六畳の勝利
俺の名前はリク。十九歳。
六畳の部屋に住んでる。
相棒は、古びたPCのファンの音。
朝は、嫌いなコンビニで働いてる。
夜になると、俺は別人になる——ハードコアゲーマーだ。
職業っていうより、依存症に近い。
PCは俺の人生よりフリーズする。
でも今日は違う。
今日は予選がある。
勝てば決勝進出、費用は全部支給。
文字通り“全部”。
俺の尊厳も含めて。
*
早起きは嫌いだ。
夜更かしゲーマーにとっては、敵そのもの。
昨夜も例外じゃなかった。
今夜のために練習してた。
でもその前に、最大の敵と戦わなきゃいけない。
コンビニの客 vs 俺の存在疲労。
勝敗は想像に任せる。
ネタバレすると、少年漫画の主人公みたいな勝ち方じゃない。
棚を補充して、レジに立って、弁当を温める。
時々、顔面にコンボを食らう。
「トイレで殴られたの?」って言われるくらい、目が腫れてるらしい。
シフトの終わりが近づく頃には、腕はカウンターに投げ出されてる。
次の敵は“昼の眠気”。
クリティカルヒットを食らって、腕が滑り、目が重くなり、口がカウンターの角にヒット。
そして、ボス登場——上司だ。
「もっと真面目にやれ」って文句を言いながら、俺の壮絶な戦いを見て笑ってる。
*
この戦いは、家に帰るまで終わらない。
今の俺は、HPバーが50%。
デバフを食らい続けてる。
エネルギーは常にスプリント状態。
ゼロでも、ボタンは離さない。
*
家に帰る頃には、エネルギーは赤点滅。
六畳の部屋までの一歩一歩が、
見えない敵だらけのマップを歩いてるみたいだ。
疲労、空腹、フラストレーション。
バッグを隅に投げて、
古いPCを見つめる。
電源を入れると、こう言ってる気がする。
「もう引退させてくれ。」
日曜の早朝勤務より文句が多い。
起動に十分かかる。
その間に人生を見直せるレベル。
ようやく画面が反応。
でもまず、勝手に起動する謎のプロセスを終了しなきゃいけない。
何のためにあるか分からないけど、ネットでは「閉じてOK」って書いてある。
必要ないなら、なんで毎回起動するんだ?
ただの意地か?
それとも、俺みたいに——
“あるものでなんとか動こうとしてる”だけなのかもしれない。
もしゲーム起動時にブルースクリーンにならなければ、
俺は予選に参加できるかもしれない。
1…2…3…走れ!走れ!走れ!
…あれ?燃えてない?
それだけでもう勝利ってことでいいだろ。
この部屋をどれだけ熱くしてるか考えると、
火災報知器が鳴ってないのが不思議なくらいだ。
椅子に戻る。背もたれは壊れてる。
ベッドの下には、かつて椅子の一部だった腕が眠ってる。
今ではただのゴミ。捨てるのを忘れたまま。
キーボードを吹くと、
ASMR動画よりも多くのスナックのカスが飛び出す。
マウスは…よく動く。
よく動きすぎて、勝手にダブルクリックする。
マクロ機能なんてないのに。
ヘッドセットのマイクは絶縁テープで補修済み。
通話中は、アナログテレビの砂嵐みたいな音がする。
文句は多いけど、全部まだ動いてる。
——今のところは。
*
文句を言ってる間に、ゲームがようやく起動した。
今、日本で一番人気のFPSオンラインゲーム。
『Bullet Stroke 5』。
俺のPCはこのゲームを60fpsで動かせる。
——ログイン画面だけは。
視覚効果を全部オフにしたせいで、
キャラは背景の一部みたいになってる。
ぼやけて、歪んで、ほぼ幽霊。
武器のスキンだけが識別手段。
ログイン画面がようやく表示される。
ゲームは、ヘッドセットのノイズとマウスの遅延で俺を歓迎してくれる。
まるで忍耐力テスト。
予選ロビーに入る。
100人。
1つのマップ。
1回のチャンス。
勝者は決勝へ。費用は全額支給。
俺?
