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六畳の勝利

作者: 神谷嶺心

俺の名前はリク。十九歳。

六畳の部屋に住んでる。

相棒は、古びたPCのファンの音。


朝は、嫌いなコンビニで働いてる。

夜になると、俺は別人になる——ハードコアゲーマーだ。

職業っていうより、依存症に近い。

PCは俺の人生よりフリーズする。


でも今日は違う。

今日は予選がある。

勝てば決勝進出、費用は全部支給。

文字通り“全部”。

俺の尊厳も含めて。



早起きは嫌いだ。

夜更かしゲーマーにとっては、敵そのもの。

昨夜も例外じゃなかった。

今夜のために練習してた。


でもその前に、最大の敵と戦わなきゃいけない。

コンビニの客 vs 俺の存在疲労。


勝敗は想像に任せる。

ネタバレすると、少年漫画の主人公みたいな勝ち方じゃない。


棚を補充して、レジに立って、弁当を温める。

時々、顔面にコンボを食らう。

「トイレで殴られたの?」って言われるくらい、目が腫れてるらしい。


シフトの終わりが近づく頃には、腕はカウンターに投げ出されてる。

次の敵は“昼の眠気”。


クリティカルヒットを食らって、腕が滑り、目が重くなり、口がカウンターの角にヒット。

そして、ボス登場——上司だ。


「もっと真面目にやれ」って文句を言いながら、俺の壮絶な戦いを見て笑ってる。



この戦いは、家に帰るまで終わらない。

今の俺は、HPバーが50%。

デバフを食らい続けてる。


エネルギーは常にスプリント状態。

ゼロでも、ボタンは離さない。



家に帰る頃には、エネルギーは赤点滅。

六畳の部屋までの一歩一歩が、

見えない敵だらけのマップを歩いてるみたいだ。


疲労、空腹、フラストレーション。


バッグを隅に投げて、

古いPCを見つめる。


電源を入れると、こう言ってる気がする。

「もう引退させてくれ。」


日曜の早朝勤務より文句が多い。

起動に十分かかる。

その間に人生を見直せるレベル。


ようやく画面が反応。

でもまず、勝手に起動する謎のプロセスを終了しなきゃいけない。


何のためにあるか分からないけど、ネットでは「閉じてOK」って書いてある。

必要ないなら、なんで毎回起動するんだ?


ただの意地か?

それとも、俺みたいに——

“あるものでなんとか動こうとしてる”だけなのかもしれない。


もしゲーム起動時にブルースクリーンにならなければ、

俺は予選に参加できるかもしれない。


1…2…3…走れ!走れ!走れ!

…あれ?燃えてない?

それだけでもう勝利ってことでいいだろ。


この部屋をどれだけ熱くしてるか考えると、

火災報知器が鳴ってないのが不思議なくらいだ。


椅子に戻る。背もたれは壊れてる。

ベッドの下には、かつて椅子の一部だった腕が眠ってる。

今ではただのゴミ。捨てるのを忘れたまま。


キーボードを吹くと、

ASMR動画よりも多くのスナックのカスが飛び出す。

マウスは…よく動く。

よく動きすぎて、勝手にダブルクリックする。

マクロ機能なんてないのに。


ヘッドセットのマイクは絶縁テープで補修済み。

通話中は、アナログテレビの砂嵐みたいな音がする。


文句は多いけど、全部まだ動いてる。

——今のところは。



文句を言ってる間に、ゲームがようやく起動した。

今、日本で一番人気のFPSオンラインゲーム。

『Bullet Stroke 5』。


俺のPCはこのゲームを60fpsで動かせる。

——ログイン画面だけは。


視覚効果を全部オフにしたせいで、

キャラは背景の一部みたいになってる。

ぼやけて、歪んで、ほぼ幽霊。

武器のスキンだけが識別手段。


ログイン画面がようやく表示される。

ゲームは、ヘッドセットのノイズとマウスの遅延で俺を歓迎してくれる。

まるで忍耐力テスト。


予選ロビーに入る。

100人。

1つのマップ。

1回のチャンス。


勝者は決勝へ。費用は全額支給。

俺?

