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第12話:いくらでも

 俺はくたくたのへとへとになりながらも、なんとか母さんが帰ってくるまでに家に辿り着くことができた。

 最後の難関の階段を登りきり、ゆっくりと、丁重にオーアをベッドに降ろす。


「はあ」


 俺は思わずその場にへたりこんだ。

「ご苦労でした、サツキ。やればできるですね」

 クリムはえらそうにそう言ったが、目は感謝しているようだったのであえて文句は言わないでおいた。

 すると

「おかえりー、遅かったねー」

 綾が部屋にやって来た。

 俺は即座にオーアに上布団をかぶせた。

 出来れば綾には血を見せたくなかったのだ。

「? お姉ちゃんどうしたの? 寝てるの?」

「あ、ああ。ちょっと疲れたみたいでな。起こすと怒るから、部屋でクリムと遊んでろよ」

 俺はクリムと綾の背中を押してなんとか外へ追い出した。


 オーアは相変わらずぴくりとも動かず眠っている。

 この調子だとしばらくは起きそうにない。


 ……しかしあの怪我、どうするかな。

 このまま放っといて大丈夫なのかな。

 ……んなわけないよな。


 俺はそっと上布団をどかす。

 血が多く出ているのはどうやら左わき腹付近らしい。

「…………」

 傷の具合を見て、救急箱に入ってるものでなんとか出来そうならすればいいし、出来なさそうでもガーゼくらいなら俺だって当てられるだろう。


 とりあえずこの白いコートを脱がさないことには処置も出来ない。

 俺は意を決して、そっと彼女の胸元のジッパーに手をかけた。


 別にやましいことをしているわけではないのに何か後ろめたくなってくるこの状況。

 ジッパーが悪いんだジッパーが。

 ……ボタンでもなんか嫌だけどな。


 コートの前を開けると、黒のインナーが目に入った。

 ちょうど腹部が露出するタイプのものだったので俺は思わずほっと溜め息をついてしまった。

 これ以上俺が脱がすのは流石にまずいだろうし、な。



 傷は見たところ、そこまで深刻なものではなさそうだった。

 これならガーゼだけでなんとかなりそうだ。


 2階の納戸にあった救急箱を持ってきて、適当な大きさにガーゼを切る。

 消毒液を少ししみ込ませて、そっと傷口に当てる。

 もしかしたら、しみて目を覚ましてしまうかもしれないと思ったが、オーアは身じろぎすらしなかった。

 あとはテープで止めて、とりあえず完了、だ。


 ささっとコートを元に戻して、俺は座布団の上に腰を降ろした。

「……はあ」

 なんか疲れた。精神的に。




 午後11時。俺が風呂から上がると、クリムが俺の部屋にいた。

 ベッドの傍らに座って、まだ眠ったままのオーアをじっと見ている。

「……今日はもう起きそうにないな」

 俺がそう言ってもクリムは答えない。

「お前ももう寝たらどうだ?」

 そう勧めると

「……クリムもここで寝るです。すまないですがサツキは床を使ってほしいです」

 クリムは小さくそう呟いた。

「それはかまわないけど……」

 クリムの奴がえらくしょげているとなんとなくこっちまで気持ちが落ち込んでしまう。

「明日の朝には目、覚ますって」

 それは、根拠のない励ましの言葉だった。

 クリムも分かっているだろうが、それでも微かに頷いて、昨日みたいにうさぎのぬいぐるみの姿になった。

「……おやすみなさいです」





 ――身体がだるい。

 だるさが半端ない。

 昨日も相当だるかったが今日ほどではないだろう。

「ー……」

 軽く唸って目を覚ます。

 目覚ましが鳴ったわけでもない。

 というより昨日は目覚ましをかけなかったのだ。

 ――今何時だ?

 軽く頭をもたげて窓を見る。

 外はまだ薄暗い。まだ早朝のようだった。

 普段ならここですぐ二度寝に入るのだが、今日だけはすぐに身体を起こした。

 ベッドのほうに視線を移す。

「……!?」

 オーアの姿がない。

 クリムは相変わらず枕元でぬいぐるみの格好のまま眠っている。

 ――あいつ、どこに……。

 よくよく見ると、閉めていたはずのベランダ側のカーテンが微かに開いている。

 ――外、か?

