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半年ほどリディアは1人で活動した。ヴァルム迷宮の七階層までは1人でも安定して探索することができるようになった。それでも<探知>を切らずに戦闘することはまだ難しかった。最初の2日共に探索をしたイヴァルは別の街に移った。ランスとは何度か共同で探索をした。タリアには時々魔法を習った。
ゼレバハートという街の周辺に大量のゴブリンが住みついていた。ゼレバハートのギルドは人手不足だったので各地のギルドに応援を要請した。ヴァルムントのギルドにもその要請が届き、掲示板に貼られた。リディアはそれを見てゼレバハート行きを決めた。
ヴァルムントからゼレバハートまでは徒歩で七日。リディアは旅支度を始めた。途中の町や村を経由していくつもりではあったが野宿しなければならなくなった時のことを考えてテントと寝袋を買った。ギルドや世話になった人に挨拶をした。毎日のように通っていた食堂の主人はリディアに干し肉を送った。タリアは路銀として銀貨50枚をくれた。リディアも一度は断ったがタリアは折れなかった。何度も断るのも失礼だと思い結局は受け取った。ランスにはギルドでもランスの宿でも会えなかった。ここ数日何か忙しそうにしているらしい。仕方ないので宿屋の主人にランスによろしく伝えてくれと頼んでヴァルムントを出た。
その日はラトルスクという街の宿に泊まった。翌日の朝早くラトルスクのギルドを覗いたが小さなギルドの中に大勢の戦士がたむろしていた。ヴァルムントまで1日で行き来できるラトルスクはギルドの戦士に人気なようだ。
リディアはラトルスクを出て再び歩みを進めた。ヴァルムント周辺でばかり探索していたリディアにとってこの旅路は少しきついものがあった。この日の昼頃リディアの足は限界に達していた。結局、昼に休憩をした所から動くことが出来ずにそのまま野宿することになった。本来この日はバフェットの町の宿に泊まるつもりでいたので食べ物は買っていなかった。干し肉を齧りつつ焚き火で体を温めた。
次の日は午前中のうちにバフェットに着いた。無理はせずそのままバフェットに泊まるとこにした。午後は食材を買ったあと宿で過ごした。
しっかり休んだおかげか、リディアの体力は回復し足の痛みも無くなった。
翌日は日没ギリギリまで歩いてテスという町に着いた。この辺りからは夜になると魔獣が出る、1人で野宿するには危険な地域となる。テスのような小さな町にはギルドもない。
驚いたことにテスの町には宿屋すらなかった。普通旅をする商人や戦士は少し手前にあるテリーという街に泊まるからである。テリーにはギルドもあった。リディアは足の調子が良かったので思わずテリーを通り過ぎてしまったのだ。結局その日はテレサという老婆の家に泊めてもらうことになった。リディアはテレサが白く細い木の棒を持って魔法を発動するのを見た。初めはあまり気にしてはいなかったのだが、テレサの魔法の発動がただの老婆にしては異様に速い事に気がついた後はあの棒に秘密があるのではないかと思いだした。リディアはテレサにその棒は何か尋ねた。
テレサによるとその棒は魔力の伝導性が高いトレスという木の枝を切り出して先端を細くしたものだという。この棒を通して魔法を使うとどういうわけか普通より速く魔法が発動される。それにスピードだけではなく魔法の精度も上がるのだ。元々リディアは精密な魔力操作感覚の持ち主であったがテレサの棒を使えばさらに精密に速く魔法が使えた。リディアはこの棒が欲しくなった。テレサはそれを感じ取ったのか、明日作り方を教えてくれると言う。
翌朝テレサとリディアは家を出て近くの山を登った。
山頂付近のトレスの木から太めの枝を一本切り取って表面を削り取った。芯の部分を魔力を通しながら形を整えて削ってゆく。魔力の通り道を意識しつつ先端を細く削る。この時、先端と魔力の出口がずれてしまうと失敗なのだ。テレサの指導を受けようやくリディアは手首から肘ほどの長さの棒を一本完成させることができた。2人がテスに戻った時にはすでに日は落ちていた。
その日の夕飯はとても美味しかった。
次の日、リディアは町の外で魔法の練習をした。大抵の攻撃魔法もいつもより素早く正確に撃てる。しかし中には発動が遅くなる魔法もあった。<探知>は発動が遅い上にいつもより狭い範囲しか見ることができない。その代わり狭い範囲のことはより正確に見えた。同じ魔法でも撃ち方を変えると結果が変わる魔法もあった。<電撃>は前方に飛ばす時は非常に素早く撃つことができた。その速度はヴァルムントのタリアにすら及ぶのでは無いかと思ったほどだ。しかし<電撃>を周囲に撒き散らすように撃った時には発動すらしなかった。リディアはその後も魔力をほとんど空にするまで実験を繰り返した。
おそらくこの棒は魔力を集約させて撃つ魔法は恐ろしいほどその効果を高めるが、魔力を拡散させる魔法や<土壁>のように大きなものを作る魔法を使う時には邪魔にすらなる。リディアはそう結論付けた。
テレサの家に帰ってテレサに相談してみるとどうやらこの老婆はすでにこの事を知っていたようだ。テレサは部屋の奥から上部が太くなっている木をねじり合わせたような杖を持ってきた。テレサが魔力を拡散させるような魔法を使う時はこの杖を使うようである。リディアがその杖で<探知>を使ってみると、今までの倍ほどの範囲に<探知>が届いている。リディアはこの杖も欲しくなった。
テレサはまた「明日教えてあげるよ」と言った。
次の日、2人は先日とは別のトレスの木の元に行った。杖の材料はトレスの木の若い枝なのだそうだ。
枝を数本切り取って魔力を数本の枝に流しながら渦を作りつつ枝を巻いていく。初めは折れそうだった枝も魔力を通すと不思議と柔らかくなり、渦に沿ってねじれた。
杖は棒より簡単に作ることができた。夕方までには家に帰った。
こうしてリディアは新たな二つの装備を手に入れた。リディアは棒を魔法棒と呼ぶ事にした。
次の日リディアはテレサの家を出た。四日の宿と貴重な技術を教えてくれたお礼にテスの町周辺の魔獣を討伐した。ギルドに持っていく余裕は無かったので全て焼き尽くした。そうして日没ギリギリにモナイルの街に着いた。