俺は、煙を吐きそうなPCと、

寺の廃墟みたいな音を立てるキーボードでここにいる。


でも、ここにいる。 それだけでも、意味がある。



試合開始。

最初の数分は隠れてる。

戦略じゃない。

誰かが撃つたびにFPSが落ちるからだ。


一歩一歩が計算。

一つの動きが祈り。

このゲームは、ただのゲームじゃない。

俺の人生がピクセルになったもの。


初キルを取った瞬間、叫びそうになる。

でもマイクがノイズを出して、

まるで圧力鍋の中から配信してるみたいな音になる。


試合は絞られていく。

残り10人。


心臓は、夏を耐えるPCのクーラーみたいに鳴ってる。

汗が止まらない。

部屋はサウナ。

椅子は、急な動きで崩壊しそう。


残り3人。

1人は、俺の月給より高いスキンを持ってる。

もう1人は、ロボットみたいなエイム。

俺は…“意志”だけ。

そして、1回クリックすると2回反応するマウス。


壁の裏に隠れる。

足音が聞こえる。

深呼吸。


1発目——外す。

2発目——当たる。

3発目——ヘッドショット。


沈黙。

画面が止まる。

一瞬、PCがフリーズしたかと思った。


でも違う。

画面に表示される。


「予選突破、おめでとうございます。」



俺は喜ばない。

ただ、画面を見つめる。


汚れたモニターに、俺の顔が映る。

そして、久しぶりに笑った。


勝ったからじゃない。

数分間だけでも、

“勝てた誰か”になれたから。


試合が終わって数分。

俺はまだ動かない。


ゲームが勝手に終了する。

疲れたのか、慈悲なのか。


デスクトップに戻る。

そこにあるのは、メール通知。


件名:「リクさんへ——決勝進出おめでとうございます」


開く。

短く、簡潔な文。


「航空券は手配済み。

チームは7時に空港で待機。

ホテル予約済み。

大会は2日後の夜に開始。」


何度も読む。

脳がまだスパムだと思ってる。



立ち上がって、風呂へ。

シャワーはPCより早く温まる。


水が落ちる。

数日ぶりに、ラグを気にせず呼吸できた。


風呂から出て、寝転がって、天井を見る。

明後日、俺は“グランドリーグ”へ行く。

俺は、“誰か”になる。



目覚ましが5時に鳴る。

無視する。

もう一度鳴る。

さらに強く無視する。


3回目で思い出す。

飛行機に乗り遅れちゃダメだ。


HP1で復活したみたいに起きる。

服をバッグに放り込む。

半分忘れて、残りは道中で思い出す。


駅まで走って、電車に乗って、

空港に着いた頃には、

“寝てない顔”になってた。


——だって、本当に寝てないから。


スタッフが俺を見つけた。

みんな親切で、話すのが早い。

そして、俺のニックネーム入りのバッジを渡してくる。


「あなたはプレイヤー番号12です。」


番号12。

ランダムに見えるけど、なんだか運命っぽい。



三時間後、到着。

ホテルは、六畳の部屋に住んでる俺には広すぎる。

部屋には“本物のベッド”、静かなエアコン、

そして街を“オープンマップ”みたいに見せてくれる窓。


机の上には封筒。

中には大会のスケジュール。


形式:16対16。

ランク制のトーナメント。

一戦ごとに勝負。

一戦ごとに脱落の可能性。

勝者は一人。

すべてを手にするのも、一人。


紙を見つめる。

明日、始まる。

明日、ゲームは現実になる。



朝が来る。

目覚めた瞬間、上司からの電話。


いつも通り、異世界のヒーラー並みに“我慢強い”。


「リク!どこにいるんだ、このクソ野郎!

買い物は勝手に袋に入らねぇぞ!」


ああ、俺の上司…なんて優しいんだ。

今日は、ずっと言いたかったことを言うのに完璧な日。


「聞けよ、このスーツ吸血鬼。

もっと血が欲しいなら、別の奴隷を探せ。

俺はもう終わりだ。辞める。」


なんて甘い朝。

早起きでこんなに気分がいいのは初めてだ。

ギルドのカウンターより文句が多い街でも、今日は勝ち。


電話を切る。笑顔で。

今日、俺の一日は“俺が決める”。



会場に着くと、まるで満員の野球スタジアム。

もし全員がモンスターだったら、

“無限ウェーブ”って信じるレベル。

数えるのも無理。


みんな興奮してる。

まるで世界大会の決勝を観る直前みたいな空気。


そして俺は?

ただのゲーマー。

でも、今は“決勝の舞台”にいる。


賭けてるものは多い。

仕事、家賃、スローライフな日常…

そして、負けたら消える俺の尊厳。


モチベーションは十分。



座席の準備とPCの起動が始まる。

起動の速さは電気自動車並み。

ボタン一つで、即スタート。


すぐにリアルタイムで紹介が始まる。

巨大スクリーンに映るプレイヤー、スポンサー、実況者。


そして、試合の抽選。


知らない名前ばかり。

たぶん、向こうも俺を知らない。


“煉獄のニート神”なんて誰が覚えてるんだよ。


スクリーンにペアが表示される。

俺の試合は第5戦。


ウォームアップ?

そんなのいらない。

コンビニの奴隷だった俺に、準備なんて不要。

俺はハードコアゲーマーだ。



何が起こる?

気づいたら、4つのキーを同時に操作してる。

残ったのは小指だけ。


伸ばしすぎて、キーボードから外れて机にぶつかる。

指を捻ったかも?

