廃旅館配信
今はもう止めてしまったのだけど。
友人がユーチューバーをしていたときの体験談です。
心霊系のYouTubeをしていて、夜中に廃墟に行っては、ライブ配信をするといった内容のものでした。
そういうタイプの配信者は数多くいるため、仕事をしながら半分趣味のように配信する程度では、なかなか登録者数が増えないというのが、当時の彼女の悩みでした。
実際、配信を開始してもコメントを残してくれるのは友人の私を含めて数人程度。
それがまぁ、身内のノリみたいなものもあり、友人も続けることができていたんだと思います。
平日に仕事をしている友人は、決まって日曜の夜に配信を開始していました。
近場のスポットには行き尽くしてしまったために、早くから現地入りして準備するためには、休日でなければ出来ないのだと苦労を語ってくれていたのを思い出します。
その日も、20時くらいから配信が始まりました。
「今日は30年くらい前に潰れた廃旅館に来てみました」
という言葉と共に配信が始まります。
「概要欄にも載せていますが、この廃墟は潰れたあとに、事件現場になった廃墟なんです。○○事件って言うんですけど……」
彼女が廃旅館の入り口を背にして語った内容はこういうものでした。
どうやらその場所で、高校生が手首を切って自殺したらしいのです。
いじめられていた少年は、学校に行けなくなってしまったのですが。
親が厳しかったために、学校に行くふりをして、日がな誰も来ないその廃墟で過ごしていたのだとか。
そしてある日思い立ったように手首を切った。
というような考察でした。
もし、その通りの内容であれば、かなり強い怨念が残る場所でしょう。
再生数を稼ぎたい彼女としても、少し離れたその現場までわざわざ来るだけの価値はありそうでした。
オープニングのトークが終わる頃には、いつものメンバーは大体集まってきていました。
ほとんど固定組になっているのが自分とあと3人ほど。
同時接続数は30人程だったと思いますが、コメントを残すのは他にほんの数人程度。
ほぼ普段通りの状況です。
「それでは早速入ってみましょう」
その軽快な掛け声と共に、彼女はカメラを片手に廃旅館に入っていきました。
ここで少し配信者の友人の話をしておきます。
友人と言っても会ったことはなく、他のゲームで意気投合して連絡先を交換しました。
「今度YouTubeで心霊のアカウントを開設しようと思っている」
という相談にも初期の頃から応援をしていましたが、彼女の素顔を見たのもYouTubeのライブ配信が始めてという感じです。
彼女の持ち味は、まったくビビらないこと。
いうなれば、サクサク心霊スポット巡り。
コメントも良く拾ってくれるし、友人としてだけではなく、アカウントとしても十分応援できる内容でした。
そんな彼女は、今日もさくさくと探索を進めて行きます。
正面玄関で館内案内図を写メし、一階から順番に動画に残して行きます。
大浴場、大廊下などを巡り、宴会場へ。
「ここが高校生が手首を切っていた部屋らしいです」
元々は襖か障子があったであろう入り口は朽ち果てて、横に大きく開く空間が見えていました。
今回の探索の一番盛り上がるシーンだからでしょうか、同時接続数も若干増え、新規の方の書き込みもちらほらと見受けられるようになりました。
古参組を中心に『怖い』とか『雰囲気ある』というコメントが流れます。
『早く中にはいれよ』のような新規コメントにも友人は丁寧に対応していました。
「待てない人もいるみたいだし、なかに入ってみましょう」
のんきにそう言うと、ずんずんと中央くらいまで進んで行きます。
やはり事件の話もあって、なにも起こっていないのに、見ているこちらのほうが寒気を感じ鳥肌が立つようでした。
「どこで事件が起こったかはわからないですね」
事件が何年前のものかは分かりませんし、実際にあったかどうかも定かではないので、明らかにここだという場所があるわけではないとは思いますが。
「なんだかこの辺だけ畳が黒ずんでいる気がしませんか?」
という声と共に写された動画に、更なる恐怖が蔓延します。
「りささん『血の跡?』そうですね、血の跡かもしれませんね。
酒好きさん『こんな部屋の真ん中でやるかな
』うーん、もしかしたらいじめっ子を呪う儀式みたいなものをしていたのかもしれませんよ?」
古参組の名前を読み上げながら、コメントに丁寧に言葉を返してゆく配信者。
自分もそれにコメントをしながら考察を繰り返して行く。
「田中さん『次は二階へ行け』そうですね、まだ全部見た訳じゃないですからね」
そう言うとそこでの考察合戦を切り上げて、友人は部屋を出て二階へと上がっていきました。
二階のほとんどは客室になっており、階段を上がると長い廊下がずっと向こうまで繋がっています。
左手から差し込む月の光が、廊下を挟んだ向かい側のドアを青く照らしていました。
「ゆうじさん『部屋って鍵空いてるん?』どうでしょう、確かめてみますか」
友人は手近な部屋のドアに向かうと、ドアノブに手を掛ける。
「あー、開かないみたいですね」
ドアは鉄製で、しっかりと施錠されているため、簡単にこじ開けることはできなさそうだと語る。
実際この30年間で先客もあったのだろう。
質の悪い先輩がこじ開けようとした跡も見つけることが出来た。
「りささん『もう他には設備無いの?』本来は別館に客室が多くあったらしいですが、廃旅館になる前に取り壊されたらしいです」
どうやら不況のおりに、縮小したそう。
情報を伝えながら、廊下の端まで写して歩く。
「酒好きさん『もう終わりか』そうですね、地図に載っているところは全部行きましたか」
という言葉通り、エントランスにあった館内案内図の場所は制覇したようでした。
「田中さん『206号室が開いてる』えっ、開いてた? 気付かなかったけど」
『お疲れ』などというコメントでチャット欄が流れる中で、そういうコメントを拾った友人は、今きた廊下を後戻りして、206号室の前へと到着した。
「開いて、ないよね?」
他のドアと一緒で、その部屋も扉は閉まっている。
普段はサクサクと進める友人が、ゴクリと生唾を飲んでドアノブに手を掛けると。
錆びた蝶番を軋ませながら、扉が開く。
「えっ、田中さん、なんで分かったの?」
そこで俺は違和感を感じた。
何故この部屋に鍵がかかっていないのを知っていたかではない。
コメント欄もそれに気付いたのだろう。
一気に同じ言葉が書き込まれた。
『田中って誰?』
先ほどから友人が読み上げているチャット欄のコメントには、田中なんてリスナーのコメントは一度も流れて来ていなかった。
友人曰く。
「私にはちゃんとコメントが見えていた」
というのだが、それを証明するものは一つもなかった。
ただ考察厨である自分が考えるに。
その206という部屋はちょうどあの黒いシミの真上の部屋だったということ。
あんな場所で自殺したのなら、発見までに何日掛かったのだろうか?
体は腐敗し、液体が漏れ出る。
大広間の黒いシミは、上の階で亡くなった高校生の液体だったのかもしれない。
そしてそこに誘うようなその言葉。
あの扉を開けて良かったのだろうか。
閉じ込められていた怨念がそこから解き放たれたのではないかという不安が今でも頭をよぎることがあります。




