2
数百年の戦いの中で邪神やその眷属との戦いに挑む者は戦士と呼ばれ、邪神の眷属は悪魔と呼ばれるようになった。悪魔は増えることはなかったが新たな戦士は次々と生まれた。次第に悪魔の数は減っていった。
全ての人が長き戦いの時代の終わりを期待した。
しかし邪神は神の支配から外れていた獣に魔力を与え一部の獣を魔物化した。
これまで悪魔は集団で戦士のみと戦争をしていたが、魔物は各地で発生し、村々を襲った。これにより各地で甚大な被害が出た。
ルキウスが戦士として旅を始めたのはこの時期のことであった。
故郷の村を出て7日ほど進んだところで立ち寄った村が魔獣の被害にあっていることを知ってルキウスは討伐を買って出た。村人達は大いに喜びルキウスをもてなした。
ルキウスの肉体は15歳の少年であったがその少年に頼らざるを得ないほど村は困窮していた。
熟練の戦士たちは皆邪神との戦争の前線に出ていた為である。
ルキウスは天使であった頃も悪魔との戦闘をしたことがなかった。これが初めての戦闘である。魔獣はたいてい普通の獣より大きくなるという。ここまでの道中普通の獣とは戦って、仕留めその肉を食べたりもした。しかし魔獣との戦いは未知の領域だった。
ルキウスは魔獣の種類を村人に尋ねたが、魔獣の姿が分かる村人はいなかった。その姿を視認できるほど近づかれた村人は皆死んだからである。しかし魔獣に襲撃された所には必ず何かが這った跡があり、周りから押しつぶされるようにして壊れている家があった。
それらを見てルキウスは剣だけでなくメイスも用意した。次の朝ルキウスは森に入った
ルキウスは森の中で何か大きなものが這った跡を頻繁に見た。魔獣は近いかと思われたが一向に魔獣は姿を現さなかった。はじめルキウスは何かの這った跡をたどろうとしたが、すぐに諦めた。
そこら中にある貼った跡をたどっても結局は森の中を彷徨うだけである。ルキウスは木の枝を折って印をつけながらしらみつぶしに探した。
既に陽は高くなっていた。魔獣との戦闘は警戒していたがまさか魔獣を見つけることがこれほど困難とはルキウスは考えていなかった。そのため昼飯も用意せずに来ていた。いざとなれば獣を狩って食うつもりではいたがただの獣にも一向に出会わない。魔獣が全てその胃に収めたのかそれとも魔獣に恐れをなして逃げ出したのだろうか。ルキウスは、一度村に帰還し夜に襲ってくる魔獣を返り討ちにすることも考えた。しかし魔獣は毎日は来ない。魔獣が近くにいるうちは獣も現れず畑も荒らされたまま、商人も何度か襲われてからは来なくなり、村は食糧難に喘いでいた。そんな状況で村人たちはルキウスをもてなすために肉を振る舞ってくれた。すぐにでも魔獣を討伐せねばあの村はもう何日もは持たないだろう。ルキウスは魔獣の捜索を再開した。森の半分くらいは探せたのか、それともまだまだか先の見えない森の広さと空腹がルキウスを焦らせる。それから何時間もかけてようやく森の端まで捜索が終わった。しかし魔物は姿を見せなかった。魔獣はこの森にはいないのか、いや、襲撃の時は必ず這い跡は森からやってきて森に帰る。この森に魔獣がいることは確実だ。ならばなぜ。
ルキウスははたと気づいた。
今までルキウスは魔獣は動かずに自分を待ち構えているかのように思ってた、しかし魔獣は当然生きていて動いている。既に捜索した場所に行くことだって可能だ。ルキウスはほぼ1日をかけてやっていたことが全て無駄なことであったと悟った。だが、戦果のないまま村に帰ることなどできなかった。少しずつ空は赤みを増していた。それがルキウスの焦りをさらに駆り立てる。ルキウスは先に魔獣を見つけて奇襲するつもりでいたがそんなことはもはや出来ないと悟っていた。森の比較的開けた場所で大声を出して魔獣を呼んだ。自分を害する存在が縄張りにいることを知らしめた。
それでも魔獣は現れない。夜になれば魔獣は力を増し凶暴になる。何より暗さは人の視力を奪う。ルキウスはすでにその場所を晒している。このまま夜になれば魔獣にとっては有利でしかない。このままルキウスが死ねばあの村は助からない。ルキウスは撤退を決意した。ルキウスが村に向かって歩き出そうとした時、太陽がわずかに山の縁に残していた赤色が消えた。辺りは闇に包まれた。星の光で完全に見えないわけではないが、剣先より先の方はほとんど見えない。それでも体はすでに村の方に向いているし、このまま行けば村に辿り着ける。
しばらく進むと不意に近くの地面が動いた。スルスルと音を立てて蛇行している。魔獣だ。
やはり、魔獣は蛇だった。
丸太のように太く全長はわからない。
ルキウスは敵が蛇だということは予測していた。
だからこそ開けた場所に魔獣を呼ぼうとした。しかしその有利はルキウス自ら放棄していた。開けた土地を離れ森を進んだことをルキウスは後悔した。ここは周りを木に囲まれ頭上には枝がある。敵は上下前後どこから来るかわからない。音で敵を探ろうにも四方八方から這いずる音が聞こえる。音がルキウスに伝えるのはこの蛇は図体の割に、蛇らしく素早く動けるということだけであった。
ルキウスはその場から一歩も動けずにいた。息は自然と荒くなる。いつどこから襲いかかってくるか分からない恐怖がルキウスを縛り付けていた。