第15話:クリムと帽子
俺がもといたベンチに戻った頃には、既に綾とクリム、オーアがそこで待っていた。
「お兄ちゃんどこ行ってたのー?」
綾は不機嫌気味に足を鳴らしていた。
どうやら少し待たせてしまったらしい。
「すまん、ちょっとゲーセンのほうに」
俺は親指でゲームセンターのほうを指した。
すると
「えー! 私も行きたいー!」
「ゲームセンターは何をするとこですか?」
綾とクリムが今度はゲーセンに興味を持ってしまった。
「……見るだけだぞ」
俺はしぶしぶ顎で合図した。すると
「わーい! クリちゃん、行こー!」
またしても綾がクリムの手を引っ張って駆けていく。
オーアもやれやれといった感じでその後に続いた。
その後姿を見ていると、どうしても先ほどの光景を思い出してしまう。
俺が気にしても仕方ないことなのに。
「サツキ?」
するとオーアがこちらを振り返った。
どうやらぼけっとして立ち止まってしまっていたらしい。
「ああ、悪い」
俺は思わず視線を逸らして足を進める。
「……?」
オーアが怪訝な顔をしたように見えたが、気にしないように足を速めた。
結局、ゲームセンターでも500円ほど使ってしまった。
損の大きいクレーンゲームへの投資は断って、エアホッケーなど、大人数で遊べるものを選んだ。
結果として全員で遊べたから、その選択は間違いではなかったと思う。
勝負事にむきになっていたら、さきほどまで引きずっていたどこか重たい気持ちも少し晴れた気がした。
これで遊びはおひらきということで、デパートの中を通って帰ろうとしたら、綾がトイレに行きたいと言い出した。
「私も先ほどの競馬で髪が乱れた。直してくる」
ということでオーアも一緒に化粧室へと向かった。
クリムと2人、エスカレーター横のベンチに座って2人を待つ。
ふとクリムのほうを見ると、彼女の視線はある一定の方向へと向いていた。
「?」
その視線の先を辿ると、そこには見切り品のワゴンがあった。
ワゴンの中は、どうやら子供用の帽子らしい。
「お前、帽子欲しいのか?」
俺が何気なく尋ねると、クリムははっとなったようにこちらを振り返った。
「べ、別に欲しいわけじゃ……ない、です……けど」
段々と小さくなっていくクリムの声。
……欲しいんだろうか?
「……さっき、遊園地で遊んでたら、他の子の視線がクリムに集まってきたです。多分、髪の色のせいだと思うです」
クリムはそう言った。
確かに、クリムの髪は純粋な赤毛だから、日本じゃ珍しいかもしれない。
まあそんなことを言ったら五十嵐が連れてるティンクチャーは相当奇抜なことになるが。
「綾と最初に会ったときも、クリムが公園で知らない子にからかわれてたのを綾に助けてもらったです。まったく、この国の奴らは異文化にもっと理解を示すべきですよ」
最後は強気に締めくくっていたが、クリムの顔はどこか悲しげだった。
俺はふと立ち上がって、ワゴンのほうに歩み寄る。
『ワゴン内、全品1000円』
と、ワゴンの立て札には書いてある。
「サツキ?」
クリムが寄ってきた。
「気に入ったのがあったら言え。貸しにしといてやる」
俺がそう言うと、クリムは
「い、いいですよ! ……帽子を被ったら負けた気がするです」
そう言って俯いた。
「……まあお前がそう思うなら別にいいけど」
俺はそう言ってまたベンチに戻る。
するとクリムもまた横に座って
「今日のサツキ、太っ腹すぎて逆に怖いです。さては何か見返りを要求するつもりですか!?」
そう言ってきた。
俺は思わず苦笑する。
まあ、善意の裏には何かあると思ったほうが無難なのかもしれないが。
「お前はしっかりしてるよな」
思わずそう呟くと、クリムは
「当然です! 姉さまが悪い人間に騙されないよう、常に周りに注意を払うのがクリムの使命ですから!」
びしっとそう言った。
「……ふーん。まあ頑張れな」
俺は膝の上に頬杖をついた。
「なんですかその適当な反応は! これはクリムのライフワークでもあるですよ!?」
クリムは憤慨したようにそう言った。
「ライフワークって……。そこまでしなくてもあいつ、結構強かだと思うけどな」
俺は自然とそう漏らしていた。
それでなんとなく分かってしまった。
どうやら俺は、根に持ってしまっているらしい。