俺は、煙を吐きそうなPCと、
寺の廃墟みたいな音を立てるキーボードでここにいる。
でも、ここにいる。 それだけでも、意味がある。
*
試合開始。
最初の数分は隠れてる。
戦略じゃない。
誰かが撃つたびにFPSが落ちるからだ。
一歩一歩が計算。
一つの動きが祈り。
このゲームは、ただのゲームじゃない。
俺の人生がピクセルになったもの。
初キルを取った瞬間、叫びそうになる。
でもマイクがノイズを出して、
まるで圧力鍋の中から配信してるみたいな音になる。
試合は絞られていく。
残り10人。
心臓は、夏を耐えるPCのクーラーみたいに鳴ってる。
汗が止まらない。
部屋はサウナ。
椅子は、急な動きで崩壊しそう。
残り3人。
1人は、俺の月給より高いスキンを持ってる。
もう1人は、ロボットみたいなエイム。
俺は…“意志”だけ。
そして、1回クリックすると2回反応するマウス。
壁の裏に隠れる。
足音が聞こえる。
深呼吸。
1発目——外す。
2発目——当たる。
3発目——ヘッドショット。
沈黙。
画面が止まる。
一瞬、PCがフリーズしたかと思った。
でも違う。
画面に表示される。
「予選突破、おめでとうございます。」
*
俺は喜ばない。
ただ、画面を見つめる。
汚れたモニターに、俺の顔が映る。
そして、久しぶりに笑った。
勝ったからじゃない。
数分間だけでも、
“勝てた誰か”になれたから。
試合が終わって数分。
俺はまだ動かない。
ゲームが勝手に終了する。
疲れたのか、慈悲なのか。
デスクトップに戻る。
そこにあるのは、メール通知。
件名:「リクさんへ——決勝進出おめでとうございます」
開く。
短く、簡潔な文。
「航空券は手配済み。
チームは7時に空港で待機。
ホテル予約済み。
大会は2日後の夜に開始。」
何度も読む。
脳がまだスパムだと思ってる。
*
立ち上がって、風呂へ。
シャワーはPCより早く温まる。
水が落ちる。
数日ぶりに、ラグを気にせず呼吸できた。
風呂から出て、寝転がって、天井を見る。
明後日、俺は“グランドリーグ”へ行く。
俺は、“誰か”になる。
*
目覚ましが5時に鳴る。
無視する。
もう一度鳴る。
さらに強く無視する。
3回目で思い出す。
飛行機に乗り遅れちゃダメだ。
HP1で復活したみたいに起きる。
服をバッグに放り込む。
半分忘れて、残りは道中で思い出す。
駅まで走って、電車に乗って、
空港に着いた頃には、
“寝てない顔”になってた。
——だって、本当に寝てないから。
スタッフが俺を見つけた。
みんな親切で、話すのが早い。
そして、俺のニックネーム入りのバッジを渡してくる。
「あなたはプレイヤー番号12です。」
番号12。
ランダムに見えるけど、なんだか運命っぽい。
*
三時間後、到着。
ホテルは、六畳の部屋に住んでる俺には広すぎる。
部屋には“本物のベッド”、静かなエアコン、
そして街を“オープンマップ”みたいに見せてくれる窓。
机の上には封筒。
中には大会のスケジュール。
形式:16対16。
ランク制のトーナメント。
一戦ごとに勝負。
一戦ごとに脱落の可能性。
勝者は一人。
すべてを手にするのも、一人。
紙を見つめる。
明日、始まる。
明日、ゲームは現実になる。
*
朝が来る。
目覚めた瞬間、上司からの電話。
いつも通り、異世界のヒーラー並みに“我慢強い”。
「リク!どこにいるんだ、このクソ野郎!
買い物は勝手に袋に入らねぇぞ!」
ああ、俺の上司…なんて優しいんだ。
今日は、ずっと言いたかったことを言うのに完璧な日。
「聞けよ、このスーツ吸血鬼。
もっと血が欲しいなら、別の奴隷を探せ。
俺はもう終わりだ。辞める。」
なんて甘い朝。
早起きでこんなに気分がいいのは初めてだ。
ギルドのカウンターより文句が多い街でも、今日は勝ち。
電話を切る。笑顔で。
今日、俺の一日は“俺が決める”。
*
会場に着くと、まるで満員の野球スタジアム。
もし全員がモンスターだったら、
“無限ウェーブ”って信じるレベル。
数えるのも無理。
みんな興奮してる。
まるで世界大会の決勝を観る直前みたいな空気。
そして俺は?
ただのゲーマー。
でも、今は“決勝の舞台”にいる。
賭けてるものは多い。
仕事、家賃、スローライフな日常…
そして、負けたら消える俺の尊厳。
モチベーションは十分。
*
座席の準備とPCの起動が始まる。
起動の速さは電気自動車並み。
ボタン一つで、即スタート。
すぐにリアルタイムで紹介が始まる。
巨大スクリーンに映るプレイヤー、スポンサー、実況者。
そして、試合の抽選。
知らない名前ばかり。
たぶん、向こうも俺を知らない。
“煉獄のニート神”なんて誰が覚えてるんだよ。
スクリーンにペアが表示される。
俺の試合は第5戦。
ウォームアップ?
そんなのいらない。
コンビニの奴隷だった俺に、準備なんて不要。
俺はハードコアゲーマーだ。
*
何が起こる?
気づいたら、4つのキーを同時に操作してる。
残ったのは小指だけ。
伸ばしすぎて、キーボードから外れて机にぶつかる。
指を捻ったかも?
