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第14話:黒色の後悔

 土曜日ということもあってか、デパートの屋上の遊園地はそれなりの人で賑わっていた。

 大方の客は親子連れで、たまに子供同士だけで遊んでいるのもいる。

 見渡せば、メリーゴーランドにミニジェットコースター、機関車もどき、コーヒーカップも一応ある。普通の遊具、動物型の動く車等も置いてあるし、奥にはゲームセンターまで設置してあるようだ。

「とりあえずこれだけ渡しとくから、適当に遊んで来い」

 俺はそう言って綾とクリムに500円ずつ渡しておいた。

「ありがとー! 行こう、クリちゃん」

 綾がクリムの手を引っ張って、ぱたぱたと駆けていく。

 そんな背中を見送りつつ

「俺はその辺で座ってるつもりだけど、お前どうするんだ?」

 傍らにいるオーアに尋ねる。

「私か? 流石にこの歳格好では遊べないからな。クリムたちの様子でも見てくるよ」

 彼女はそう言って歩いていった。



 ベンチでしばらくぼけっと待っていると

「おにいちゃーん」

 綾とクリムが息を切らして走ってきた。

 頬は高揚で赤くなっており、2人とも相当興奮しているのが見て取れる。

「もう1回ジェットコースターに乗りたいの! もう1回だけ乗らせて!」

 綾が手を合わせて頼み込んできた。

 ……まあそんなことだろうとは思ったが。

「サツキ、クリムからもお願いするです。もう少しだけ遊びたいです」

 クリムもじっとこちらの目を覗き込んでくる。

「……しゃあねえな」

 俺は財布からもう2つ、500円玉を取り出した。

 実はもともとちゃんと用意してあったのだが、最初から渡すとありがたみが薄れるだろうと思ってとっておいたのだ。

「ありがと、お兄ちゃん! 大好き!!」

 綾がそんなことを言うのは大抵俺が何かくれてやったときだけだが、まあいい。兄としての株を上げておくことは悪いことではないはずだ。

 一方クリムは500円玉を握って、何か言いたげにもじもじしている。

「?」

 俺が怪訝な顔をすると、

「! ……ぁ、ありがとです! 頼りないサツキは嫌いですけど、太っ腹なサツキは嫌いじゃないです!」

 クリムはそう言い残して逃げるように走っていった。

「あ! クリちゃん待ってー!」

 綾が慌ててそれを追いかけていった。


「…………」

 俺はぽかんとその背中を見送る。

 なんとなく照れくさくなって、視線を泳がせて頭を掻いていると。


「嬉しそうね、瀬川君」


 突然、そんな声が降ってきた。

 この、涼しげな声は。

「……い、五十嵐!?」

 俺は思わず叫んで声のしたほうを見上げた。

 突然大きな声を出してしまったので、周りのベンチで座っていたお父さん方の注目を集めてしまった。

 が、叫ばざるを得まい。

「いつもいちいち大げさね、貴方は」

 横に立っていたのは紛れもなくあの五十嵐だった。

 しかしいつもと様子が違う。

 格好が、私服なのだ。

 そういえばこの前、浴衣姿を目撃してしまったこともあったが、今日のはまた違った雰囲気の洋装だ。

 軽やかな印象のワンピースに秋っぽさを感じさせるジャケットを合わせて、下はジーンズ風のレギンス。

 普段の彼女は制服をひとつの乱れもなくきっちり着込んでいるからか、おしとやかな格好のイメージがついてしまっていたのだが、なんというか、今日の五十嵐はどこかアクティブな印象を受ける。

