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第三章<イルベッザの闇> 第二場(2)

 ユーリオンは、黙っているアルファードにかまわず、興奮気味に話を続けた。

「そして、おじいさんは、君のことを本に書いたりおおっぴらに発表したりしないようにと私に頼んだ。私は約束を守ったさ。ああ、でも、それ以来、私は何としても、君と会っていろいろ話が聞きたくてね。何しろユーディード以来百数十年ぶりに、この世界に生きた本物の<マレビト>が存在している、しかも、魔法が使えないという、前代未聞の<マレビト>だ!

 ああ、いや、つい興奮してしまって、許してくれたまえ。君のことを、こんなふうに珍しい動物みたいに言っては失礼だね。だが、どうも、その、学者の悪い癖で。

 それに私は、学問的な興味だけでなく、君という人間に興味があったんだ。別の世界から来た人間。記憶を失った人間。魔法が使えない人間。その君が、何を思い、何を感じて生きているのか。

 だから、一昨年の武術大会に、イルゼールの出身で魔法が使えない若者が出てきたと聞いた時は、私は狂喜したね。これで君と話ができるだろうと。君は本当に立派だ。魔法が使えないなら身体を鍛えて、剣のチャンピオンになる。実に素晴らしい、不屈の精神じゃないか。武術大会の表彰式の時、私はその後の祝賀会で君を捕まえてぜひとも個人的に近付きになろうと、とても楽しみにしていたんだ。

 それなのに、君、ひどいじゃないか、主役のくせに、さっさと抜け出してしまうとは。私だけじゃない。みんな、がっかりしていたんだよ。君、あれは失礼だ」

「はあ……。済みません、仲間と約束があったもので……」

「いやいや、過ぎたことをぼやいてもしかたがないね。今度、ぜひともいろいろ話を聞かせてくれたまえ。あいにくと今日はこれから、会議があって、あまりゆっくりはできないんだ。今度一緒に飲みに行こう。よかったらそちらのお嬢さんも一緒に」と、それまでほとんどアルファードしか眼中になかった彼が、ここでやっと、里菜に目を留めた。

「ええと、リーナ君だっけ? アルファード君の相棒として軍で働いてくれるんだったけね。そういえば君たちは、顔付きや肌の色みが似ているようだが、親戚か兄妹かね?」

「いえ、違います」

「じゃあ、同郷の友達どうしか」

「はあ、まあ……」

「まあって、ああ、そうか、年齢はちょっと離れているようだが――いや、リーナ君も軍に入るということは十六は越えているわけだし、アルファード君も、たしか、武術大会の時に、落ち着いて見えるが実はまだ二十才そこそこで史上最年少のチャンピオンだって言われて話題になってたんだから、見かけほど年は離れてないのかな――、もしかして、君たち、恋人どうしかい?」

「いっ、いえ、そういうわけでは……」

「はあ、はあ、なるほど、そーゆー関係ね。若い人はいいね。まあ、がんばりたまえ」

 何が『そーゆー』なのか分からないが、ユーリオンは、ひとりで納得してしまった。

「で、こんな、小さくて可愛らしい華奢な娘さんが軍隊に入るとは、やっぱり火の玉が得意なのかね。ああいう技術は、体格とはあまり関係ないからねえ」

「いいえ、リオン様」と、里菜は小さい声で答えた。

「あたし、そういう魔法は全く使えないんです。火の玉だけじゃなくて、普通の魔法は何にも。ただ、相手の使う魔法を何でも消せるんです」

「えっ!」と叫んだのは、ユーリオンとファルシーンと同時だった。ユーリオンは、乗り出すように尋ねた。

「じゃあ、君、一種の魔法使いじゃないかね! 普通の魔法は使えないって、アルファード君みたいに、火や水を出したりも出来ないわけか?」

「ええ……」

 里菜が気圧されてうつむいていると、横からアルファードが口を添えた。

「リオン様。リーナも、<マレビト>です。この秋にこの世界へ来たばかりで、もといた世界のことを覚えています」

「何ということだ! 本当かね、リーナ君。それはすごい! なるほど、確か、あの村には、そういう黒い髪や目の人はいなかったはずだね。いや、アルファード君の髪や目は、そういえば黒に近いが、そうか、ふたりとも<マレビト>か……。