…いや、そんなの関係ない。
手首がダメなら、靴を脱いで足でプレイする。
誰にも、この決勝から俺を引きずり出させない。
*
最初の試合が始まる。
俺はプレイヤー席から観戦。
自分の番を待つ。
一戦ごとに、エフェクトが爆発。
抑えた叫び声と、クリックの嵐。
モンスターみたいなプレイヤーもいる。
モンスター“っぽい”だけの奴もいる。
一戦ごとに誰かが落ちる。
誰かが落ちるたびに、空気が重くなる。
俺の番が来た。第5試合。
席に座って、ヘッドセットを調整。
深呼吸。
ここのPCは、家のトラクターPCと比べたら宇宙船。
マウスは、俺が考える前に反応する。
FPSは落ちない。
遅延ゼロ。
初めて、魂だけじゃなく“全身”でプレイしてる気がした。
*
相手は強い。
正確なエイム、攻撃的な動き。
でも俺は、待つ。
隠れる。
そして、油断した瞬間に攻撃。
勝利。
叫ばない。
立ち上がって、礼を言って、ベンチに戻る。
一人減った。
残り三人。
深呼吸。
まだ終わってない。
俺はまだ“番号12”。
*
第2ラウンド。
相手はテクニカル。
グレネード、フェイント、ミスを誘う。
俺はミスる。
でも、相手も。
試合は“神経戦”に変わる。
最後は、ピクセル単位の勝利。
本当に、画面が止まる瞬間に決まった。
実況が言う。
「リク、進出。まるで外科手術のような一撃。」
外科手術?
違う。
ただの“絶望の一撃”だった。
*
第3ラウンド。
相手は静か。
喋らない。
反応しない。
ただ、プレイする。
まるでスナイパーの幽霊。
俺は、ほぼ負けかけた。
でも思い出す。
六畳の部屋。
コンビニのカウンター。
朝の客のコンボ攻撃。
マウスが勝手にクリックする日々。
皮肉しか言わない上司。
それでも、俺は生きてきた。
試合をひっくり返す。
ギリギリの勝利。
次は、準決勝。
*
ステージが変わる。
ライトが強くなる。
観客の声が大きくなる。
相手は有名ストリーマー。
ファンもいる。
スポンサーもいる。
プライドもある。
俺は、“意志”だけ。
そして、負け続けた経験。
それが、俺に“負けても立ち上がる”ことを教えてくれた。
でも今日は、立ち上がる日じゃない。
勝つ日だ。
そして、勝つ。
ヘッドショット。
スクリーンが光る。
観客が沸く。
俺は、ただ笑う。
*
決勝前。
ステージは騒がしい。
でも、俺の中は静か。
今だ。
*
名前を呼ばれる。
ステージへ。
もう一人のファイナリストは、すでに立っている。
背が高く、姿勢が良く、目が落ち着いてる。
俺を見て、笑う。
「煉獄のニート神…信じられない。君か。」
俺は眉をひそめる。
「俺たち、戦ったことある?」
彼は笑う。
「もちろん。三年前。オンラインの地方大会。
君に負けた。
それ以来、ずっと君を追ってた。
ずっと、ライバルだと思ってた。」
俺は黙る。
三年前…覚えてない。
でも、彼は覚えてた。
そして今、俺たちはここにいる。
決勝戦。
すべてがかかってる。
*
試合開始。
ステージはまるでライブ。
ライト、スクリーン、実況の叫び。
俺は、エアコンが試合終了まで持つかだけが気になる。
相手は強い。
速いエイム、滑らかな動き。
まるでゲームの中で生まれたみたい。
俺は、小指が引退を申し出てて、 手首がストライキ寸前。
撃ち合いが始まる。
俺は外す。
相手は当てる。
HPが急落。
赤。
あと一息で終わる。
*
壁の裏に隠れる。
深呼吸。
思い出す。
古いPC。
コンビニのカウンター。
笑う上司。
勝手にクリックするマウス。
スナックみたいな音のキーボード。
そして今、 ライトが眩しくて、期待は少ないステージでプレイしてる。
相手が近づく。
俺は跳ぶ。
一発。
二発。
三発。
ヘッドショット。
*
沈黙。
画面が止まる。
スクリーンが光る。
観客が爆発する。
実況が叫ぶ。
「リク、勝利!歴史的な瞬間!」
俺は動かない。
誇りじゃない。
ただ、現実かどうかを確認してる。
ヘッドセットを外す。
相手を見る。
彼は笑う。
「君が勝つと思ってた。」
俺は肩をすくめる。
「俺は思ってなかった。
でも、マウスが決めた。」
*
トロフィーを渡される。
「君はプロだ」
「人生が変わる」
「これは始まりにすぎない」
俺が考えてるのは一つだけ。
——明日は、ゆっくり寝られる。
そして、
もしかしたら、
“勝手にクリックしないマウス”を買えるかもしれない。