なんでも屋とヒーローと新しい依頼
気が付くとそこはショッピングモールではなく、見覚えのある一室だった。
すべてを察して逃げようとするが、手足が全く動かない。椅子に座らせられている状態で、手足を縛られているようだ。
ガチャリとドアの開く音。音のした方には…やはりあの男が立っている。
「やあ。久しぶりだねぇ」葛原(ゲス野郎)だ。
「ここから出してよ!」
「出すわけないじゃん!いきなりなぁにわかりきったこと言ってんのぉ!」とゲスが笑う。
「このっ…!」わたしはガタガタと椅子を鳴らす。
「ハハハッ!無駄無駄ぁ!もう逃がさないよ…す~い~せ~ん~ちゃんっ」
気味の悪い笑いを浮かべてゲスが言った。
「こんのっゲス野郎っ!」わたしは叫ぶ。
するとゲスは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて、「おぉおぉ怖い怖い」と下手な演技をした。
「でもいいのかなぁ?俺にそんな口きいても。」
「どういう事よ…?」
そう聞くと、ゲスはパチンっと指を鳴らす。すると天井からモニターが下りてきて、ある映像を映し出す。そこには…
「六木さんっ!?」彼がわたしと同じように椅子に座らせられた状態で手足を縛られていた。
「そ~!君の近くをうろちょろしてた虫!ぐ~ぜん!ほんとにぐ~ぜんこいつを見かけてね!協力してもらったのさ!君が余計なことをすればぁ…?」
その声に続くように映像の中で彼が大柄な黒服の男に殴られる。
「ヒッ…」
何度も
「嫌…!」
何度も何度も
「お願い…!」
殴られ続ける。
「もうやめてぇ!」
するとゲスは満足したように、パンっと手を叩いて殴るのをやめさせる。
「あの虫が痛めつけられちゃうから気を付けてねぇ…?アハハハハハ!」
その汚い笑い声を聞いた瞬間、今までいた地獄に戻らされてしまうという恐怖と、自分たちに関係のない人が巻き込まれているのをやめさせたいという思いが混ざりあって、ぐちゃぐちゃになってしまった。
いつになっても思考がまとまらない。
「そんなに悩むなら一つ決断をさせてやろう。」その様子を見たゲスが突然言い放つ。
「君が俺のものになるなら、あの虫は開放してやろう。ただし、俺のものになる気がないというなら、あの虫もろとも消えてもらう。」
「……………………わかったわ… あなたのものになるから、あの人だけは助けて。」
「んん~?俺のものに『なる』…?あの虫を『助けて』…?人にものを頼むときってのはちゃんとしたやり方ってのがあるよなぁ…?」
「…っ!あ、あなたのものになりますからっ… あっあの人だけはたすったすけてくださいっ…!」恐怖に染まりきった目で、しゃくりあげながら、わたしは懇願した。
「アハハハハハッ‼‼‼そうだよ最初からそう言えばよかったんだよぉ‼‼‼意地なんて張らずにさぁ‼‼‼」ゲスは心底楽しそうに声を上げた。
「じゃあ約束だ。あの虫は開放してやる。」そういって手を叩くと、モニターの中の黒服がまた殴り始めた。
「あいつらが満足したらなぁ。ヒヒハハッ!」
それを見たわたしは戦慄した。
「なんでよ!あなたのものになったら解放してくれる約束でしょ!?」
「何か勘違いしてねぇか?俺たちゃ一言も『無事に』解放するとは言ってねぇぞ?」
そこでモニターは黒く染まった。
わたしの心はそこで完全に折れてしまった。そこからの流れは全く覚えていない。
何があったか、何を言われたのか、さっぱりわからない。だが、いつの間にかわたしはあのゲスと結婚式を挙げることになっていた。純白のドレスに身を包み、完全に光を失った目で新郎と向き合っている。誓いの言葉で声を発したかも認識できない。
「では、誓いのキスを。」神父が言うと、新郎が顔を近づけながら、
「これで一生俺のものだ。」と笑い、キスしようとしてくる。
最悪を超えた最悪だ、と思いながらすべてを諦めた瞬間。
ガッシャァァァァン‼‼
ド派手な音を立てながら教会の二階にあったステンドグラスがブチ破られた。そして、人影が現れ、聞き覚えのある声が響く。
「悪いが、その娘に先に誓いを立てたのは僕なんでなぁ!その娘は返してもらうぜ!」
わたしは突然現れた希望に向かって大きく声を上げる。
「六木さんっ!」
「ハッ!返してもらうだぁ!?てめぇに返すもんなんざねぇんだよ!」
