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09 デッドエンドマザーグース



 大剣を持った男が一人、立っていた。その男の視線の先には、もう一人、褐色の肌を持つ大男が立っていた。

 大剣を持った青年は、数代前の『魔王』の神宿者だった。


 何が起こったのか理解したくない。理解しようとしない。だから、分からない。どうかこれが現実でありませんようにと、叶わぬ願いを込めて、魔王となった青年は、褐色の肌を持った大男に問いかける。


『……ねぇ、ディア。俺、どうなってんの?』


 青年は、最早ヒトとは、純人族(ヒューム)とは言えなかった。歪な変化を遂げたその青年を、同族はヒトと認めないだろう。その肉体は、化物(モンスター)のそれだった。


『なに、やってんの……?』


 呆然とする青年が手に持つ大剣は、血に塗れている。青年を化物と蔑み、罵倒した自分の母親を、憤りと哀しみのままに、縦に、横に、四つに斬り分け殺した。それに飽き足らず、父を殺し、姉を殺し、幼馴染みを殺し、激情のままに村人の全てを殺した。今は、血の湖に浸かっている。


『はは。母さん、間違ってないじゃん』


 青年は、愛する肉親を殺めた後悔に、己の身に起きた事実に、呆然と泣いていた。

 そして、ヒトの身体の脆さと愉しさに、鼻を衝く紅い臭いに、茫然と嗤っていた。


『ディア、どうしよう。これ楽し過ぎる』



 ◆ ◆ ◆ ◆



 男が、心地好い魂の波動に、微睡みからゆっくりと目を覚ます。随分な巨体を持つ、正しく大漢だった。二メートル越えの筋肉の塊を、貴族服で包んだような男だった。

 彼は緩慢に微笑むと、赭い瞳を機嫌良さげに細める。ここ最近は身体も魂も調子が良く、昨日からはまた更に調子が上がった気さえする。

 二百年前、憎き『勇者(クルセイダー)』との戦いで消耗した彼の魂は、凄まじい速度で治りつつある。こんな事が出来るのは『魔王(ノトリアス)』のみ。その御魂は例え目醒めていなくとも、元【剱臣(アルマ)】の魂を活性化させる。男の快調は、魔王復活の証でもあった。

 魔王の魂が受肉したのは二十年前。そう、二十年前から男の時間は急速に動き始めた。忌々しいアレが現れたのも、二十年前のことだ。



 魔王(ノトリアス)の固有魔法である【統魔】。

 その真髄は【契約(コントラクト)】にある。契約相手たる剱臣(アルマ)魂に紐付く固有魔法(神の権能)を完璧に模倣し、肉体に染み付いた妖術(固有妖術)を取り込む。白の神宿者とは契約を結べないが、それでも複数の相手と契約を結べるこの力は、十二分に常識の埒を外れた権能だ。


 魔王の力は、狂気の侵行と共により強力になる。末期まで至れば、それらだけでなく、種族としての【特性】即ち、魔力を使わずとも行使可能な、身体特徴までもを体得出来るようになる。角が生え、腕が増え、肉体は膨張し、場合によっては種々様々の魔眼すら獲得する。つまり、肉体自体が『魔王(ノトリアス)』と呼ぶべき体質、種族と化してしまう。正気と引き換えに与えられるその力は、最凶の一言で、だからこそのEXランク、厄災級と言えた。


 サクヤはそんな末期の状態にあった先代魔王を素体に、人のカタチに整えられ、造られた人造人間(ホムンクルス)。ある意味では先王の娘とも呼べる少女だ。

 その()()計画が始まったのは、およそ二百年前のこと。だが、計画が軌道に乗った頃には既に先代魔王は命を落としており、計画は途中で頓挫してしまった。人造人間の幼体が、はっきりとしたカタチを持たない不定形の姿のまま、成長が止まってしまったのだ。しかし、つい二十年前のこと。魔王の受肉の影響を受けたのか、突如として成長を再開した人造人間の幼体は、二年の時をかけて人間の赤子の姿を手に入れた。そこからは順調だった。生まれた赤子を魔族の姫として育て上げ、今では『サクヤ』として立派に成長した。


