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君と星を見るためにメガネをかけた。

作者: 最条真

 

 病室。よろしく頼むよ、と彼女が笑った。

 任された、と言わんばかりに、窓から侵入した僕は彼女を抱きかかえて、そのまま二階の窓から外に出た。


(0/5)


 屋上に降りて、まず彼女を静かにそこに置いた。

「似合ってないだろうなぁ、あのメガネ」

 本を置いて、彼女は見当違いの方向を向いた。ようやくこっちを見た。

 学校の屋上。彼女は僕の顔をようやく捉えた後で、そういう風に、せせら笑うようにして、言った。

「うっせ」とだけ返し、僕が隣、屋上の地べたに座った。

 橙色と、藍色とが混じり合う黄昏時の空の頂点には大きな星がある。

 青色の星だ。定義は知らないが、彗星に類するものらしい。

 それが大きく、夏空に大きく映り、少しずつ、この地球に迫ってきている。

 つまり、人類が辿る結末というのは、そういうことらしい。

 恐竜の時代もこのようにして終わったのだったか、否、あちらは隕石だったか。

 定義の違いは知らないけれど、共通していることは、確かに一つあった。

「あと10分だって」

 音声入力やらを駆使し、スマホで情報収集に勤しむ彼女が呟いた。


「あと10分で終わるんだね、世界」


(1/5)


 あと10分で世界は終わる。

 彗星が地球に激突して。細かい要因は、研究者の方々曰く色々あるらしいのだが、無学なガキに理解できるはずもなく。まぁ世界が滅ぶという前提で、これからの話を聞いていてほしい。


「お偉方はシェルターに避難したらしいけど、生き残れると思う?」

「う……うーんと、厳しいんじゃない?」

「い? いやいや、考えても見てよ。ここまでゴキブリの如き生命力で人類は何億年か知らないけど生存し続けてるんだよ? どうにかなると思わない?」

「……い? また?」

「カウンターだよ」

「い? いー……?」


 僕たちはしりとりをしていた。ただのしりとりではない。頑張って会話をしりとりで続けようぜ、という趣向のものだ。これに一分半費やした。傍から見たらただのバカだ。こういう時は、もっと大事な話しろよ。どうにも滅ぶんだぜ、世界。


「……よし。降参します」

「よっしゃあ私の勝ち! ジュース一本奢りね!」

「別にいいけど、時間がなぁ……」

「走れば間に合わない?」

「そんなに奢られたいの?」

「世界の最後におしるこを嗜みたい」

「世界の最後におしるこ?」

「これで最後だからこそだよ。飲んだことないんだよねぇ、おしるこ」

「最後に飲む物がおしるこでいいの?」

「ボクは君の唾液でも構わないけど」

「勘弁してください」

「じゃあ早く立つことだね。そうだ。階段を駆け下りるタイムを競おうか」

「僕に勝てるとでも?」

「ボクの姿を見てごらん」

「見てごらんって……」


 病院着だった。白い布地。胸元にはネームタグ。ありふれた名前。

 そして、傍らには歩行を支える杖と、白紙の本が。正確には白紙ではなく、絶妙な凹凸があるんだけど。


「そもそもここまで運んできたのは誰だと?」

「君だねぇ。まったく感謝が絶えない」

「それで階段を駆け下りると? ……お前が?」

「最後だしどうせならやってみたいんだけど。君が指示役で、ボクが動く役。どう?」

「却下」

「デスヨネー。わーん、ボクのおしるこが」

「……はぁ。じゃあ僕が全力で走って買ってくるから」

「えー。それは嫌だなぁ。一分一秒でも惜しいよ。傍に居て」

「おしるこはいいのか?」

「どうでもいいよ」


(2/5)


「そもそも、ボクの命はあと半年も残ってなかったんだよねぇ」


 病名は忘れた。難病らしい。

 目が見えなくなって、髪がどんどん抜けて、痩せて衰えて死んでいくらしい病の初期段階。

 盲目になったのは、半年は前の事。


「点字とかさ、もう頑張って覚えて。点字ブロックの上を歩くのだって、まぁ難しいし。大変だったし、しかも余命一年だって。なんというか、絶望だよね」

「なんて言葉を返せばいいのかな? 割と言葉が見つからないんだけど」

「うんうんそうだねって、適当に相槌打ってくれよ。それが一番いい」

「じゃあ……大変だったね?」

「そう。大変なんだよ。どう繕っても、ボクはもう病人なんだ。普通には生きられない。健常者が片手間にやることを、人一倍に手間と時間をかけてやるわけだから。自分が惨めったしくて仕方ないワケ。だから、ボクは、機会に恵まれたと思ってるよ。だって世界が滅ぶんだろ? ボクを惨めにする全てがなくなるんだ。ハハ、素晴らしいよ」


