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04 音無し・森棲み・蒼眼の

 ギルドを出て、肉を食べ終わったロイクと一緒に南門へと向かう。成人男性0.5人分の重さの肉を丸ごと食べたというのに、質量の変わらない謎生物は、今もユリアスの腕に抱き抱えられていた。


 ──ここ、トリンズの街は『冒険者の街』である。

 城塞都市トリンズは、ロギーネスタ帝国の属国、リガルド大公国に所属する都市であり、『第二の帝都』と言われるほどの繁栄を見せる百万人都市だった。

 こうまでも発展を遂げた理由としては、リガルド大公国が大陸最南の人族国家であり、その南には『黒魔の森』が広がっている事が大いに関係している。


 『黒魔の森』は、精霊王が住まうとされる西の大森林『幻宙の樹海』と繋がる森だ。繋がってこそいるが、その二つの森の生態系は全く異なり、『黒魔の森』は他の魔境——所謂魔物の生息地——では見つからない、希少な魔物や植物の宝庫となっている。その、貴重で有用な資材を求めて多くの冒険者が集まり、それに伴って職人や商人、農民が住み着いて発達した街がここ、南端都市トリンズである。その街の規模はリガルド大公国の公都を遥かに凌ぐ。が、トリンズの城壁の馬鹿げた高さからも窺えるように、黒魔の森は危険極まる森だ。それを理由に、この街が公都になることはなかった。


 街を囲む城壁から出るためには、四方に置かれたいずれかの門から出る必要がある。その内の一つ、南門の周辺には冒険者がごった返していた。

 他の街や河港へと通じる北、西、東の三方ならともかく、森以外に繋がらない南側には、整った街道は存在しない。馬車や竜車の姿もなく、武装した冒険者たちが無遠慮に広い道幅を占拠していた。ユリアスの姿を見たことで、避けるように道をあける彼らの間を通って城門まで来ると、門番の男に身分証である冒険者証を見せる。門を抜ける冒険者らの列に続いて、堀に跨がる橋へと歩みを進めた。


 冒険者たちが話をする声が聞こえる。金と酒と女と暴力の内どれかという、いかにも()()()内容の会話と、こちらを覗き窺う、前の冒険者たちの視線を受け流しながら、列が再び動くのを待つ。


 大陸南部と言えば霧の土地であり、南端都市というだけあってこの辺りも例に漏れず、街の外には薄らとした霧が漂っていた。少量ながら魔力を含むこの霧は、南へ進むほどに濃くなっていく。今は気にならない程度だが、黒魔の森を一週間も進めば、本格的に濃くなってくるだろう。

 生物にとって、自身の持つものと質が異なる魔力は有害であり、それはこの魔霧も変わらない。耐性の低い者であれば今漂っている程度の霧であっても体調を崩す。それを抑える為に、街の外へと繰り出す冒険者達は魔防薬と呼ばれる丸薬を服用していた。


 そして、この街では、霧に含まれる魔力を利用するために、魔霧を吸収し、魔力のみを取り出す結界と、その結界を敷くための魔道具を設置している。随分大掛かりな魔道具であり、街の中心に建っている大時計塔と、城壁の四方に備え付けられている尖塔がそれだった。


 水筒を荷袋から、魔防薬を腰のポーチから取り出し、薬を口の中に放り、水を注ぎ入れる。水溶性のカプセルが溶ける前に薬を飲み下し、物体が喉を通り抜けた感覚に一息つく。

 空気を肺に送ると同時、たっぷりと水気を含み、夜のうちに丹念に熱を奪われた霧が、唇の隙間からするりと滑り込んでくる。魔防薬を服用したとはいえ、魔霧による魔力撹乱を完全に防げる訳ではない。一呼吸毎に、体内の魔力環境を一定に保とうとする恒常性が働くのが薄っすらと分かる。魔霧によって体内の魔力が乱される感触を嫌う者は多いが、ユリアスはあまり嫌いではなかった。