 これはぜひ、君からもいろいろと話を聞かなくては。もとの世界のことを、ぜひ教えてもらいたい。これは、絶対、今度、三人で一緒に飲みに行かなくてはならないぞ。ああ、もちろん、おごるよ。君のような若い娘さんが一人ででも入れるような上品な店を知ってるからね。ここの構内にあるから、帰りが暗くなっても安全だ。構内に魔物が出たことは、ないからね。

 ああ、しかし、若い娘さんといっても、君はこれから魔物退治をしようという人だった。どっちみち、私などと違って、魔物など怖くないんだろうね」

 そこへファルシーンが口を挟んだ。

「リオン、ずるいわ! 私だって、このふたりの話を聞きたいわよ。勝手に決めないで、私も混ぜてくれなくちゃ」

「ああ、シーン、君にも、今回の御礼をしなければならないしね。しかし、私たちふたりともが空いている夜というのは、当分ないだろう。実は、私はしあさっての晩が空いているんだが、その日に、私が先に彼らを誘っても怒らないでくれるかい? 君にはいつか必ず食事をごちそうするし、都合がいい日があれば、あらためて四人で食事をしよう」

「はぁー、私はいつになるか分からないわね。まあ、しかたがないわ。アルファードたちはこれからずっと軍の宿舎にいるんだから、そのうち話もできるわよね」

「と、いうわけで、アルファード君、リーナ君、しあさっての夕食を一緒にどうだい」

「はい。ありがとうごさいます」

「ああ、楽しみだ! シーン、今日の会議は、君が議長だったね。私は今日、もう、わくわくしてしまって、会議に身が入らないかもしれない。どうか私に発言を求めないでくれないか。頼むよ」

「何言ってるの、リオン、あなたは<長老>よ。あなたが黙っていちゃあ、会議にならないわよ」

「これだから、<長老>になんて、なるものじゃないね。さあ、会議の時間だぞ。ああ、そうそう、すっかり忘れていたが、その前に、その小さいお嬢ちゃんのことがあったっけね。いや、実に綺麗な子だねえ。それに、妖精の血のこんなに濃い現れ方は、見たことがない。名前と年は?」

 自分のことが話題になっているのに気づく様子もなく無邪気にきょろきょろしているキャテルニーカにかわって、アルファードが答えた。

「名前はキャテルニーカ、十一才だそうです」

「おお、それはまた立派な名前だ。妖精の女王か。で、どんな仕事が希望だね。本当は、いつかは国中のすべての子供が、初級学校を出るまでは働かなくてすむようにしてあげたいんだが、今はまだ、そうもいかない……。でも、働きながら学校へ行けるよう、計らってあげるからね」

「できれば治療院で働かせてやって欲しいんですが。癒しの魔法が得意で、薬草にも詳しいので。それから、学校は、今まで実は通ったことがないらしいんです。家庭教師についていたのか、読み書きは出来ます」

 アルファードは、キャテルニーカが<御使い様>らしいというのは、どうせ本人も忘れていることだから伏せておくことに決めていたのだ。

「治療院か。それはちょうどいい。あそこはいつでも人手不足だ。本当は十二才からしか雇えないんだが、十一才なら、十二になるまでは見習い期間ということで、なんとか融通を利かせられるはずだよ。まあ、見習い期間中は、給料は、ほとんど出ないけどね。でも宿舎に入れるし、食事もつくから、悪くはないだろう。そうだな、ちょうど、これからの会議でユールと会うから、話をつけてあげよう。ああ、ユールというのは<賢人>のひとりだが、治療院の院長を兼務しているんだよ。

 じゃあ、シーン、行こうか。アルファード君、リーナ君、夕食の件、楽しみにしてるからね。待ち合わせのことなんかは、あらためて連絡するから。それじゃ、その時に、また」

 そう言ってユーリオンが立ち上がろうとするのを、ファルシーンがとどめた。

「ちょっと待ってよ、リオン。あなたがお茶も飲まずにべらべらしゃべるから、お客さんたちもお茶に手をつけてないじゃないの。せっかくいれたんだから、飲んで行ってちょうだい。お嬢ちゃんには、お菓子もあるわよ。会議なんて遅れても大丈夫よ。どうせ時間通りに来るのは、いつも私たちだけなんですもの。それに、今日は私が議長だから、私が行かなきゃ始まらないしね。だいたい、リオン、このまま彼らを帰しちゃっていいの? 彼に会いたがってたのは、あなただけじゃないでしょ。自分たちだけ会って、そのまま帰したなんて知れたら、あとでみんなに恨まれるわよ。あとでみんなが、仕事中の彼らを、それぞれ勝手に呼び出し始めたら、彼らも困るでしょうし」