あいつが俺と正式な契約を結ばないのは、結局俺が信頼されてないからなんじゃないか、と。
「……なんだかサツキ、変ですよ? 姉さまと何かあったですか?」
クリムも俺の変化に気付いたのか、そんなことを言ってきた。こんな年下に指摘されるとは、我ながら情けない。
「いや、ないよ。ただほら、俺って役に立つのかなって思ってさ」
俺がそう言うと
「立つですよ」
意外にも、クリムは即答した。
俺は思わず彼女の顔を見る。
「……正直、クリムは姉さまが人間とチャージするとは思ってなかったです。けど、なんとなくその理由が分かったです」
彼女は嘘偽りなどないように、まっすぐに俺を見据えて答えていた。
「サツキは戦闘センスさっぱりで、その上死ぬほどどんくさいですけど、姉さまを守るためにチャージしてくれたです。クリムはそれが嬉しかったです」
そのときのクリムは、今まで見せたことのない笑顔を浮かべていて、こちらが恥ずかしくなるほどだった。
「…………」
言葉が出てこない。そんなに俺は照れてしまっているのだろうか。
すると、クリムのほうまで顔が赤くなってきて
「な、なに赤くなってるですか! こっちまで恥ずかしくなってくるですよ!」
俺の鳩尾に拳をぶち込んだ。
「ぐほっ!?」
俺は思わず悶える。
正直痛い。クリムはどうやら馬鹿力なようだ。
すると
「随分楽しそうだな。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
突然、オーアの声が降ってきた。
見ると、いつの間にか綾とオーアが戻ってきていた。
「な、馴れ合ってなんかいないですよ! クリムは姉さまが1番なんですから!!」
クリムはそう言ってオーアの足元に抱きついた。
「はいはい」
オーアはそう言って笑っている。
ふと、俺と目が合った。
『私の妹分と仲良くしてくれてありがとう』
と。
彼女の目はそう言っているような気がした。
「…………」
俺はまたも照れるようにして視線を逸らすと、綾が
「ねえお兄ちゃん、お腹減ったよー。せっかくだから皆で何か食べて帰ろうよー」
そう言って俺の服の裾を引っ張ってきた。
「えぇ。流石にここの店は高いからな、入るならマックとかにしてくれよ」
俺がそう言うと
「私マック大好きー! 行こう行こう!」
綾はそう言って俺の首に抱きついてきた。
「こら、動けないだろ」
俺がじたばたしても綾は離れない。
どうも今日はご機嫌らしい。
すると
「さ、サツキ!」
クリムが俺を呼び止めた。
「ん?」
俺が振り返ると、
「……やっぱり帽子、欲しいです」
クリムはそう言ってワゴンを指差した。
……まあ、さっきは色々嬉しいことを言ってもらった気もするし。
「しゃあねえな。好きなの選べ」
俺がそう言うと、クリムはぱっと笑ってワゴンを漁りだした。
「あー、いいなー。お兄ちゃん、私にも何か買ってー」
綾までそんなことを言い出した。
「なら私もお願いしたいところだな」
オーアまでそんなことを言う。
……勘弁してくれよ。
「楽しかったねー」
「また行きたいです」
綾とクリムがそんなことを喋りながら前を歩いている。
結局あの後駅前のマックで軽く食事をして、今は帰路についているところだ。
「サツキ、財布のほうは大丈夫か?」
オーアが小声で俺に尋ねてきた。
「結局食事までおごってもらった形になってしまって悪かったな」
彼女は少々申し訳なさそうにそう言った。
「100円のバーガーくらい痛くねえよ」
俺は少し強がってそう言ってみたが、今日の全体としての出費は少し痛かったかもしれない。
「それよりお前、ちゃんと職探せよ? 流石にずっと援助は出来ないからな」
するとオーアは真面目な顔をして
「うむ。努力する」
そう答えた。
しかし考えてみるとこいつの経歴とか意味不明だし、履歴書なしでバイトとか採用してもらえるのかは非常に怪しいところだ。
――当分はこんな生活なのかな。
と、ひとり溜め息をついていると。
「あ! お母さんだ!」
突然、綾がそんな声を上げた。
「え?」
俺が思わず顔を上げると、数メートル先に、母さんの姿があった。
向こうもこちらに気付いたのか軽く手を挙げた。
――いや、ちょっと。この状況はまずくないか!?