 サクヤは、理想の王たれと生まれ落ちた存在だった。その肉体は魔王と、その正妻であった木霊(ドライアド)のイツキを軸に造られた。そして、その魂は彼の魔王の複写(コピー)ではあるが、不完全であり、『魔王』としての能力はその殆どが死んでいる。扱えるのは木霊(ドライアド)の固有妖術たる『眩惑』を基に完成した権能だけ。詰まる所、先王の目論見は失敗したのだ。


 前代魔王の理想は『自身とは違い、護る為に力を振るうことの出来る、強く完全な王』だった。

 男は、その夢物語が嫌いではなかった。その願いは、己の仕えた主が、真に王としてあろうとした証左の様に思っていた。だが、サクヤを実の娘と思い接する度に、在りし日の主を思い出し、脳裏に過ぎるのだ。


 何故(なにゆえ)にあの御方がこのような選択を選ばなければ成らないのか?

 何故、あの御方は『魔王』となる度に、その度に、壊れてしまわなければ成らないのか。

 そして何故──────幾度も生まれる、その都度に、勇者(クルセイダー)に殺されねば成らないのか。



 苦く笑って手の甲に刻まれた魔王の紋章に触れる。男がこのような感傷に浸っていると知れば、妻達が、娘達が、息子達が笑うだろう。それでも思い出を愛でていたい。最近、男はそう思うことが増えた。それも魔王の受肉の影響であろう。


 一度目の出会いは、神獣相手に無茶をした男を、魔王が助けた時だった。それ以降旅に同行し、そしてその生き様に惹かれ忠誠を誓った。

 二度目の出会いは、戦場だった。その代の魔王は亡国の王で、戦場にて事故のように出会い、何の因果か国を取り返すのを手伝った。

 三度目の出会いは、迷宮だった。探索者だったその魔王は身体中傷だらけで、男はそれを見ていられなくて、助けてしまった。

 四度目の出会いは、幻宙の樹海だった。村の家族のためと、薬草を取りに樹海に忍び込み、挙句死に掛けていた魔王を拾った時だった。

 五度目の出会いは、廃城だった。滅ぼした王国の騎士であった魔王は、男に敗れ、死を強く望んだ。けれど、結局は己の女王の為に人の道を外れた。

 六度目の出会いは、貧民街だった。暗殺を生業に生きていた魔王を、男が仕事を手伝ったことが始まりだった。


 結果として男は、六代存在した魔王、その第一の臣下となり仕えてきていた。全ての魔王の生に関わり、全ての魔王に仕えてきた男が、いつの間にか『魔王(ノトリアス)』、否、『魔王(グロリアス)』の魂その物に忠誠を誓っていたのは、当然とも言えた。

 だからこそ、六代目魔王を素体とした人造人間(ホムンクルス)であるサクヤ、前代の忘れ形見であるその娘を護ることも使命の一つであると、強く自覚していた。


 サクヤはとてもいい()だった。魔王の力を充全に使い熟せない事を思い悩み、それでも出来ることをやろうと薬草学を学び、城の外を知らず、経験が浅いからこそ本によって知識を得ようとする、そんな娘だった。望みの一つも言ったことのない、いっそ心配になる程に聞き分けの良い、純粋で無垢な娘だった。


 一度だけ彼女が男に問い掛けた事があった。自分が生まれてきた意味は在るのか、と。

『在るに決まっている』そう言って抱き締めてやりたかった。

『愛している』そう言って安心させてやりたかった。

 男が、実の娘達にしたように、実の息子達にしたように。だが、どうして出来ようか。サクヤの母と呼ぶべきイツキさえ守れなかったというのに。彼女の父たる六代目魔王を導くと(うそぶ)き、誓いながら、正しく導く事が出来なかったというのに。

