断崖の出会い①
謎の人物の登場‥‥‥?
スコーンを仲良く食べ終わった後、俺たちは次の乗合馬車の時間まで村の中を見て回ることになり、村で最も有名スポットであるルスルルの断崖に来ていた。
大魔法師が魔法を放ったと言う伝説が真実味を帯びるように地面が抉れたように崖となっている。
この村に何度も来たことがあるけど、一度もルスルルの断崖には来たことがなかったりする。
「おぉ、これは壮観だな」
「そうでしょうとも。私がこの村でお婆ちゃん家以外で一番好きな場所なんだもん」
俺の横で自慢気に言うヒマリの様子に思わず、クスッと笑ってしまった。
「危険ですからあまり、断崖によらないでくださいよ」
「分かっている。にしても本当にここで龍を撃退したのかな?」
「さぁね。大人たちはそういうし、伝説にも残っているからそうなんじゃないの。私は伝説とか関係なくこの場所が好きだけどね」
俺の何気ない呟きに、雄大な自然の中に存在する、断崖から海を見下ろしながらヒマリはそう返した。
「僕も好きだな。学園にいると平民だからという理由で差別されることがあって辛くて、でも、この場所に来るとそんな気持ちも吹っ飛んでいくんだ。自然はこんなにも雄大で無限に広がっているのに、僕はなんてちっぽけなに悩みを抱えているんだろうって」
二人の言葉に俺は改めてじっくりとこの断崖から雄大な自然を見下ろした。
確かにレイトの言う通り、この光景を目の前にして俺の悩みは吹っ飛んでいきそうだ。
隠している素性のことも、俺が転生者であることも、全て今吐き出してしまえそうな気がする。
けれどそれの行為を今、俺はしない。
一種の誓いなのかもしれない。
俺が、自分自身が納得する時に秘密を話すと決めたから。
「ハルヤ様っ!」
「えっ?」
胸の内を整理していると、後ろに立っていたナーマが緊迫した声を発した。
その声に顔をあげると、それの上に何か巨大な黒い影が近づいてきていた。
立ち尽くし戸惑う俺の腕を無理やり引き、俺やレイト、ヒマリを庇うような体勢をナーマはとった。
「あれって‥‥まさか‥飛龍っ!」
「そんなわけないよ。だって飛龍は伝説上の生き物なんだ。あり得ない」
どんどんと近づいてくる巨大な黒い影を見ながらヒマリとレイトは正体についついて語る。
飛龍、それは伝説で語られる龍の一種だ。
上空を操り、幾つもの国を滅ぼした厄災の象徴。
この村に現れた龍も、飛龍ではなかったのか、と一部では言われている。
伝説は所詮伝説だと言えるのならば、簡単な話だが、事実それに近しい物体が近づいて来ているから、本当の話なのかもしれないと思ってしまう。
もし、本当に飛龍だったとしたならばナーマ一人で倒すのは不可能だ。
それも俺たちを庇った状態で。
応援を呼ぶにしても、このルスルルの断崖は村と森を隔てて存在しているし、時間的に無理だ。
だったら選ぶ手段は‥‥‥
「ナーマ、逃げろ」
「しかし‥‥っ」
「お前がこの場にいたところで何が出来る。俺が結界を張る。だから、出来るだけ離れていてくれ」
父様や兄様の持つ威厳さを意識しつつ、ナーマに強い口調で言う。
俺の言葉にナーマは納得のいっていないような顔をながらも、指示通り後方に下がった。
「ハルヤくん、何をする気なの?」
「危険だよ。早く逃げなきゃ」
「いや、今逃げたら村自体が滅びかねない。出来るだけ、食い止めてみるから、絶対に俺の魔法に巻き込まれないようにして」
ナーマの後ろからひょこりと顔を出し、俺のことを心配するように言う二人に、安心させるようにナーマの時とは正反対に声をかける。
「ハルヤ様、何かあれば即座にあなたを退避させます。俺は‥‥あなたの‥‥騎士ですから。ご武運を」
魔法を発動させる直前に、ナーマがはっきりとした声でそう伝えて来た。
途中、何やら聞き取れない部分があったけど、多分ヒマリやレイトに配慮してのことなんだろうと思う。
「分かっているさ。俺は『異世界渡り』で異世界に渡った勇敢な王子様と同じ名前だ。恐るものか!《我、願う。この地にあだなす者たちを何人たりとも逃がさない牢獄を張りたまえ》」
自らに喝を入れるのも含めて、俺は大声で叫んだ。
巨大な影はどんどんと俺たちの目の前へ迫って来た。
魔法を発動させるために詠唱し、目標位置に入れば魔法名を言うだけというところで、巨大な影の全貌が明らかになった‥‥のだが‥‥。
「えっ‥‥ゾウ?」
現れたのは‥ゾウに羽が生えたよう生き物だった。
思わぬ姿に魔法名をいうことすら忘れてしまう。
「ハルヤ様っ!」
「なに、あの生き物‥‥っ!」
「ハルヤくん、早く魔法を!」
ポカンとする俺とは正反対に三人は鬼気迫った声で俺に呼びかける。
ナーマに至っては俺の方へと駆け寄って来ていたので、俺は目で制した。
「‥っ!《無限ろう》」
「待ったぁっ!」
俺は慌てて魔法名を口にしようとするとゾウに似た生き物、もうゾウもどきにしよう、から若い男の人が叫びながら飛び降りて来た。
「ちょっと待った、待った。僕は善良な心を持つものだ。物騒なことはしないでくれ」
「善良なものがなぜ、気味の悪い生き物を連れている。まさか、魔物か!」
ゾウもどきから降りてきた男は魔法を発動させようとしていた俺に速足で歩み寄りながら、誤解を解こうとして来ていた。
ちなみに一度魔法名を止めてしまったら、魔法の発動はできない。
まぁ、例外として王族のみは詠唱省略が使えるが、それをしてしまうと最悪正体がバレる可能性があるから、使わないけど。
歩みを止めない男にすかさずナーマが俺と男の間に割り込み、庇うような体制をとつつ、尋問するように殺気を発し、問うた。
「違うから!これ僕の相棒だからねっ!」
「「「「相棒‥‥」」」」
緊迫した空気感の中、緊張感のかけらもない男が明るい声でゾウもどきを撫でながら言うと、そのあっけらかんとした様子に俺たちは全員唖然とした。
「えっと‥‥一つ確認なんですけど。俺たちに危害を与えるつもりは」
「ないよっ⁉︎あるわけがないじゃないか。なにが悲しくてそんなことをしなければいないんだ」
心外だと言わんばかりの顔で男は言った。
「‥‥‥一応はそう言うことで。あの、名前は?」
「あ、僕?僕はね、えっと‥‥あ、徳川家康!」
「はっ?」
「あ、って言ったわよね」
「言ったね」
「言ったな」
ヒマリや他の二人はこの徳川家康と名乗る男の言動に不審がっているが俺はそれよりも、あからさまな偽名にびっくりしている。
だって、徳川家康だよ?
日本人の誰もが知っている、ニ百年間以上も続いた江戸時代の礎を築き上げた偉人とか、この世界にいたらびっくりなんだけど。
それに、その名前を知っていること自体この世界の純粋な人間ではなく、転生者か転移者の可能性が高い。
この人にはもう少し詳しく事情を聞く必要がありそうだな。
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