そう思いつつもここで突然オーアやクリムが姿を隠すと余計に怪しまれる。
というより母さんは既にこちらのメンツに気付いたらしく、少し驚いた様子だった。
仕方ないのでそのまま歩き続けると、案の定母さんはオーアのほうに向かって軽く一礼した。
「こ、こんにちは」
母さんがどこかテンパっているのは気のせいではないだろう。
「こんにちは」
対してオーアは特段慌てた風もなく行儀よく一礼した。その朗らかな表情、無駄のない動作、共に見ていて眩しいくらいに完璧だった。
母さんも、それに見惚れたか呆けたか、どこか気の抜けた顔をしていた。
「お母さんどうしたの? お買い物?」
綾が母さんの足元に寄ると、母さんは気を取り戻したように答える。
「え、ええ。今晩のおかず買いに行こうと思って。綾たちが帰ってきてから行こうかとも思ったんだけど、お母さん夕方から見たいテレビがあったから、ね」
母さんはそう言いつつ、綾のそばにいたクリムのほうにも視線をやった。
「こんにちは。綾のお友達?」
半ばしゃがみこんで母さんが尋ねると、人見知りなためかクリムは少しおどおどした様子を見せたが、こくりと頷いた。
「えーと、すると五月、そちらは?」
それから母さんはまたオーアのほうを向いて俺に尋ねてきた。
「え。ああ……」
俺が返答に困っていると、オーアが軽く前に出た。
「初めまして。私はそこにいるクリムロワの従姉妹です。最近クリムと一緒に日本へ来たんですが不慣れなことも多く、サツキ君には色々と助けてもらっているんですよ」
彼女はつらつらとそう述べた。
よくもまあそんなに嘘が作れるなと感心してしまう。
一方母さんはすっかり騙されて、感激したように手を胸の前で組んでいる。
「まあ、そうでしたの。それにしても日本語、とってもお上手なんですね」
「祖母が日本人で、祖国イギリスのほうでも日本語に親しんでいましたから」
オーアの嘘は鉄壁で、崩れる様子がまるでない。
……ていうかお前はいつからイギリス人になったんだ。
「まあ! うちの子にこんな素敵なお知り合いがいたなんて、私まで嬉しくなってしまいますわ」
母さんは微かに頬を紅潮させ、ほほほと笑う。
しかも
「あの、立ち話もなんですし、よかったら家に寄っていかれません? ちょうどさっきまでチーズケーキを焼いてたんです。よかったらご一緒に」
母さんはそんなことまで言い出した。
「ちょ、母さん……」
俺が止める前に
「いいんですか? ではお言葉に甘えて……」
オーアは快諾していた。
――ちょ!?
「クリムちゃんも遠慮なくいらっしゃいね。他のお菓子も置いてあるから」
母さんはそう言ってくるりと方向転換した。
「母さん、買い物は!?」
俺が言うと
「いいのよそんなの。夕方のドラマは録画すればいいことだし」
母さんは既に浮かれた様子で足取り軽く前を行く。
「おい、なんでこんなことになるんだよ!?」
俺が小声でオーアに問うと
「いや、これから先のことを考えるとお前の母親との面識は作っておいたほうが無難だろう?」
オーアはあくまでも冷静にそんなことを返してきた。
「……う」
思わず唸る。
そこまで考えていなかった。
確かに、今後万が一、母さんや父さんにクリムやオーアが家にいるのを見られたりしたときは、友人であるという認識さえあればなんとかクリアできるだろう。
下手に存在を隠すより、ばらしたほうが良いということか。
……オーアの奴、意外と考えてるんだな、と感心していたら。
「それにチーズケーキだ。どうして断れようか、いや断れまい」
オーアは真面目な顔でそう言って、母さんの後をついていく。
「それが本音かい!」
俺のそんな突っ込みは、虚しいぐらいに無視された。
クリムのプチツンデレっぷりが炸裂しはじめたお話でした。
しかしなかなか話が進まないな(汗)。
……そんなせいかなんか更新頻度が意地になってきている気もするのですが(笑)相変わらず低空飛行です。低空飛行なんですけど読者数は結構安定しています。それだけが救いです、いつもありがとうございます。




