第13話:遊園地に行こう
「……そう。正式な契約は結ばないまま、それでも彼女に力を貸すことにしたの」
五十嵐は腕と脚を組み、昨日同様、夕日を後光みたいに背負ってそう言った。
「瀬川君って、お人よしね。まともな人間なら自分の利益にならないようなそんな面倒ごとには関わらないでしょうに」
それは俺がまともじゃないと暗に言っているんだろうか。
……ていうか五十嵐のやつ、態度的にも日増しに女王様度が上がってる気がするんですけど。
「一応、そういうことになった。オーアの奴、クリムが言うに身体が本調子じゃないんだってさ」
俺は心持頭を低くして説明する。
時は放課後。
離れのプレハブの掃除に当たっていた俺が鞄を取りに教室に戻ると、五十嵐が待ち構えるかのように居座っていた。
どうにもこうにも五十嵐はオーアのことが気になるらしく、俺を問い詰めにかかったのだ。
「それで納得がいったわ。……なるほどね。けど貴方の話を聞く限りではチャージ能力には問題はないようね」
五十嵐は不敵にくすりと笑みを浮かべる。
「瀬川君、悪いことは言わないわ。ネイチャーと戦うのは相当危険なことよ? 今ならまだ戻れるわ」
うわあ、五十嵐がせこい真似使ってきたぞ。
そんなにオーアが欲しいのかこいつ。
「いや、言ったそばからやっぱやめますなんて言えないからさ、勘弁してくれよ」
俺がそう言うと、五十嵐はあからさまに溜め息をついた。
「……それは分からないでもないけど。それにしたって変だわ」
「何が」
「いくらでも身体を貸すっていうそのキップのよさよ。私にはその考えが全く理解できないの」
五十嵐は疑りの眼差しで俺をじっと見た。
こいつ相当擦れてるな、なんて思っていると五十嵐はとんでもないことを言い出した。
「瀬川君、貴方、彼女に気があるんじゃないの?」
「……は!?」
思わず声が大きくなってしまった。
俺は慌てて声を落とす。
「んなわけないだろ。誰があんな変態女……」
俺がもごもごとそう言うと
「あらそう。安心したわ」
五十嵐はそう言った。
「え」
――なんでそこで五十嵐が安心するんだ?
なんて思っていると
「人間とティンクチャーが恋に落ちるのは御法度だって聞いてない? それだけで『世界の秩序を乱す』ことになるっていって、どちらも消されてしまうらしいわ。もしそんなことになったら私の武器が……」
五十嵐は軽く頭を抱えてそう言った。
……こいつに色気のある反応を期待した俺が馬鹿だった。
「ていうか五十嵐、刀持ってたじゃないか。あれは?」
「あれは家に代々伝わっていたものをモデルにして知り合いの職人さんに折れにくいよう改良してもらったものよ」
五十嵐はさらりとそう言った。
――ちょっと。それを振り回すのって銃刀法違反じゃ?
俺がそんな目で見ていたのが分かったのか
「バレなければ問題ないわ」
五十嵐はまたしてもさらりとそう言った。
――なんかちょっと心配になってきた。色々と。
「……俺、そろそろ帰るわ」
ゆるりと席を立つ。
「そう。私はまだしばらくここにいるから、気にせず帰って頂戴」
その言葉に「じゃあ」と軽く頷いて教室の外に向かって歩き始めると
「瀬川君」
五十嵐に呼び止められた。
俺が首だけで振り返ると、五十嵐は真面目な顔で
「ネイチャーと戦うと決めたなら、それなりの覚悟を持っておきなさい。シアンも言っていたけど、ここ最近のネイチャーの動きはどうも活発すぎるらしいから」
そう忠告してきた。
「……おう」
俺は気圧されるようにこくりと頷いて、教室を出た。
そういえば、オーアもそんなことを言っていたような気がする。
ネイチャーの連日の出没を見て『3年前よりひどい状況だ』とかなんとか。
「……まあでも流石に今日までは、なあ……」
なんて、俺は甘く見ていたのだが。
「あー、やれやれだ。今後はこんな無様なことが起こらないようサツキには少し技量を磨いてもらわないといけないな」
物静かな秋の夜。
オーアはそんなことを漏らしながら、内側からカーテン越しにも光が漏れるガラス戸を開けた。
「うるさいな。運動苦手なんだよ」
俺は精一杯の言い訳を垂れながら彼女に続く。
「少しどころの鍛錬じゃ足りないですよ。山にこもるです、山に」
後ろからクリムが続いてきた。
「おかえりー。どこ行ってたの?」
3人でぞろぞろとベランダから俺の部屋に入ると、綾が既に寝巻き姿になって待っていた。
「少し走りに行ってたんだ」
オーアはそう言って繕っていた。
本当は勿論、ネイチャー退治に行っていたのである。
この日、夕食を終えて自室でごろごろと一息ついていたら、突然オーアが俺の首根っこを引っ張って立ち上がらせて
「ネイチャーの気配だ! 前ほどではないが複数のようだ。行くぞサツキ」
「クリムも行くですよ!」
……みたいな感じでベランダからこっそり家を抜け出す羽目になったのだ。
本当に散々だった。
下等ネイチャーだけだったのはまだ救いだったが、相手が空きビルの屋上まで逃げてしまって、それを追うのに非常階段を使わざるを得ず、しかもその後後ろからネイチャーに突き飛ばされて落下して、危うく死にかけた。
……ほんと、五十嵐が助けてくれてなかったら今頃俺死んでたし。
今度ちゃんとお礼を言っておこう。うん。
「えー、いいなー。私もお姉ちゃん達と走りたかったよー」
