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ルキウスは覚悟を決めて、逃走を諦めた。望む形ではなかったが1日探して見つけられなかった魔獣がせっかく目の前に来てくれた。この機を逃す手はない。覚悟を決めると自然と冷静さも取り戻した。剣を納め、メイスに持ち替える。
どこから来るか分からないのは囲まれているからだ。それにこのまま囲まれていたら締め付けられて動けなくなる可能性もある。いや、動けないどころではない。建物が潰れる強さなのだ体はグチャグチャになって死ぬだろう。
ルキウスは目の前の蛇の胴体を飛び越えた、と同時にメイスでその胴体を思い切り殴りつける。
ルキウスは走り出した、大蛇は怒り狂って追いかけてくる。途中何度もつまずいて転びそうになったがここで転べば命はない。ルキウスは必死に走った。
蛇の全長がいったいどれほどなのかは分からないがここまで走ればおそらく蛇は一直線になっているだろう。そして最も近い位置に頭がある。ここさえ叩き潰せばいかに魔獣といえど生きてはいられない。しかし攻撃しやすいのは蛇も同じである。噛みついて毒を流し込めばこちらも一撃でやられる。
ルキウスは走りつつ蛇との距離を測った。自分の足跡で蛇の這う音はほとんどかき消されていたが怒り狂った蛇は威嚇音を出している。その音が十分近づいた時ルキウスは急に振り返ってメイスを振り下ろした。
しかし脳天を叩き潰すはずのメイスの手応えは軽い。
ルキウスの予想に反し、大蛇は大きく口を開けていたのだ。開かれた口のてっぺんはルキウスの頭と同じほどの高さにある。それでもルキウスのメイスは無駄にはならなかった。大蛇の鼻先はひしゃげていて、一対の大きな牙の右の一つがあらぬほうを向いている。
だが相手は魔獣、猛然と飛びかかってくる。このスピードにメイスでは振り遅れる、それに大蛇は未だ口を開いていて頭を叩くのは難しい。咄嗟にルキウスはメイスを捨て抜剣する。
時間をかければ蛇の胴体が巻きついて締め殺される。ルキウスは決死の攻撃に出た。ひしゃげた右側の牙の隙間に上体を入れ込み剣を突き上げた。剣は貫通して蛇の頭から飛び出たしかし大蛇の動きは止まらない。残った牙を刺そうともがいている。何度も何度もルキウスは剣を突き上げた。必死に突き上げ続けていると気がつけば大蛇は動かなくなっていた。ルキウスは大蛇の口から出た。疲労は限界に達していたがなんとか村に辿り着くとその場でそのまま倒れるようにして眠った。
翌朝、ルキウスはベットの上にいた。昨日の戦いの高揚が抜けていないのか不思議と体が軽かった。部屋を出るとそこは村長の家だった。村長に礼を言うと。村長が驚いた顔をしている。少し前にも見たような顔である。
なんとルキウスの体は今までとは比べものにならないほど立派な筋肉がついていた。背も少し伸びているように思う。大蛇の魔獣との死闘がルキウスを【成長】させたのだ。
神に授かった加護【成長】はルキウスを戦える年齢まで成長させるだけでなく、戦うことでルキウスをさらに成長させてくれるものだった。
外に出るとまだ朝だというのに村は大宴会をしていた。前と比べるとゴツくなった村の英雄ルキウスは村人達に驚かれつつもその輪の中心に招き入れられてたくさんの感謝の言葉を貰った。
ルキウスは大蛇との戦いを村人達に語った。村人たちは闇の中での戦いに疑問を投げかけた。
なぜ魔法を使わなかったのか。
ルキウスはハッとした。この世界は魔法が生活の基本である。ルキウスは魔法など使う必要もない天上界に長くいたし、地に降りてからも特に何もしていなかった。見た目こそ15歳だがその実はまだ人として生を受けて3年の子供である。当然魔法などまだ身につけていなかった。5歳ほどになれば皆使える≪照明≫があるだけであの戦いはもっとずっと楽になっていた。ルキウスは村で簡単な魔法を教わることにした。村人たちはルキウスが魔法をほとんど知らないことに驚きつつ英雄の頼みを快く受け入れた。
こうしてルキウスは生活魔法を身につけ、村を出た。村人達は別れを惜しみこのまま村に住むよう勧めたが、故郷はすぐ近くの村であるし、自分は邪神を倒すための旅をしているのだと説明するとルキウスに路銀を渡し、その大いなる目的の達成を応援して神の導きがあるよう祈った。
ルキウスはまた1人、旅に出た。