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第19話:再会

 夕食後、クリムは俺にしばらく休憩時間をくれた。

 ベッドに横になって、ぼうっと天井を見上げる。


『あれは、サツキが殺すべき相手です』


 クリムははっきりとそう言った。

 説明も何も、彼女は付さなかった。

 ただ、殺せと。

 そう言ったのだ。


 ――ありえねえ。


 俺だって人間だ。

 人間を殺したら罪になる。

 それくらい、あいつだって分かってるはずなのに。


 デパートで、あいつと話したことを思い出す。

 俺が、オーアの役に立てるんだろうかと尋ねたとき、あいつは立つと、即答してくれた。


『サツキは戦闘センスさっぱりで、その上死ぬほどどんくさいですけど、姉さまを守るためにチャージしてくれたです。クリムはそれが嬉しかったです』


 その言葉で、この際、道具になってやってもいいと思ってた。

 けど流石に、人殺しまでは出来ない。

 これは、間違っていないはずだ。




 辺りがすっかり真っ暗になった頃、再び俺はクリムとこっそり家を出た。

「さあいくですよ、サツキ」

 張り切って前を行くクリム。

「おいクリム……」

 彼女に、さきほど固めた決意を伝えようとしたその時。

「お前達、どこに行くんだ?」

 オーアが突然降りてきた。

「!? あ……えと、ランニングです」

 オーアが現れた途端、クリムは妙に慌てていた。

 どうも、彼女には知られたくなかったらしい。

「ランニング? ああ、鍛錬か。しかしクリム、サツキも昨日はあまり寝てないだろうし、今日は勘弁してやったらどうだ?」

 オーアはもっともなことを言ってくれた。

「…………」

 クリムは押し黙った。するとオーアは一瞬逡巡して

「……どうしてもというのならランニングはやめてウォーキングにするといい。私も付き合う」

 そう提案してきた。

「サツキ、どうだ?」

「まあ歩くくらいなら」

 俺はこくりと頷いた。



 またしても住宅街の周りを歩き回る。

 気温は少々肌寒いくらいだが、暑いよりマシだ。スポーツの秋とは縁遠い人間だったが、これなら運動をしたくなる人の気持ちもなんとなく分かる。

 しかし不思議と、人とはすれ違わない。今の季節だと歩いている人も多そうなのだが。


 住宅街の隣にあるマンションの裏あたりにさしかかったとき、思わず俺は口を開いた。

「……なんか妙に静かだな」

 秋なのに、虫の声すら聞こえないのだ。

 風すら止んだ気がする。

 まるで、嵐の前の静けさのような。

「…………」

 オーアもクリムも答えず、ただ黙りこくっている。

「どうしたんだよお前ら」

 俺が問いかけた途端、ついに2人は足を止めた。

 いや、俺の足も自然と止まった。


 ――なんだ?


 自然と、嫌な汗をかき始める手。

 頭が重くなってくるような感覚。

 そして動かなくなった身体。

 呼吸すら苦しい。


 眼球を必死に動かす。

 それはいつかのデジャヴのようだった。


 前方に、人影がある。

 人影だというのに、何か得体の知れないものだと錯覚する。

 ――あれは、まずい。

 本能がそう告げている。

 告げているのに足は動かない。

 その点で言えば、初めてネイチャーと出くわしたときよりひどい。

 ……いや、最悪だ。


「――やっと、見つけた」


 静寂の中にやっと響いた声。

 無邪気な、少年のような声。

 間違いなく、人間の声だ。


「会いたかったよ、オーア!」


 ――え?


 声の主は、確かにそう言った。


「……トオル」

 オーアの口から、俺の知らない名前がこぼれ出た。

 どうやら2人は知り合い、らしい。


「久しぶりだね」

 少年、いや、背丈からして青年か。

 色素が抜けたような薄茶色の髪に、いかにも柔和そうな顔つきを持った青年だった。

 オーアが『トオル』と呼んだそいつは、歳不相応なほどに無邪気に語りかけてきた。

「……3年ぶりだ」

 対するオーアは、重い声でそう答えた。

「3年? 3年も経ったんだ。君がいなくなってから、時を数えるのが辛くてさ、ずっと眠ってたんだ」


 相手の言っていることは、分かるようで分からない。

 3年もの間、ずっと眠っていたというのだろうか?