 橋を渡り終わった後、冒険者たちの列から外れて、道の脇に寄る。他の冒険者たちがそれぞれの荷物持ち(ポーター)に大荷物を背負わせている横で、ユリアスはロイクを降ろして指示を出す。


「ロイク、頼めるか」

「ルウゥ」


 着地したロイクが身震いし身体を縮こませると、その全身が黒い繭のような光に包まれる。光が晴れた後、その場にいたのは小さな黒猫ではなく、巨大で逞しい黒馬だった。


「いつもありがとうな」


 ユリアスのその言葉に、黒馬は蹄を地面に打ち付けて応える。長い顔を撫でてやれば、ぐりぐりと頭を押し付け、耳を掻けと催促してきた。

 お望み通り耳を弄ってやり、すぐに出発の準備を始める。艶やかな漆黒の毛皮を撫でながら、ロイクの背中に布を敷いて荷物を括り付けると、地面を蹴って空いたスペースに飛び乗る。鞍なしでその背に乗るのももう慣れたもので、スムーズに体勢を整えると、舌で口内を二回叩いて前進の指示を出した。


 見ての通り、ロイクは極めて賢く、そして様々な姿かたちに変化する。狩りに移動、運搬や索敵もでき、それに加えて普段の仔猫状態のときは非常に愛くるしい見た目をしている。となると、もはや最高最優最上の生物、ペットと言えるのではないだろうか。……正体不明の謎の生き物ではあるけれど。


 ロイクの足が、冒険者らに踏み固められて出来た道に乗ったのを見て、ユリアスは景色を鑑賞しようと決め込んだ。

 季節が過ぎるのは速いもので、ついこの前まで夏の暑さにうだっていたはずなのに、もう秋の半ばである。ロイクが速度を出しているからか、肌寒い風は耳に当たると少し痛く感じられた。


「お、ロイク、『朝切虫(ノータセス)』が低く飛んでるぞ」


 ユリアスの真横を通った、朝切虫(ノータセス)と呼ばれる、秋になると低く飛んで獲物を探す、白と緑の虫を指差す。流石馬の視野角と言うべきか、ロイクもそれに反応し、返すように鼻を鳴らした。

 空は高く、青く、透き通っていた。道では冬に備えて作られる、魔物を抑える為の柵が、職人の手で施工されていっている。実に秋らしい、言うなれば秋日和だった。


 道にはユリアスら以外にも、同業の者達が冒険に繰り出している。低ランクの者は粗雑な中古品を身に付け、中位の者はそこそこの革鎧を、上位の者は質の良いモノ…全身鋼鎧(フルメタルアーマー)などを装備している。剣士や斧使い、弓使い、魔術師に盾持ちの戦士など。様々な格好の人々が、これからの戦闘に血を滾らせている。


「おい、今日やんのはどんな依頼だっけ?」

「はぁ?ンな事くらい把握しとけよなー。……で、なんだっけ?」

「オメーはリーダーだろうが!そんくらい覚えとけよ!」


 楽しげに、弾んだ声で話す一行がいる。ユリアスはそれを横目で羨んだ。仲間という物に憧れていた。どのような冒険譚を開いてみても、そこには素晴らしい仲間達との出会いと、ハプニングに追われながらも、それでも楽しい冒険があった。ユリアスにそれはない。ロイクとて、一人と一匹で戦闘に明け暮れる生活など退屈だろう。それが何より申し訳なかった。


「……仲間が欲しいよな」


 それから、俺が居て良い場所が欲しい。その台詞を喉元で止めて、代わりに薄い、溜め息ともつかぬ吐息を挟む。ロイクの(たてがみ)を掴み直すと、改めて秋の気配に目と耳を(そばだ)てた。


 道を進むこと少し、黒魔の森に近付いてきたのを確認して、警戒心を引き上げる。軽く掴んでいたロイクの(たてがみ)から片手を離し、闇色の外套に備え付けられた頭巾を目深に被った。この外套は闇に紛れられるばかりでなく、湿気を払う効果も持つ、優れものである。霧に濡れて体温と体力を奪われるのは、冒険者からすれば死活問題であり、いつも助けられている一品だった。