 一息でそこまで言い終えた後で、はぁ、とため息を吐く。


「性悪だよなぁ。……ボク」

「僕も衝撃のカミングアウトにびっくりしてるよ。性格悪いなぁ」

「そんなボクをここまで運んでくれたんだろ? じゃあ君はとんでもない人格者だ! やっぱり、ボク、見る目はちゃんとあるんだよなぁ」

「……どの口が?」

「この口だよ!」


 口元のあたりを指さしながら、快活に笑ってやった。

 見えてないけど、見る目はあるんだ。


 君は今も、綺麗な横顔で僕の傍に居るんだろう。

 だけど、多分メガネは似合ってない。


「そもそも君、よく病院からボクを攫ったよなぁ」

「仕事だからね」

「確かに僕は頼んだけれど。だって最期の時を病院で過ごすなんて御免だろ? どうせならさ、綺麗な空の下で死にたかったんだ。……悪いね、付き合わせて。大変だろ」

「さっき言っただろ。これは僕の仕事だ」

「はは。それで、彗星はどうだい?」

「なんつーか、綺麗だよ」

「どんな感じ?」

「青い」

「それはそうだろう。彗星なんだから。それで、世界滅亡まであと何分?」

「あと……二分ってところ」

「じゃあ頃合いか。一つ改めて言わせてくれよ」

「……何?」

「いつも悪いね」

「なんだよ。愛の告白かと思った」

「じゃあ……愛してる」

「適当だなぁ」

「はは。…………あと二分だっけ?」

「ああ。あと二分」

「付き合わせて悪いね」

「仕事だから」


(3/5)


「それにしても、君、目が悪いからってさ」


 僕の方を睥睨するようにして、彼女は言った。


「ボクのお古のピンクのメガネをかけるとはね」

「……お前の要望じゃねぇか」

「星をよく見てほしいと言ったのもボクだし、貸すと言ったのはボクだけど。絶対似合ってないよね!?」


 冒頭と同じように「うっせ」とだけ返して、彼女から、空に向き直る。

 空には、あの彗星が。少しずつ、輪郭を確かなものにしていく。


「世界がこれから終わるっぽいぞ」

「そう。やっぱりさ、最期に言っておきたいんだけど」

「何さ」

「ここまで付き合ってくれてありがとう」

「ああ」

「今際の際にさ、素敵な話が出来た」

「良かったな」

「ね、名前なんて言うの?」

「知ってるだろ?」

「演技が上手な君の名前は知らないよ」


 見えてない筈の彼女は、確かにこちらを視界に捉えた。


「教えられない決まりなんだよ」

「掟破りしちゃえよ」

「無理。夢を見せることだけが仕事だ」

「えー。じゃあ、最後にキスして」

「それくらいなら」

「基準が分かんないなぁ……」


 彼女がこちらに身を寄せて、手探りで僕の首を探しているのが分かったので、大人しくそちらのほうに頭を垂れてやった。それから、しばらくして。僕のうなじを結び目に、腕で一つの輪を作り上げた彼女は、いっぱいの力を込めて、自分の方に僕の頭を抱き寄せた。それから、精一杯のキスをした。

 僕の冷たい唇に、彼女の暖かな温度がぶつけられた。お互いの熱を交換するようだった。どんどん彼女の身体に、僕の冷徹な温度が移っていくのが分かった。静謐なキスだった。しばらくお互い何も言わなかった。


 文字通り世界は時間が止まって、僕たちの他に生きている者は、とんと見つからないくらいだった。


 何秒も、何秒も。それは、何秒も続いた。一瞬の事のようにも感じられたし、その十倍は長かったように感じられた。いまいち測り切れない時間だった。ずっとずっと、続くと思われた。だけど、彼女は満足したのか、ようやく、ようやくというべきか、分からないけれど、ついに唇を離した。


