06 ひび割れた日常
「了解した。後はこっちで」
「はい。では、自分はこれで」
あれから三日掛けて街に着くと、まず詰所の衛兵に女性を保護するよう頼んだ。
まさか断られるはずもないが、隊長と思わしき人物が快く引き受けたことにユリアスは安堵する。後ろの兵士が彼女に侮蔑の視線を向けていたけれど、それ以上の行動に移さないのなら、ユリアスに出来る事は無かった。
「ヒィィン」
「まあ、待て。まずはギルドに行くぞ」
昼食を強請り、ぐりぐりと擦り付いてくるロイクの馬頭を押さえ、南門からギルドへと流れる人の列に身を任せる。
道を歩く冒険者たちは、ユリアスの姿を見るや一瞬動きを止めたが、ユリアスが何をするでもなく、人々の流れに歩幅を合わせて動いていることに気付くと、すぐにまた動き出した。
やはり、街の南部はいつ見ても樹がそこらに生えている。この街はどこもかしこもドルト杉が地面から突き出してくるが、黒魔の森に近い南側は特にその数が多かった。
この杉は雑草のように生えてきて、傍迷惑な事に家屋と家屋の間や道のど真ん中に姿を表すこともある。現に、今も道の脇に生えてきたドルト杉を樵が数人がかりで対応している。
倒れるぞー、という声にそちらを向けば、ユリアスとは関係のない方向へと傾き始めた為、問題なしと判断して前に向き直った。
ドルト杉は、切られると光を吸収する特質も消え、優れた耐火性、耐熱性だけが残り、優秀な建材となる。樵たちは無事切り終わったドルト杉を回収し、その根を掘り起こすと、道を土魔術で整備して去っていった。
少しすると、盾に重なるように剣と斧が交差するイラストの看板をぶら下げた、大きな施設が見えてくる。冒険者互助組合だ。
入り口に立つと一瞬息が詰まったが、いつまでも玄関口を占拠しているのはきまりが悪い。馬姿のロイクが背負っていた荷物を受け取り、彼が黒猫に変化するのを待って、ギルドへと入る。迷わずヴィオレの元へ足を向け、噂話も無視して彼女へ話しかけた。
「こんにちは、ユリアス様」
「ああ、こんにちは、ヴィオレ。今、空いてるか?」
「ええ、勿論です。私の受付は人気がありませんので」
「そう言わないでくれ。俺が居るだろ。……あ」
「どうしました?」
ユリアスの視線がヴィオレの髪の毛、正確にはその髪留めに止まった。白い花を模した小さな髪飾りは、控えめにその存在を主張する。彼女の紫掛かった黒髪のアクセントとして、良く映えていた。
「その髪飾り…ファロンの花か」
「ああ、ええ、はい」
「いや、良く似合ってるなと思って。……それから、少し…今は離れている妹を、思い出したんだ」
妹、と言ったその途端、ピク、とヴィオレの表情が揺らいだ気がした。常なら少しの時間すら必要としないで平静に戻る顔色も、すぐには直らず動揺が浮かんでいる。
「妹……」
「ああ。……懐かしいな。俺が小さい頃はよくその娘と一緒に野花を…例えば、そのファロンとか、あとは菫とかを摘みに行ったんだ。ほら、この花瓶に入ってるようなのをさ」
「そう、ですか」
「どうした? 具合でも悪いのか」
「なんでもありませんよ。ただ、お世辞が上手いなと思いまして」
「嘘じゃない。似合ってるよ」
「……そうですか。それならそれで、良いんです」
美人などという褒め言葉程度、言われ慣れているだろうに、妙に嬉しそうなヴィオレに、ユリアスは嬉しそうだから良いかと自分を納得させた。その様子からは喜び以外の感情も感じ取れたが、それ以上のことは分からなかった。
ロイクがやるやん、と言いたげに鳴いた。
「それじゃあ、依頼完了の手続きを頼む」
「畏まりました」
荷袋から依頼用紙を出し、面倒臭そうに顔を歪めるヴィオレに苦笑する。
「……依頼用紙…確認する必要ありますか?」
「一応、規則ではあるし…ヴィオレの事だから覚えてるんだろうけどさ」
「でしょう? こんなの、面倒臭いだけです」
「ヴィオレは怠け性だなあ」