 森の入り口へと辿り着き、ロイクの足が止まる。その背から降りて荷物を降ろすと、ロイクが再びを身を縮め、姿を変え始めた。その間に、ユリアスはランタンを用意する。

 ランタンを爪で弾き、昨日の内に継ぎ足しておいた油がきちんと入っていることを確認する。ランタンの下部と上部をそれぞれ右と左の手で持って、ネジにそうするように捻りながら、ランタンの底に刻まれた魔術陣に魔力を込める。


「『雫ほどの灯を』」


 しばらくずっと使っているからか、魔術陣も擦り切れ始め、起動が遅い。そのため、詠唱で魔術の発動を後押ししてやれば、ガラス越しに熱のない青い灯がゆらゆらと揺れ始めた。今度はランタンの上底に彫られた魔術陣に魔力を注ぎ、霧払いの魔術を起術させた。これで、このランタンの周囲の霧は薄くなり、ランタンの動きに合わせて、前へ、後ろへ、右、左へと霧が押し出されるようになる。未だ霧の浅い場所とはいえ、霧のもたらす視認性の低下を馬鹿にしてはならない。このような対策を行うのも、この森を探検するには必須だ。他にも、ユリアスの持つ懐中時計にも秘密がある。この金属製の時計は、魔術触媒、つまり魔術師の使う杖の役割を持つ。魔術を扱う際に、その手助けをする代物だ。直剣と外套、それから懐中時計。これらがユリアスの標準装備だった。


 黒虎へと姿を変え、ユリアスの準備を待っていたロイクの背をさすり、ランタンをベルトの金具に引っ掛ける。今度はユリアス自身が荷物を持ち、虎と化したロイクの背中に乗ると、一人と一匹は森の中へと入っていった。


 黒魔の森は、その名が与える印象通り暗い森だ。この暗さは、黒魔の森の優占種たる樹、『ドルト杉』の持つ、光と熱を吸収する特性によるものだ。この特性は森の奥へ行くほど強くなり、同時に闇も深まる。それ故、特殊な燃料によって灯される明かりがが無ければこの森は探索のしようがなく、ユリアスが持っているようなランタンが、人々が出した答えだった。


「グラァル」

「なに? もう出たのか?」


 森に入って間もなく、ロイクが鳴き声を上げた。声の高さから察するに、警戒するほどの大物ではないようだが、それでも早すぎる。この辺りでは最弱たるFランクの魔物すら出ないはずだ。


「……小醜鬼(ゴブリン)か。無視して良い。異常事態ではあるけど、もう少し進もう。とりあえずはいつもの小屋へ向かってくれ」

「ル」


 冒険者と同様に、魔物にもランクがあった。

 肉体に染み付いた魔力である『妖力』を燃料に発動する『妖術』、精神に紐付いた魔力である『霊力』を用いて発動する『霊術』、それらの魔力を必要とせずに扱える身体特徴(魔眼など)、そして稀ではあるが神宿者(ホルダー)としての能力。これらを参考に、保有魔力量を評価の軸として、魔物のランクは決められる。

 Fランクを下辺とし、E、Dと上がり、Aにもなると大怪物、その上がAA(ダブルエー)、加えてAAA(トリプルエー)が存在する。更に上がS、そして果てはEX。人間の手ではどうしようもない、意思を持った厄災。実質的に存在しない、最悪の怪物。それがEXだ。

 この森は下辺のFから上辺のSまで、選り取り見取りだと聞く。そのため、下手に高ランクの敵とかち合わないように、冒険者ならば誰もが魔物の生態分布を把握している。

 小醜鬼(ゴブリン)はFランクの魔物であり、表層に出現するが、流石にこんな入って数分では現れない。ここからもう少し先……徒歩で二時間ほど進んだ辺りに生息している魔物であって、わざわざ冒険者に見つかりやすい場所に出張ってくる訳はない。妙と言えば妙だった。なにせ、ユリアスが森で寝泊まりしていた二日前には、こんな異変は起きていなかった。