 そして、彼女はいっそ崇高なくらい美しく笑った。


「いい夢見れたよ、死神さん」


 屋上では、やはり西日が眩しく感じられる。それでも夜は迫ってきていて、つまり太陽と夜の徹底的な抗戦が行われる、その最中に彗星がある。そういう前提で、設定だった。


「全人類死んでほしかった。それで、話を聞いてくれる人が欲しかった。キスもしたかったし、眼鏡もさ。……可哀想だったから。全部、ボクの我儘だ。ごめんね」

「言ったろ。仕事だって。もう慣れた」

「えー。ボクが初めてじゃないんだ?」

「もっと言い方ない?」

「良いじゃん。慣れっこなんでしょ?」

「まぁそうだけど……」


 納得いかずに首を掻くと、それを見れるはずもないのに、彼女は可笑しそうに笑った。


「そのメガネ、良ければ貰ってよ」

「はぁ……別にいいけどさ」

「ボクだと思って。大事にしてよ」

「あぁ」

「……あとさ、」

「何だよ」


 それから先は、いくら待っても返事は無かった。


「ああ、なるほど」


 これで終わりか。


(4/5)


 やはり彼女は死んだらしい。

 気づけば思い出が手中にあったから、それを確信した。

 

 人間の街を歩いていた。

 人間を死に至らしめたとき、必ずそうしている。

 理由は知らない。とにかく、ありふれた街並みを、歩いて行った。

 いつのまにやら夜だった。


 死神の仕事は、死にゆく人間に最高の死を提供することにある。

 気まぐれで訪れて、夢の世界で虚構を演じて、満足のいく死へと陥れ、魂を収穫する。

 そういう存在で、そういう仕事。


 この仕事を何度もこなした死神は理解している。


 思い出とは枷だ。


 想えば想うほど人間に入れ込み、いつか満足に殺せなくなる。


 だから、大抵の死神は、思い出を、消す。

 今、自分の手元には、ピンクのメガネがある。

 これは、彼女との思い出であり、枷だ。


 業務に滞りがないように。


 指先に炎を灯した。まるでライターの火のように、ゆらゆらと、それは揺れていて、これで焼けば、思い出は消えてなくなる。


「あー」


 消す、消す、消せ。

 今度こそ、ついに消してしまえ。

 一十百千と、それがつり積もれば必ずお前の邪魔をする。


 本当の名前を明かせば、死神は死に、人間は死から解放される。


 このままだと、いつか鈍るぞ。お前の鈍重な思考はついに馬鹿げた思考をするぞ。

 名前を敢えて教えて助けてやろうなんて、天使染みた思考が過るんじゃないか。事実、今回だって、思ったはずだぞ。助けてやろうと。あのありふれた名前の少女のことを。それをできなかったのは、まだお前が真面な証だ。死神として、正しくあれている、その証だ。更に自らの潔白を証明する方法があるぞ。


 メガネを燃やせ。


 そうすれば、お前は死ぬことはない。


「あーー」


 メガネをかけた。

 目が悪いのは事実だった。

 普段よりずっと、鮮明に綺麗な星空が見えたから、きっと彼女も目が悪かったのだと思う。





















「……星が綺麗じゃねぇか」



 あんな世界終末規模の美しい彗星より、この綺麗な星を君と見たいと思った。




 

 

 




デスノート眺めてたら思いついた。

死に際に夢を見せる死神と余命幾ばくかの少女の夢の一幕でした。

悪魔なので翼が生えてます。屋上に降り立った描写が合ったり病室の二階の窓から現れたのはそれが理由です。非人間感を悟ってもらいたかった。


『悪魔』

本当の名前を教えたら死んじゃうから言えない。悪魔の癖に人間臭い。悪魔は人間を殺したら遺品とでもいうべき〈思い出〉が手に入れるのだが、それを全部取っておいている異常者。今回も駄目だった。恋愛方面のアプローチは初めてに近いのでドキドキしてた。目が悪い。


『少女』

ありふれた名前。多分鈴木か佐藤か山田だと思う。盲目。余命宣告をくらう。ただ、余命よりずっと先に悪魔が来たので、それより先に死ぬ。死ぬ前に契約を交わし、シチュエーションやらなんやらを指定する流れがあった。人肌に憧れがあったらしい。細かいことは想像して。


久しぶりの投稿になりました。

新人賞の応募で色々忙しいでございます。受賞した暁にはペンネーム変えると思います。なろうの方の投稿は本当に気が向いたらになると思う。次が合ったらよろしく。











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