そもそも、ヴィオレ自身、あまり受付の仕事があるとは言えない。人も来ないのにそれで良いのかと言おうとして、それが揶揄いか悪態か分かりかねて、中途半端に開いた口をもごつかせた。
「…依頼内容確認終了致しました。それでは悪醜鬼の討伐証明部位はこちらに、依頼指定以外の納品がありましたらこちらにお出しください」
これも馴れたもので、変異種含めたオーガの角七本と、変異種が使っていた斧、ついでにオークの指と、帰り道中に狩った魔獣の討伐証明素材を受付のカウンターに手早く並べる。
「これで全部だ、頼むよ」
「これは……短期間で随分と狩って来ましたね。それにこれはオーガの変異種のものですか。この斧も悪くない物ですし。査定に少しばかり時間が掛かりますが如何なさいますか?」
ロイクが飯では?と言いたげに鳴いた。結構耳にきんとくる高音で鳴いた。
「……こいつもこう言ってることだし、昼食にするよ。また少ししたら戻ってくる」
「畏まりました。それでは、今から一時間を目安に戻ってきていただけると」
「分かったよ。……じゃあ、そろそろ頼めるか」
「わかりました。それでは背筋をしゃんとして立って下さい」
「ああ」
ヴィオレは魔術触媒をカウンターに置くと霊力を練り、魔術の準備を始める。瞬く間に術式を構築し、最後に一言呟くと魔力触媒を砕くことで魔術を完成させた。
魔術が成功し、ユリアスとロイクの身体を青い光が一瞬包むと、一人と一匹の身体中に付着していた血の跡や泥、砂埃が綺麗に落ちた。
「はい、これで良いでしょう」
これは正確には受付嬢の仕事ではないが、ギルドに不利益が無ければサービスとして認められる。そういう類のものだった。この前、ロイクをギルド前で待たせて、洗浄魔術を掛けてもらうのを忘れた結果、ロイクの臭いが大変なことになっていた。それを思い出し、ロイクもきちんと綺麗になっているのを横目で確認する。
「いつ見ても凄いな。殆ど無詠唱に近いだろう?」
「水系統の魔術は得意ですから」
「この前は火と闇が得意って言ってなかったか」
「火と闇はもっと得意ですね」
「……なるほど。これだって得意の次元じゃないだろうこれは。俺は水魔術が苦手だから羨ましいよ」
攻撃的な魔術以外があまり得意でない、特に水属性魔術の行使を嫌うユリアスは、少し微妙な表情を浮かべる。彼女に思う所はないが、ここまで魔術が得意な友人がいれば、あまり得意でない自分を見つめ直してしまうものだった。
「にしても、いつも俺から言い出してるような……血だらけの人間がいて何も思わないのか?」
「いえ、特には。強いて言えば掃除の当番自分じゃないか確認するくらいですね」
「うーん……? ほら、あの受付嬢の人とかちょっと顔引き攣ってるぞ。あっちの人も」
「あの方はキャサリンさんですね。本日の掃除当番の方です」
「掃除当番とか関係なさそうだけどなあ。…俺もいつかは慣れるんだろうな」
「いえいえ。ユリアス様はそのままの感性で頂いた方がよろしいかと」
ユリアスが指差した受付嬢は、血だらけかつ大柄な冒険者の姿に営業スマイルをぎこちなくさせていた。ユリアスが思うに、掃除当番でなくとも普通にイヤなはずである。
そこでふと、提出せねばならない物があることを思い出した。帰り道中、森で寝泊まりする前の時間に書いた報告書を荷袋から探り出す。
「ああ、そうだ。これを忘れてた。これに俺が知れた限りの森の異変について書いたから、受け取ってくれ。読みにくい所等があれば後で教えてほしい」
「あら、ありがとうございます」
「役立ててくれると嬉しい」
じゃあ今度こそ、と言って受付カウンターを離れる。また耳元で鳴かれると困るため、肩に居座るロイクの首元を摘んで、頭の上に載せた。
「こら、食うな」
今度は髪の毛をもしゃもしゃと齧りだした為、結局腕の中に移動させる。ぐにいとロイクが下に伸びていくのを、彼の体重で感じ取りながら、ギルドの扉を開けて街に出た。