 黒に近い緑の樹葉のただ中を進んでいくこと一時間ほど。他の冒険者たちが主として使うルートから大分外れた場所に、その小屋はあった。この小屋はユリアスが建て、使っている物だと同業者らには知れ渡っているため、この周辺に人が寄り付くことはない。『魔物払いの結界あり。ご自由にお使いください』と書かれた看板だけが、侘しく揺れていた。


 軋む扉を開け、小屋の中に入る。慣れ親しんだ空気に、ほっとしたように溜息を吐いた。街よりもこの森、この小屋にいる時間の方が長く、街にいると少し息苦しい。それはきっと、後ろめたさからくるものなのだろう。思い出せない記憶の奥が、いつもユリアスの意識を縛っていた。

 腰に掛けていたランタンを外し、天井から下がる金具に吊り下げた。普段寝ているベッドに腰掛け、荷物をまさぐる。依頼を受けた際に渡された、依頼の詳細が書かれている紙束を取り出し、青い光の下で紙を広げた。束の一番後ろの用紙、大抵はそこに注意事項が書いてある。


「……あった。ここ二日で魔物の表層での目撃が多発。原因は……目下調査中か」


 一瞬、自分が原因ではないかと疑ったが、それは考え難かった。その根拠は以前、ユリアスが籍を置いていた傭兵団の団長の言葉である。

 ユリアスは確かに特徴的な気配を持っているし、その気配は魔物を引き寄せるが、何十キロも先から居場所を掴めるはずはないという。……ならば何故あの時要塞都市アルキスが攻め滅ぼされたのか、その理由はさっぱり分からなかった。にも関わらず、己の責任でアルキスは滅びたのだという自覚のみが存在し、それが気色悪くて仕方がないのであるが。


 この森には、ユリアスがトリンズにくる前、今から数えて十五年ほど前から異変が起きているのだという話は常々聞いている。それを踏まえて考察するならば、ユリアスが森から離れていた二日の間で唐突に異常が起きたのではなく、二日で今までの異変が一つ上の段階に達したと見るべきだろう。今までこの森に積み重なって来た変事が、とうとう耐えきれなくなって爆発した、そう予想した。


 どう行動すべきか、一瞬思考を巡らせる。様々な選択肢があったが、選んだ結論だけを言うならば、誰でも調査できる表層のことは他の冒険者に任せて、ユリアスはもっと深くに潜ることに決めた。


 話が纏まればあとは速い。小屋の床の下に仕舞い込んでいた、予備の剣と弓、矢筒を回収して、ランタンを右腰(定位置)に戻す。予備用の直剣を後ろの腰に、弓と矢筒は背中に、それぞれ装備し用意を整えると、小屋の外に出た。見張り番をしてくれていたロイクに乗り、今度は中層目指して森を進んでいく。


「Eランク以下は無視、他の冒険者たちとは会わないように頼む」

「ラゥア」




 鬱々と暗く、霧の掛かる森の中を、カンテラの光が揺めきながら移動していく。景色は大して変わらないが、倒木や虫に食われた蜜柱木(ノノアリー)の果実、青白く光るキノコなどが目に付く。

 あれから三時間は進んだだろうか。今いるのは、人の足で来るなら半日は掛かるだろう場所だ。本来ならばまだ小醜鬼(ゴブリン)が住んでいる領域だが、ここでロイクが、明確に警戒を促す声色で鳴いた。

 ユリアスが魔物を惹き寄せる範囲より、ロイクの索敵範囲の方が広い。そのため、ユリアスが魔物を惹き付ける前にロイクがそれを察知してくれる。全幅の信頼を置く優秀な相棒の背筋を、ぐしぐしと強めに擦ってやると、嬉しいのか嫌なのか分からないぞんざいな鳴き声を発した。


 進むこともう数分。下車ならぬ下虎を促すロイクに従ってその背中から降りる。もうここまでくれば、相手にもユリアスがいるということはバレているだろう。とはいえ、ユリアスの気配は例えるなら()()だ。近くにいることは分かっても、相当近付かないる限り、或いは余程感覚が鋭敏でない限りは詳細な位置を把握される事はない。ランタンの光もキノコの光に紛れて目立たないため、もう少し時間はある。