 誓った。そう、誓ったのだ。都度六度誓った。魔王を正しく、王自らが望む姿へ導くと、確かに誓った筈だった。


 しかし、その誓いを果たせた事は一度たりとて無かった。結局魔王は狂気に呑まれ、不完全な禍神として勇者に討たれた。そこには尊厳も何も無かった。彼の高貴は踏み躙られ、唾を吐きかけられ、ニンゲン達は魔王の貴名を汚名として語り継いだ。それは、男にとって耐え難い屈辱だった。


 目を瞑り、魂の奥底に意識を行き渡らせる。爆発し、堰が切れたかの如く荒れ狂う感情を、そのまま無理矢理に押さえつけ、男は己に言い聞かせた。

 今まで何度も考えた事だが、答えは一つしか無いのだろう。

 そしてその答えは単純にして明解だ。狂い果てる前に、魔王の尊厳の為と己を騙して、王を殺す事など男には出来ない。ならば、『魔王(ノトリアス)』として覚醒させなければいい。魔王を眠らせたままにして、人としての幸福を掴んでもらう。もし己の正体を自覚しても、神器に触れさせなければいい。そうすれば完全に目覚める事はないだろう。


 そこまで考えて、城を巨大な揺れが襲い、轟音が鳴り響いた。何百回目の襲撃に、男は黙って斬馬刀を虚空から取り出した。

 轟音の発生源は、この魔王城を壊そうとする、忌々しい神獣(デミ・ゴッド)だ。ソレは週に一度程の間隔で、この城を襲撃しては男と死闘を繰り広げていた。

 心地好い回想を遮られた憎しみと、落ち込んでいた思考を無理矢理引き上げられた事への感謝。何よりそんなものを感じてしまった自分への嫌悪。それらの感情全てを、長く深い溜め息と共に押し流した。


 男は己の神器たる斬馬刀を慣れた手つきで握り、容易に持ち上げる。それは、男の肢体に見合った、目を疑うほどの大刃だった。人間には到底扱えないであろう、男の身の丈程もある巨大な刀で、黒い刀身に赭色の鎖が巻きつく大得物。

 銘を『縛焔(レーヴァテイン)』。それが、男と共に幾度も死線を潜り抜けた相棒(神器)の名だ。

 窓を開け放ち、窓から住館の屋根に登ると、男はその熱い狂怒のままに、噴火が如き大轟声を神獣(デミ・ゴッド)へと吐き掛ける。咆哮と共に肉体が膨張し、身体を覆う貴族服が引き裂かれ、男は戦意と殺意をより猛々しいものとした。


 あの、山のように高く太い神獣の戦闘力は、ニンゲン風に言えばSランク、天災級だ。男が全盛期の頃であれば互角以上に戦えたであろうが、今では追い返すのが精一杯だ。

 少しばかり荷が重いが、仕方がなかった。魔王の神宿者がこの魔王城に近付いているのは間違い無いのだから、ここで危険を払い返す必要がある。全身の魔力を滾らせ、邪魔な思考の一切を捨て去った。


 男は変化を解き、ヒトの姿から本来の姿へと戻っていた。胴体は、巨き過ぎる人のもの。狼に似た頭部に、歪んだ角は山羊のそれだ。五メートルはあろうかという大怪物は、共に巨大化した斬馬刀を肩に乗せ、尖塔へと飛び移ると、その屋根から神獣を見下ろした。

 男は、ディアゼル・レギオニス・オブシディアンは、赭く猛った。胸に思うはただ一つ。此度こそは違える事は無い。そう誓ったのだから。

悪魔公(デモンロード)』の名に懸けて。



 ◆ ◆ ◇ ◆



 玉座の間にて、祈りを捧げる少女の姿があった。両手を組み、瞳を閉じて、眼前に突き刺さる大剣、魔王の神器と相対している。顳顬(こめかみ)を脂汗が伝い、握られたその手は小さく震えている。玉座の間、もしくは謁見の間で膝を付く彼女は、魔王を素に造られた人造人間(ホムンクルス)だった。

