葉をこぼし、彼女は地を蹴った。






 その晩も、俺は納戸に座布団を敷いて眠っていた。

 が、秋も本番、少々肌寒くて、トイレに起きてしまった。

 用を足して、ふと俺の部屋のドアを見ると、少しばかり隙間が開いていた。

 ――オーアの奴、昨日もつきっきりだったけど、ちゃんと寝てるのかな。

 そんなことが少し気になったので、俺はそっと扉に手をかけた。

 すると。

「……!」

 クリムは相変わらずベッドに横になっていたが、オーアの姿がどこにもない。

 ひどく嫌な予感がして、俺は思わずベランダへと飛び出した。

 辺りを見てもオーアの姿はない。

 そういえば、この前は屋根に登っていたということを思い出して、俺は後ろを仰いだ。

 すると、そこに人影があった。

「……!」

 しかし、それはオーアじゃなかった。


「あいつなら死にに行ったぞ」


 不機嫌そうな声が響く。


 月明かりに照らされる銀糸の髪。

 射抜くような青玉の眼。

 アージェントだ。


「……死にに、ってどういう意味だよ。まさかあいつ、1人で奴のところに行ったのか!?」

 俺が声を荒げても、彼女は座り込んだまま、微動だにしなかった。

「自分で蒔いた種だ。当然だろう」

 彼女は冷たくそう言い放った。

 俺はそんな彼女をにらみつけた。

「あいつ1人で勝てるわけないじゃないか! 何で行かせたんだよ!?」

 俺がそう怒鳴ると彼女は厳しい目つきを返してきた。

 下手をすれば射殺されそうな、そんな眼だ。

 けれどここで怖気づくわけにもいかなかった。

「あんただったらあいつに勝てるんじゃないのか!?」

 俺がそう言うと、彼女はひらりと屋根から降りてきた。

「――他人を当てにするな、人間」

 そして突然、拳で俺を殴った。

「っ」

 あまりに突然だったので踏ん張れず、ベランダの柵に寄りかかってしまった。


「仮に私があの化け物を倒したとしても、結果は変わらない」


 感情を押し込めたような声。

 しかし彼女の眼には、確かに悲しみの色が映っていた。


 さっきの一撃で切れてしまった唇を押さえつつ、

「……どういう意味だよ、それ」

 俺が問うと、彼女はふんと鼻をならした。

 背を向けながら、彼女はこう投げかけてきた。

「ティンクチャーの翼は各々の力の象徴であり、その美しさは誇りだ。そんなものをどうして普段は隠していると思う?」


 ティンクチャーにとって翼は誇り。

 クリムも確かそんなことを言っていた。

 確か、エネルギーの源でもある、とか。


「大事なものだからじゃないのか?」

 俺が答えると、彼女はこちらを一瞥した。

 その眼は俺に、その先は自分で悟れと言っているように見えた。

 が、まだ分からない。

 そんな顔をしていると、彼女は不機嫌そうに眉をひそめながらも口を開いた。

「ティンクチャーにとって翼は急所なんだよ。お前たち人間で言うところの、心臓にあたる器官だ」


 ……なん、だって?


「ちょっと、待てよ。……じゃあ、翼を捥がれるっていうのは……」

 涼しいのに、額には汗が浮かんできていた。

 まるで最後通牒を受ける気分だ。

「心臓を潰されたようなものだ。普通ならとっくに死んでいる」

 彼女は、そう言った。


 ……普通なら、とっくに死んでる?

 あいつが?

 あんなに飄々と、楽しそうに笑ってたのに?


「あいつはまがりなりにも全ティンクチャーの頂点に立つ【黄金】だったからな。並みのティンクチャーよりも蓄えていた力の量が違ったんだろう。そのおかげか即死は免れた」

 心なしか、アージェントは苛立ってきているように見える。

「だがやはり自力では持ち直せなかったらしいな。……私の知らないところで悪魔なんぞと契約して、しぶとく生き残った」

 ――悪魔と、契約?

 驚くことばかりだが、それを語ったアージェントの語気が強まったのを見ると、どうもその辺りのことが彼女は気に食わないらしい。


 今彼女と話していて、なんとなく理解した。

 アージェントは、別にオーアを嫌っているわけではないのだ、と。


「悪魔は慈善行為なんてしない。大方あいつが目的を果たしたと同時に魂を貰い受けるつもりなんだろうよ」

 彼女はそう言った。


 オーアの目的。

 それは結崎徹を殺すこと。

 それを果たしに、彼女が行ってしまったとすると。


「残していた力を出し切るつもりだ。それなら今のあいつでも勝機はあるだろう。……が」


 その場合、力を使い果たして死ぬ。

 さらに悪魔に魂まで奪われる、ということだ。


「……んなことさせるかよ」

 俺は拳を握る。


 何のために、俺はあいつとチャージしたのか。

 あいつを死なせないためだ。


『姉さまを、守ってください』


 クリムが言っていたことを、ようやく理解した。

 ――確かに俺は、あいつを守らないといけないんだ。



「お前に何が出来る。今行ったところであいつを看取るだけだぞ」

 アージェントは冷たくそう言った。

 彼女がここを動かないのは、それを見たくないからなのだろう。


 何か、良い方法はないのか。

 せめて、今は一時しのぎでも良い。

 あいつの命、魂を繋ぎとめる方法。


「……!」

 ふと、思い至った。

 今は、これに賭けるしかない。


「俺は行くぞ。あんたも来るなら来いよな」

 アージェントにそう言い残して、俺は家を飛び出した。


口より先に手が出るかもしれない女アージェント。

翼=心臓っていうのは結構前の話でオーアがティンクチャーの身体の構造は人間とそう大差ないけど一部器官の場所が異なる的なことを言っていたのが伏線(?)でした。


いつも読んでくださってありがとうございます。

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