「ロイク、相手は?」

「ルァ……ルア!」


 その場で黒虎から変身し、黒猪へと姿を変える。おそらく(いのしし)似の魔物だと言いたいのだろうが、多過ぎてどれだか絞りずらい。一口に猪といっても、牙歯猪や茸喰猪など、森に棲まう猪魔物は数多く存在する。首を傾げるユリアスへ、黒猪は後ろ足だけで立ち上がり、ふらふら不安定に歩いてみせた。


「ここより奥で出没して、猪似で、二足歩行の警戒すべき敵……豚頭鬼(オーク)か?」

「ブゴ!」


 正解だと鼻を鳴らすロイクの頭を撫でて、戦略を練る。豚頭鬼(オーク)は変異種でもない限りは、武装した力の強い人間と変わらない。特殊な戦略も何もなく、普通に倒してしまうのが良い。

 ロイクに黒猫への変化と木登りを指示し、ユリアスもまた魔術で己の眼を強化する。使うのは夜目の魔術、一定時間暗闇を見通せるようになる魔術だ。


「『闇通しの眼光、宵破りの夜鷹の瞳よ、銀貨が如きその輝きを』【夜禽の銀視】」」


 魔術が正しく発動し、カンテラの光だけでは見えない距離まで視界が通るようになる。矢筒から引き抜いた矢を弓に番え、獲物の影を探す。


(いた)


 ユリアスの位置を探っているのだろう、武装した豚頭を持つ人形の魔物の集団が、辺りを(しき)りに見回していた。その数、十体。兜付きが二体と、その他の個体も粗末ながら鎧を身に付けていた。

 奴らはこの森で生まれ育っただけあって、この闇の中にあっても目が効く。ユリアスは木に己の身体を押し付け、兜持ちの片方に鏃を向けると、強く弓を引き絞り始める。きり、きりと鳴る鉉が最大限に力を蓄えたその瞬間、手から離れた矢は凄まじい勢いで翔び立ち、豚頭鬼(オーク)の頭を兜ごと吹き飛ばした。


「ブボッ!バ、バルブル!ボォォ!!」


 雄叫びを上げ、こちらに駆け出した豚頭をもう一体弓で屠る。が、流石にもう学習したのか、盾持ち二体を前に押しやり、その後ろから残りの六体が走る形を取った。盾と盾の隙間に弓を通し、また一体射殺したが、もう直ぐに弓の距離(レンジ)より近くなる事が予想出来る。弓を放り、長剣を腰から抜き放つと、足、腕、剣を妖力で覆って大地を勢い良く蹴る。一歩、二歩、進む毎に加速し、得た暴力的な速さをそのままに、豚頭人の群れに突っ込む。奴らの鼻先に躍り出て、胴体に一閃、その分厚い肉を、鎧も盾も巻き込んで一太刀で断ち切った。


「ブオ、ブォオォォ!?」


 抵抗する間も無く豚頭が両断される。

 ユリアスの剣は、豪剣だ。父譲りの堅実な聖剣流を根底に、烈武一刀流の一刀必殺の心得、暗駆無刀流の音無しの極意、テニア氷蓮流の流麗な技など、様々な流派から自分好みの部分だけを取り出した、血と汗と努力の結晶である。

 無駄口は叩かず、一太刀で屠り、足音は殺して、その流れるような剣技によって音も無く死を促す。それ故に『音無し』のユリアス。ユリアスの持つ、数少ない腕を讃える為の仇名だった。


 ユリアスを囲もうと散開する豚頭共の頭上から、木から飛び降りた黒毛の虎が襲いかかる。盾持ちの頭を噛み砕き、手近な一体をその剛腕で叩き潰した。ユリアスも負けじと豚頭鬼の懐に張り付き、剣を切り上げ殺す。背後から斧を掲げた兜付きは、振り向きざまに剣を振り下ろすことで応え、頭から股間まで、縦に二つに切り裂いた。