 敬虔な信徒のように、その神器へと念じ続け、神器と対話を試みる。けれど、その思念は虚しく、神器は頑として少女を己の主と認めようとはしなかった。


 神器は、神の魂を切り出し、固形化して造られたと言われている。であるからこそ、神器とは神宿者にとって権能を覚醒させる為の極めて重要な一ピースだ。少女は、自身がなんの役割を望まれて生まれ落ちたか、それを知っている。彼女の役目は魔王の代わりとなることで、それを全うするには、神器の存在が不可欠だった。

 しかし、神器は彼女を受け入れるどころか、その精神を手酷く痛み付け、延ばされた手を乱暴に振り払った。神器とは、喋ることこそないが、意志はあるとされている。神器は少女を見下し、嫌悪していることは明白だったが、少女はそれでもいつか自分を認めてくれると信じて、毎日休むことなく語り掛ける日々を送っていた。


「っ……は、ぁっ」


 荒い呼吸が唇の隙間から漏れ出し、少女、サクヤは顔を苦痛に歪めた。絡めていた両手を解けば、腕が重力に従って垂れ落ちる。不規則な呼吸を意識して整え、服の裾を弱く握った。


 休憩の間際に、今日見た夢を思い出す。それは心地の良い夢だった。自身の半身と表すべき相手と語り合い、笑い合う夢だ。黒い髪は夜より暗く、蒼い瞳は初めて知る美しさだった。見たことは無いが、きっと、海はあんな色をしているのだろう。そう、彼女は思った。


 様々な話をした。母親代わりのユキにもしないような相談をしたように覚えている。詳しい内容は思い出せないけれど、その人はまるで自分の事のように相談に乗ってくれた。もしかしたら自分が人造人間(ホムンクルス)である事も話してしまっていたかも知れない。それでも、そんなことを気にするような人だとは、サクヤには思えなかった。

 なんて、夢の中で会った人、それも本当に存在するかも分からない人に心を許している、そう思うと少し可笑しい気もした。


 サクヤは、魔王の不完全な複写(コピー)として造られた人造人間だ。彼女がそれに気付いたのは、十歳の時だった。魔王城にて、魔族の姫として育てられていたある日、自分と同じ種族が、城に一人も居ない事に思い当たったのだ。

 それから、母役を務めていたユキに問い質し、真相を聞いた。己が失敗作であり、魔王の代わりたらんとして望まれた存在であるという真相だ。

 それでも、十歳の少女は、己が失敗作でも良かったのだ。愛され、望まれた存在であると知ることが出来れば。けれど、その自信を得ようと、ディアゼルに相談をし、彼女は心に怯えと不安を植え付けられた。はぐらかされたのだ。それから少女は、無条件の愛を信じることも、その話題に触れることもなくなった。


『魔王』の人造人間なのだから、『魔王』の力を持っていることが重要で、彼女はそこに自身の存在意義を見出だした。神器を引き抜き、扱える能力の数を増やし、魔王として認められる為の努力を惜しんだことはない。それでも、勤勉は実を結ばず、全ては徒労に終わろうとしている。

 城の住人は皆立派だった。自分一人いなくても問題ないだろうとさえ思えた。


 玉座の間の大窓から見える、広く続く曇り空を見上げる。サクヤの誕生と時期を同じくして城への襲撃を開始した神獣。あれのせいで、彼女は城の外へ出る事を禁じられ、彼女の世界は全て、本の中と空想だけで完結していた。

 外界への憧憬は、日を経る毎に増していく。遍歴騎士の冒険譚や、名を残した戦士の英雄譚、もの好きな流浪人の旅日記、ロマンスを鮮やかに描き出す恋物語、魔術的知見に基づく建築学についての専門書、薬草についての細かな解説が書かれた図鑑、千の魔術を修めた賢者の記した魔導書、国々の移ろいを刻んだ歴史書。あらゆる書籍と親しみ、あらゆる知識を好み、この大陸への理解を深めた。そうまでしても、彼女の知識は情報止まりで、外にある筈の街々の風景は、想像しようにもぼやけて、城内に飾られた油絵とそう変わりはしなかった。