 服装で言うところの本人の印象とのギャップというのは大抵裏目に出ることが多いと思うのだが、彼女の場合、そんなことはまったくない。

 むしろ、すごく、似合っていた。


 ……なんてしばらくじっくり見入ってしまった自分を恥じつつ

「なんでこんなとこに五十嵐がいるんだ? ここ遊園地だぞ」

 俺が問うと

「正確に言えばデパートの遊園地、でしょう? 私はデパートに用事があったのよ」

 五十嵐は呆れた顔でそう返してきた。

 そういえば彼女の手には高そうな店の紙袋が提げられている。

「あ……そっか」

 そうだよな。五十嵐がこんなとこで遊んでるイメージとか、全然湧かないし。

 が、

「まあ遊園地自体は嫌いではないわ。昔はよく家族で……」

 五十嵐は目を細めて懐かしそうにそう言った。

 ……意外と五十嵐も普通なところがあるみたいだ。


「えっと、じゃあなんで屋上まで?」

 俺が尋ねると

「デパートに来たらシアンがティンクチャーの気配を上から感じるっていうから上がってきたのよ。そしたら瀬川君が幼女相手に呆けた顔をしてたからつい声を……」

 と五十嵐。

「……って俺呆けてない!」

 思わず弁解すると

「そう? 『大好き』とか『嫌いじゃないです』とか言われて口元が緩んでいたように思うけど」

 五十嵐はからかうように妖艶に笑う。

「緩んでない! あれ妹だしクリムだし!」

 俺が地団駄を踏むと、五十嵐はふと、今度は花がそよいだような笑みを浮かべ

「まあいいわ。シアンが言っていたティンクチャーの気配というのは貴方達だったようだし」

 そう言って彼女は踵を返した。

「もう帰るのか?」

「シアンを探さないと。また勝手にほっつき歩いて、縄でもくくりつけておけばよかった」

 彼女はうんざりした様子でそう漏らし、

「それじゃあ瀬川君、間違いを犯さないようにね」

 そう言い残して去っていった。

 ――いや、間違いってなんだよ。

 俺は彼女の背中にそう突っ込んでおいた。


 とりあえず、しばらくはまた暇そうなので休憩コーナーの自販機でジュースを買うことにしたのだが、売られている午後ティーを見て俺はふと思い出した。


 ……オーアはどこに行ったんだろう。






 遊園地の隣、屋上の隅に設置されている緑色の円形テントの中にはゲームセンターがある。

 子供達が楽しそうに談笑しながらテントの中へ入っていく。

 そんな姿を尻目に、1人の女が喧騒から離れていく。

 テントの裏側、ちょうど正面からは隠れる場所には余りもののベンチが数点、ブルーシートをかけられたまま適当に並べられている。

 その様子から見ても、客が入り込むようなスペースではないのだが、彼女は気にした様子も見せずその場で立ち止まった。

 そして


「……全てが終わるまで私の前に現れるなと言ったはずだぞ、ブラック」


 1人だけのはずなのに、彼女は誰かに語りかけるようにそうこぼした。

 すると突然、彼女の前方に男が1人、現れた。

 濡れたような漆黒の髪に、獣のような紅い眼。

 黒一色で覆われた衣服も合わせれば、どこか不吉な印象を抱かせる男だ。

 しかし同時に、背筋が凍るような美顔も併せ持っていた。

「相変わらずつれないな、オーア。お前を案じてわざわざ来てやったというのに」

 男は薄い唇に笑みを乗せ、彼女に歩み寄った。

 顔の造りは繊細だが、その不遜な物言いと鋭い眼光のためか、どこか荒々しささえ感じさせる。

 喩えるならば、爪を隠した黒豹、だろうか。

「……魂の糸にほつれが生じた。力は極力抑えろと忠告したはずだ」

 男が静かに、嗜めるようにそう言った。

「あの程度でほつれが生じるのか。お前の技量も底が知れるな」

 対してオーア・ホーテンハーグはつまらなさげに視線を逸らした。

 自らの技量をそしられたというのに、男はより愉しげに口元を歪ませる。

「言ってくれるな。だが困るのはお前だぞ? 心しておけ」

 どうやら彼の目には彼女の前言が単なる強がりとしか映らなかったらしい。

 それを理解した彼女はより一層不愉快げに顔をしかめ、腕を組んだ。

「そんなことを言いにわざわざ来たのか? とっとと失せろ」

 挙句、しっしと手まで払う始末だ。

 すると突然、男がその手首を掴んで、彼女を自らの身体のほうへと引き寄せた。

「!」

 突然のことにオーアは目を見開く。

 漆黒の男はその目を覗き込むようにして、言う。

「……本題はそっちじゃない。お前、また人間とチャージしただろう」

 さきほどまでとは一転、男の眼は彼女を責めるようなものだった。

 返答に、嘘も誤魔化しも一切許さないといった、そんな眼だ。

「離せ」

 オーアは掴まれた手首を押すようにして拘束から抜け出した。

「何か不都合か? 人間の力を借りなければ私は目的を果たせないんだぞ」

 彼女は怖気ず、真っ直ぐにそう言った。

 それを見た男は静かに息をはいた。