懐中時計が示す様を見れば、今は丁度昼時だと分かる。なんとなく、いつも通りの、ギルドや宿の食堂ではつまらない気がしていた。
「久しぶりに、良いところにしようか」
調子の良い声を上げるロイクを右腕に、軽くなった荷物を左腕に持って、食事処の集まる一帯に歩みを向ける。
この世界の文明は、何千年単位で続いている為、生活水準も文明発達の度合いも高い。この街、トリンズなどは比較的最近作られた街ということもあり、区画整理もなされていた。特に南側はこの街の経済の心臓部であるため、一見は雑多であるがよく整理されており、迷うということはそうそうない。治安は悪く、大いに発展し、あまり入り組んでいないのが、トリンズ南壁区の性格だ。
数分と経たずに、目的の一角に足を踏み入れる。『オグナル飯店』や『ハイニスの食卓』などの大手の支店が一等地を占める中、少し奥まった場所にそれはあった。
「お前、ここ気に入ってただろ」
『ルドーのケモノ道』亭。値段は高いが、ドレスコードも気にする必要はなく、何より、従魔を連れて入ることができる店だ。勿論、提供される料理は従魔を対象としたものも多い。サイズの大きすぎる従魔は想定されていないが、それでも従魔と一緒に入れる高級飯店というのは珍しく、ユリアスも偶に利用していた。
通常の店より大きく設計された扉を引いて、鈴の音と共に店に入り、店員の案内に従って席に向かう。従魔同士のトラブルを未然に防ぐため、席は全て個室となっており、ユリアスらは奥から二番目の部屋に通された。
席に着いて紙作りのメニュー表を眺める。己の分はあまり迷うこともなく早々と決める。ロイクにもメニューを見せれば、勢いよく肉球が飛び出し、一つのイラストを指し示した。
「母磁水牛のセット……? うわ、高っ」
母水磁牛は、コクの強い乳、柔らかく溶けるようでいて旨味の詰まった肉、靭性が高く対魔性に富んだ美しい青緑の外皮、陶磁器のような大角は美術品としての価値があり、眼球は魔術の触媒に、骨は砕けば薬になる。余すとこなしとされる黒魔の森中層水辺に棲む魔獣だ。無論、高い。中層の魔獣かつ数も少なく、ランクは限りなくA寄りのB。それを、肉と乳だけとはいえほぼ半匹、お値段なんと金貨一枚。四人家族で三ヶ月は保つ計算だ。
メニュー表には、堂々と『これであなたの相棒も大満足!!』と書かれていた。
(まあ、いいか)
Bランクの冒険者ともなると高給取りだが、ユリアスはあまり金を使う方ではない。加えて、基本は森に籠っている、言い換えれば常に働いている為、貯金もかなりある。偶の贅沢くらい許してやろうと思い、ロイクの示した通りに注文した。
「金のかかるやつめ」
ユリアスの分の食事は数分で出てきたが、ロイクのものはもう暫くかかるらしい。使い魔用の食事スペースからこちらを無言で見るロイクに、ユリアスもまた無言を貫くことで対抗し、黙々と雌石蛇鶏の肉を食らい続ける。今ユリアスが食べているのは、母磁水牛の乳で作ったソースで雌石蛇鶏の太もも肉を煮込んだものだ。塩気を感じられる程度には調味料も効いていて、しょっぱさと、甘さ、苦味、酸味と辛味などの、明確な味付けがないと旨味を認識できない音痴な舌を持つユリアスにとっては、ありがたいことだった。
白く滑らかなソースをスプーンで口に運び、まろやかな酸味を持つ赤い色をした小粒の種──コニアの種──を奥歯ですり潰していると、ある事に気がつく。
(そういえば……)
母磁水牛と雌石蛇鶏。どこかで聞いた覚えがあると思ったら、ユリアスが以前狩った覚えのある名前だ。もしかしたら、今回頼んだものは両方とも、ユリアスとロイクで狩ったものなのかもしれない。
雌石蛇鶏は、番の雄石鶏蛇と共に、母磁水牛は、珍しく五体もいたので合わせて狩り殺した。その内一体をロイクに食べさせ、後の四体を気合いで持って帰ったのだ。母磁水牛の大量発生という特殊な事例と、進まない気分を押し通して街に戻ったのもあって、良く覚えている。
