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第18話:殺すべき相手

 俺が急いで家に帰ると、玄関でオーアが仁王立ちしていた。

「遅いぞサツキ。今日からスパルタだと言っただろう! まさか逃げようとか考えたわけではあるまいな」

 俺は手でなだめつつ

「んなこと考えてねえよ。大体お前、四六時中家にいるくせに逃げられるわけないだろ。ちょっと五十嵐を送っていって遅れただけだよ」

 そう弁明すると、オーアは驚いた顔をした。

「送って? すると若い男女が共に下校したわけか」

 ……改めてそう言われるとなんだかこしょばい。

 しかし、後で思うとなんだかんだで五十嵐のやつ、結構可愛いところがあったんだな、なんて思っていると。

「サツキ、顔が赤くなってるぞ」

 オーアのどこか冷ややかな突っ込みが入る。

「! ああもう、さっさと授業始めるんだろ!?」

 俺はどたどたと階段を上がった。






 オーアの授業は、昨日より随分とマシなものだった。

 ネットで色々とノウハウを学んだらいい。

 俺のいない間に勝手に俺のパソコンを使うなと言いたいところだが、そういうことに使ってくれるならまあ許してやってもいいと思う。

 それに綾が言っていた通り、本当に、教え方が上手いのだ。

 あんなにちんぷんかんぷんだった文法が、今日はなんだかすっと頭に入った気がする。


「……お前さ、他のとこでも家庭教師、出来るんじゃないか?」

 授業終了後、居間で綾とクリムも含めて茶をすすりながら俺がそうこぼすと

「ん? それは私を褒めているのか?」

 オーアはどこか嬉しげに、かつ得意げに尋ねてきた。

「……まあそうなる」

 悔しいが、俺は素直にそう答えた。

「姉さまならいっぱいオファーが来るですね! 教え方も上手いし加えて美人なら言うことないですよ」

 クリムは我がことのように誇らしげにそう言った。

「えー。でもお姉ちゃんが忙しくなったら一緒に遊べなくなっちゃうよー」

 綾がそう漏らすと、クリムもはっとなったように

「それは嫌です!」

 そう言った。それを見てオーアは笑う。

「私の本業はそれじゃない。生徒はサツキだけで十分だ」

 そんな言葉を聞いて、少しほっとした自分がいた。

 ――?

 なんでほっとしてるんだ、と考えていると

「ただいまー」

 母さんがパートから帰ってきた。

「オーアさん、ご苦労様。よかったら晩御飯一緒にどうですか? クリムちゃんも」

 帰ってきて早々に母さんはそんなことを言い出した。

「え、でも母さん、今日は父さんが帰ってくるんじゃ……」

 そう、今日は父さんが出張から帰ってくる日だ。

 そういう日はいつも父さんが帰ってくるのを待っての夕食になるのだが。

 すると母さんは苦笑して

「それがねえ、さっきお母さんの携帯のほうに電話があったんだけど、延期になったらしいのよ。ほら、今流行ってるあの病気。お父さんと一緒に働いてた人たちの何人かがかかっちゃったらしくって、思うように作業が進まなかったらしいの」

 そう言った。


 父さんの出張先はここからは結構遠いところだったはずだ。

 そこでもやっぱりシェルブレイクが多発しているらしい。


「お父さんもかかっちゃわないか心配だわ」

 そう言いながら母さんは台所に立った。


 ……そういえば、今日五十嵐に聞いたことをオーア達に伝えたほうがいいんだろうか。

 正直あんまり口に出したくないが、あいつらが1番気をつけないといけないことだ。

 それに、3年前の話も少し知りたくなってきた。


「なあオーア、クリム。あとで話があるんだけど」

 2人にそう言って、夕食後に部屋に来てもらうことにした。





 夕食後。

 俺はネイチャーの塊がティンクチャーの身体を喰らっていた場面を五十嵐が目撃したという話を2人にした。

 しかし意外にも、俯きはすれ、2人は驚いた素振りは見せなかった。

「……エメラの報告を聞いたときからなんとなくは予想していた。ネイチャーに敗れれば食われるは必然、だな」

 オーアはそうこぼした。

「サツキ、お前も聞いていただろう? 最初に会ったネイチャー、あいつはお前をシェルブレイクさせて仲間にした後、私を食う気だった」

 ……そういえばそんな流れだった。

「しかし妙なのはあれだ。早すぎる」

 オーアは眉をひそめてそう言った。

「そうですね。多少の犠牲が出るのは覚悟の上でしたけど、この時点で生存確認が入るぐらいティンクチャーの数が減っている、ってことですか?」

 クリムも少々怯えた風に呟いた。

「今回、基本的にティンクチャーは2人1組で行動させられているはずなんだ。【原色】同士のペアであっても力系、速度系が揃えば相手が中等ネイチャーでも退けるくらいには戦えるはずなんだが」