「それにしてもだ、他にもっと適当なのがいるだろう。この辺りの情報を少し集めてみたが、ダーザインが契約している女などはひどく優秀だそうじゃないか」

 彼がそう言うと

「アゲハのことか。彼女は優秀すぎる。私はそれが逆に怖い」

 オーアはそう言って、続けた。

「その点サツキには適性がほとんどない。力に溺れることはまずないだろう。……それにあいつには、道具になれと言ってある」

 それを聞いた男は、より一層顔をしかめた。

「いくら道具になれと言ったところでなりきれる奴などそうはいまい。お前の無防備さにはほとほとイラつくな」

 そうはき捨てて、今度は彼女の顎に手をかける。半ば強引に持ち上げたかと思えば、吐息すら届く距離にまで顔を近づけた。

「お前を侵していいのは俺だけだ。何なら今ここで、思い知るか?」

 紅い眼が鋭く光る。

 拒絶を許さないその圧力は、まさに魔眼だった。

 だが。

「……冗談を抜かすな」

 彼女は色の違う双眸で、その魔眼を睨み返した。

 いや、既に彼女の片目自体が、彼と同じ魔眼いろなのだ。

 けれどその眼には、確かな気高さが息づいていた。

 男はそれを見て、微かに顔をほころばせる。

「腐っても【黄金】、か。……それでこそ味わい甲斐がある」

 彼はそう漏らして、手を離した。

「やるべきことは早く終わらせるがいい。俺にも我慢の限界というものがある」

 漆黒の男はそう言い残して、忽然と姿を消した。






 辺りを見回しても、オーアの姿は見つからなかった。

 あの風貌だから、遠目でもすぐ分かるはずなのだが。

「……」

 別に心配をしたわけではないが、はぐれると厄介なので俺は辺りを散策することにした。


 緑色のテントに覆われたゲームセンターの中をぐるりと回ってみる。

 でもやはりいない。

「どこ行ったんだよあいつ」

 思わずそうこぼしながらテントを出る。

 ふと視線をずらすと、テントの裏にまだ何かスペースがあるようだった。

 半信半疑で覗き込んでみると。


 いたのは1組の男女。

 妙に距離が近い。

 それこそまるでキスの最中のような体勢だ。


 俺は慌てて方向転換し、テントの影に身を潜めた。

 が。

 ――あれ?

 俺はふと、先ほどの光景を頭に浮かべた。

 片方の髪の色が、金髪に見えたのは気のせいだろうか。

 ――いや、ありえない……よな?

 数秒考え込んだが、どうしても気になったので、再度、おそるおそる覗いてみる。

 次に覗いたときには、2人は既に離れていた。

 それでしっかりと確認出来てしまった。

 片方はやっぱりオーアで、もう1人は見知らぬ黒髪の男だった。

 男が何か言っているようだが、ゲームセンターの音に掻き消されてここからではよく聞こえない。

 男は何か言い終えると、忽然と姿を消した。


 あれは人間じゃない。となると、ティンクチャー、なんだろうか。


 考えていると、オーアがこちらに向かって歩き出していた。

 ――まずい。

 なぜかそう思って、俺は慌ててテントの中に逃げ込んだ。


 オーアが遊園地のほうへと向かったのを確認して、俺はこっそりテントから出る。

 ……何か、見てはいけなかったものを見てしまったような、そんな感じだ。


 あれは誰だったんだろう。

 ティンクチャーだとすると、髪の色で大体判断がつくらしいから……黒、だろうか。

 そういえばブラックという名をどこかで聞いたことがあったような。


「……て、俺が考えても仕方ないし」

 思わずひとりで突っ込んで、俺は軽く頭を振った。


 ……けど。

 あの時の彼女は、初めて見るような顔をしていた。


 思い詰めたようにも見えた、真剣な顔。

 けれど芯の強さが伺える、そんな横顔だった。


「…………」

 彼女と一緒にネイチャーと戦うことにしたけれど、俺はいまひとつ彼女のことをよく知らない。

 彼女の目的も、教えてもらえなかった。


 道具、というのはこういうことなのかもしれない。

 何も考えずに、ただ身体を預けろと。


 悪く言えば、利用されている、ということだ。


 俺は知らず自嘲した。

 前にもこんな気持ちを味わったことがある。

 どうやら俺は、利用されるのが得意らしい。


 微かに胸がつっかえる。

 自分で決めたはずなのに、いつも後で後悔する。


 ……そんな自分が、嫌いだ。


予定していたキャラが順調に登場していってひと安心なあべかわです。


ところで現在アルファポリスさんのファンタジー大賞(9月中開催)に厚かましくも本作品で参加させていただいています。応援してやろうという方は毎日(?)目次ページを開いてやってください(←めんどいよ)。


とりあえず今は完結目指してひた走ります。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます!

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