食物連鎖のバランス崩壊を原因に、何かしらの種が大量発生するというのはままあることだ。母磁水牛が大量発生していたあの時点で、今のこの異変の片鱗は見えていたのだろう。
そんなことを、黒豹姿のロイクが出された肉を嬉々として頬張るのを見ながら考えていた。
しかしまあ美味そうに食うものだとロイクを眺めた。フンフンと鼻を鳴らしながら、彼は踊るようにして身を捩って肉に齧り付いている。笑みが口元に滲むのを自覚しながら、ユリアスはその喰いっぷりを観察する。
「なあロイク、お前、幸せか?」
投げ掛けられた質問に、ロイクは顔を上げるときょとんと声の主の顔を見詰める。そして快活な鳴き声で気持ちを表すと、直ぐにまた食事に戻った。
「なら良いんだ。でも急げ、遅刻するぞ」
器に入れられた牛乳を舐め飲んでいるロイクを急かし、食べ終わるのを待つ。会計を済ませると足早にギルドへ向かった。
来た道を戻るだけであるから、時間がかかるはずもなく、ギルドへ戻ると真っ直ぐにヴィオレの担当するカウンターに行き、軽く頭を下げた。
「すまない、ヴィオレ。少し遅れた」
「いえ、問題ありませんよ。あくまで一時間目安ですから。それでは、査定結果をお伝えしますね。詳しい内訳は……」
「いや、良いよ。総額だけ教えてくれ」
「畏まりました。依頼成功報酬と追加の報酬で金貨一枚と大銀貨六枚、そして銀貨三枚になります。よろしいですか?」
「もちろん」
「はい、それではどうぞお受け取り下さい」
「ありがとう、いつも助かるよ」
受け取った報酬を懐に入れながらも、思うのは大氾濫の事だ。そろそろまた旅に出ようという計画もあったが、大氾濫が発生するともなると捨て置く訳にもいかない。これからどうすべきか、などと考えていると、ヴィオレの後ろからギルドの事務員が一人、姿を見せた。
「ヴァイオレットさん、ギルドマスターがユリアス様をお呼びです。出来る限りお早くお願いします」
「ええ、分かりました。………そういうことなんですが、ユリアス様。少々お時間よろしいでしょうか?」
「ギルドマスターが?」
何事だろうと頭を捻る。記憶を探るも、特に何かをやらかした覚えもなかった。厄介者扱いされてはいるが、ユリアスは優等生だ。トラブルに巻き込まれることはあっても、トラブルを自ら起こすということはまずない。それに、洒落にならないトラブルや事件でも起こさない限り、受付嬢経由で厳重注意くらいで済む。そうなると、指名依頼だろう。超高位の冒険者達が街を開けている為、その開いた穴をユリアスが埋める羽目になるのかもしれない。話がどんな内容にせよ、厄介事であろうことは予想できた。
けれど、だからと呼びかけを無視する訳にもいかない。トリンズという超大規模なかつ冒険者中心の街のギルド長なのだから、その権力は尋常ではない。この街で冒険者を続けたいなら、彼の機嫌を損ねるのは悪手だ。
「……そうだな、分かった。そういう事だから、ロイク、ここで待っていてくれるか?」
「ゥゥル」
同意の鳴き声を上げるロイクを、肩から下ろしてカウンターに乗せる。受付の奥からは、ヴィオレが席を外している間の代理役なのか、先程ヴィオレに声を掛けた職員が出張ってきていた。
「ヴィオレ、案内を頼むよ」
「畏まりました」
受付カウンターの内側に入れるように道を作った彼女の後に続く。本来なら案内は彼女の仕事ではないのだが、ユリアスの相手をしたがる職員が少なく、ヴィオレはユリアス係のような扱いを受けていた。
適当な会話とともに木造の階段を登り、呼出人の部屋の前で足を止める。ここから先は、ユリアスもあまり入ったことのない領域であり、あまり入るのに気の進まない領域である。
「失礼します。ヴァイオレットです。ユリアス様をお連れしました」
「通せ」
ヴィオレの声に部屋の中から応じる声がする。神経質そうなその声を合図にヴィオレは扉を開けて、ユリアスに中に入るよう促した。