 オーアはそう言って考え込んでいた。

「それなんだけどさ、五十嵐が、ネイチャー以外にもその現場にいたっていうんだよ」

 俺が言うと、2人は今度こそ驚いた様子でこちらを見た。

「あいつが言うには、人間……ぽかったって言ってたんだけど」

 信じられないよな、と軽く付け加えようとしたんだが、その前に、場の空気が硬直した。

 ――なん、だ?

 緊張感、というには痛すぎる空気だった。

 オーアはどこか悲痛な目で遠くを見ているし、クリムはそんなオーアを見て悲しげな顔をしている。

「……なんだよ?」

 俺が声を上げると

「――いや。情報を感謝しよう。私たちも気をつけないとな」

 オーアはすぐにいつのも調子に戻って、

「サツキ、お前もアゲハとただじゃれ合っているだけじゃなかったんだな」

 そんなことを言った。

「俺がいつじゃれ合ったよ」

 むしろ俺はもてあそばれてるんじゃないだろうか。

 するとオーアはふ、と笑って部屋を出て行った。

 いつもなら、すぐにオーアの後を付いていくクリムだが、今日はなぜかじっとそこに居座っていた。

「どうした?」

 そう尋ねても、クリムは無反応だ。何かをじっと考え込んでいるらしい。

 すると突然、俺を見て

「サツキ、……その……」

 何かを言いかけたのだが、また黙りこくってしまった。

「なんだよ。気になるだろ」

 促すと、クリムは言った。

「……もっと、強くなって欲しいです。それで、姉さまを……」

 彼女がそこまで言いかけたとき、

「おーいクリム、サツキ。アヤがトランプをしたがってるぞ」

 不意にオーアが戻ってきて、言葉が中断された。

「は、はい。今行くです」

 クリムはそう言ってそそくさと出て行く。


 ……結局、何が言いたかったんだ?






 翌日、寝ぼけ眼をこすりつつ学校に行くと、五十嵐は既に席に着いていた。

 顔色もいつも通りだ。

「おはよう。今日はいつも通りだな」

 俺がさりげなく声を掛けると

「瀬川君もいつも通り、ギリギリね」

 五十嵐はいつもの笑みを浮かべてそう返してきた。

 それでこそいつも通りの五十嵐だ、と俺は妙に安心して席に着いた。



 昼休み、食堂で小柴とうどんをすすっていると、突然奴は言い出した。

「なあ五月ちゃん、昨日あの五十嵐と2人乗りして帰ってたってほんとか?」

 本当に唐突だったので、危うくうどんが気管のほうに入ってしまいそうになった。

「……だ、誰から聞いたんだよそんなこと」

「うわ、否定しないってことはほんとなんだな!? いつの間にあの沈黙の女王と仲良くなったんだよ!?」

 小柴はそう言いながら俺のうどんからかまぼこを盗んでいった。

「あ、かまぼこ! ……別に仲良くなったわけじゃ……。昨日はたまたま五十嵐の調子が悪そうだったから送っただけだよ」

 俺がそう言っても小柴はじーっと俺のほうを見てくる。

「……な、なんだよ。お前もしかして五十嵐のこと狙ってたのか?」

 思わず小声でそう尋ねると小柴はいやいやと首を振って

「五十嵐はハードル高すぎるって。聞いた話によると中学のとき、無謀な奴が五十嵐に告白したことがあるらしいんだが、相当こっぴどく振られたらしくって、1週間は寝込んだって話だぞ」

 そんなことを言った。

 ……流石にその話には尾ひれがついていると思うが、1日くらいなら本当に寝込んだのかもしれない。

「いや、だからさ、よくもまあそんな子とそこまで親しくなれたなって感心してたんだよ。もしかして五月ちゃん、最近運気が回ってきてるんじゃね? オーアさんのこともあるしさ」