「……ティンクチャーを殺しまわっているというのはお前か、トオル」

 無邪気な相手に対して、オーアは突き放すように問いを投げる。

「そうだよ」

 相手はただ、そう答えた。

「何のためにそんなことをしている」

 オーアの声に苛立ちが見え始めた。

 けれど相手は悪びれもせずに答える。

「何のため? そんなの決まってるじゃないか。君とずっと一緒にいるためだよ」


 傍から見ていても、妙な会話だ。

 噛み合っているのか噛み合っていないのか。

 そもそもどういう意味なんだ。

 オーアとずっと一緒にいるために、ティンクチャーを殺すって。


 そんなとき、俺はクリムの異変に気がついた。

「……姉さま、こんな奴と言葉を交わさないで下さい」

 そう呟いたクリムの身体は震えている。

 畏怖、ではない。

 あの震えは、怒りだ。


「……何が『ずっと一緒に』ですか。お前はそんな理由で……!」


 クリムの周りに熱気が集まる。そばにいて熱いくらいだ。

「クリム!」

 オーアが制止したが、クリムが走り出すほうが早かった。


 クリムが走り出した途端、彼女の身体はまばゆい赤光を放ち、肥大化した。


「……!?」


 次の瞬間には、そこにあの小さな少女の姿かたちはなく、ただ、巨大な獣の姿があった。


「……クリム、なのか?」

 普段の姿は影も形もない。

 赤茶色の体躯を持つ獣の眼は血のように赤く、四肢の爪は禍々しいほどに鋭い。

 纏う熱気は朱を帯びて目に見えるほどで、まるで地獄の業火を纏っているようにも思える。

 その姿は、まるで冥府の番犬のようだった。


 獣は青年に向かってひた走る。


「死ネ!!」


 呪いにも似た、獣の言葉こえが響く。

 獣は奴に飛び掛った。

 クリムは本気で、あいつを殺す気だ。


 が。

「……変な犬」

 男はそう呟いたかと思うと、いつの間にか、手に得物を握っていた。


 ――な。


 俺は目を疑った。

 だって、あいつが握っているのは。


 そのことに気を取られている間に、奴はその剣を振りかざしていた。


「クリム!!」

 オーアの叫び声と、獣の鳴き声はほぼ同時に響き渡った。


 電灯の明かりに反射するように飛び散ったのは、赤い鮮血。

 宙を舞いながら、獣の身体から噴き出ていた。


「……な」


 見えなかった。

 奴は剣を、あの黄金の剣を、振りかざしただけのように見えたのに。


 獣の身体は途端に小さくなっていき、最後にはどさりと音を立てて、少女の姿で地面に転がった。


「……ぁ」

 声が出なくなった。

 クリムが、血を流して倒れている。

 ほんの一瞬の出来事が、信じられないでいた。

「ッ!!」

 オーアが間髪いれずに走り寄り、その身体を抱き上げる。

 俺も慌てて追いかけた。

 クリムはまだ微かに息をしていた。けれど出血がひどい。このままじゃ危ないのは見て取れた。

 オーアは敵をにらみつける。

 すると、相手は怯えたように一歩退いた。

「どうしたの? 怒ってるの? なんで? ねえ」

 オーアは俺にクリムを預けて立ち上がる。


「……私の剣でこれ以上同胞を斬るな」


 オーアは震えた声でそう言った。

 やはり、奴が持っているのはオーアの剣なのだ。


「……なんで、怒ってるの? ひどいよ、オーア。僕はただ、君と一緒にいたかっただけなのに……!」

 男はひどく狼狽している。

「あの時も、君が境界に帰るなんていうから……」

 奴は平然と、言った。


「君の翼を、いだのに」


そのうち絶対息切れするなと思いながらもなんだかんだで連日更新なあべかわです。

ついにあの人が出てきました。痛いですね(汗)。


次話はもしかすると挿絵が入るかもしれないのですがイメージを崩したくないゼって方は挿絵機能をオフにしててくださいね! 前もって言っておきますよ!


いつも読んでくださってありがとうございます。

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