「失礼します」
「ユリアス様」
言って入ろうとした瞬間、ヴィオレがそっとユリアスの服の裾を引く。振り返ろうとするユリアスを押し留め、その耳元で細く囁いた。
「今回の依頼、出来れば、断って下さい」
「!」
それは明確なルール違反だった。ギルドマスターが部屋に呼びつける程の依頼は、基本的には極秘の依頼であり、受付嬢は何か知っていてもそれを口外してはいけないし、まして、依頼を拒否するよう助言など、あってはならない。つまり、それだけの何かがあるということだった。
一瞬硬直した身体を再び動かして、ユリアスは部屋へと足を踏み入れた。
中に入ると、執務用の机が一つと、面談用の長机が一つ、それと、長机を挟むように置かれた二つのソファが目に入る。そのソファに、窪んだ眼窩に皺の寄った顔の、酷薄な印象を受ける男が座っていた。横には、彼を守るようにギルド長直下の冒険者が二人、立っている。
ソファにてユリアスを睨め付ける男は、冒険者ギルド、トリンズ支部のギルドマスターであり、名をデインといった。この世界で唯一未だ生きている、神代よりの古き神、精霊王を信仰しており、狂信者の気はあるが、有能な人物だと周囲には認められている。そして、ユリアスを毛嫌いしている人物の筆頭でもあった。
「……来たか。座れ」
その言葉に従って、机一つ挟んだ、デインとは対面の位置にあるソファに腰掛ける。彼はユリアスが腰を下ろすや否や、挨拶もなく紙束を机上に出した。その一番上の紙面には、赤字で『禁帯出』とだけ書かれている。
「今日お前を呼んだのは、俺直々に指名の依頼を出す為だ」
やはり、と前もって身構えていた言葉をそのまま出されて、ユリアスは小さく首肯で応えた。
「Aランクのカイエンが一月程前から依頼に出ているのは知っているな」
「ええ、カイエンとは知り合いでしたから」
Aランク冒険者のカイエンは拳闘士の神宿者であり、素行が悪く、腕は立ち、ユリアスの少ない知り合いだった男だ。友人という程ではないが、それでも偶に会えば話す程度の仲だった。
「カイエンが死んだ。お前に依頼するのは奴がしくじった仕事の後始末だ」
予想通りの展開に、ヴィオレの言った言葉の意味をじんわりと理解していく。
カイエンはAランクの冒険者だ。その男が失敗した仕事をBランクのユリアスに任せるということは、本来ならありえない。しかし、先も述べた通り、今はAランク超えの超高ランク冒険者が街を空けている。そのため、実質Aランク相当のユリアスに依頼が回ってくるというのはない話ではない。ユリアスの想定を越えた話の内容でもなかった。
「……というと、森の異変の調査でしょうか?」
「フン、それもあるが、違うな。良いだろう。単刀直入に言う」
しかし、次の言葉が無ければ、であったが。
「お前を魔王城の調査隊に入れることが決まった」
「───────────」
色嘴梟について:
(図)これは色嘴梟と呼ばれる精霊を模ったとされる像である。色嘴梟は南端の街トリンズの守護精霊とされており、その信仰の起こりを紐解けば、南大陸南西部に位置するテーヌカンの街と、その周囲一帯で崇められていた精霊、鋭嘴梟(127ページ)の信仰が、開拓地であったトリンズに持ち込まれた過去に由来する。鋭嘴梟は元来、豊猟を齎すとされ、猟師達を中心に崇められていた。しかし、テーヌカンの住民の一部が新天地を求めてトリンズへと赴き、その結果、鋭嘴梟は色嘴梟へと変質し、夜を見通し、開拓の成功を見守る精霊としての性格を獲得した。これは恐らく、トリンズ周辺の黒魔の森が非常に暗い森であり、梟というシンボルが暗闇に於いても視界が通る存在であることにより、『黒魔の森の探索に於いてその冒険を見守ってくれる守護者』の存在を求めた彼らの信仰像と重なったからであろう。
『図解:精霊百鑑』 マルナール・タニス著 より一部抜粋