 次の相手の気配を探るも、残りは既にロイクが殺したことに気付いて、足幅を肩の広さに合わせ、剣を鞘に収めた。


「があ、ぐぁぐあ」

「ああ、小指以外なら食べて良いよ。好きにしな」

「グアァァ!」


 やはり、異常は深刻化しているらしい。豚頭鬼の討伐証明部位である、その歪に膨らんだ特徴的な指を素早く剥ぎ取りながら考える。

 豚頭鬼はDランク、群を成せばCランクに達する、侮り難い魔物だ。これらが棲むのはもっと奥、ここから徒歩なら三日、ロイクに乗っても一日以上かかる場所だ。魔境における魔物の棲み分けは固く、こんな、それこそ街道から徒歩で一日しないで来れる場所に出る訳がない。

 もう、ここまで来れば疑う余地はない。


大氾濫(スタンピード)……!」


 大氾濫(スタンピード)、嫌な響きだった。魔境から魔物が溢れ出る現象、ユリアスの故郷を滅ぼした、人間の生活圏を脅かす現象だ。


 とは言っても、トリンズの街は黒魔の森に近いとあって、流石というべき強固な外壁に囲まれ、高ランクの冒険者も多く揃っているため、そう易々と落ちることはない。それこそ要塞都市アルキスなど比較にならない程だ。Sランク冒険者が一人、AAランクは三人、Aランクも三人居る。

 その七人は今、全員が依頼で街に居ないと、今朝ヴィオレから聞いた。高ランク冒険者全てが街を空けるなど、普通ならばあり得ない、最悪のタイミングではある。しかし、超高位冒険者がいなくとも、ユリアスと同じBランク冒険者の数も揃っているし、有事に備えて神遺物(オーパーツ)たる魔導砲も設置してあると聞く。街を守護するとされる大精霊に関しては……存在すら定かでないので、頼るには心許ないが。

 なんにせよ、神獣でも出て来ない限り、街は滅びないだろう。今の最たる問題は、新人の冒険者だ。


 今回の討伐対象である悪醜鬼(オーガ)のことが頭に浮かんだ。悪醜鬼(オーガ)の間引きの依頼が出ているということは、それらが繁殖し、増えているということでもある。そして、 悪醜鬼はBランクの魔物だ。そんなものがこのまま表層に出でもしたら、多くの下位冒険者らが餌食になるだろう。

 ならば、


「ロイク、奥に行くぞ。少なくとも依頼の分は終わらせる」


 ロイクへ、何より自分へと強く言い聞かせ、可能な限り気配を抑えると、ユリアスは動き始めた。


魔力について:

 我々人類種を含め、生物は皆、魔力を持っています。魔力とは様々なものに宿ったエネルギーの事で、その定義や正体は未だに解明されていませんが、これを利用することで我々は魔術を使用したり、身体能力を向上させたりしているのです。魔力には様々な種類や属性があり、未だ発見されていないものもあります。

 ここでは、生物を支える三つの魔力について学んでいきましょう。一つ目は、肉体に染み付いた『妖力』。二つ目は精神に宿る『霊力』。そして魂を構成する『神力』。

 生物は自分の体の中に独自の魔力系統を持っており、自身の魔力系統に合った魔力しか扱うことはできません。また、この魔力系統を常に維持する能力を、魔力恒常性といいます。生き物は絶えず魔力を取り込み、魔力を放出しています。外界の、自身の魔力系統外の魔力を取り込む事で、魔力環境が崩れてしまいます。これを整えているのが、魔力恒常性なのです。


『一から分かる魔術と魔力』エスラーガ・バンラッド著 より一部抜粋



魔防薬について:

 魔境等、魔力濃度が濃い場所に行くと、体内の魔力環境が崩れ、体調が悪くなります。必ず魔防薬を携帯しましょう。また、魔防薬は魔力恒常性を強化する薬ではありません。魔力吸収を抑える薬です。副作用により魔力回復が非常に遅くなります。くれぐれも、魔境で使用する魔力量には気を付けましょう。


『冒険者への注意書き』冒険者ギルド掲示板張り紙 より一部抜粋

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