 小柴はそんなことを言った。

 運気、というよりこれは女難だと俺は思っている。

 綾の相手だけでも手こずってたのに、2人も増えて最近の家はカオスだ。

 昨日のトランプだって、俺が勝つと不平が出て何度もやり直しをくらうし、かといってわざと負けたら怒られて罰ゲームをくらうし……。

 加えて予習を終えてようやく寝入ろうとしたときにオーアがたたき起こしにきて、ネイチャーの気配がするだの云々、またしても深夜に大乱闘をする羽目になった。

 つまるところ、今日は俺が寝不足だ。

 ……こんな生活、もう持たない。


 俺が溜め息をつくと

「五月ちゃん、どうした? なんか疲れてる?」

 小柴が声をかけてくる。

「まあ、いろいろとな」

 俺はそう言って、またうどんをすすり始めた。




 その日帰宅すると、今度はクリムが玄関で待ち構えていた。

 先日俺が買ってやった飛行帽もどきっぽい帽子を被っている。

 その帽子の、左右垂れ下がっている部分が犬の耳に見えなくもなくて、どこか犬っぽさを感じさせるところがあるクリムにとても似合っていた。

「どっか出掛けるのか?」

 その出で立ちからそう尋ねると

「ランニングをするです! サツキ、早く着替えてくるですよ!」

 クリムはずばりそう言った。

「は? 俺も?」

 間の抜けた返事をしたら、またしても脛を蹴飛ばされた。

「あた!?」

「あったりまえです! サツキを鍛えるためにランニングするですよ! いつまでもそのもやし的体力じゃ勝てるものにも勝てないです!」

 クリムは随分張り切っている様子だ。

「えぇ。勘弁してくれよ。俺今日寝不足なんだよ」

 泣き言を言ってみたが、クリムは俺の背中をずいずいと押す。

「そんな甘っちょろいこと言ってると死ぬですよ! ただでさえ敵は強敵なんです! サツキにはしっかりしてもらわないと困るです!」

 これはどうにも譲りそうにない。

 俺はまたしても溜め息をついて、しぶしぶ着替えることにした。



 住宅街の周りをクリムと走る。

 開始して15分。クリムの奴はちびっこいくせに体力はあるのか、息ひとつ乱さず走りまわっている。

 対して俺はもうぐだぐだだ。

「……も、むり」

 俺はそう言って、道端にへたりこんだ。

 この辺りは車は通らないからへたり込んでも平気だ。

「ちょっと! 何座り込んでるですか!? まだちょっとしか走ってないですよ!」

 クリムが俺を引っ張り上げにかかる。

 自らパワーには自信があると言っていただけあって、その歳には似合わない力だった。

 が、俺も意地で反抗する。

「腹減った! もう駄目だ!」

 我ながら子供っぽい言い訳だ。

 けど腹が減っているのは事実だし、今日は本当に辛い。

 するとクリムはひとしきり唸って

「じゃあ続きは食後にするです。逃げたら容赦しないですよ」

 ぱっと俺を離した。

 とぼとぼと歩いていくクリムを、よろよろと追いかける。

「なあ。いきなり張り切って、どうしたんだよ」

 俺が尋ねると、

「昨日言ったです。サツキにはもっと強くなってもらわないと困るです。じゃないとあの人間には勝てないですよ」

 クリムはただそう言った。


 そりゃあ、もっとマシに戦えるようにならないといけないのは分かってるけど。


「あの人間って、五十嵐が言ってた奴のことか? 五十嵐も言ってたんだけどさ、そいつとの戦いは避けたほうがいいと思うんだけど……」

 俺がそう言うと、クリムは勢いよく振り返った。

 その眼には、えもいわれぬ凄みがあった。

 そして、その言葉にも。


「あれは、サツキが殺すべき相手です」


水面下の執筆がようやく中盤のメインあたりにさしかかり、おんどりゃーな気分のあべかわです。ノりだすとPC前で4時間は軽いですね。


というか以前この作品は少し長くなるかもと言った記憶があるのですがこの分だと終わりまで書いたら結構な長さになっているかもしれません(汗)。

ですが本作品は私の現代ファンタジーの集大成的な意味合いを込めているのでそれくらいしないとむしろ足りない気もします(笑)。

やりたいことを目いっぱい詰め込む気で頑張ります!

いつも読んでくださっている方々に感謝です。

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