「それもそうだ。じゃあ、お茶を飲んでもらって、それから会議に連れていこうか? 今日はどうせたいして議題もないし、ちょうどみんな集まっているから、好都合だ」

 こうして、またしてもわけがわからないうちに、里菜たちは、ふたりの<賢人>の後ろから、迷路のような廊下を歩いていくはめになったのである。

 会議の場である殺風景な小部屋に集まっていたのは、これまた、里菜が思い描いていた<賢人>たちとは、かなりかけはなれた人たちだった。

 ユーリオンとファルシーンの他に五人で<七賢人>なのだが、そのうち一人は褐色の肌に縮れた金髪を落ちかからせた小柄な美青年で、最年少だと言っていたユーリオンよりも若そうに見える。あんまり若くて、とてもそんな偉い人には見えない。だが、後で知ったところによると、彼は四十才で、三人の子持ちだということだ。しかも、十九才になる彼の一番上の娘はすでに嫁いでいて、まもなく初孫も生れるらしい。妖精の血筋は、男も女も若く見えるのだ。

 そしてもう一人は、どうみても、その辺の商店街の肉屋のおじさんという感じの、小太り、赤ら顔、陽気で人の好さそうな中年男性である。隣にいるのは、これまた、その肉屋の奥さんのような、ごく普通の家庭的なおばさん風の中年女性。そしてもうひとり、銀髪に丸顔、水色の目にピンクの頬の、小柄で愛らしく、やさしそうな老婦人。

 里菜たちが部屋に入った時、この三人はなごやかに歓談していたのだが、その一角には妙に日常的でほのぼのとした雰囲気が立ちこめていて、ここに子供の一人も混ぜれば、たちまちにして幸せな市井の一家の団欒風景が演出できそうだった。

 最後の一人だけが、白い髭と眉毛を長く伸ばしたいかめしい老人という、里菜の考える<賢人>にふさわしい人だったので、里菜は何だかほっとした。が、この老人のいかめしい様子は見かけ倒しだということが、この後すぐに分かってしまう。彼は、結構なひょうきんじいさんなのだ。ちなみに、彼の特技は、会議中の居眠りと、都合の悪い時のボケたふりである。

 ファルシーンがみんなにアルファードと里菜を紹介すると、揃いの白いローブ姿の<賢人>たちは、会議のことなどすっかり忘れて、わいのわいのと大騒ぎを始めた。威厳もなにもあったものではない。

 この時里菜は、自分たちがなぜここに連れて来られたのか、やっと呑み込んだ。要するに彼らはみんな、ただのミーハーなのだ。もしもこの国に、スターのサインという風習があったなら、彼らは我がちにアルファードに色紙を差し出し、親戚知人の分まで、何枚もサインをねだったに違いない。

 ユーリオンが言ったとおり、祝賀会でアルファードと話せなかった<賢人>たちはみな、ずっと残念がっていたのだ。何しろ、彼らが一番<賢人>をやっていてよかったと思うのは、この武術大会の祝賀会の時で、ここでチャンピオンたちと親しく話ができることこそ<賢人>の一番の役得だと思われているのである。イルベッザの人々は、だいたいにおいてミーハーだから、<賢人>とて例外ではないのだ。

 この国では、国民的行事である武術大会の各競技のチャンピオンたちは、それからしばらくは国民的スターとなるが、イルベッザの住民はあきっぽいので、普通はすぐ忘れられてしまう。

 ところがアルファードは、魔法が使えないとかドラゴンを退治したという話題性に加えて、『都に残って、その名声を利用して剣術の道場を開くか何かするのだろう』という大方の予想を裏切って、祝賀会さえ途中で抜け出し、あっという間に遠い故郷に帰ってしまった。

 それで、彼の名声には、神秘性、希少性という付加価値がついて、都の人々の間で伝説的な英雄として何年も記憶されることになっていたのである。

「アルファード、わしはあんたに、ぜひお礼が言いたかったんじゃ!」と、例の、ただ一人<賢人>にふさわしい風貌を備えた老人が、よろよろと進み出て叫んだ。

「わしは、あの時、あんたに大金を賭けて、おかげで大儲けをさせて貰ったよ! その金で、曾孫に、ずっと前からねだられていた子馬を買ってやって、たいそうよろこばれた。それからも、こづかいに不自由せんよ。みんなあんたのおかげじゃ。いやはや、今、こうしてあんたに会えるとは、この老いぼれも、生きていた甲斐があったわい!」