そのゲスの言葉を合図に、彼に一斉に黒服が襲い掛かる。
だが、彼が構えているだけでいるにもかかわらず、黒服が全員吹き飛んでいく。
よく見ると、とても小さい炎が彼の周りで何度も弧を描いていた。
その光景を見るなり、動きが遅れた一部の黒服や気絶しなかった黒服、近くにいた神父が逃げ出していく。
そして、ゲスとわたしと彼だけになった教会内で
「な、なんでこんなことに…!こんなはずじゃ…!」
とゲスが足を震えさせていた。
それを見て彼が、
「もう終わりか?じゃあ次はこっちの番だなぁ!」
と床をけり、ゲスとの間合いを詰める。初めてあった日ほどではないが、それでも異常なスピードだった。
そして強烈なパンチをゲスの腹に叩きこむ。その衝撃で、教会内のすべてのガラスが吹き飛んだ。
「ぐほぇぁあ!?」
情けない言葉を発して、ゲスが腹を抑えながら倒れこむ。
その光景を間近で見ていたわたしは、驚きと安堵で床に座り込んでしまった。
すると彼は突然わたしをお姫様抱っこしてきた。
「な、な!なんですか突然!?」わたし、今世紀最大の赤面。
「今まで怖かったね。もう大丈夫だよ。」彼は優しく微笑んだ。
「ちょぉっと待てよぉ…!」ゲスはよろめきながら立ち上がる。「そいつが何者なのか知ってんのかよお前…」
「っ! そ、それは…」
わたしはうろたえる。それを知られたらこの人もわたしから離れてしまう…!
「どういうことだ?」キョトンとしながら彼は返す。
「その女はなぁ!」
「裏社会のお嬢って事なら知ってるが?」さも当たり前かのように彼は言った。
「「へ?」」わたしもゲスもその反応には面食らってしまった。
「この娘は僕の依頼者なんだからそりゃ調べるでしょ色々。それとも何か?その程度の情報で僕がひるむと思ったか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!最初からそのことわかってたんですか!?いつの間に!?」
「初めて会ったときに君寝てたじゃん?その間に調べさせてもらったよ。てか、そんなことで依頼取り消しなんてしないよ?僕。」
「そ、そうですか…。」
「それじゃ、帰ろうか!」
「まっ、待てよ!」ゲスがいきなり叫ぶ。
「なぁにぃ?まだなんかあんの?いい加減疲れたし、お腹空いたし、帰りたいんだけど。」
「お、俺にとどめを刺していかねぇのかよ…?」ゲスは不思議な様子で聞いてきた。
「当たり前じゃん。お前にとどめさしたら俺、過剰防衛で捕まっちゃうし、何よりめんどくさい。」
過剰防衛以前にさっきガラスブチ破ってなかったっけ?建造物破壊に入るんじゃないの?
「そんじゃ改めて、帰ろうか!」と彼は爽やかに笑う。
「はい!帰りましょう!」わたしも彼に応えて、大きく言った。
「あ、そうそう忘れてた。」と彼はわたしをおぶったまま呟いた。
何のことだと思っていると、彼がポケットからあるブレスレットを取り出した。
「そ、それって!」
「そう。君、あの時欲しそうに眺めてたのに買わなかったろ?だから君が見てないうちに買っておいたんだ。まぁ、嫌な奴と縁を切れたお祝いの品ってことで、受け取ってくれるとありがたいんだけど、どうかな?」
「で、でも…わたしなんかに似合うかな…?」
「そこは大丈夫。僕が似合うと思って買ってきたからね。」彼は自信満々にピースした。
「そんなに言うなら…」とわたしはブレスレットを受け取り、腕につけてみた。
「いい感じじゃん!」と言いながら、彼はわたしを写真に撮って見せてくれた。
写真の中のわたしは、教会からそのまま着てきてしまった純白のドレスと、真っ白なブレスレットをつけて立っていた。自分で言うのもなんだが…
「かわいいお人形さんみたいだよね。」
「かわっ!?と、突然女の人にそういう事あんまり言わないほうがいいと思います…」
「大丈夫大丈夫。わざと意識するように言ってるから。」
「まぁ、それなら良……今なんて言いました!?」
「さ~てね~」
「ちょっと!今のどういう意味ですか!?そんなこと言われたら嫌でも意識しちゃうじゃないですか!ちょっと!?聞いてます!?」
そうやってわちゃわちゃしていると、向こうから車が一台向かってきた。
そして、ド派手にわたしたちの足元にあった水たまりの水を巻き上げていった。
バッチャァァン!