…いや、そんなの関係ない。


手首がダメなら、靴を脱いで足でプレイする。

誰にも、この決勝から俺を引きずり出させない。



最初の試合が始まる。

俺はプレイヤー席から観戦。

自分の番を待つ。


一戦ごとに、エフェクトが爆発。

抑えた叫び声と、クリックの嵐。


モンスターみたいなプレイヤーもいる。

モンスター“っぽい”だけの奴もいる。


一戦ごとに誰かが落ちる。

誰かが落ちるたびに、空気が重くなる。


俺の番が来た。第5試合。

席に座って、ヘッドセットを調整。

深呼吸。


ここのPCは、家のトラクターPCと比べたら宇宙船。

マウスは、俺が考える前に反応する。

FPSは落ちない。

遅延ゼロ。


初めて、魂だけじゃなく“全身”でプレイしてる気がした。



相手は強い。

正確なエイム、攻撃的な動き。


でも俺は、待つ。

隠れる。

そして、油断した瞬間に攻撃。


勝利。

叫ばない。

立ち上がって、礼を言って、ベンチに戻る。


一人減った。

残り三人。


深呼吸。

まだ終わってない。

俺はまだ“番号12”。



第2ラウンド。

相手はテクニカル。

グレネード、フェイント、ミスを誘う。


俺はミスる。

でも、相手も。


試合は“神経戦”に変わる。

最後は、ピクセル単位の勝利。

本当に、画面が止まる瞬間に決まった。


実況が言う。

「リク、進出。まるで外科手術のような一撃。」


外科手術?

違う。

ただの“絶望の一撃”だった。



第3ラウンド。

相手は静か。

喋らない。

反応しない。

ただ、プレイする。


まるでスナイパーの幽霊。


俺は、ほぼ負けかけた。

でも思い出す。


六畳の部屋。

コンビニのカウンター。

朝の客のコンボ攻撃。


マウスが勝手にクリックする日々。

皮肉しか言わない上司。


それでも、俺は生きてきた。


試合をひっくり返す。

ギリギリの勝利。


次は、準決勝。



ステージが変わる。

ライトが強くなる。

観客の声が大きくなる。


相手は有名ストリーマー。

ファンもいる。

スポンサーもいる。

プライドもある。


俺は、“意志”だけ。

そして、負け続けた経験。

それが、俺に“負けても立ち上がる”ことを教えてくれた。


でも今日は、立ち上がる日じゃない。

勝つ日だ。


そして、勝つ。

ヘッドショット。

スクリーンが光る。

観客が沸く。


俺は、ただ笑う。



決勝前。

ステージは騒がしい。

でも、俺の中は静か。


今だ。



名前を呼ばれる。

ステージへ。

もう一人のファイナリストは、すでに立っている。


背が高く、姿勢が良く、目が落ち着いてる。


俺を見て、笑う。


「煉獄のニート神…信じられない。君か。」


俺は眉をひそめる。


「俺たち、戦ったことある?」


彼は笑う。


「もちろん。三年前。オンラインの地方大会。

君に負けた。

それ以来、ずっと君を追ってた。

ずっと、ライバルだと思ってた。」


俺は黙る。

三年前…覚えてない。

でも、彼は覚えてた。


そして今、俺たちはここにいる。

決勝戦。

すべてがかかってる。



試合開始。

ステージはまるでライブ。

ライト、スクリーン、実況の叫び。


俺は、エアコンが試合終了まで持つかだけが気になる。


相手は強い。

速いエイム、滑らかな動き。

まるでゲームの中で生まれたみたい。


俺は、小指が引退を申し出てて、 手首がストライキ寸前。


撃ち合いが始まる。

俺は外す。

相手は当てる。


HPが急落。

赤。

あと一息で終わる。



壁の裏に隠れる。

深呼吸。


思い出す。

古いPC。

コンビニのカウンター。

笑う上司。

勝手にクリックするマウス。

スナックみたいな音のキーボード。


そして今、 ライトが眩しくて、期待は少ないステージでプレイしてる。


相手が近づく。

俺は跳ぶ。


一発。

二発。

三発。


ヘッドショット。



沈黙。

画面が止まる。

スクリーンが光る。

観客が爆発する。


実況が叫ぶ。


「リク、勝利!歴史的な瞬間!」


俺は動かない。

誇りじゃない。

ただ、現実かどうかを確認してる。


ヘッドセットを外す。

相手を見る。


彼は笑う。


「君が勝つと思ってた。」


俺は肩をすくめる。


「俺は思ってなかった。

でも、マウスが決めた。」



トロフィーを渡される。

「君はプロだ」

「人生が変わる」

「これは始まりにすぎない」


俺が考えてるのは一つだけ。


——明日は、ゆっくり寝られる。


そして、

もしかしたら、

“勝手にクリックしないマウス”を買えるかもしれない。

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