 クリムを起こさないよう、俺はそっとベランダへ出た。


 見上げると、夜の色に朝の色を少し混ぜたような空が広がっている。

 目が冴えるような肌寒さに少し肩をこわばらせながら、俺は辺りを見回した。

 すると


「――サツキ」


 後方から声がかかった。

「え?」

 驚いて後ろを振り返っても、誰もいない。

「こっちだ。上」

 そう言われてもう少し視線を上げると、屋根の上に腰掛けるオーアの姿があった。

「……何やってんだ、お前」

 急にいなくなるから驚いたじゃないか、なんて、恥ずかしくて言わなかったが。

「見て分からないか? 空を見てたんだ」

 オーアはそう言ってまた空を見上げる。

「この時間の空の色、ちょうど変化していくところだからな。見ていて面白いだろう?」

 彼女はそんなことを言った。

 俺もつられて空を見る。

 色は段々と朝のそれに近づきつつあった。

 ついさっきまでは夜の色が濃かったのに。

「あっという間に、色、変わるな」

 俺がそう呟くと、

「清々しいくらいにな」

 オーアはそう言った。

 その声音から感じたのは、羨望めいた何か、だった。

 どうしてそこでそんな言葉が出てくるんだろうと俺は怪訝に思った。

 が、それを深く考える間もなくオーアは話を逸らした。

「そういえばサツキ、手当てをしてくれたのはお前か?」

「え。……あ、ああ」

 少々口ごもってしまう自分が嫌だ。

 コートを脱がしただけだし別に変なことをしたわけでもない。

 けど前の不慮の事故の件もあったわけで、誤解されてもなんか困るし……などと悶々と考えていたのだが。

「ありがとな」

 オーアはただ、そう言った。

 それはとても素直な響きで、混じりけのない言葉だった。

 ――杞憂、だったか。

「……おう」

 ぶっきらぼうにそう答えつつも頭の中は何かがぐるぐるしている。

 なんか、俺だけ空回りしてるような、そんな感じ。

 オーアにとっちゃ俺なんてそれこそただのガキで。


 いや、『道具』、になったんだったか。


「サツキ?」

 オーアの声で意識が戻る。

「……ごめん、ぼうっとしてた」

 俺がそう返すと、オーアは軽やかに俺の目の前に降りてきた。

 それだけでも驚いたのに、あろうことか彼女は俺の額に手を当てた。

「!?」

 冷たくて、どこか心地よい手のひらから逃げるようにして、俺はざっと後ずさる。

「なんだ。熱はなさそうだな」

 オーアはけろりとそう言った。

「な、いきなり何なんだよ! ぼうっとすることくらいよくあることだろ!」

 俺が意味もなく声を荒げると

「いや、お前、昨日2人のティンクチャーとチャージしただろう? あまり身体に負荷をかけると調子が狂うこともあるだろうと思ってな」

 オーアは真面目にそう言った。

「別に狂ってねえよ! そっちこそもう大丈夫なのかよ! ずっと眠りこけてたくせに!」

 俺が吼えると

「さっきからなにを怒ってるんだ?」

 オーアは怪訝に首を傾げつつ

「私はもう平気だ。頑丈さだけが取り柄だからな」

 そう答えた。


 確かに、さっきもひょいっと屋根から降りてきたし、怪我のほうは大丈夫のようだ。

 でもクリムが言っていたことが少し気にかかるといえば気にかかる。

 けど、本人には聞きづらいというか……。


 そんなことを考えていると、

「サツキ、お前昨日言っただろう」

 オーアがそう切り出した。

「ん?」

「『俺の身体くらいいくらでも貸してやる』って」

 ……言ったけど。

 なんか改めて聞くとへんな台詞だな。

「……正直な、それを聞いたとき嬉しくもあったんだが、怖くもあった」

 オーアは独白するようにそう言った。

「……なんで?」

 単純に尋ねる。

「今の私はあまりに無力だから、人間の力を借りなければ目的を果たせないことは分かっていた。けれどな、お前みたいにごく普通の、平凡な人間を巻き込んでしまっていいのかという気持ちも大きかったんだ」

 その気持ちは、前からなんとなく分かってたけど。

「別にいいよ。お前らが居候してる時点でもう巻き込まれてるしな」

 俺がそう言うと、オーアは微かに笑った。

 彼女は俺に向き直り、告げた。

「……ダーザインとアゲハのように正式な契約を結べば、血を採らなくても瞬時にチャージできる利点がある。けれどその代わりティンクチャーの目的を果たすまで人間はティンクチャーに拘束される」

「ティンクチャーの目的って?」

「大枠は『世界の秩序を守ること』だが、各々によって背負う目的の詳細は違う」

 オーアはそう言った。

「お前の目的は?」

 俺は尋ねたが、オーアは視線を逸らすように軽く俯いた。

「……お前は知らなくていい。私の目的はひとりよがりなものだから、そんなものでお前を拘束するつもりはない。……だから」

 正式な契約は結ばない、とオーアは言った。


 恐らくそれは、彼女が引いた最後の一線なんだろう。


「けれどその目的を達するまで、お前の力を借りたい。……頼めるか?」

 紅玉と紫水晶の双眸で、彼女は俺の目をじっと覗き込んだ。

 不安げに、懇願するその眼。

 普段は飄々と、堂々としてるくせに、今の様子はまるで子供か小動物みたいで。

「言っただろ、いくらでも貸すって。お前の好きなように使えよ」

 そんな心配そうに頼まなくたって、俺の返事は決まっていた。

 どうせ学校に行っている時間以外は暇をもてあましている身の上だ。

 俺の身体1つでこいつが前に進めるなら、文句を言わずに貸してやる。

「……すまないな」

 オーアはそう言って、俺の頭を軽く撫でた。

「が、ガキ扱いすんなっての!」

 俺が反発すると

「何をえらそうに。女のコートを脱がすくらいで赤くなるようじゃまだまだガキだぞ?」

 オーアは意地悪げに笑った。

「!? 俺がいつ赤くなったっていうんだ!」

「お前の反応を見ていたら容易に想像がついただけだ」

「な!」

「ほら、今も赤くなってるぞ」

「う、うるせえ! お前もう中に入れよ馬鹿!」


 ……朝からなんなんだよ、もう。


繋ぎっぽい話で恐縮です。

もっといっぱいぐわっと出せたらいいんですけど執筆が追いつかなくて(汗)。

ここまで読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。

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