あとは想像通り、水が全部わたし達にかかってしまった。
「うぅっ…」
わたし達が事務所に戻った後、すぐに六木さんは部屋の隅に行って丸くなってしまった。
「いいとこまでカッコ良かったのに… なんであのタイミングで車なんか通るんだよぅ…」
あれ、相当引きずってるんだなぁ…
「あの… 大丈夫ですか?」
「ウン…。ダイジョブダイジョブ…。ヘーキヘーキ…。」
「それって絶対大丈夫じゃないですよね!?」
まったく、何をしたら機嫌直してくれるだろうか。あ、そういえば男の人はあれをしたら喜ぶって、本で読んだことがあるなぁ… よし、試してみよう!
「もう… 六木さん。膝枕してあげますから、機嫌直してくださいよ。」
その言葉を口にすると、六木さんの耳がピクッと動いたような気がした。
それを確認して、わたしは彼をソファに誘導した。そして、わたしが先に座り、腿を小さくたたいて合図した。
「そ、それじゃあ失礼するよ?」と六木さんはゆっくり頭を下ろしてきた。
彼の髪が触れて、少しこそばゆかった。少しすると彼はリラックスしたようで、いい顔になっていた。それを見てわたしも安堵した。そのときのわたしは、疲れでテンションがおかしくなっていたのか、顔を近づけて、
「十分カッコよかったですよ♡」
とささやいた。すると彼は、めちゃくちゃにビビって体を震わせた。
「なにしてんの!?」彼は起き上がりざまに言う。
「いやぁ、六木さん、あのままだと多分ずっと『僕カッコ悪い』って言い続けてたんじゃないかなって。だから励ましたんですよ。」
「だからって限度があるでしょ!?」
「まあまあ。あ、あとお金のことなんですが。」
「え?切り替え早すぎない?」
「今わたし、持ち金がないので、払えないんです。」
「お、おう、そうか。」彼は微妙に残念な顔をした。
「その代わりといっては何ですが…」
「?」キョトンと彼は首をかしげる。
「わたし、あなたの助手になります!」
「は、はぁぁぁぁぁぁああ!?」
彼の絶叫はビル中どころか、町中に響き渡った。
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~~~~~現在~~~~~
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「……さん……きさん……」
誰かに呼ばれている気がする… この声は… 水仙か…
「六木さん…ねぇ、六木さん?大丈夫ですか?」
「んぅ… あれ…僕寝てた?」僕は目をこすりながら、上体を起こす。
「はい。それはもうぐっすりと。」カノジョは微笑む。
「なんだか懐かしいころの夢を見てた気がする。」
「いつのですか?」
「僕らがはじめましての時だよ。」
「あの時ですかぁ。カッコ良かったなぁあの時の六木さん。あ、今がカッコ良くないって言ってるわけじゃないですよ?」カノジョは付け足す。
「お世辞はよしてくれ。」
「お世辞じゃないんだけどなぁ。」
「それを言うなら、『助手にしてください』って言ってた水仙もカッコ良かったけどね。」
「でしょ?」
ピンポーン
そんな会話を交わしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「誰だろ?まさか、また郵便…?」僕は警戒する。
その様子を見て、水仙が大きく笑っている。心外な!僕は大真面目なんだぞ!
ガチャッ
「はーい」とドアを開けると、眼鏡をかけた男が立っていた。
「すみません。ここで依頼を聞いてもらえると聞いたんですが…」その男は遠慮がちに言ってきた。
「はい!うちが、ある程度のことならなんでも請け負う『なんでも屋』です!ご依頼ですか?」
「お願いします…恋人の調査をしてほしいんです…。」
おぉっとこりゃまた長くなりそうな依頼だぞぅ!