第7章: 呪いの解放
翔太の手が水面に触れると、突然、周囲の空気が変わった。水の中から伝わる冷たい感触が、まるで過去のすべてを引き寄せるような感覚だった。翔太は目を閉じ、深く息をついた。これが最後の儀式だ。自らの過去、怨念、そして恐怖を断ち切らなければ、呪いは永遠に続いてしまう。
水面は静まり返り、何も音が聞こえなくなった。翔太はその瞬間、周囲が完全に沈黙に包まれたことを感じた。心臓の鼓動だけが響く中、彼の体はひときわ重く感じられ、まるで何かに引き寄せられるかのように沈み込んでいく。
その時、翔太の心の中にふと声が響いた。
「お前がここまで来たのは、覚悟を決めた証だ。」
それは、あの水面から現れた亡霊の声だった。翔太はその言葉を胸に刻み、もう一度目を開けた。目の前には、再びあの顔が浮かんでいた。死者の顔、怨霊の姿。だが、今までとは違って、その顔に宿る感情が変わったことに気づいた。
それは、怒りでもなく、恐怖でもなく、どこか解放を求めるような静かな表情だった。
「私たちは、もう何も求めない。」
翔太はその言葉に震え、目を凝らした。亡霊たちが静かに語る。過去の惨劇、彼らが何世代も背負ってきた怒りと悲しみ、それがようやく解放される時が来たのだ。
翔太は深く息をつきながら、心の中で決意を新たにした。「それなら、解放してみせる。過去の全てを、この川の呪いを、終わらせるために。」
そして、翔太は心の中で呪文を唱え始めた。それは、彼が村で耳にした、古くから伝わる儀式の言葉だった。川の神に捧げる祈りを込め、過去の罪を清め、呪いを解放するための言葉。
その言葉を唱えると、周囲の空気が次第に変わり、川の水面が光を放ち始めた。翔太はその光に包まれるように目を閉じ、心から願った。
「川よ、解き放て。すべてを、そして私自身も。」
その瞬間、強烈な光が翔太を包み込んだ。水面が一気に輝き、周囲の景色がまるで溶けるように変わり始めた。翔太の体が浮き上がるような感覚に包まれ、次第にその光が彼の身体を貫通していく。
突然、光が一瞬で消え、翔太はその場に膝をついて倒れ込んだ。周囲は再び静寂に包まれ、川の水面は穏やかに揺れていた。彼の手のひらには、ほんのりと温かい感触が残っている。水の中から伝わったその感触は、まるで何かが解放されたかのような、安堵を感じさせるものだった。
翔太はゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。川はもう、あの呪いを宿すことはなかった。水面は静かに光り、もう恐怖を感じることはなかった。
その時、背後から声が聞こえた。
「ありがとう。」
翔太は振り返ると、川の中から現れる亡霊たちが、彼を見守っていた。その顔は、今までの恐怖と怒りを抱えていたものではなく、穏やかな表情を浮かべていた。
「私たちの怒りは、もう消えた。」
翔太はその言葉に涙がこみ上げてくるのを感じた。何世代も続いた呪いがようやく解けたことを実感し、彼の心は軽くなった。そして、川の水面が再び穏やかに流れ始め、亡霊たちはその姿を消していった。
翔太はその場に立ち尽くし、川の静けさを感じながら、深く息をついた。すべてが終わったと確信した。
しかし、心の中でふと気づくことがあった。この呪いが解けたことで、翔太自身もまた何かを変えなければならないことを感じた。過去を背負ってきた自分の中の「呪い」も、解放されなければならないのだと。
翔太はゆっくりと川を見つめ、心の中で誓った。「これからは、過去を背負うことなく、前に進んでいこう。」
そして、川の流れが静かに続いていく中、翔太は村に戻る決意を固めた。呪いは解けた。しかし、新たな道が、翔太を待っていた。