 問題は、神獣(デミ・ゴッド)にあった。


 神獣(デミ・ゴッド)は、正体不明の存在とされている。強力な魔物を神獣と呼ぶ者が居れば、神々の眷属と言う説も有るし、そもそも神々とはルーツが違うとも、新たに生まれた神だと言う声もある。どれが本当か分からない。何時からいるか、何がしたいかも分からない不可思議な生き物だ。人を襲う神獣も、興味を示さない神獣も居ると言う。

 ただ一つ、確かなのは、多くの神獣(デミ・ゴッド)神宿者(ホルダー)を嫌っているという事だ。特に、格の高い魂を目の敵にしている。サクヤは不完全とはいえ、魔王の写し身だ。一歩でも城から出ようものなら、城の破壊を試みる彼の神獣は、彼女の殺害を狙うだろう。


 ある日、神獣と戦い、ディアゼルが大怪我を負った。それを見て、彼女は言った。わたしのせいだと。それを聞いて、メイドは言った。そんな事はないと。

 メイドの言い分では、神獣は魔王の神器を狙ってこの城を襲撃している。だから、御嬢様の責任ではないという。

 しかし、その言葉を受けて尚、サクヤの胸を刺す罪悪感は消えず、寧ろ今も増し続けている。

 嗚呼、もしも己が神器を抜けたなら。神獣を吹き飛ばす程の力があったなら。そう考え、神器を引き抜こうとしても、結果は着いて来はしない。


 そして、今日も訓練が終わったら、城の召使い達と会話をして、薬を作って、それから沢山の本を読む。本を読んでる内に落ちるように寝てしまうのだ。いつも通りの繰り返し、繰り返し。


 何も出来ず、周りに迷惑ばかり掛けて、生まれた意味もなくただ朽ちていくのか、そう思うと指先からゆっくりと、感覚がなくなっていく。

 ぱきり、と凍り始めた心はそのままに、サクヤは冷たくなった指で、そっと肩口を撫でた。

 ザリザリと、大切な()()が削れていく。消失感に顔が歪む。押し寄せる激痛に身体が強張る。ここの所、それはより酷くなっていた。


 魔王の力は、魂に根付いた神の権能を、契約によって複数人と共有できる、という能力だ。当然ながら、魔王の力は魂に深く関わっており、そして、サクヤはその力を不完全ながらも持っている。そのせいで、理解してしまう。自分の魂は紛い物で、壊れ物で、不安定で……だから()()()がくる日もそう遠くはない。その事を理解している。だからこそ、外への憧憬は増すばかりで、無力感は留まることを知らなかった。


「……外ってどうなってるんだろう」


 意識の外から漏れ出た、諦感混じりの独り言に、我に返って周囲を見回す。そうして室内に誰も居ないことを確認して、安堵の溜め息を吐いた。


 吐息が宙でほどけて消えるのを幻視して、自分に言い聞かせる。この世界には自分より、もっと不幸な人間もいるのだから、我慢しなければいけない。忘れなければいけない。

 三百年封印されていたお姫様にも、滅ぼされた村で一人生き残ってしまった、そんなありふれた悲劇にも、まして狂気に苛まれる魔王には到底及ばない。この不幸など、ちっぽけな不幸だと。

 この程度打ち破れずに、魔王には成れない。そう信じ、もう一度神器に向かって想いを傾けた。





夜銀鹿ディートルノワについて:

(図)夜銀鹿ディートルノワとは、南大陸の魔境、黒魔の森を統べる大精霊とされている。しかし、実際に姿を見たという人物は殆ど居らず、存在するイラストは全て想像によるものであり、この図も例に漏れない。この精霊を祀る祠が黒魔の森に点在しており、黒魔の森を冒険する者達の目印になっているという。彼の権能については不確かな所が多いが、伝承によると、『黒魔の森の言葉なき意思そのもの』であるとされている。


『図解:精霊百鑑』 マルナール・タニス著 より一部抜粋

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