綾はそう言って駄々をこね始めた。
このままではまずいと悟ったのかクリムが話題を転換した。
「アヤ、そういえば今日は遠足だったですよね? ばたばたしててお話を聞かせてもらってないですよ」
クリムがそう言うと綾はぱっと顔を輝かせた。
「今日の遠足、すっごい楽しかったんだよ!」
綾が力いっぱいそう言う様を見ているとなんだか懐かしい思いが胸にこみ上げてきた。
俺も低学年のときはそりゃあ遠足を楽しみにしてた。
前日なんてわくわくしすぎて眠れないくらいだった。
まあ、年をとるごとに段々そんな気持ちもなくなっていってしまったのだが。
「どこ行ったんだっけ?」
俺が尋ねると
「ももころランド!」
綾はそう言って、そう言えばさっきから持っていた手のひらサイズのマスコットを自慢げに掲げた。
桃色の犬、みたいなマスコットだ。
確か、ももころランドのキャラクターだったように記憶している。
「へー。俺の時は確かその隣のももころ動物園だったんだけどな。今は遊園地に行くようになったのか」
俺が時代の流れをしみじみと感じていると
「ゆうえんち……? それって何をするとこなんですか?」
クリムは不思議そうに首を傾げていた。
「え! クリちゃん遊園地行ったことないの!?」
綾が驚いていた。その驚きようを見てクリムは不安げにオーアを見る。オーアはそんな様子に苦笑を浮かべていた。
「私も知識の上では知っているが実際に行ったことはない。だが要は娯楽施設だろう?」
その問いに俺が頷く。
「楽しいところだよ! 観覧車とかジェットコースターとか、あとメリーゴーランドとか……あと何乗ったんだっけ……あ、コーヒーカップ!」
綾が乗り物の名前を連呼し始めると
「ジェット機? メリー……羊? コーヒーカップにどうやって乗るですか?」
クリムもカオスな言動をし始めた。
「え? 普通に乗れるよ?」
「!? 人間にも身体を小さくする技があるですか!?」
「いや、それは流石にないだろう」
俺はそんな3人のやりとりを尻目にやれやれと机の上にあるノートパソコンを開いた。
ネットで『ももころ』と検索をかけるとすぐに公式ホームページが見つかった。
「これだろ?」
俺が画面を指し示すと、
「あ、そこそこ!」
綾がうんうんと頷いた。
「ほう、インターネットか。噂には聞いていたが、素晴らしい高速通信機器だな」
オーアは別なところで感心したように頷いていた。
クリムも興味津々な様子で画面を覗き込んだ。
「コーヒーカップってのはこんな乗り物だ。あとジェットコースターはこれで……」
サイトの写真を示して軽く説明を入れる。
クリムは目を輝かせるようにしてそれらを見て、聞いていたが
「サツキは行ったことあるですか?」
ふと俺を見て尋ねてきた。
「あるけど。でも最後に行ったのは結構前だな……」
なんて記憶の糸をたぐっていると
「姉さま! クリムも遊園地に行きたいです!」
クリムはいきなりそう言ってオーアを見た。
「え?」
オーアは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしている。
が、クリムはじっとそんなオーアを見つめている。
多分あれはクリムなりの『おねだり』の仕方なんだろう。
「……いや、連れて行ってやりたいのは山々なんだが。確かほら、そういった娯楽施設で遊ぶには貨幣が必要……なんだよな?」
オーアは苦笑いで俺を見た。
『俺は出さないぞ』と顔に書いて俺は何度も頷いた。
雑誌やジュースならまだしも流石に遊園地の入場料は高い。うちの学校はバイト禁止だから俺の収入源といえば月の小遣いだけなのだ。
「……だめですか」
クリムはしょんぼりと肩を落とした。そんな姿はなんだか捨てられた子犬を連想してしまう。
「ちゃんと働き口を見つけて稼いだら連れて行ってやろう、な?」
オーアはクリムの肩を励ますように叩いた。
すると
「あ!」
突然綾が声を発した。
「お兄ちゃん、あれあれ! デパートのやつなら入場料はいらないよ?」
「ああ、移動遊園地か」
なるほど、と俺は思わず手を打った。
近所のデパートの屋上に移動遊園地があるのだ。
確か夏休み限定の予定で設置されたものだが、面積もそこそこ広く遊具も充実していて、しかも手軽に遊べるという点が好評だったらしく期間を冬までに延長しているのだとか。
先月家族でデパートに行った際に綾に付き合わされた記憶がある。
「……まああれなら乗り物代も1回100円程度だし、500円くらいまでなら遊ばせてやっても……」
「ほんとですか!?」
俺が言い切る前にクリムが歓喜の声を上げた。
「じゃあ綾も行くー!」
綾も便乗しだした。
「勿論姉さまも一緒に行くですよ、ね?」
クリムはオーアを仰ぎ見る。
「よしよし、じゃあ明日皆で行くか。勿論スポンサーも一緒にな」
オーアは2人の肩を抱きつつ俺に目配せした。
「……マジか」
俺がげんなり言うと
「マジだ」
オーアは当然のように頷いた。
最近各話タイトルのネタに困ります。そのまんまやん。
そしてやっとプロローグに追いついた模様です。長かった。
ここからバシバシ趣味全開で行きたいと思ってます!
ここまでめげずに読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。