 ファルシーンがそれを聞きとがめて笑いながら言う。

「あら、<賢人>ファドゼール、あなたがあの時、そんなに大儲けをなさったなんて、私たち知りませんでしたわ! まあ、まあ、私、あなたを逮捕しなくちゃなりませんわ。武術大会での賭けは御法度ですからね」

「おや、シーン、君だってアルファード君に賭けてたじゃないか」と、ユーリオンがまぜっ返すのを無視して、ファルシーンは続けた。

「それに、だいたい、そんなに儲けたんなら私たちに何か奢って下さるのが筋じゃありませんの?」

「そうですよ、ゼール! 今からでも遅くない。我々全員に食事を奢るべきです」と、他の<賢人>たちも口々に騒ぎ出した。

「おお、ひどい連中じゃ、この老いぼれのささやかな老後の蓄えを、そんな、みんなしてたかろうだなんて! シーン、わしはあんたのことを娘同様に思ってきたのに、あんたが先頭に立って、老い先短いわしを脅して、なけなしのこづかいを巻きあげようというのかね。ああ、嘆かわしい!」

「娘と思って下さるなら、やっぱり何か買ってくださらなきゃ。曾孫さんには子馬を買ってあげたんでしょう? ねえ、みんな」

「そうだ、そうだ!」

 旗色が悪くなってきたファドゼールは、突然、あわれっぽく里菜にすがりついてきた。

「なあ、娘さん、このシラミどもに何とか言ってやっておくれ。みんなで寄ってたかってこの年寄りをいじめるんじゃ」

「はあ……」

「年寄りは、いたわらにゃいかん! なあ?」

「は、はい、まあ……」

「おお、あんたはやさしい子じゃ! よし、あんたにだけは、特別に、何か奢ってあげよう。今度、一緒にお茶でもどうかね」

 そう言うと、老人は、里菜に向かって、茶目っけたっぷりのおおげさなウインクをして見せたので、彼だけはまともな<賢人>かと思っていた里菜は、ちょっと目まいがした。

(なんなの、この人たち……。この低次元な会話はなに? こ、これが、<賢人会議>? この国の将来って、いったい……)

 ミーハーな<賢人>たちが、ひとしきりこうしてアルファードのまわりではしゃいだ後に、ファルシーンが、里菜が第二の<マレビト>であることを紹介したので、彼らは今度は里菜の回りで大騒ぎを始めた。

 里菜が呆然ともみくちゃになっている間に、ユーリオンは、キャテルニーカを、例の美青年に見える四十才――彼がユールだったらしい――に紹介して、治療院で働かせてもらえるよう、頼んでくれたようだ。やっと騒ぎから解放された里菜のところにキャテルニーカが戻って来たとき、キャテルニーカは、彼からの紹介状を持たされていた。

 ユーリオンがやってきて言った。

「この子のことは、話がついたよ。ちょっと話を聞いたところでは、たしかに薬草には詳しいようだから、治療師見習いということで、給料もいくらか出せるそうだ。夕方、この書き付けを持たせて治療院に連れていって、リドリューリという治療師を訪ねなさい。この子の面倒を見るよう頼んでおくから。

 彼女は、私とはちょっとした知りあいでね、リーナ君と同じくらいの年の女の子なんだが、姐御肌で面倒見がいいし、若いけど治療院じゃ結構な顔だから、頼りになるよ。私が紹介しなくても、新入りはだいたいみんな彼女の世話になるらしい。やっぱり妖精の血筋で、すごく派手な赤毛の、とにかくパッと目立つ子だから、すぐわかるだろう。

 そうそう、住むところだが、君たちは、これから軍の宿舎へ行くんだろう? この子も一緒に連れていって、リーナ君と同じ宿舎に入れてもらいなさい。都合よく二人分空いている部屋があれば同じ部屋に入れるかもしれないから、管理人に頼んでごらん」

 こうして、さんざん引っ張り回された三人は、うまいことキャテルニーカの勤め口を獲得してイルベッザ城を出た。

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